2017年.7月29日.1430hrs
扶桑.宮崎県.新田原 国防空軍基地
新城たち第301飛行隊見習い組と協同試験評価飛行隊との訓練飛行の準備が整いつつあるなか、基地施設内にある執務室で基地司令兼第5航空団司令である彼女、上園 沙耶空将補はある人物と電話で話していた。
「......それで本当にいいのね、財津課長?」
口元に笑みを浮かべながら話す上園。その表情は新しい玩具を手に入れたような子供、と言うよりは悪さを企む“魔女”の顔、そのものだ。
『......ここまでに必要な事は全部やった。佐東を説得するのにも骨が折れたわよ』
「眞子を?それはそれは大変だったわね~」
『他人事だと思って......』
ケラケラと笑う上園に電話の向こうで溜め息を吐くのは次期主力戦闘機ASF-X計画の統括者である防衛省の女性官僚、財津 望(ザイツ・ノゾミ)課長だ。彼女はASF-X計画の予算管理をしている。
『ともかく......これ以上に無い舞台を準備したんだから、貴女が司令を務める新田原がF-3の初装備部隊に相応しいか、それが掛かっているのよ。理解してる?』
F-3戦闘機を扶桑で初めて受領し実戦配備した航空団。これはとても誇らしい事であり、上園が計画を聞いてからずっと考えてきた事の一つでもある。
通常、基地司令が相談出来るような話ではないのだが、上園は現役時代に知り合った各方面へ根回しを行っていた。それは防衛省の航空幕僚監部の背広組にまで広がっていた。
背広組の一人である財津は旧知の仲である上園の強引な頼みに首を横に振ることも出来なかった。財津は大臣や空幕のメンバーに話したが最初は誰からも相手にされなかった。だが「上園」の名を口に出した瞬間、血相を変えて話に乗ったのだ。
国防空軍内で上園の名は「西部の狂犬」と呼ばれており、一部の人間からは恐れられているそうだ。あらゆる手を使っても実行するその性格の上園は要注意危険人物として認識されている。
ある意味で喧嘩は売りたくないNo.1の元魔女。
「分かってるって。要はうちの部下がそれなりの実力を見せればいいんでしょ? なら簡単よ。ヘマしたら戦闘機の機首に縄で縛りつけて、操縦課程のヒヨッコの訓練に付き合わせてあ・げ・る♪って言って頼めばいいのよ」
『それ頼みじゃなくて完全に脅迫よね......?』
財津は上園の行い(予定)に軽く恐怖していた。
他人が冗談だと思う事を平然とやる上園だ。以前も喧嘩をふっかけてきた新人のウィッチを教導群の機体のパイロンにミサイルのように付けて夜間飛行させた事があった。そのウィッチは快適な空の旅(?)を経験して完全に目が虚ろになって己の行いを謝罪し、改めたらしい。
それに対して何も苦情や罰が来ないのを見れば、上園が裏で手を回しているだろうと用意に想像がつく。空幕長(航空幕僚長)も知ってはいるが、彼女からの報復が恐ろしくて黙認するしかないのだろう。
財津が通話が始まって6度目となる溜め息を吐く。
『......空幕長も苦労が絶えないのだろうに......』
「?何か言った?」
『なんでもないわよ』
「ならいいけど......とりあえず、下準備ありがとう、望」
『どう致しまして。ちゃんと成果を出しなさいよ?』
「了解よ」
そう言って上園は受話器を置き、電話を終えた。
椅子から立ち上がると背後にある窓から外の景色を眺める。丁度基地のエプロン(駐機場)から誘導路へと進む第301飛行隊のイーグルが2機とストライカー・ユニットを履いたウィッチ2人の姿が見える。
「三嶌3佐は手が早いわねぇ。彼らが頼んだのかしら?まぁ、どちらでもいいわ。アレが手に入るのなら、ね」
1450hrs.side/徒梨“アイドラー”航平
現在位置は四国の太平洋沖、25000フィート上空。
右を向けば100mほど先に僚機であるコバルト2が飛行しているのが目に入る。左を向けば永遠とも思えるほどに広がる青と水色が混じった空と雲海。ちょいと昔までは修学旅行の旅客機でしか見れなかった光景だ。オレがいつもの愛用のカメラを構え1枚シャッターを切ろうとボタンに指を掛けたところで、無線が入る。
《“アイドラー”もう一度確認したいんだが......》
「“ジンギス”オレたちに与えられた“ハンデ”の事か?」
《それだ。本当にコレを使うのか?》
“ジンギス(楯山)”が言っているコレとはイーグルの腹に抱えている対ステルス機用のセンサーポッドの事だ。元々は偵察機用の戦術電子偵察ポッド「TACER」で、偵察用機材を降ろして電子光学探知装置やら赤外線などで構成されていて、空域捜索や目標探知・追跡・識別やミサイルの発射点特定など、空対空に限らず空対地にも使える優れものだ。
まぁ、今となってはSEAD(敵防空網制圧)機や哨戒機、局地制圧機などにしか活用の場が無い無用の代物だ。コスト高いし、対ステルスって言っても前方・側方・後方・下方しか探知出来ない。上を探知するには背面飛行するしかない。戦闘機にとってはデッドウェイトに過ぎない。
「あっちは震電だし、使えるもんは使っときゃいいんだよ」
協同試験評価飛行隊、以後「協試隊」の園田1尉と教導群の日野2佐が話し合って決めた対ネウロイ・ウィッチ戦という名のDACTは、2on2(2対2)でどちらかが2機とも撃墜判定を喰らえば試合終了、だそうだ。あちらさんは永瀬と浅野の両3尉。どちらも隊ではASF-Xの試験ストライカー2脚を任せられているそうだ。実力は未知数だし、侮れない。
こっちはDFイーグルなんだからハンデくれよーっとオレが頼んだら協試隊の園田1尉から幾つか戴いた。
1、協試隊のウィッチの武装は自動小銃と誘導弾1発のみ
2、301隊は様々な兵器・装備を使用
3、同隊は1機につき1度だけ被撃墜判定を無しに可能
4、同隊はどんな手段を用いても構わない
嘉手納基地に半年ほど配備されていたF-22A“ラプター”との戦闘訓練の経験がある教導群パイロットからアドバイスを貰ったりして対ステルス用の作戦を考えたが、厳しいのには変わりない。
被撃墜判定を1回だけノーカウントに出来るハンデを貰ったが、正直、パイロットのプライドが許さない。それは使いたくは無いので、代替え案としてオレが考えたのは......
「だから、頼むぜ“ハート・アイ”」
《報酬のロイヤル・ジャンボチョコパフェ忘れないでよ?》
オレからの呼び掛けに応答したのは、心の目のコールサインを持つ上代 操(カミシロ・ミサオ)2等空尉だ。索敵系に特化した固有魔法を持つAEW-W(早期警戒ウィッチ)で、本来は青森県三沢の飛行警戒航空隊第601飛行隊に所属しているが、もうじき始まる琉球の一大航空演習に参加する為に新田原で待機していた。来月の後半までは暇、と本人が言ったので助けを求めて今に至る。
報酬のロイヤル・ジャンボチョコパフェとは助けに応じた見返りの品であり、基地近くの老舗の店で出してあるスイーツなんだが、ジャンボと名がつく割には量はそんな無い。値段高いから1撃でオレの財布が悲鳴を出せないほど酷くなるのは決定。
「分かってるって。ちゃんと予約は離陸前にしたぜ」
《OK。なら、報酬に見合う成果は出さないとね》
彼女は現在、オレたちより100kmほど離れた位置で滞空して周囲を索敵してもらっている。オレの目の前にあるレーダーディスプレイの1つには彼女から送られてくる精査された周囲の状況が映し出されていた。
同じ型のディスプレイを見つめていた前席の新城が呟く。
『さすが空間把握を持つウィッチだな。これなら勝算もある』
数年前に導入された新型のリンクシステム。
「W-7」ウィスキー・セブンと呼ばれるこのシステムは通常部隊が敵を捕捉出来ない場合、同行する航空ウィッチまたは遠方を飛行するWAWACやAEW-W等のウィッチが使用する魔導針や索敵系固有魔法で捕捉した目標をデータリンクでレーダー画面上に表示させるシステムで、敵の種類、高度、速度、機数などを出す。
ウィッチによってはどれが子機で、どれがコア持ちなのかを特定することも出来る為、対飛行型ネウロイ戦では常時必要とされている。
《一応言っておくけど、今、そっちが指示した魔法力探知モードに切り替えているからね? ズルじゃないの?》
「あちらさんが、ステルスというアドバンテージを持っているからな。それにあっちが何でも使えって言ったんだ」
《そうそう、使えるもんは使っとかなきゃな、ね?》
オレの言葉に賛同するようにコバルト2の“クーリ(栗山)”が言った。こうでもしなきゃヤツ(震電Ⅱ)は......ん?
レーダー画面にブリップ(輝点)が現れたと思えば一瞬で消えた。方位は南、距離は60kmほど。直ぐに“ハート・アイ”を呼ぶ。
「“ハート・アイ”こちら“アイドラー”一瞬だけレーダーにブリップを捉えた。ターゲットか?」
《“アイドラー”こちら“ハート・アイ”此方も見ていたわ。そちらから方位1-8-0、高度28000、距離30マイル、1機。探知に引っ掛からない......?》
「“ハート・アイ”どうなってるんだ?」
“ハート・アイ”が今、ウィッチ等の魔法力を探知出来るレーダーモードで探査しているはずだが、映ってはいない。魔法力をシャットする機能でもあるのか?
すると、答えがわかったらしい彼女が伝える。
《彼女たちもなかなか面白い方法を試してくるねぇ》
「面白い?」
《“滑空”して来るなんて、ね》