謎の工作員、ジローの襲撃から一夜明け…達也は、いつもとは違う教室の雰囲気に気づく。別に生徒達の表情が暗い訳ではない。だが、いつもより静かだと達也は思ったのだ。そしてその理由は直ぐに思い立った。
レオ、エリカ、総司の三人が登校してきていないのだ。遅刻が無い訳では無いレオと、したことは無いが可能性はありそうなエリカはまだ遅刻かもと納得できる。しかし総司が居ないのは不自然だ。
「あっ、達也さん」
「美月、あの三人はどうした?」
「それがよく分からなくて…」
「まあまあ二人とも。いつも騒がしい三人が居ないのは寂しいけど、学業に支障が出ることは無いよ。むしろ総司に至ってはいると授業が進まなくなってしまうかもしれないからね」
「それもそうだな」
「ええ…」
三人を真面目に心配していた様子の美月が、あんまりにも淡泊な二人の問答に困惑を抱く。だが達也と幹比古にはレオとエリカが休んだ理由が思い立っていた。
昨日、工作員からの尾行に気づいていたレオとエリカ、幹比古は工作員ジロー・マーシャルに挑むも、惜しいところで負けと言わざるを得ない状況に追い込まれてしまった。監視だけが目的の、今のところ敵意が無かった相手をわざわざ叩く必要は無いと思い意図的に無視をしていた達也はともかく、総司は助けに行くぐらいなら最初からやれよと幹比古は思ったが、ともかく総司が悪かったのだ。レオとエリカは今回の論文コンペで達也の護衛をしようと息巻いていた。達也本人は千代田が五十里と並行して、ある程度は目を向けてくれているだけで護衛になると言ったのだが二人は聞かなかった。
そして満を持しての護衛の仕事を失敗で終わらせてしまった(本人達目線)二人は、遅れてきておきながら余裕綽々で相手を制圧してしまった総司に対して悔しさを覚えていたのだ。聞くところによれば、風紀委員会は当初、「司波達也を護衛できるのは橘総司だけ」と結論づけていたそうではないか。つまり自分達では達也の護衛たり得ないと言われたも同然であり、それは負けず嫌いな二人の向上心を刺激するのは簡単だったのだ。
その理由から察するに、二人は恐らくエリカの家の道場で特訓をしているのではないだろうかと推測が立つのだ。しかし、それはそれとして総司が休んだ理由が分からない。護衛対象である自分にすら何も言わなかったことから、総司を呼んで指南を受けているとは考えづらいし、そもそも脅威的な身体能力を基本とした戦術をとる総司の指南を受けて強くなれるかどうかは怪しいものだ。恐らく総司は二人とは別の場所にいる。所在だけでも知っておこうと達也は総司のナンバーを探索して電話のコールをかける…ところで止まった。総司まで二人と共にいるとは考えづらいが、総司一人が特訓をしているとしたらどうだろうか。今ここで電話をかけても出てこない可能性が高い。そう思った達也は別の人物に電話をかけた。
「…もしもし、雫」
『どうしたの達也さん?もう直ぐ授業が始まるよ?』
「総司が登校して居ないんだが何か知らないか?」
『総司君なら今朝方に「ソロモンよ、私が帰ってきた-!」って叫びながらどこかに行っちゃったよ』
「どこか聞いていないか?」
『聞いていないけど…「私が帰ってきたー!」って言ってたから多分京都じゃないかな?』
可能性は大いにありうる。総司にとって八王子から京都までの距離など、達也と深雪が登校に必要とする時間よりも短いタイムで走り抜けられる化け物だ。目的としては、身体能力で恐らく世界最強に君臨する総司が伸ばすべき場所と言える魔法技能の修練だろう。京都は彼と関係が深い九島の本家がある場所だ。彼らの手を借りて魔法の訓練に行ったと考えるのが自然だろう。しかし、今のままでも充分以上に強い総司が何故魔法技能を欲するのか、そこには何らかの意図があって然るべきだ。
「総司は一体何を目的にして…?」
『分からないけど…多分、そんなに重要な事じゃ無いよ。だって総司君の考える事って大体面白さを追求してるから』
「厄介な…」
丁度そのころ…
「…と、このように魔法を行使するのだ。分かったか?総司」
「スマン烈爺、全く分からん。実践で教えてくれ」
九島が所有するまさしく日本建築と呼ぶべき家屋にて、九島烈は自分の息子のように気にかける目の前の男、橘総司に魔法を教えていた。
「…お前は、この魔法をお前に教えていること自体が異常だと言うことに気づいているのか?」
「分かってるけどさぁ、USNAにも使い手がいるならもう情報漏れとか言っても遅いでしょ」
「…あの者は一応、れっきとした九島の血を引く者なのだがな…」
どうやら烈はいくら総司相手とは言え、今から教えようとする魔法を、本当に教えてしまっていいのか思案していた。
「そもそも、お前がこの魔法を使うことができるのか?」
「根性でなんとかするよ」
「はっはっは!相変わらず愉快なことを言うな、総司よ」
「と言うことで頼みます!」
「よかろう、よく見ておけ総司」
「これが…
第一高校の昼休み。論文コンペで発表する実験に使用する機械が置かれている場所で、達也は未だに思案顔だった。
「(総司は結局どんな魔法を習得するつもりなのか…いやそもそも魔法習得に行ったというのもあくまで推測だ。雫の言うことだから京都は確実だが、身内が倒れたとか…それは老師が倒れたと同義か…)」
達也はそんなことを考えながらも機械に何かしらの問題点が無いかどうかを見回っていた。すると耳に聞き覚えのある声が聞こえる。
「この辺にぃ、なんかぁ、美味いラーメン屋できたらしいっすよ?」
「ほーん。なら、今夜行きましょうねぇ」
「何やってんですかお二人とも」
「あっ司波君!」
「げっ!司波君!」
そこに居たのは五十里啓と千代田花音の許嫁コンビであった。五十里は発表メンバーであるため此処にいるのは当然であるのだが、千代田は目を離すといつも五十里と共にいるので居ても不自然では無い。そんな二人は会話をしながら何かを見ていたようだ。
「何見ていたんですか?」
「ほら、あれよあれ!」
「…あれは」
言われるがままに目を向けた先には、自分達のリーダーである市原鈴音が、風紀委員の関本と言い争っている光景だった。
「…お二人は仲が悪いのですか?」
「はぁ!?私と啓の仲が悪いかですってぇ!?」
「違います、総司みたいなこと言わないでください。お二人では無く、市原先輩と関本先輩の事です」
「あのねぇ、私と啓は昔から…」
「聞いてますか?」
「あはは…代わりに僕が答えるよ」
そうして聞いた話によると、どうやらあの二人は入学当初から意見の対立から仲が悪く、悪くてもあそこまで表立って争うことは無かったそうだが、今回の論文コンペ出場者を決定する学内順位で、僅差で市原先輩が勝って選ばれたことに不満を抱いているらしい。故に最近は露骨に対立の姿勢を見せているらしい。
昔の森崎みたいだなぁと思いながらそちらをぼんやりと眺めていると、キョロキョロと周囲を伺う行動をするあからさまに怪しい生徒がいた。
「…司波君」
「分かっています」
千代田も気づいたようだ。そしてそれは向こうも同じだったらしい。こちらと目が合ったその生徒は一目散に逃げていく。
「追うわよ!」
「了解!」
二人して加速術式を使いながらその生徒を追いかける。その生徒は魔法を使わずに逃走しているようで、たやすく追いつくことができそうだ。しかし、ここで魔法の出力の点で千代田が上回っていることから、先に彼女が追いついた。
「逃がさないわよ!」
「!委員長、それは!」
千代田家の秘伝、『地雷原』。地面という役割を担う物体さえあれば、そこに地震かのような振動を起こすことが出来る魔法だ。だが明らかに過剰火力だ。逃げる生徒の制服から察するに相手は二科生だ。自分や総司のような異常な強さを持つ二科生なんてそう居ない。地雷原はかなりの威力を持つ為、相手が持たない…そう達也が考えたとき、その生徒は異質な
「…!あの札の魔法は!?」
達也には札に記憶されている術式に覚えがあった。それは今年の九校戦にて、北山雫が自身の妹を破った要因となった魔法、『風神雷神』の風による魔法式構築の妨害術式であったのだ。事実、札が発光したかと思うと、千代田が使用した地雷原が…それどころか、加速術式も解除されてしまった。
「!?きゃあ!」
「千代田委員長!」
自分の術式も流された達也だが、持ち前の運動能力でなんとか千代田を支える。しかしこのままでは問題の生徒を逃がしてしまう…そう思い、すぐにでも追いかける為に急いで生徒の方に向き直す達也。すると…
「きゃあ!?」
「…!あれは?」
その生徒の目の前から、何も無かった場所から、いきなり人の手が伸びて、その生徒の顔をわしづかみにした。気づくとそこには第一高校の制服を着た人物が立っていた。
「総司…?」
それは今日、欠席していたはずの総司だった。
魔法科世界の秘匿通信
・外国の仮想行列使い:多分金髪、多分軍人、多分一等星、多分戦略級。
・虚空から現れた総司:どうやったんでしょうねぇ…(白目)
別小説でキグナスの乙女たち編初めていいですか?
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いいともー!
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駄目だね~駄目よ、駄目なのよ~