世界が止まったかのように、一高生全員の動きが止まる。あまりにも一瞬で状況が大きく動いたため、その処理に時間が掛かっているというのもあるが…
「総司が…やられた?」
達也が信じられないものを見たような顔で呟く。回復した幹比古が式神による視界共有を行い、戦場の全員に満身創痍の総司の姿が映る。
ほのかと美月は恐怖のあまり声が出ていない。無理もないだろう、総司が止めなければあの力の化身とも言うべき恐怖に襲われていたのだから。そして幹比古は自分が生きているという事実に驚愕している。手加減されたのかは知らないが、まさか総司を身体能力で圧倒する存在が居るなどとは思わなかったのだ。
「…これマズいんじゃない?」
青い顔でそう言ったのは、先程総司に命を救われたばかりのエリカだ。まさか自分達の切り札がこうもあっさり撃沈するなどとは予想だにしなかった。
「総司君…嘘だよね?」
「クソッ!待ってろ総司、今助けるぞ!」
「無茶だ桐原!」
泣きそうな顔で総司の名を呼ぶ壬生。あまりの怒りに冷静な判断が出来なくなっている桐原。しかし、この戦場で最も冷静な人間の一人であった範蔵がそれを制止する。
「…まずは状況の整理から始めようか」
「啓…」
声音や発言こそ冷静だが、その顔に隠しようのない怒りを滲ませた五十里、そんな五十里を見て千代田は怒りを収めることが出来た。
「…そうですね、事実確認を早急にした方がよさそうです」
インカムによる通信を行いながらも、達也は今か今かと『再生』を放つために構えて隙をうかがっていた。その間にエリカ達と合流し、レオも回復している。
「あの少女…確か不二原と名乗った少女が、総司を身体能力で倒してしまった…大本はこれですね」
「到底彼女から想像できるような力じゃないわね…」
「それは総司にも当て嵌まるから参考にできないぜ」
達也の事実確認に合いの手を入れるエリカとレオ。こんな時でも息の合うコンビであるが、ここで幹比古からの情報が入る。
「…彼女は『言霊』の魔法を使っていた。すると一つ考えられるのが…」
「『言霊』の音に魔法を乗せるという性質を利用して、自分自身に魔法を掛ける自己催眠の類いか」
「催眠?それとあの動きがどう関係してくるのよ」
幹比古から引き継いで魔法の正体の考察を述べた達也に、千代田から質問が飛ぶ。だがその質問は達也達二人以外が最も説明を求めていた事であった。
「…自己催眠を行うと、読んで字のごとく自分が催眠状態になるんだ」
「それは分かるけど…」
「肝心なのが、コレを使えば自分が体に負担を掛けないように普段しているストッパーを外す事が容易いという事だ」
「ストッパー?」
尋ねるような桐原に対し、インカム越しに頷きながら達也は言葉を紡ぐ。
「俺達は無意識に生命活動を脅かしかねない活動を避けるように本能が動く。それを催眠で自由自在に操ることで自分の真の限界を引き出せると言うことだ」
「でもそれなら普通の催眠魔法で良くない?何で『言霊』だから何かあるって思ったの?」
「他の催眠魔法では仮に無抵抗だったとしても相手のエイドス・スキンを破らなければならない関係上、自己催眠以上の魔法演算領域を使わなければリミッターを外す事は出来ない。だから普通の催眠ではなく、自分自身で掛けられる催眠である必要性がある。そして催眠中は細かな指令を受け取れない程、思考力が低下する。自己催眠をした上で追加の魔法を掛けるのはほぼ不可能だ。だが『言霊』なら言葉に意味を持たせればその意味を正しく、そして同時に実行できる。自己催眠と自己強化を両立出来るんだ」
「…そんなの、勝てるわけないじゃない」
絶望したかのように言葉を発したリーナには今頃、古式魔法師が恐ろしく見えているだろう。だがその古式魔法師である幹比古から一つの考察が飛んでくる。
「…かなりの確率だけど、彼女の自己催眠は恐らく時間と回数に制限が掛かって居るんじゃないかな」
「どうしてそう思うんだ?」
「こんなに凄いことが出来るなら、最初から使っていれば良かったのに、彼女は総司が来るのを確認するまで出し惜しみをしていたかったみたいだからだよ」
「なるほど…」
幹比古の考察では、彼女のあの力は時限制であるという考えだ。確かにそれならば勝てる可能性があるだろう、だが彼らにはまだ確認しなければならないことがあった。
「そう言えばさっき、不二原の魔法を総司がくらってたよな」
「確かに不自然だ。アイツは基本的にエイドスへの干渉を行わなければならない魔法技能に対する絶対的な対抗手段を持つ。それなのに破られるなんて、そもそも自分から解除した以外に考えられない…」
「あの…一ついいですか?」
総司の異能を貫通する不二原の『言霊』。威力もそうだが、その圧倒的な汎用性や異質さに驚愕しっぱなしの一同。早く総司を助けなければならない焦りも混じっていた故に、彼の異能の無効化も『言霊』によるものだと結論づけてしまいそうだった。ほのかが声を上げるまでは。
「どうしたほのか?」
「さっき総司君が魔法でダメージを受ける前…とっても嫌な感じの光を見たんです」
「光…?」
その光が一体どうしたのかと一同は疑問符を浮かべる。ただ一人、ほのかの家が光のエレメンツであり、光に対する感受性が高いことを念頭に置いて考察をした達也には、一つの回答が浮かんだ。
「…『
「『邪眼』?それって確か洗脳を可能にする系統外の精神干渉魔法ですよね?それで総司さんを洗脳できるんですか?」
達也の出した結論に、美月が異を唱える。あまり聞きなじみのない『言霊』と違い、『邪眼』は精神干渉魔法としては比較的に名前が知られている…それ故に、彼女は『邪眼』を完全に理解したつもりでいたのだ。だが、この場で達也以外に二人、正解に達した者達が居た。
「…光波振動系の方のパチモンか」
「本物の方の『邪眼』は総司君には効かなかったしね」
それはかつて本物の『邪眼』に襲われ、直後に総司の異能によって助けられた桐原と壬生だ。二人の発言に頷きながら、達也は考察を述べる。
「光波振動系の『邪眼』はあくまで洗脳を行う光を放つ魔法だ。総司の異能では防ぐことの出来ないタイプの魔法になる」
「でも、それじゃあ洗脳をするのにかかる技量が本物とダンチよ?それに総司に対して普通の催眠って効くのかしら…」
「別に完全に催眠する必要はありません。一瞬でも、総司が自分の異能を使っていると誤認させれたら、その隙に魔法を撃ち込んでゲームセットです」
そう、今回の戦闘において、実は追い込まれたのはパラサイトでも一高生達でも無く、総司個人だったのだ。
総司を超える身体スペックを一時的に発揮できる束、エイドス干渉ではない普通の催眠で総司の魔法を封じたのは、光の発生源からして恐らく周公瑾だろう。そして、時限制の束や直接戦闘では勝ち目が薄い公瑾を護衛する役目もある零次。この三名の実力者に加えて、パラサイトという倒さなければならない存在を用意して総司を誘い込む。
この計画は実は直近に、レイモンドがパラサイトをおびき寄せる餌を撒いた時に考えられていた。パラサイト達は罠ではあると思えど、大して考えもせずに今日の日を迎えようとしていたし、零次に至ってはまた総司と正面からやり合うつもりだったらしい。そこに公瑾と束が入れ知恵をした形となる。
こうして状況確認や、相手の暫定的な戦術を考察できた。ならば次は…
「それらをふまえた上で、どうやって総司君を助けるかですね…」
神妙な顔をして呟く深雪…彼女は若干安心していた。みんなが真面目に動くのだ、いつものようなカオスさはない。自分がツッコミに割り振られている残酷を嘆く普段よりも、今この戦場が気持ち楽かもしれない…そう思っていたのだ、この時までは…
「俺に考えがある、アイツを生かした上で、奴らを倒す方法が」
頼もしい兄の言葉に、喜色を浮かべながら見上げた深雪。直後、その表情に似つかわしくない台詞を聞いて、彼女は絶望のどん底に落ちる…
「奴らを…ギャグ時空内に閉じ込めるんだ」
「「??????????」」
お前は何を言っているんだ(困惑)
頭に大量の疑問符を浮かべ、フリーズしたサイボーグウマ娘のようなアホ面を晒す深雪とリーナ。そんな二人を余所に、「確かにその方法ならいける」とか、「希望が見えて来たな」などと言い出す面々。二人から、特に深雪からすれば、今後もこの異常者共と交流していかねばならないという絶望の方が大きい。希望など見出せない。だが残酷にも時は進んでいく。
「ならそれで」
「「「「「異議無し」」」」」
もうダメだよコイツら。来年の一高は終わったかも分からんね。
俺疲れてんのかな…(自分が書いた文章を見直して)
魔法科世界の秘匿通信
・ギャグ時空なんて無いし、そんな魔法も無い。彼らの思い込み。
・『言霊』は本作における(多分)オリ魔法の一つ。言霊を用いるにあたって文字数制限も特にない。今回は『橘総司より強い』という自己催眠を束が掛けて、肉体的、魔法的にリミッターを外し、更についでで世界を騙す魔法本来の使い方も用いる事で、超強力な強化魔法を掛けられる
別小説でキグナスの乙女たち編初めていいですか?
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駄目だね~駄目よ、駄目なのよ~