他校の抵抗むなしく一高の圧倒的なまでの総合優勝が確定した最終日。一高は他校から怨嗟の視線に苛まれ…てはいなかった。
「荒野菜ってどんな感じの野菜なんだろうな?」
「野菜じゃ無いし、そもそも荒野菜なんて物は無いぞ総司。後夜祭だ」
「もちろん知ってるけど?いきなり荒野菜とかどうしちまったんだよ達也!?」
「うぜぇ…」
「今達也から初めて出てきたような語彙の罵倒が聞こえてきた気がするが?」
「もちろん気のせいだ」
「だよな」
そう、魔法科高校の生徒達は現在、九校戦の後夜祭でのダンスパーティーを楽しんでいるのだ。この後夜祭は他校との交流を図る場でもあるし、何ならここでカップルが成立すると言うのも少なくはない。
「む?…随分と緊張しているようだが、どうしたんだ?一条」
「え?プリンス様?」
「お前達は…司波達也に橘総司…!」
三高のプリンス殿もこの空気には流石に浮かれない訳も無いようで、深雪めがけて一直線に誘いをかけようとしていた。その夢中っぷりは、深雪の傍に当然のように隣にいる達也と、その達也と会話していた総司に一切気づかなかったほどだ。将輝は思わず身構える格好…総司に対しての警戒心多めでそのようなポーズを取った。その光景に達也は内心呆れ、総司は頭に疑問符を浮かべる。どうやら何故警戒されているのか分からないらしい。
「…この間は世話になったな、橘」
「どうも、お世話しました」
「…くそっ!調子崩れるなぁ!?」
「諦めろ、コイツにまともに取り合えるようになったら手遅れだぞ」
「じゃあ達也も手遅れか?」
「残念ながらな」
「ガチで残念そうじゃん…?」
将輝が軽めのジャブを総司に放つとそのまま倍ぐらいになって返ってきたので将輝はペースを乱されたようだ。
「おいおい、そんなんじゃこちらの妹様と一緒にダンスっちまうなんて夢のまた夢だぜ?」
いくら鈍感な総司でも、こちらに向かってきた将輝の目的は二人の傍に居た深雪を誘うことだと理解したのだろう。からかうような調子で将輝を煽る。
「妹様…?っ!?ま、まさか司波お前!彼女と兄妹なのか!?」
「…気が付かなかったのか?」
「恋は盲目だ、誰かに言われなきゃ気づけない事も多々あるよ」
実際自身が先輩からの助言で雫への想いを自覚したことを思い出しながら訳知り顔で頷く総司。
「一条さんには私とお兄様が兄妹に見えなかったのですね?」
と深雪は笑いを堪えた表情で問いかける。その顔はまさに可愛らしいという印象を将輝に与える。そんな深雪に将輝は年相応の初々しい反応を見せる。だが一つ言っておくが、深雪が笑いを堪えているのは将輝の勘違いを面白がっているのでは無く、敬愛する達也と兄妹に見えない…つまり恋人同士に見えることもあるという風に将輝の言葉を曲解し、その喜びにニヤけてしまわぬように堪えていたのだ。
「…深雪、こんな所に突っ立っていても邪魔だから、一条と踊ってきたらどうだ?」
「そうですね…折角ですし、ご一緒しましょう」
そう深雪が問いかけると将輝は壊れた玩具かのごとくしきりに首を縦に振っていた。それが面白かったらしく、今度は正真正銘将輝によって笑顔を浮かべた深雪。
ではいざ鎌倉。といったところで将輝はふと疑問を口にする。
「そう言えば、橘は司波さんを誘おうとしていたのでは…っていない!?」
「総司ならあそこだ」
達也が指を指した方向をみた将輝は、その瞬間に総司が深雪を誘おうとしていたのでは無い事に気づく。
その先には、両者ともに満面の笑みを浮かべている総司と雫だった。
「何も、世の中の男が全て深雪に惚れる訳じゃ無いということだな」
「…ああ、どうやらそのようだな」
やけにかっこつけた感じで締めくくった将輝だが、深雪に「行きましょうか」と言われた瞬間に顔が綻んでしまった。かっこわる…
「それではお姫様、Shall we dance ?」
「強がってられるのも今のうち、私のダンステクで生まれたての子鹿のように足をガタガタにしてあげる」
「ダンスは拳法か何か?」
総司と雫は二人、お互いの手を取り合ってホールの中心に出てきた。周囲には桐原・壬生ペア、五十里・千代田ペア、罠にでも嵌められたか、キョドった表情で真由美をエスコートする範蔵。先程見た一条・深雪ペアに、達也がほのかと出てきた。深雪がほのかに極寒の視線を向ける。ほのかは気づかない。達也と雫、総司は気づいた。雫と総司は気づかないフリをした。
「というか、総司君ダンスなんて踊れるの?」
「学校行かなかった分暇だったからな。烈爺にも一応の社交辞令として学んでおけって言われてたし」
「ふーん…で、女の人と踊った経験は?」
「え?こういったダンスって男女で踊るものだろ?逆に男と踊った事が無いんだが…」
「その踊った人の名前って覚えてる?」
「はっ?…い、いや、覚えてないです…」
「そう…なら仕方ないか」
「…もし覚えてて、その人の名前聞いてたら雫ちゃんはその人をどうするつもりだったの?」
「もちろん総司君が作ってくれた『風神雷神』で焼き尽くしてたよ?」
「やだこの子、物騒すぎ…!?」
かつて
それからしばらく、総司と雫は最初から最後まで、休憩を挟みながら二人で踊り続けた。彼らを見た者達は、一様に『ラブラブな高校生カップル』だと思ったことだろう。ほぼその通りなので問題は無い。
「はあ…はあ…さ、流石に疲れた…」
「俺の勝ち。なんで負けたか、明日までに考えといてください。そしたら何かが、見えてくるはずです」
「単純に総司君の体力が化け物だっただけだと思うんだけど…」
「それを言っちゃあお終いよ」
そして二人は会場の端の方で並んで向かい合う。
「ねえ、総司君」
「ん?どうした?」
総司が雫の方を向くと、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。
「…今度、ウチの保有してる別荘に行かない?」
「え、行く行く!どんなとこなの?」
「夏と言ったらやっぱり海でしょ?」
「ほう…面白い、この俺と水泳勝負か」
「絶対に勝てないから」
「自分でも提案して悲しくなってきたよ」
「強者故の孤独って奴だね」
「お褒めいただき光栄の極み」
二人はいつもの調子で会話を続けているが、雫の顔は相変わらず真っ赤だし、それに釣られて総司の顔も真っ赤だ。
「でも急だよな?なんでいきなり別荘なんかに?」
「…ウチのお父さんが『婚約者だけじゃなくて友達にも会わせてくれ!』って五月蠅いから」
「…あの人はさぁ…」
総司は以前雫の家に訪れたときに出会った雫の父親…北山潮がその台詞を言っている姿を思い浮かべて思わず呆れてしまう。
しかしここで総司の気持ちは若干落胆する。彼は今まで二人きりで…!?なんて期待していたのだ。内容を詳しく聞かずに勘違いして勝手に落胆するのは童貞の反応のソレだが、総司は実際そうなので仕方ないだろう。
「それで…ね?」
「?」
「…モノリスが終わった時に言おうとしてた言葉は…その時に、もう一度聞きたいなって」
「っ!?」
総司は雫からのお願いに激しく動揺する。つまり雫は一度しくじった告白をもう一度やれと言っているのだ。結局いつかは伝えなければいけないので総司は覚悟自体はしていたが、まさか相手からおねだりされるとは予想Guyすぎて言葉が出てこなかった。
「…分かった、必ず伝えるよ」
「…待ってる」
顔から湯気が出てきそうな程恥ずかしい。二人の内心はこの時共通していた。
「…いやー、それにしても暑いな…」
「…夏だしね」
恥ずかしさで先程までペラペラ出てきていた軽口すら言えなくなってしまった。
すると雫が何かを見つけたように総司に話しかける。
「総司君、頭にゴミがついてるよ」
「俺の
「言ってない」
そう言うや否や、雫は「右の辺りだよ」、「もうちょっとずらして」などの言葉で総司の手を誘導する。しかし一向にゴミが取れる気配が無い。
「…もう、仕方ないな。私が取ってあげる」
「お、おう。ありがと…」
チュッ
軽い音が響く。それは近くに居ても聞き取れるかどうかは怪しいほど小さい音だった。だが総司には、当事者である総司にはハッキリと聞こえた。
「…今はここまで。ゴミ、取れたよ」
「………」
「…なんだか急に眠気がしてきた。…またね」
「………」
雫は可愛らしい照れ顔で総司に別れを告げて部屋に戻っていく。
「………??????????????????????」
対する総司は、丸で某ウマ型アンドロイドがエラーでも吐いたかのような表情でフリーズしていたのだった。
魔法科世界の秘匿通信
・響子は一瞬殺気を感じた。
・北山潮は総司の事を雫の婚約者だと思っている。
次回は夏休み編…ではなく、先に番外編で九校戦前に総司が北山家を訪れたときの話です。
別小説でキグナスの乙女たち編初めていいですか?
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