突如として現われた四人に騒然となる兵士達。そして、その中でも一番の動揺を見せていたのは、研究者の男だった。
「た、橘総司…!?ば、馬鹿な!?何故此処に!?」
「そりゃ、そこの女の子達救うためだよ…物のついでだ、そこに転がってる俺のクローン…いや、俺の
「製造番号零番を…?何を言っているんだお前は!そいつとお前は幾度となく敵対してきたはずだ!」
「だからってなんだよ、敵だったからってコイツを救わない理由にはならないぜ」
「…理解ができん!」
「分かる訳ねえよ人でなし。これが人間の優しさって奴だ。心に刻みながら地獄に落ちやがれ」
その言葉の途中で、研究者が手を挙げる。すると動揺を制御して見せた兵士達の半数が腕を、半数が銃を向けてくる。
その様子に、アンティナイトを使い全員を無力化した後、ハイパワーライフルで殺すつもりなのだと気づいた香澄と泉美は、四人に警戒するように呼びかける。
「き、気を付けてください!アイツらは『キャスト・ジャミング』を…!」
「撃てー!」
しかしその呼びかけの前に、銃弾とサイオンの波が襲って…
「グワッ!?」
「…?!銃が!?」
「何っ!?」
…来なかった。
「…以前、司波妹の話を聞いていてよかったと思っているよ」
「『キャスト・ジャミング』も、所詮は魔法式なんだよ」
何故なら、銃が射貫かれ、『キャスト・ジャミング』の魔法式が途中で破壊されていたからだ。
銃を射貫いたのは範蔵、魔法式破壊は森崎だ。
範蔵の放った『ドライ・ブリザード』は銃を完膚なきまでに破壊し、森崎の放ったサイオン弾は、構築中で無防備の魔法式に的確に撃ち込まれていた。
「突っ込む!ついてこいよ琢磨!」
「ハイ!」
「俺達は七宝の援護をする!」
「総司は一人で充分だろ!?」
「あったり前だろはんぞー先輩!俺を誰だと思ってんだァ!」
そして動きが止まった一瞬の内に、総司と琢磨が駆け出す。それに慌てた兵士達は、先程完璧に対応されていた作戦をもう一度実行してしまう。
「っ、お願いします、お二方!」
「任せておけ!」
「俺達を前にして戦いを選んだ事を後悔させてやる!」
『キャスト・ジャミング』と共に、銃を構える兵士達に突撃する琢磨。彼は高度な魔法師であるが、『キャスト・ジャミング』への対策も、フルパワーライフルを防げるだけの防御力もない。だからこその二人であった。
範蔵が次に繰り出したのは『ドライ・ストーム』。広範囲にドライアイス弾をばら撒く無差別攻撃である。流石に範蔵達が居る場所は射程圏外だが、琢磨や総司は思いっきり圏内にいる。だが、何の心配もない。
森崎が『キャスト・ジャミング』の魔法式を撃ち抜く片手間に、琢磨に向かう氷弾を撃ち壊す。森崎が現在両手に装備している特化型CADの名は、『スター・アサルト』。知り合いのCAD技術者に作ってもらう…というていで、FLTで
このCADには極限まで魔法式構築の時間を短くする機構と、発射した瞬間からコンマ一秒足らずで発動するループ・キャストを組み込む事により、森崎の技術である『クイックドロウ』を最高レベルにアシストする物だ。
欠点として、特化型にあって当たり前の照準機能がオミットされているが、そんなもの関係ないとばかりに使いこなしている森崎の技術の高さが窺える。
これにより、『ドライ・ストーム』の広範囲高火力であるが味方を巻き込み兼ねないという弱点を、強引に解決した。事実『ドライ・ストーム』が放つ無数の氷弾は、銃もしくは兵士本人を無力化させながら突き進む。更にはその密度で既に放たれた弾丸すら相殺していく。そして琢磨には森崎のカバーによりノーダメージだ。
因みに総司には何の援護も付いていないが、彼には『キャスト・ジャミング』は効かないし、肉体が頑丈すぎてハイパワーライフルも氷弾も涼しい顔で受けている。総司は丸で肉盾かのように研究者の男の逃げ道を作ろうとする兵士達をなぎ倒していく。まさに一騎当千と言ったところだ。
「これなら…!」
「っ、零次君!」
四人の圧倒的な強さに安堵の表情を浮かべた香澄と泉美は、戦闘にはもう勝ったものと思って、つい零次の傍に駆け寄ってしまった。それに気づいた研究者の男。零次が倒れていた位置は、双子をカバーしていた森崎と範蔵の防御範囲から外れてしまっていた。それに範蔵も森崎も気づいたが、森崎は流石に琢磨をカバーしながら『キャスト・ジャミング』を無効化するので手一杯であった。それ故に上手く氷弾を避けて接近戦を仕掛けてきた兵士達は範蔵が対処していた。なので二人に双子を助けに行く余裕はなかった。
「…はっ、所詮は学生。まだまだ未熟者よ!」
研究者の男はまだ隠していた兵士達を奥から呼び出し、双子に向けて発砲させた。それに気づいた総司は、軽くバックステップを踏む。すると、その軽さからは到底想像できない速度で後退し、双子と零次の前に躍り出る。総司は自分の下や横を通り過ぎそうな弾丸を拳で弾き、自身に当たる弾丸は完全に無視していた。
「七草!変に動くな、危ないだろうが!」
「あ、ありがとうございます!」
叱咤を飛ばす総司に、助けてくれた感謝をする泉美。だが香澄は…
「…グスッ、だって、だってぇ…!」
「…大分状況がヤバそうだな」
香澄は零次の顔を覗き込みながら大粒の涙をこぼしていた。香澄を一瞥した後に零次に目を向けた総司は思わず言葉が漏れる。零次の肉体は、一言で表すなら
「…諦められないよ」
「っ!」
心の何処かでもうダメだと思っているのかもしれない、だがそれだけで愛する人が死ぬことを受け入れられるはずもない。絞り出すかのように声を出した香澄を見て、そして今にも消えてしまいそうな零次を見て、総司は決意をする。
「琢磨ァ!」
「っ、ハイ!」
「お前は首謀者を確実にぶっ飛ばせ!しっかりやれよ、任せたからな!」
「何っ!?総司、お前はどうするつもりなんだ!?」
「決まってんだろ…!コイツを治してやるんだよ!」
「治す!?一体どうやって!?」
「知らん!」
そう言うと総司は零次の傍に駆け寄る。モチロン、自分を盾とする事で零次や香澄達を守る事も忘れない。
治す、と豪語する総司。だが彼は基礎単一系の魔法しか使えない。せめて『再生』が使えれば…
「(…この感覚は?)」
そんな時、総司の本能が『できるで』と言った様な気がした。
「…俺は、かつて『
総司は3月末にあった戦略級魔法とわたつみシリーズという調整体達を巡る戦いで暴走し、『邪眼』を発動していた…と言う事は真由美から聞いている。何故自分が『邪眼』を使えたのか、今の今まで気になっては居たのだが、総司は思いだしたのだ。
彼はその事件の少し前に光波振動系の『邪眼』を、去年の4月に精神干渉系の『邪眼』をそれぞれくらっていたのだ。総司の性質からして、前者は効いたが後者は効いていなかった…というのは置いておいて。総司は一つの結論に至った。
「(まさか俺は、一度見た事のある魔法を扱う事ができる?)」
あの時、暴走した総司を見た零次は、何かしらの事情を知っていたようだったが…そこから分かるのは、あの状態に総司がなってしまうことは、ある程度想定済みであったと言う事だ。となれば。
「…フン!」バチィ!
「「!?」」
思考をまとめるために自分の両頬を思い切り叩いた総司。その音に驚く双子を放っておいて、総司は自分の中に問いかける。
「おい、俺の知らない誰かさんよ!俺の中にいるなら話を聞いてくれ!」
「た、橘先輩?」
いきなり自分に質問をし出した総司に思わず泉美が総司に問いかけをする…だがそれに総司が答えるより前に、総司が頭を抱え苦しみ始めた。
「ぐ、あぐっ!?」
「ちょ、どうしたんですか!?」
まるで先程の零次のような症状に、香澄達は思わず『キャスト・ジャミング』を受けているのかと思ったが、その類いのサイオン波は未だでていない。すると、総司の表情が苦しむ様子の物から、一瞬で余裕そうな笑みに変わる。
「菴輔°逕ィ縺具シ溷勣繧�」
「…は?」
「何を言って…」
「っぐ、誰だか知らねえけどよ!人様の身体間借りしてるってんならそれ相応の対価ってモンがあるよなァ!?」
総司の口から出た言葉…かどうかすら怪しい音に思わず総司に質問をする二人。だがそれに答えることなく、またも苦しそうな表情となった総司。その口ぶりは、丸で見えない誰かと会話をしているようで…
「縺サ縺�ヲ莠コ縺ョ霄ォ縺ァ逾槭↓讌ッ遯√¥縺ョ縺�」
「ハァ!?そんな事知ったこっちゃねえよ!いいからさっさと手を貸しやがれ!」
どうやら総司は自分の中に居る存在…とやらと喧嘩をしているようだ。余裕の笑みと苦しみに耐える歯噛みの表情をコロコロと入れ替えながらしばらく言い争っていた総司だが…
「ええい、埒があかない!無理矢理にでも使わせてもらうぞ!」
「…!縺セ縺輔°窶ヲ莠コ縺ョ邊セ逾槭〒逾槭�蝎ィ縺溘k閧我ス薙r蛻カ蠕。縺励※縺ソ縺帙k縺�…!」
余裕の笑みを浮かべていたと思われる方の人格が焦ったかのような声を出した後、普段の人格に戻ったと思われる総司は、苦しそうな表情はしておらず、ニヤリと笑みを浮かべると…
「…!?一体何を!?」
「総司から…溢れるこのサイオンは…!何て出力なんだ!?」
自身の肉体からオーラ代わりとでも言いたげにサイオンを放出する。その量は、超優秀な魔法師たる範蔵と森崎も驚愕に値する程であったのだ。その光景を見ていた研究者の男は…
「馬鹿な…!人の善性だけであの力を制御しているだと!?あり得ない、それを行える人格はまだ主体化していないというのに!」
総司の正体を知っているが故か、総司が行使している力に強い衝撃を覚えているようだ。それは俗に、「その力は、アイツの…!」パターンと言って良いだろう。
「帰ってこい!零次!」
そして総司は放出していた力を左手に集め、零次の肉体へと叩きつけた…
それを見届ける前に、研究者の男が絶叫する。
「…者共!我らの命、最早これまで!…せめて最後は、我が母国の礎となって散るのだ!」
その言葉を聞いた兵士達は攻撃を中断し、全員が一律に何かしらの薬品が入った注射器を取り出した。それは研究者の男もそうであったが、その注射器の中身だけ、他の物より色が濃かった。
「させるとでも「七宝、下だ!」!?」
危険の気配を感じ取った琢磨が妨害をしようとするが、森崎からの忠告を受けて、慌てて飛び退く。すると先程まで琢磨がいた場所に無数の刃が出現していた。総司達が突入した時点で異界化はほぼ解除されていたのだが、まだ奥の方は異界としての力を保っていたようで、何らかのトラップが起動した物と思われる。
森崎のファインプレーで琢磨には傷一つないが、その所為で妨害が遅れてしまった。人数をいくら削っても未だ無数と呼べる程の数がいる兵士達の姿が、巨大な異形の物と化す。所謂『ミュータント』という存在だ。
「大亜連合、万歳!」
そう言って研究者の男も薬品を自身に打ち込む。これにより、ミュータント化。しかも他のミュータントよりも強力な力を持っていそうだ。
そしてミュータントとなった兵士達が突撃してくる。『ミリオン・エッジ』と自身の身体能力を駆使して正面から迎撃する。しかしそれでも余裕が無さそうだ。それほどにミュータントの膂力は凄まじいと言う事だろう。同じく突撃されている範蔵と森崎。範蔵は『ドライ・ブリザード』の氷弾で迎撃しながら、近くに落ちていた廃材の鉄パイプを拾い上げ、『高周波ブレード』を起動して、自身に近づいたミュータントを一閃した。対する森崎は、正面から迫り来る二体のミュータントの拳をギリギリまで引きつけ、華麗に跳躍する事で回避。そのまま貫通力を強化させるチューニングを施されているサイオン弾を『スター・アサルト』の連射性、速射性を存分に活かしてミュータントの頭蓋を寸分違わず貫通させた。
だが問題は…
「七草!」
「しまった、抜けられたか…!」
自分達に向かってくるミュータントの対処で手一杯であった三人を避け、双子の元へと突撃するミュータント達。三人に襲いかかった時よりも明らかに多い数のミュータントがその暴力的な拳を双子に叩きつけ…
ドゴォ…!
事は無かった。あまりに大きく、あまりに鈍い打撃音が
「…よお、随分と遅いお目覚めだな」
「ああ、全くだ。しかも起きて早々お前と顔を合せなければならないとは、俺の生涯で一番の悪夢かも知れんな」
「そんな簡単に生涯なんて言葉を使うんじゃねえよ。お前にはまだまだ未来がある」
「…そうだな」
背中合わせに立つ、うり二つの青年達。その姿に、双子は歓喜の涙を流し、琢磨達は勝利を確信した笑みを浮かべる。
「さっさと終わらせて上手い飯でも食おうや」
「良いぜ、とりあえず…」
二人はそれぞれ拳を研究者の男が変貌したミュータントに向ける。
「「目の前のくそったれ共をぶん殴るとしますか!」」
総司と零次が、並び立つ…!
魔法科世界の秘匿通信
・『ドライ・ブリザード』:一対多において超強い魔法。だが味方がいる状況で撃つのには躊躇われる。本作オリジナル(多分)
・『スター・アサルト』:稀代のCADエンジニアたる『トーラス・シルバー』により制作された特化型CAD。詳細は本編にあるとおり。他にも機能があるが、それはその時に。名前の由来は光(星)の速度で強襲する弾丸を放つから。
次回でダブルセブン編を終わらせたい
別小説でキグナスの乙女たち編初めていいですか?
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