九校戦会場の敷地、普通自身が出場する競技への最終調整を行う選手が使用する場所だが、今この夜間の時間では誰も居ない…いや、誰も居なくなっていると言った方がいいだろうか。
「(話には聞いていたけど、何て汎用性の魔法なの…!?)」
内心で驚愕する雫も、無理はない。今この周囲半径100メートル近くの広範囲が、事前準備もない一つの言葉、束の『近寄るな』という言葉だけで構築された人払いの結界である事は、確かに驚愕に値するものだからだ。
しかもこの結界を維持するために魔法力を割いている様子もない。恐らく一度貼ったらならば術者が解除するか死ぬかまで解除されないのだろう。その持続性も実に驚異的だ。だが、雫は動揺するわけにはいかない。
「…これほどの魔法が使えるのに、七草に負けたんだね」
「…私の魔法は制御が効かない。総司様の為に制定されたルールは私を縛り付ける物でもあったの」
総司の目の前でもない、最早猫を被る必要がなくなった束は先輩である雫相手にも不遜な態度で言葉を放つ。今回の九校戦に追加されたルールは、確かに総司を違反とする者達からの意見を取り入れた烈老師からの提案により制定された物だが、奇しくもその縛りは魔法出力が常に最大限のパーフォーマンスを発揮してしまう…有り体に言えば手加減ができない束にとって、得意の『言霊』を封じられたと同義だったのだ。…しかし、ここは尋常な果たし合いの場。そんなルールなんてクソ食らえである。
「今からでも降参すれば命は助けるけど?」
「冗談を。貴女から総司様を奪い取る事に、自分の命を惜しむ必要なんてない!」
「ッ!」
「…!?」
雫からの挑発に、束は不意打ちで回答した。総司を自分の物にするために手段を選んではいられないといった所か。おおよそ人間の物とは思えぬ速度で駆けた束は、その速度をそのままにして右足での中段キックを放つ。普通の魔法師相手ならこれでチェックメイトだ。だが、その不意打ちは束にとって最も予想外の手法で止められてしまう。束は「自分の命を惜しむ必要なんてない」という言葉に、自己を省みない強化を施す『言霊』を使用した。だが、雫は事前に仲間から彼女の魔法を聞いていた為、常に警戒を怠っていなかった。雫の回答とは…
「(…振動魔法を腕に掛けて、私の蹴りの衝撃と対になる様に振動を発生させる事で、ダメージをいなした…!?)」
北山雫は、振動系魔法を得意とする。原作の彼女の代名詞と言えば『フォノン・メーザー』であるが、アレも光波振動系魔法なので振動系魔法の一種だ。であれば彼女が主武装とする魔法は振動系。あのA級魔法師北山紅音の娘である雫、今まで大した戦闘をしてはいないが、その魔法が持つ精度と強度は、圧倒的な力を持つ総司の弱点にはなるまいと励んできた努力の証だ。そして総司からの愛を受ける彼女は、総司から無意識に精霊のバックアップを受けていた。魔法が下手とはいえ総司はかの陰陽師安部清明の子孫。そんな彼が無意識にとは言え雫にバフを与えていた環境で雫は訓練を積んできた。今や彼女は達也を持ってしても崩すのは容易ではないだろう。
となれば束が取れる方法は一つ、『言霊』での直接攻撃である。
「っ『潰れろ』!」
「…!」
「なんで!?…うあっ!?」
防がれたことに驚いた束は、咄嗟に『言霊』による干渉で雫を攻撃しようとする。だが、どういうわけかその魔法は正しく発動せず、逆に雫からの強力な蹴りをいただいた。その蹴りを受けながら、仮にも近接魔法師としても戦う我慢強さでダメージに耐える。そして自分の体に異変を感じ、それによって何故雫に『言霊』が通用しなかったのかが分かった。
「…ん!?(喉の空気が、揺れてる!?)」
そう、喉の中に微細な揺れを感じたのだ。恐らく、先程『言霊』による攻撃を行おうとした瞬間、その一瞬だけ束の喉の空気に魔法を掛け、故意に振動させることで言葉を発するのを阻害したのだ。言葉を正しく音として世界に向けて発声できなければ『言霊』は発動しない、その弱点を突かれてしまった。一瞬しか掛けなかったのは、自分の防御方法を悟られないようにするためだろう。だが束も超優秀な魔法師、自身への肉体の異常はすぐに感知できた。
「…中々やるわね(あの魔法は彼女と私の魔法力を考えると、口の中が見えていたからあの方法が使えたと言う事のはず…)」
「…今度はこっちから」
「っ来る!」
束は前方から丸でアニメのビーム砲のような魔法『フォノン・メーザー』が接近してきているのが分かる。この女殺す気かよ!?と内心悪態をつきながら跳躍して避ける束。正直彼女自身も相手を殺す気満々だったが、だからといって相手がすぐに割り切り、こちらを殺しに来るような女とは思えなかったのだ。束の考えは正しいのだが…とある理由から雫は自分が手加減をする必要がない事を重々理解していたのだ。
「まだまだ…!」
「連射速度おかしいでしょ!?」
雫はこれからが本番だとでも言うかのように、全力で『フォノン・メーザー』を連発してくる。その速度はいくら特化型CADを二丁用いているとは言えども、軽く機関銃と同等の連射力であった。…本来なら此処で、束は気づくべきであった。標的に命中しなかった『フォノン・メーザー』が、背後で空間に阻まれて消失している事に。最も、最初は単なる射程距離の終点であると考えるだろうが。
「でもこの距離なら…!『吹き飛べ』!」
「甘いよ!」
「…ウッソ!?」
充分に距離が離れた今なら、先程のような防御方法は使えないと判断した束は、『言霊』での攻撃を行う…しかし、その内容に反して雫は吹き飛ぶ事は無かった。よく見ると雫は、両腕にリストバンド型の汎用型CADを二つずつ、計四つもCADを装着していた。手に持つ特化型二丁と合せればCAD六台使用だ。そして束の『言霊』を避けた方法だが、まず足を振動させその振動に指向性を持たせる。そして地面をある程度掘ったらそこで地面を直して固定。攻撃が終わったら穴を開けて足を戻す。ただそれだけのことなのだが…その実行速度が異常であった。目にもとまらぬ速さで四台のCADを操った彼女は、『言霊』による命令をイデアが受け取った時点で既に自身の足を固定する事に成功していた。控えめに言って化け物である。
「…てっきり総司様に頼り切りのお姫様かと思ってたけど…化け物じゃん」
「レディに対して化け物呼ばわりは失礼だよ、ママから習わなかった?」
「お生憎様、生まれた時から母の顔は見た事も無いね!というか、私もレディなんだけど!?」
驚異的なCADの操作技術、振動系魔法への深い造詣。これでは『言霊』という反則魔法を持つ自分ですら、魔法だけでの勝負は難しい。となれば、近接である。先程は防がれたことに動揺してしまったが、対応されることを前提に立ち回ればまた結果も変わってくるだろう。そう考える束だが、すぐにこの思考に至らないあたり、実戦経験は意外と少ないのかも知れない。
そう言う思考で近接攻撃を仕掛ける束。だが、雫は身体強化も最小限にとどめ、技術的に束の攻撃を防いで反撃を狙う。その反撃の鋭さは、雫の華奢な外見からは到底予想が付かない程であり、その反撃を回避するのに束は神経を尖らせていた。しかし、『言霊』によって世界からの修正力をほぼ無視して強化を扱える束にとって、それは苦もない事であり…
「っ!」
「取った!」
こうして自分の体を囮に、高速で背後に回ってからの攻撃は容易い。事実そのフェイントに引っかかってしまった雫は、急いで振り返って反撃を試みる。しかし視線の先にいる束が、既に回避不能な攻撃を仕掛けてきているのを見た雫は、サイオンを両腕の汎用型でも、両手の特化型でもない、胸元の札にサイオンを送りこむ。
「うわっ!?」
瞬間、雫と束の前に現われた五芒星から暴風が発生する。それに当たって攻撃に使おうとした魔法が強制的に解除されてしまう束。そう、雫は魔法『神風』を発動する為の札が仕込まれていた。『
「この…!って、居ない!?」
『神風』の不意打ちを食らってしまい、その間に雫の姿が見えなくなったことに束は動揺する。付近に魔法の気配は一切しない。かといって先程自身が貼った結界から出て行ったという事も感知出来ない。そしてこの場には殆ど障害物がない。なのにも関わらず、束は雫の姿を見失ってしまった。半歩ほど後ずさりして周囲を警戒する束だが、雫の姿は一向に発見できない。不意打ち狙いなのであろうが、一体どこから来るのか束には分からなかったが…一番可能性が高いのは背後である。そして…
「…!『気絶しろ』!」
キィィン…と背後で魔法発動の兆候を感じた束は、振り向いて『言霊』で決着をつけようとするが…
「…!?ぁう…」
何処からともなく強烈な振動を受ける束。そのまま彼女は脳震盪を起こして気絶してしまうのであった…
「…ここは?」
「目が覚めた?」
一体どれ程眠っていたのだろう。束は自分が眠っていた事に気づくと、まだダルさを感じる体を起こす。そこに、雫が声を掛けてきた。そこで束は理解する、「自分は負けたのだと」。
「…お見事」
「まあ、総司君の為ならこのぐらいのことはね」
悔しさ満点の顔で呟く束の賞賛に、相変わらず無表情に近い顔で応ずる雫。そんな雫を一瞥した後、束は首に提げていた貝のネックレスを外して雫に手渡す。
「…これを貴女に」
「…いいの?」
「ええ。このネックレスは所有者が持つ誰かに対する愛情の大きさによって所有者に力を与えます。…そしてその効果は永続です。ネックレスを提げ続けるのは、愛が大きくなった時の更新の為ですがね」
その説明を聞いた途端、雫は自身の中から溢れんばかりの力が生み出され始めた事を理解した。そして、不思議な万能感を。
「そのネックレスは魔法力の強化もできますが、一番は肉体の強化です。今の貴女なら、総司様と同等の身体能力を獲得していてもおかしくはないですね」
「…私が総司君と同じぐらいの力を」
そう呟く雫の瞳は、力を得る不安にも、それを悪用しようとする感情も一切見えず、まるで彼氏とのデートが決まった時のような喜びの感情を宿していた。
「ひえ~、おっかねえ」
そんな二人を近くの建物の屋上から見下ろす影が。今は姓を名倉に変えた零次であった。彼は結界に対する感受性が強い為、束が人払いの結界を貼った事でそれを察知してこちらの様子を見に来ていたのだ。上での文章で雫が加減なく魔法を撃って居たのは、総司の気配が近づいてきて、それでも勘でそれが総司ではない事に気づいた(となれば当て嵌まるのは零次だけ)雫が、「危険な当たり方をしそうになったら止めに入るでしょ」という腹づもりで、総司の障壁、結界魔法に頼っていたのが大きいのである。
「…さて、仕事の続きだ。たっく周公瑾の野郎…何処に隠れやがった?」
零次はそう呟くと、夜の闇に消えていった。
魔法科世界の秘匿通信
・本作での北山雫の戦闘能力は、高い振動系魔法への知識と複数のCADを扱う技術、持ち前の火力とキャパシティで戦う魔法師…でした。束にネックレスを渡されたので、底なしの愛の力で身体能力が大幅上昇。総司と同等の力を得ました。
・決まり手:最後の決着は、『神風』で怯んだ隙に『天岩戸』を発動。どんな状況でもその場を動きさえしなければ絶対に居場所を知られることのない隠蔽魔法を使い隠れ潜み、事前に時間で設定した魔法発動で振り向いた隙に、振動魔法をぶち当てました。簡単に言えば、熱い勝負の末、原作通りの負けた方をしたはんぞー という例えが一番分かりやすいでしょう。
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