魔法?よく分からんわ!殴ろ!   作:集風輝星

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九校戦編 その二十

「おい!どうすんだよ橘!このままじゃいずれコード全部入力されちまうぞ!」

 

「くっ!…それに、俺達もこれ以上は限界だ!このままだと向こうより先にダウンする!」

 

 

五十嵐と森崎が近くに着地した総司に問いかける。その二人の額には汗が滲んでおり、明らかに疲れた表情をしていた。森崎の言う通り、森崎も五十嵐も、体力的にもサイオン的にも限界間近だ。森崎は本人のサイオン保有量の少なさ、真紅郎の『不可視の弾丸』を始めとした魔法の技術に単純に負けていることもあり、いくら実戦を経験した事のある彼といえどもこれ以上の耐久戦は不可能だ。

 

五十嵐は相手していた三高の選手とはいい勝負をしていたが、ここで一高と三高の教育方針の違いが出てくる。一高は置いておいて、三高は「尚武」の校風だ。地理的に大亜連合や新ソ連と戦闘になる可能性が高い三高では他校よりも実戦的な魔法教育を行っている。その差だろうか、三高選手は魔法使用におけるサイオンの消費を抑える事で五十嵐と持久力の差でアドバンテージを稼いでいた。

そんな相手に耐久戦で勝てというのは五十嵐には少々荷が重かったようだ。

 

 

「…一つ、提案がある」

 

 

総司が神妙な面持ちでそう告げる。だが彼の表情から読み取れるのは実現できるかどうかではなく、二人が了承してくれるかどうかについての不安だった。

 

 

「俺が今から話す作戦を実行に移せば…お前達の見せ場が無くなる。お前達は一科のプライドがある「「そんなことはどうでもいい!」」はず、って…え?」

 

 

総司は二人からの意外な返事に驚愕し、思わず振り返る。その二人の表情は覚悟を決めている顔だ。

 

 

「どのみち今のままじゃ負けるんだ。プライドだとかちゃちなものに拘ってはいられない!」

 

「それに、司波の活躍を見て…お前の横で戦ってきて、もう一科だとか二科だとかに頓着は無い」

 

「五十嵐…!森崎…!」

 

 

総司は感動して目頭を押さえるような仕草をした後、実に穏やかないい笑顔を浮かべて五十嵐に頼む。

 

 

「じゃあ、五十嵐は()()()()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

「…分かった」

 

「五十嵐!?」

 

 

嫌な予感がした森崎。だが、同じく嫌な予感がしたであろう五十嵐は平然と森崎を裏切った。恐らく総司の言う通りにすれば損な役回りは回ってこない…言うことを聞かなければ自分がろくでもない目に遭うことを察知しての行動だ。五十嵐は抵抗する森崎を強めに押さえつける。

 

またこの間、観客、両校の天幕内の人間、何より対戦している三高の三人は謎のコントが始まった事に理解が追いつかずフリーズしてしまっていた。

 

 

「おい離せ五十嵐!橘お前何するつもりだ!?」

 

「…何って、これも作戦の内だよ?」

 

「なら何故仲間を押さえつける必要がある!?」

 

「そりゃ…逃げられないようにする為じゃん?」

 

「本当に何するつもりだ!?」

 

 

騒ぎ立てる森崎に構わず総司は彼の後ろに回り、遠方の…三高モノリスを見据える。

 

 

「作戦名ェ!MMMSゥ!」

 

「略すな分からん!ちゃんと言え!…おい待て何だその体勢はそれは明らかに別のスポーツでやるべき体せi」

 

「正式名称ォ!森崎(M)をモノリスの(M)前まで(M)シュート!(S)」

 

 

そう言うや否や総司はサッカー選手が狙いを付けてシュートするかのように美しいフォームから森崎を思いっきり蹴った。モノリスでは物理攻撃は禁止とルールで明言されている。だがそれには仲間に物理攻撃を行ってはならないとは書かれていない。

 

 

「何だと!?」

 

「そんなのアリなのか!?」

 

 

将輝と真紅郎が叫び、もう一人の三高選手は驚愕で声も出ていなかった。

そして彼らが驚愕したのは、蹴った総司が僅かに魔法を発動した事だった。

 

実は総司の靴にはエンジニアの五十里氏謹製の硬化魔法の刻印が刻まれていた。総司は魔法が使えないが、自作で魔法を制作したり等天才肌だ。それは自分が使える数少ない魔法でも同じであり、森崎に直撃する瞬間に硬化魔法で森崎の体を硬化、痛みを消すと同時に骨が折れる等の怪我をする可能性を無くしていた。

 

そしてなんだかんだで嫌がっていた森崎は、雫も使っていた慣性緩和の魔法を使用した。これは事前に五十里が『念の為に』と入れたもの、先程の準決勝でも使用していた。

これによって爆発的な加速に耐えた森崎はモノリスと目と鼻の先の距離まで吹っ飛んだのだ。

 

 

「…どうせこんな事だろうと思った」

 

「が、あっ!…橘、覚えておけよ…!」

 

「覚えてたらな」

 

 

五十嵐は案の定ろくな事をしない総司に呆れ、森崎は通信で総司に恨み節をぶつける。総司は何処吹く風だが。

 

 

「将輝!先にあの一高の選手を止めないと、負けてしまう!」

 

「分かってる!だが、俺が行ったら誰が橘の相手をするんだ!?」

 

「一高のモノリスはもう開いてる!それに彼を止めればいいだけだ!すぐに戻ってくればいい!」

 

「…っ」

 

 

真紅郎に諭された将輝は自陣側にいる森崎を倒すべく移動しようとするが…

ダァン!と弾丸のごとく射出された土によって行く手を遮られてしまう。

 

 

「何処に行く気だ?一条さんよ。俺から逃げられるとでも?」

 

 

将輝が総司を振り切れないのは自明だ。だが、総司は将輝だけを相手するつもりではない。

 

 

「五十嵐!お前はモノリスの前に陣取ってコードを見られないようにしろ!考えることはそれだけでいい、どうしようもないならモノリスに土でもぶっかけてろ!」

 

「おい橘!まさかお前…!」

 

「そのまさかよ!」

 

 

総司は三高選手陣が視界に入るように移動した後、不敵な笑みでこう言った。

 

 

「悪いが三高諸君、俺達の勝ちが決まるまで俺と踊ってもらおうか。勿論、三人まとめて!」

 

 

二本指で「かかってこいよ」と挑発のジェスチャーをとった総司は、ドヤ顔で三高選手陣に宣戦布告した!

 

 


 

 

総司が森崎を蹴り飛ばした辺りで、観客のボルテージはマックスだった。三高がこのまま耐久戦で削り勝つと思っていたのに、いきなり一高有利に傾いたのだ。三高はモノリスに先制攻撃をかけて一気に崩すつもりだったが、そのガン攻めの策が裏目に出た形となった。

 

 

「…奴ならなにか対抗策はあると思ったが…」

 

「まさか仲間を蹴り飛ばすなんて…」

 

「流石総司君!誰も思いつかない画期的な打開策だよ!」

 

 

達也とほのかが総司の行動に驚愕を隠すことが出来なかった。だが相変わらず雫は全面的に総司を肯定しているため仲間を足蹴にする行為を『画期的な打開策』と言い放つ。森崎に対する雫からの印象は最悪なようだ。

 

 

「今の、地味に『兜割り』の要領だったわよね」

 

「エリカちゃんみたいに一瞬だけサイオンを流す技術ってこと?」

 

「そうだな、インパクトの瞬間だけ自身の足と森崎の体を硬化魔法で固定し、一瞬で解除することで痛みを与えずに勢いそのままで蹴り飛ばせたと言ったところか…」

 

 

達也が考察モードに入る。こうなっては止められるのは深雪しかいない。しかもその肝心な深雪は部屋で休んだままでこの場にいない。結果数分の間達也はこのモードのままだった。

 


 

場所は移って一高天幕

 

 

「勝ったな、風呂食ってくる」

 

「武明君バスタブ食べられるの?」

 

「俺は雑食だからな」

 

「雑食にも程があるのでは?」

 

 

驚愕のあまり声が出ない真由美と摩利。それは総司が森崎を蹴り飛ばしたのもそうだが、いきなり桐原達がふざけだしたのがだ。

確かに噂には聞いていた。総司と交流した事で一部の生徒がおかしくなってしまったと。この生徒の代表例はもちろん雫なのだが、実は当てはまるのは上級生の方が多かったりするのだ。

 

 

「というかそれは負けフラグというやつだろ?何で今立てるんだ」

 

「総司の今のドヤ顔がウザかったからだが?」

 

「そんな理由で?」

 

「あんな顔しておいて負けるとか揶揄いのネタじゃん」

 

「それはそう」

 

 

桐原の負けフラグを咎めた範蔵がいつの間にか桐原に同意していた。

 

 

「だが、本当に負けて欲しい訳じゃ無いだろ?」

 

「当たり前だろ、必ず勝つって思ってるから言ってるんだ」

 

「総司だからな」

 

 

かと思えば二人して「フッ…」と笑みをこぼし合う。この二人は総司を完全に信頼しているのだ。特にブランシュを共に壊滅させた桐原は。

 

 

「…と、とにかく!これで形勢逆転ね!」

 

「あ、ああ!これなら勝ちの目がある!」

 

「いや、もう勝っただろう」

 

 

やっと再起動した真由美達が会話の主導権を握ろうとし、いきなり口を挟んだ克人に出鼻を挫かれる。

 

 

「も、もう勝ったって、決めるの早くない十文字君?」

 

「いや、確定だ。今まで()()()()()()()()()()()総司がやっと本気を出せるのだからな」

 

「…何!?まだ本気で動いていた訳では無いと!?」

 

「当たり前だ、本気でやればまず行動不能になるのは三高ではなく森崎と五十嵐だ。レギュレーション違反故物理攻撃こそしないだろうが…明らかに攻撃の苛烈さが上がるぞ」

 

 

そう言った克人の目には今まさに竜巻を起こす総司の姿が見えていた…

 

 


 

 

「オオオラァ!」

 

 

勢いよく総司が腕を振り上げる。すると竜巻のような風が巻き起こり三高を襲う。

 

 

「フッ!」

 

「クッ!?」

 

「う、うわあああ!?」

 

 

将輝は身体強化で余裕を持って、真紅郎はギリギリ回避することが出来たが、もう一人は躱せずに竜巻に巻き込まれ体が浮き上がる。

 

 

「隙あり!」

 

 

そう言って総司は石を指で押し出して射出する。総司の狙いはヘルメットだ。ヘルメットに対して上方向に力を加えて外してしまおうという魂胆だろう。

 

 

「させない!」

 

「チッ!」

 

 

だが真紅郎が放った『不可視の弾丸』によって別方向に加重をかけられた石はヘルメットを掠めるだけにとどまった。

 

 

「っち!結構やり手じゃないか!」

 

「そりゃどうもっ!」

 

 

真紅郎は反撃として『不可視の弾丸』ではなく圧縮空気弾を放つ。しかし得意分野では無い魔法では威力が足らず、総司は微動だにしない。

そして総司は予備動作ゼロで跳躍、どさくさに紛れて森崎のもとに向かおうとしていた将輝の前に躍り出る。

 

 

「うらぁ!」

 

 

総司が地面を殴りつけると、大量の土埃が巻き上がる。そして回し蹴りの要領で蹴る。これによりかなりの範囲に面攻撃を行う事が出来た。将輝ではこの攻撃を完全に回避するのは不可能だ。

 

 

「ちっ、強引には無理か!」

 

 

しかし将輝もただただ受けるだけではない。なるべく土を避ける為に後方へ大きく跳ぶ。だが

 

 

「読めてる!」

 

「何っ!?…ガ、アッ!?」

 

 

将輝が跳んだ瞬間に彼に向かって拳を突き出す総司。将輝と総司の距離は少しあるので直撃するはずもなく、拳は空を切る…本来はであるが。

総司が繰り出した拳のあまりの威力に空気が押し出され、空気弾のようになって将輝の体を直撃、更に射線上にあった土も将輝の体を打ち付けていた。

 

ここに来て初めて将輝がダメージを負う。しかし魔法を使っていないため指向性が無く、総司の周囲に甚大な破壊をもたらしたこの攻撃でダウンしなかっただけで幸運である。

 

 

「…ガハッ、さ、流石は、九島老師のお気に入り、という、訳…か、くっ」

 

 

崩れ落ちた将輝が息も絶え絶えに総司に言葉をかける。これは将輝の心からの言葉であると同時に、時間稼ぎの意味合いも含んでいた。

 

 

「はぁ、はぁ…だが、その身体能力に見合わない、魔法の出力の小ささ…お前、何処かアンバランスだよな」

 

「そんなの自分で分かってるよ。でもそう言うのもあくまで個人差だろ?一部の魔法に適性を示すBS魔法師とかいるじゃないか」

 

「…ああ、そうだな。だからこそ、老師に気に入られた理由が知りたくなってな」

 

「気に入られたも何も、烈爺は俺の保護者だ」

 

「…どういう関係かは聞かないでおくが、納得はしておこう」

 

「それと」

 

 

まだ話をしようとした将輝を遮るように、総司が後方へ腕を振る。

ソニックムーブのような音がした後、地面をガリガリ削りながら風が総司の後ろに流れる。

そして、その先で冷や汗をかいているのは真紅郎。どうやら将輝が気を引いている内に真紅郎に森崎を止めさせるつもりだったらしい。もう一人は五十嵐を攻撃し、真紅郎の移動を悟られないようにしていたようだが、総司は背後で動く気配を察知していたようだ。

 

 

「…時間稼ぎでお喋りをするならもっと楽しげな話題にしてもらいたかったな」

 

「…気が利かなくて悪かったな」

 

 

将輝は若干諦めたようにかぶりを振る。どうやら先程のダメージで体力をゴッソリ持って行かれたようで、立つこともままならないようだ。

 

そして、会場をサイレンが包む。どうやら森崎がコードを入力し終えたらしい。

 

 

「負けたか、優勝するつもりだったんだがな」

 

「ふっ、どうせ一高の総合優勝は確定してたんだ。どうせなら新人戦優勝も取りたくなるからな」

 

「表彰台を三つの競技で独占して新人戦優勝を取れないとでも思っていたのか…」

 

「俺以外の男子が不振だったもので」

 

 

この発言に通信で森崎と五十嵐が声を揃えて「負けて悪かったな!」と悪態をつく。

 

 

「…いや、本当に完敗だよ」

 

「乾杯?今ここでか?それは最終日にとっておいてくれ」

 

「何でここで間違えるんだ…?」

 

 

最後に締まらない会話をして別れる二人。合流した森崎達と共にステージから退場する。その瞬間、あまりにも夢中で、試合が終わったことに気づけなかった観客達が万雷の拍手で選手達を迎えた。

 

そこで総司は観客席の一角でこの世で自分が最も大切にしている(北山雫)が嬉しそうな笑みを浮かべて、総司を慈愛の表情で見つめていることに気づいたのだった。




魔法科世界の秘匿通信

・総司の拳により生み出されて空気弾は、本気で放たれると人間の体に風穴が空く。


・雫は感動の涙等は流さない。絶対に総司が勝つと信じているから


モノリス終わり!

次回は前半のモノリス終了後パートと後半の無頭竜パートのギャグとシリアスの温度差で読者の皆様に風邪を引いてもらえるよう頑張ります

別小説でキグナスの乙女たち編初めていいですか?

  • いいともー!
  • 駄目だね~駄目よ、駄目なのよ~

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