- side 三人称 -
悲境と呼んでも過言ではない身の上話はお互いに明かし終えた。
忌むべき過去を吐き出した女、過去そのものが実は存在すらしていなかった男。
この城に足を踏み入れ如何なる怪物と戦った時よりも精神が摩耗した様に感じられる。
自然と口数も少なくなり―――と言うより話す気力が湧かない、相手から聞いた重い話を頭の中で整理したいというのもあったかもしれない。
唯々目を閉じて考え込む様に黙して語らず。
斯様な時間が刻々と過ぎ去り、遂には沈黙を破る第一声が発せられた。
「貴方が、造られし存在であり独立した自我に目覚めたというのは解りました。ですが…。」
言葉を紡ぎ出したのは魔女からであった。懸念すべきことは多々ある、狩人はドミトリーという創造主に生み出された人造の生命体だ。であればまず尋ねるべきは―――
「敵対の意志は無いと宣言してくれた手前でこの様に尋ねるのは…その…。
…心苦しくはありますが貴方の言葉は本当に信じてもよろしいのですか?
それに敵方に情報が筒抜けになる、又は貴方自身が相手に操られるケース等はないのですか?」
「その辺りを危惧するのは至極当然か。安っぽい連続ドラマや三文小説なんかじゃよくあるベタな展開だからな。はははっ…。
…そりゃあタダでさえ教団幹部だった男に造られた人外とか言う地雷以外の何物でもない経歴持ちだ。手放しで安心安全とはいかんだろうよ。」
肩を落とし自嘲めいて語る狩人の姿を目にしながら魔女は顔を曇らせる。
相手に追い打ちを掛けるような言葉を投げている。
自覚はある。
自分は今どうしようもなく心無い言葉で相手を傷つけているのだと。
彼は単なる都合の良い
それでもだ、彼女の立場上どうしてもハッキリさせておく必要性がある。自分だけの命ならいざ知らず、弟や白馬家のご息女に今後、城内で救出する人々の生死にも直結するのだから。
「――そうだな…まずお前が例に挙げたような事例だがそれは問題ない。俺を介して見聞きした物が彼奴に知れ渡るリスクは無い。"俺自体が元からそういう風に造られている"からだ。
ドミトリーに忠実な傀儡という大前提で創ったのにその大前提が根本から崩れる自我の獲得というイレギュラー自体がアイツの完全な想定外でな…それを抜きにしたって遺骸探しの人手が欲しかったからこそある程度は臨機応変に対応できる完全自立型の働き蟻に仕立てたかった筈だ。」
「…詰まる所、リソースを減らすという名目で仕事を担うロボットを手ずから組み立てたというのに、態々肝心のロボットをマニュアル操作に切り替えて自身の時間と労力を割いて動かしていたのでは詮なき事…なればこそそんな機能は最初から搭載されて無いと貴方は主張したいのですか?」
「ああ、話が早くて助かる。」
だから肉体の主導権や意識をラジコン玩具やドローンの様に乗っ取られたり、盗聴や盗視の類は心配しなくていい、…尤も目に見える形で証明できる物的証拠や手立ても無い以上、言葉だけで信じろというのも厳しかろうと狩人は付け加えた。
「そこでだ、俺なりに誠意を示す必要がある。そのために」
言葉を区切り狩人は片腕を前に突き出す。その腕には一本の【ナイフ】が握られており鞘に納められたソレの柄は魔女へと向けられる。何らかの怪物のソウルで産み出したと思われる刃物を警戒するように一瞥する彼女に男は告げた。
「お前達が連中に取られまいとしている遺骸は、今まさに"此処"にある。俺から抉り取れ。」
力強く、真っすぐに、確固たる意志を以って男は告げた。誠意を示すべく――心臓を抉れ、と。
魔女はビクリと肩を震わせ発言者の顔を見やる。正気か?自身の心臓を抉れだと?
「遺骸を媒介にして造られたんだ、コレ自身が俺の核と言っても良い。俺という存在の構造を思い出した今だからこそ分かるが体内から心臓を摘出したとて俺はすぐには死なない。
身体の機能もある程度は働く、現に"眼球"はついていないにも関わらず視力そのものはある。」
そう告げてイェーガーは再び仮面を取り外して見せる、彼女の瞳に映るのはハロウィン南瓜の様にがっぽりと両目が空洞になった男の顔。
曰く、痛覚や苦しみはあるが"魂"そのものが消滅する程の
心臓の譲渡。
イェーガー・マーシュマンが現段階で出来うる最大限の誠意の示し方。それは自分の
ゴクリ、唾を飲み込む音がした。
この男は…本気だ。敵側への情報漏洩も遠隔操作されるリスクも言葉だけでは信用が足りないからと、そして何より面従腹背ではないのだと、安っぽい連続ドラマや三文小説に登場するチンケなスパイの様に絶対に裏切らせない為の担保としてソレを差し出すというのか!
「俺が妙な真似をしたと感じたならその瞬間に心臓を握りつぶせばいい。
今後、見つかるかもしれないコンテナから遠隔式爆弾の1つや2つでもあったら心臓に埋め込んで身体にでも戻してくれたって構わんさ。」
「…そのような非人道的な行為を私にやれと仰いますか?」
「すまないとは思ってる…しかし、今の俺ではこれぐらいしか保証できる方法が何一つ無い…。」
「…。…貴方は……そうね、酷い人、ですわね…。」
溜息を吐く。とんだ貧乏くじだ。
狩人に懐いてる
魔女は差し出された狩人の腕へと手を伸ばし短刀の柄を握りしめ、そして――――
カラン…!
カラン…!
「あまり見くびらないでいただけますかしら。
そこまでの覚悟を示した時点で十分誠意として認められますわ。」
……―――【ナイフ】を部屋の隅へと放り捨てた。
「…いいのか?」
「この一連がブラフのつもりならば大きく出過ぎです、本当に【ナイフ】を手に取って貴方の心臓を抉り取る可能性すらあったのですよ?…なのに、貴方は終始覚悟を決めていた。私が柄を握って受け取った際も身動き一つしなかった。
それが何よりの証明と言えましょう。ええ、貴方は先の説明で何一つ噓偽りは語っていない。それに乗って差し上げますとも…私だって好きで憎まれ役は買いたくありませんので。それに、」
最後は消え入りそうな程小さく呟いた。嫌な役目は背負わず済むのなら越したことはない。
それに、
秘密を打ち明けてしまったから。
互いに不運な星の下に生まれた身の上を語ってしまったから、なまじ情が湧いてしまったから。
…少しだけ、ほんの少しだけ心を許したらコレなのだから酷い人だ。
やっぱりこの男は魔王の生まれ変わりに違いない。フランチェスカはそう思った。
「ただし!貴方の事は以後これまで通り監視を続けますからね。もし裏切るような素振りを見せた時は容赦なく背後から遺骸諸共貴方を討ちますから!
…どうか、くれぐれも私にそのようなことをさせないでくださいね。」
「ああ、誓おう…!」
言葉短く、されど強く狩人はそう返した。
この場には魔女と狩人しかいない。青年と少女が居ないこの場でのみ交わされた誓約だ。
狩人が不義に奔ろうものなら容赦なく背後から魔女がその心臓を穿つ、と。
【セリア・フォルトゥナ】はパンドラの箱を開けるが如く魔王を蘇らせ同時に葬られた女…。
奇しくもその実娘は"魔王の心臓"を穿つ誓約を結んだというのは一体なんの皮肉なのやら…。
―――――――バダンッッッッ!!!
「「―――っ!?」」
突如として拠点と外を繋ぐ唯一の扉が激しく開かれた。
帰ってきたのだ、拠点用の家具を探しに行ってきた二人が…。二人を見て思わず息を飲んだ。
「お、お前達!その有様は一体なにがあったんだッ!」
イェーガーは息を切らせて帰ってきたボロボロの二人を見て叫んだ。
そう…時は少し前に遡る…
―――
――
―
- side カイ -
トランプのJoker柄から抜け出したみてーな趣味の悪ぃ悪魔が俺達を見下していやがった。
烏の嘴を連想させるペストマスクの目穴部分からはギラついた赤眼の輝きが漏れだしていて口角が吊り上がってんのかどうかなんざサッパリだがサディスティックな色を湛えてるってなぁ分かる。
ケッ!目は口程に物を言うってか?
「だ、駄目だわ!カイさん!この扉も開かないっ!」
背中越しに嬢ちゃんの焦り声が聴こえる。間一髪でピエロ野郎にぶっ刺されそうなトコを助けられて俺は直ぐに銃を引き抜いて応戦しながらの撤退を試みた。
野郎を俺が食い止めてる間にせめて嬢ちゃんだけでも姉上達の部屋まで逃がしてやりたかったが…やっぱそうは問屋が卸さねぇか!
「なんだってこんな所に【パラノイア】が居やがんだッ!そりゃ【妖魔迎賓館】は近いがよォ…っ!」
家屋の出入口を魔力で封鎖した忌々しい
母上が俺に聴かせてくれた化物との戦いの歴史、オーリン先生の家で読み漁った【怪物図鑑】にも載っていた容姿や能力情報にも該当するコイツ…!
本来であればこんな瘴気の薄い場所じゃなくてこの【狂乱の花園】の奥にある…それこそ迎賓館の最奥も最奥、瘴気が濃くて幾多もの悪魔の力で何重にも封じられてる場所に引き籠ってる怪人。
強敵相手とは言え負ける気なんざ端っから更々ねぇし、幸い此処は瘴気が比較的薄い。
つまり奴のホームグラウンドじゃねーってこったな。
経験則に基づく勘にはなっちまうが、俺の目算じゃ本領を発揮できない今あの野郎の強さは通常の三…いや四割ってトコか?書物や話に聴くような巨大化形態には移行できないと見たッ!
問題があるとするならばそいつぁ…!
「ウ キ" ャキ ャキャ ギ ャーッ!」
「くっ!嬢ちゃんこっちだッ!俺達が荷造りした部屋まで突っ走んぞッ!!」
「まさかあの荷物の山を遮蔽物代わりにするってこと!?」
あのピエロ野郎が普通に油断ならねぇ強敵の類だっつーことに加えて嬢ちゃんも居ることだ…!
イェーガーには嬢ちゃんに万が一が無い様に頼まれちまったしそれに対して俺も大舟に乗った気で任せろっつった手前だ。このまんまじゃイェーガーと姉上にダブルで殺されちまうぜ…!
おっかねぇ未来予想図は頭の隅に追いやって俺と嬢ちゃんは庭師詰所の家屋をドタバタ駆けた。
振り返れば真っ赤な道化服のペストマスクを付けた怪人が刃物を手に追跡してくる、そんでもって古めかしい木板張りの廊下を逃げ続ける俺達という構図と来たもんだ。
ハッ!気分はすっかりハリウッドスターってなもんだ!売れないB級ホラー映画じみた展開ってのが癪だがよォ!…だからここで一つ、"手を加えてやる"のさ!
廊下の曲がり角を曲がって観葉植物が置かれていた部屋の扉が俺の視界へ入る。そこで荷造りをした部屋に行く前に見かけて嬢ちゃんに軽く説明をした物体があったのは記憶に新しい。
人間の膝上程の高さがある頭蓋骨に車輪と掃除機ノズルを取り付けた様なソレ。そう…妖魔メイドである【プロセルピナ】の魔導器が置いてあった部屋だッ!
――戸を開けてすぐのトコに、それこそ一歩も踏み込まずに手を伸ばせば届く位置にあった筈。
我ながら惚れ惚れする早業だと思ったね。嬢ちゃんと並走しながらも扉とのすれ違い様に戸を開けて外額縁の傍にあった掃除機を宛ら名うてのスリも吃驚な手腕で掠め取る。
その後は鍛え抜かれた
俺が蹴り飛ばしてやった不細工な掃除機はB級ホラー映画の怪人に見事Hit!派手なアクションを挟んでやったんだ、くだらねぇ映画内容もこれでちったぁ面白れぇだろーよ!
骸骨掃除機の下敷きになった【パラノイア】が再び起き上がって追っかけてくる前に距離を稼げた俺達は目的の部屋へと転がり込んだ…。
さて、ここからが正念場だ…。
…廊下や他の部屋にあった窓も道化野郎の魔力に充てられてビクともしやしねぇ。一縷の望みを賭けて向かった玄関口もさっき嬢ちゃんが開けようとして駄目と来たもんだ。
こうなっちまった以上はヤっちまうしか脱出は叶わない。この部屋に逃げ込んだ理由は幾つかある。俺達が山積みにした荷物やアイツが暴れてくれたせいで部屋全体が荒れて調度品が倒れたり。
…言っちまえば身を隠すための遮蔽物が多いワケだ。そう"遮蔽物"が、だ。
単に隠れる為だけじゃねー…【パラノイア】が持つ能力の一つに対抗するためだ。
「……カイさん。」
「おう、どうしたよ…逃げる際中にどっか怪我でもしちまったのか?」
「ううん…そうじゃないんだけど、この荷物の山を盾にしていつまであのビームに持ちこたえられる?」
――――――"ビーム"、嬢ちゃんが今言った言葉だ。偏執病の名を冠するあの化物が持ってる能力の一つだ。あの宮廷道化師のコスプレ怪人は指先から光線を放つことができる。
最初に出てきた時も、そして俺達を追いかけてきた時もアイツの身の周りにはアイツに付き添う様に常に四枚の小鏡を浮いていた。
23年前の戦いで母上が仲間二人と共に対峙した時の話は聞いている、宙を舞う四枚の鏡…。
あれは"
鏡ってーのは光を跳ね返す、ピエロ野郎が指先から撃ち出すソレも例に漏れずだ。
曰く、鏡の位置や角度の微調整で跳弾よろしくと光の線が軌道を残しながら飛び交ったそうな。
貫通力に長け、触れれば皮膚を肉を、骨すらもこんがりジューシーに焼く厄介な閃光、いやらしい事に過ぎ去った後に残る残光ですら当たれば痛いと来たもんだ!
奴相手で身を隠す所も無ければ遮蔽物の一つも無い、ただっ広い空間で戦うなんざナンセンスにも程がある…だからこそこの部屋に逃げ込んだってハナシだ。
「いつまで、か…。【パラノイア】のビームは貫通性能は高ぇだろーが能力を十全に発揮できない環境ってのも加味するなら数秒は持ち堪えられる計算だ。ってかそうでなきゃ困るぜ。」
「数秒…ですか。」
俺が隠れている場所から少し離れた位置の物陰に居る嬢ちゃんに対して返答した。
巨大化形態のアイツがぶっ放してくるだろう極太のビームなら荷物の小山諸共キレイに蒸発させられたかもわからねー。
俺も、嬢ちゃんも、積み上げられた家財道具の山に背を預けて息を潜める。
弾倉に弾を詰めて廊下からこの部屋に奴が向かってくるのをジッと待ち構えた、見やれば嬢ちゃんの方も【レイピア】を抜刀していつでも飛び出せる様にしてる。
叶う物なら今だってすぐにでも嬢ちゃんを逃がしてぇ…だのに。
逃がしてやりたくても迫って来る糞ったれをぶちのめさなくちゃあこの家屋からは脱出できず。
立ち向かうにしたって本来は最奥に居る様な強敵、ただでさえ装備や物資不足なんだ。
仮に俺がくたばっちまったら芋づる式で一緒に閉じ込められた嬢ちゃんの生還率も絶望的になる。
甚だ遺憾だが互いの生存率を少しでも上げるために嬢ちゃんにも化物退治に付き合ってもらわにゃならんワケだ。
…ったくよォ……。…わぁってんだよ。戦術的には正しいって。
出し惜しみなんぞしてる場合じゃない、使える手札は全部切るし、立ってる者は親でも利用する。
そうでもしなきゃマズいってのは頭じゃ理解してるが、心で納得できるかってーとな……。
…戦闘訓練も受けちゃあいない非戦闘員の女の子にさえ武器を持たせて矢面に立たせる、か。
…。
……。…………・・・・・・。
……フゥ~~~ッ…。 わぁってるよ……。 腹ぁ、括るしかねーよな…。
―――
――
―
- side 三人称 -
ぞわっ…! ゾゾゾゾゾ…!
瞬間、白馬理奈は自分達が待ち構える部屋前で歩みを止めた邪気に身震いした。
己を奮い立たせるべく狩人から貰った細剣の柄を強く握りしめる。
「遭遇時の急襲といい、今といい…その感じだと嬢ちゃんマジで気配が読めてんのな…
心の準備は出来たな?打ち合わせ通りにやる!…頼りにしてっからな嬢ちゃん!」
「…!! え、ええ!任せて頂戴…っ!」
(来やがる…3…2…1――――)
―――――ドゴシャァッ!!
「ぎぃーっひっひゃははははははハハハハ!!!」
"
手首すら見えぬ程伸びきった真っ赤な腕裾の先、布地越しに短刀を握りしめてこの乱雑な侵入者は殺意を隠すことなく壁を破壊して入室してきた…ッ!
破壊を伴う入室は壁片を弾け飛ぶ石礫と変え、塵埃と共に大小問わずで調度品の小山に当たっては砕けていく。布で包んだ雑貨品で築かれた積み木の城、年季の入った古樹を削った座卓と椅子を重ねた塹壕、単体でも古美術として価値がある収納箪笥の盾…etc。
ヴィンテージマニア泣かせな戦場に礫と埃の雨風が吹き抜け、それを開戦の合図だと言わんばかりに青年が寝台としての機能を失った防弾壁の陰から銃を手に飛び出す。
錬金術師達の粋を集め作成された聖銀の拳銃が紅い悪魔の姿を捉えては咆える。
―――彼、カイ・ヴェルナンデスにとって魔銃という道具は相性が良い武器だった。
幼少期、魔術師としては"親譲りの才"こそあれど"適性"が無く落ちこぼれの烙印を押された。
その身に莫大な潜在魔力を有しているにも関わらず、思う様に引き出し、放出する適正には恵まれなかった…力はある、だが自力では自分の内に秘めたそれを外に思ったように撃ち出せない。
『貿易商を営む元軍人だった父親』の伝手で出会った恩師達のおかげで彼は他の魔術師とは違った独自の戦闘スタイルを身に着けた。
「そらそらそらそらァ!―――チィッ!こんだけ撃ち込んでやっぱタフだな
(凄い…っ!手首の付け根や膝の関節部分、肩関節…人なら心臓や肺がある部分、保健の教科書や剣術道場の座学で読まされた急所箇所に的確に撃ち込んでる…!
あれだけ空中を飛び回ってる相手に対して…!!…それにあれだけ撃っているのに一切弾切れを起こさないなんてあの銃って一体…?)
聖銀の弾丸が撃ち込まれる度に被弾部から深紅の体液を噴き上げる悪魔の身、遠目から見ても何処にぶち当たっているのかがよく判る。
そして…少女が今しがた疑問に感じた"連射のカラクリ"…。これこそがカイと魔銃の相性の良さと言えよう。聖銀の拳銃―――礼拝堂のコンテナから回収した【シルバーガン】はこれまで青年が使い続けた【ハンドガン】とは根本が違う。
9mmパラペラム弾を撃ち出す後者の銃は薬莢を、即ち火薬を用いて撃ち出す実弾銃だ。一方で聖銀の拳銃は"火薬を使ってなどいない"のだ。ではどうやって弾を飛ばしているのか?そもそも弾は何で出来ているのか?
魔銃が魔銃と呼ばれる由縁だ。
この銃、引鉄を引いた瞬間に内側で無から
よくある御伽噺や怪談話なんかにお決まりのパターンで登場する妖刀だの呪われし魔剣なんぞが寿命だの生き血を啜るというのはセオリー展開であろう、魔銃もまたその類の代物…常人では扱い切れない銃だから"魔銃"なのだ。
こんな物騒なモンを遠慮なくぶっ放せるのはそれこそ魔王の生まれ変わりか、常識外れの魔力量を内蔵してるかである。
まさしく逆転の発想…っ! カイ自身が自分の意志で魔力を引き出す必要はない。持ち主の肉体から勝手に吸い上げていく呪物的な武器にその辺のプロセスを丸投げしてしまえばいいのである。
父親の伝手で知り合った『モリスおじさん』の閃きと『オーリン先生』の解析と理論検証、そして元軍人であった彼の父親…『ハマー』直伝の針の穴に糸を通すような精密射撃の腕前…ッ!
「…っと!?―――っぶねぇ…!」
部屋の四隅に散らばった鏡の内の一つから伸びてきた青白い光の筋が彼の横っ面掠めた、激しい攻防戦の中で既に何度も放たれた光線。
生身の人間であれば息絶えている程に急所を撃ち抜かれても笑いながらバレエでも踊る様に飛び回れるのは悪魔の生命力ゆえか…。
彼奴はダメージを負いながらも時折サーカスの獅子が興じる火の輪潜りの様に自身が一番初めにこの部屋にやって来た時の大鏡の中に飛び込み、部屋の四隅の鏡から真っ白な手首を露出させて赤黒い爪先から光線を放つ。
ビームが飛んでくると即座に他の鏡が軌道の先へと回り込み、ピンボールの球が如く弾き返し、それをまた別の鏡が打ち返すというラリーを始める。
部屋の遮蔽物のおかげで何度か危機を免れた事もあったが…即席の防壁も殆どが黒ずんで煙を上げ、酷い物なら向こう側の景色が見えるぐらいには貫通穴を空けられた物もある。
理奈が潜んでいる調度品の物陰も後、数発の被弾が限度と言った所か。
「フォフォフォフォフォフォフォ…!」
「――――来てくれると思ってたぜこの野郎!!」
大鏡の鏡面に背を向けるようにして横っ面を掠めた光線を避けた…。
敵に背後を見せるように、視界の外から…死角から来た光線を紙一重で躱し態勢を崩しかけた、"かのように自然な流れでそう見えるように"。
「フォゥッッッ…!?」
この時、【パラノイア】は鏡面に――この悪魔から見て真正面に―――背を向けていたカイが持っていた物を漸く視認する。ガッシリとした体格に恵まれた背が道化師の視線から遮っていた。
その背に隠される様に…っ!カイ青年が手に持っていた【斧】に漸く気が付いたのだ!
「ただの銃使いだと思って油断したかッ!?懐に入っちまえば後はめった刺しにでもしてどうとでもなるってなァ!甘ぇんだよォ!!!」
相手が鏡を用いて死角から攻撃してきた様にカイもまた、自身の体格を活かして背後の大鏡や四隅の鏡からも見え辛い位置で"
本来は投擲武器の手斧であるそれを
「キェェェェイィィィイイイイィィ!!!」
――――ガキンッ…!
「うっ!…ぐ、うぉ、ぉおおおおおお…!」
振り抜く―――も宮廷道化師の衣に身を包む怪人は両腕に短刀を顕現させ二枚刃で受け止めた、腐っても上位種の悪魔、鍔迫り合いに持ち越し浮遊状態から徐々にカイへと重力を掛けていく…!
ペストマスクの向こう側で深紅の瞳がまた一段と嗜虐に満ちた輝きを放っている様に思える。
勝利を焦ったなっ!下賤な
「勝利を焦った…テメェにはそう見えてるんだろうよ…テメェにはな!嬢ちゃん今だやれェ!!」
「ッぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああ!!!」
――――ザシュッ…!
「キ" ギギキ"キッ"?!」
伏兵っ…! 否ッ!少女の存在自体は【パラノイア】も判っていた、青年と一緒に同じ部屋に逃げ込んだと言う事自体は失念などしていなかった…!
怪人はこの二人を庭師詰所の家屋内で散々追い回し続け、そして見ていて気が付いた。
この人間の男はどの様な意図か知らんが小娘を可能な限り「戦わせたくない」「護らなくては」そういった思考をしていることに気が付いた。
悪魔である【パラノイア】には人間の情緒は理解できない。…いや、厳密に言えば絆だの友情だのと口走り他者を慈しみ庇い立てする"習性"は理解してるつもりだ。
その習性を逆手に取って、相手の見てる前でソイツの親兄弟や恋人、親友を手指から切り落とし、四肢を捥ぎ、舌を擦り卸し眼を潰し…地獄の鬼もここまではするまいという所業で惨たらしく殺し尽くし大切な人間を失う苦しみを味わう者を眺め愉悦を味わうという意味ではよく理解している。
数多の人間をそうして殺してきた道化師だから、サディスティックな輝きを赤眼に携えた偏執病の化身だから気づいた。この男は小娘を矢面に立たせまいとしている。と
追い掛けた怪人自身をカイはその身を張って食い止め、白馬理奈を脱出させようと動き、玄関口でも少女が逃がせないと知るや否や彼女を連れてこの部屋まで逃げ込む…。
最初から全力で【パラノイア】を倒す為に動くのではなく本格的な戦闘行為に入る前にまず理奈を逃がそうとしていたのだ、徹頭徹尾ずっと。
だからこそ完全に意識から外れた…ッ!この部屋に居ることは失念していなかった…、だが、まさか上級の悪魔と戦わせる為の伏兵として起用するとは思わなんだ…ッッ!
「ギ ギギギ…ギヤゲェエエェェェエエ――~~ッッ!」
なんたることかッ!恐るべき生命力…ッ!背後の遮蔽物の陰から飛び出して来た理奈に後頭部を【レイピア】による渾身の一突きで刺され、そのまま眉間をも貫通したにも関わらず奇声を上げて身体を捻じ切らんばかりに振り回し突き刺して来た理奈とカイを吹き飛ばす。
理奈が持っていた【レイピア】は悪魔の豪猛としか言いようの無い暴れっぷりに柄の根本からボキリと嫌な音を立てて圧し折れ、カイが持っていた【斧】は瓦礫が散らばる床面に落ちる。
血濡れ色の怪人はただでさえ紅い赤眼を血走らせ屈辱を晴らさんと吹き飛ばされた二人を――頭部にぶっ刺した小娘の方を先に始末しようと少女が吹き飛んだ方へ首を向けようとしたその時。
「
青年の声が聴こえ振り向いて一瞬、気が動転した。男が此方に"何か"を投擲してきたのだ。
まるでブーメランか何かの様に「く」の字に曲がった物体が円を描きながら此方に飛来してくる…本来それは銃弾に比べれば遥に遅く【パラノイア】の技量であれば余裕で叩き落せる速度である。
鏡の世界を行き来する悪魔の眼は人間よりも当然優れており、それが何のなのかハッキリと分かった。目の良さが命取りとはこの事だろう…"それが何か分かってしまったが故に一瞬の僅かな動揺を招いた"。
意外ッ!それは拳銃…ッッ!
短刀でもなければ手斧でも【聖水】の小瓶でもないッ!銃使いの命と言ってもいい得物を敵に向かって投げつけたのだ!喩えるのであれば…そうだな、これが剣や槍ならばまだ理解はする。
弓兵が投げナイフや
それに等しい光景が、その一瞬が怪人から思考を奪った、その僅かな刻が隙を創った。その動揺が本来避けるなり叩き落すなり出来た物を出来なくした。
「くたばれ
カイの手には一丁の拳銃が握られていた、錬金術師達によって造られた聖銀の魔銃が…。
カチリ、と青年の指がトリガーを引き、銃口は狙い通り寸分違わずにその射線上にあった物を―――投げつけられた【ハンドガン】の9mmパラペラム弾をフル装填してある弾倉を射抜いた。
――――――――――――――ド ゴ ォ ォ ォ ォ ォォ ン!!
顔面を襲った熱量と爆発による衝撃で半狂乱に叫びをあげて顔を抑える偏執病の悪魔を眺めながらカイは冷やかす様に声を投げ掛ける。
「ハッハーッ!BINGOォ!いい感じに顔面が焼かれたじゃねーか!Mr.ペストマスクマン!いっそこれからは偏執病の化身じゃなくてオペラ座の怪人とでも名乗ったらどうだッ!」
「――――~~ッッッッッ!フゥーッ!フゥーッ!!!フゥーッッッッ!!!!」
場違いな程明るく、高いテンションで煽る。
相手の神経を逆撫でするかの如く。
息を荒くして
今度は完全に失念した。
脅威なり得ると判断したばかりなのに、一々癇に障る金髪の銃使いの【挑発】に気を取られた。
いつまでも吹き飛ばされてそのままで終わる筈がない、悪魔が爆炎に包まれ半狂乱になった時点で白馬理奈は駆けだしていた。少女がそれを手に取り両手でしっかりと握りしめて跳び上がり、怪人もそれに気づき急いで防御の構えを取るももう遅い!
地面に落ちたカイの【斧】を拾った白馬理奈の唐竹割りが怪人の身を引き裂いたッ!
―――
――
―
- side カイ -
生きた心地がしねぇや。一手ミスれば嬢ちゃんもぶっ殺されてたかもしれねぇ…。
合図したら飛び出して野郎の頭を貫いて直ぐに隠れろって頼んだが、…あそこで俺が落としちまった【斧】を拾いに行くかねフツー…。あの後から先は完全なアドリブだったぜ、俺ぁ二度と御免だね心臓に悪ぃ。
【パラノイア】が壁際に吹っ飛ばされた嬢ちゃんの方を向き始めた時はマジで冷や汗が出た。
何発ぶち込まれても何度血飛沫を上げても平然と動き回るタフ野郎の動きを止めようと思っても生半可な攻撃じゃ止められない。
…かと言って物資コンテナで補充した手榴弾を投げてもアイツの技量じゃ避けられるか切り落とされて終わっちまう。まっ!【ハンドガン】一丁はちょっと勿体なく感じちまうが人の命と比べりゃ安すぎるわな。
―――いや、んなこたぁ今はどうだっていいか。
眼前では嬢ちゃんが拾った【斧】を振り下ろしてあの悪魔をぶった切ってやがる…。
壁際に飛ばされてそのまま勢いよく背を打ちつけたってのにすぐに起き上がって、武器を拾いに行く動作に一片の迷いも無かった。
走り出しは俺の弾倉撃ちが決まって、奴が顔面を抑えながら叫びを上げた瞬間だ…。あの一瞬でアレを好機到来と即座に判断して突っ込んだんなら………大したモンだ。
もっと言えば。拾いに行く動作も一片の迷いが見受けられなかったから、もしかして…最初から。
俺が【挑発】で野郎の注意を完全に逸らすか、何かしらをしてくれると信じて突き進んだなら――
――――…。………。
まいったね、こりゃ。
果たして"勇敢"か、"蛮勇"か…まだどちらか判断は付きかねんが、少なくともその肝っ玉は……とんでもねぇクソ度胸と天賦の才とやらは、認めるしかねーか…。極力戦わせたくねーって気持ちは変わらねぇが…。
深々と【斧】が首の付け根部分から胸筋の辺りまでを割く様にして突き刺さったままの【パラノイア】と柄から手を離し飛び退いた嬢ちゃんとの間に俺は割って入った。
まだ戦いは終わらない…【シルバーガン】を構えて【レイピア】で貫かれた奴の頭部傷に銃弾を撃ち込もうとした時だった…。
- うふっ!うふふふ!素晴らしい…!実に見事な手並みでしたっ! -
「こ、この声は…!【ネクロマンサー】!?」
「テメェ!何処に居やがるッ!」
- まぁ怖い!そう殺気立たないでくださいな、今回は貴方達と取引がしたいだけですよ。 -
- 私共にとっても、そちらにとってもお互いに利がある素敵なお話ですよ? ふふふっ! -
この城に乗り込んでから教団と協力関係を築いているらしい城の住人の声が部屋中に響き渡りやがった…!…いや、違う…よく耳を済ませれば声の出所は…!
俺は四隅にあった【パラノイア】の小鏡を、そして大鏡を交互に見た。
- …どうやらお気づきのようで、ええ。【パラノイア】を介して語り掛けていましてね。 -
- 今、その手駒を殺してしまうと交渉のお時間が終わってしまうのです。 -
- ですので、見逃してくださいませんか? -
気づけば目の前の大鏡に毒々しい色合いのローブ姿の人影が映っていた、大仰に身振り手振りを加えながら此方に語り掛ける形で。
鏡じゃなくてライブ中継を流してるモニターだと言われれば信じちまいそうな程くっきりと、ソレは映っていた。
「あ…!あ、あぁ…そ、そんな嘘…っ!嘘よ…!」
「………たす…て…!…理奈姉ちゃん…助けて…!」
「………、り、理奈、駄目よ逃げな、さ……。」
「お母さんッ!真司ぃぃぃ!」
- うふっ!うふふ!うふふふふ…っ!あはははっ!言ったでしょう! -
- 貴方達にとっても素敵なお話だって! -
- ずっとお探しだった貴女のご家族ですよ、さぁ取引をしましょうか! -
今日ほどコイツ等相手に腸が煮えくり返る想いをした日は無ぇ。
網膜に飛び込んで来るのは下衆の極みとしか表現できねぇ光景だった…ッ!嬢ちゃんの母親と弟と思われる子供が無数の化物に群がられていた…。
俺は、静かに銃口を下げた…。
胸糞悪ぃモンを間近で見せつけられた…。激情に身を任せてそのままトリガーを引いちまわない様にするためにも下げた…。
ぶ っ っ っ っ 殺 し て や り てェ…ッッッ!!!だが此処でヤっちまえばどうなるか…
それが分からねーほど俺だってバカじゃあねー…。…俺は、よろめきながらも大鏡の中に
- 聡明なご判断感謝いたします、では続きまして交渉の本題に入りましょうか! -
- なに、交渉と言っても然して難しいことではありませんよ…。 -
大鏡に映る青い襤褸布に身を包んだ魔物が辛うじて見える口元に微笑を浮かべて言いやがったんだ…。
- 私共の望みは至って簡単…、三時間以内にこちらが指定する場所に -
- 城の何処かにある"ドラキュラの遺骸"を持ってきて頂く、それだけです。 -
事も無げに。まるで隣近所の郵便ポストに手紙でも入れてこいと言わんばかりの気軽さで奴らは言いやがったんだ…。
俺達にドラキュラの遺骸を見つけさせ、それを奪う為の脅しを。
向こう側に居る連中には俺達が今どんな姿に見えてるんだろうか、ふとそんな場違いな事を思っちまった…。さぞ滑稽に見えてるんだろーな、連中の為にこれから汗水垂らして城中を駆けずり回って…魔王の遺骸を探し出してそれを献上するんだ。
さしずめ…掌で踊る馬鹿なピエロ。鏡の中の道化師ってトコかよ…畜生ッ……!
今回の解説コーナー:今話での武具やスキル、その他等に関して
タイトル名:【鏡の中の道化師】
ドミナスコレクションに収録されている蒼月の十字架で【パラノイア】を撃破すると解放される実績解除が元ネタ。
【怪物図鑑】:メニュー画面開いて今まで倒したモンスターの生息地やドロップアイテムが見れる物、要はポケモン図鑑的な奴
【斧】と【アクス】:歴代悪魔城のベルモンド一族+αがぶん投げるサブウェポンの手斧。放物線を描いて上から下へと落下していく物ですが…このゲーム基本的に斧を近距離武器として使う奴がほぼ居ないのである…!
大概、どいつもこいつも上に向かってぶん投げてて斧で敵をぶった切ろうとするヤツは蒼真かジョナサンくらいしかいないという…シャノア…は、…あれは斧というか鎌だしなぁ。
サブウェポンとしての手斧は【斧】と表記され、蒼真やジョナサンが装備品として使う斧は【アクス】と表記される。RTA勢が蒼月のメモリ破壊をするための神武器でもある。
【シルバーガン】:悪魔城シリーズで登場する数少ない銃火器等の武器の中で恐らく3番目か4番目くらいに強い。原作で銃系装備は弾切れを起こさない、なんで起きないのって言われたらゲームだからです。としか言えない。
使用者の魔力を勝手に啜り取り内部で銃弾を生み出す錬金術師の魔銃とかいう件は独自設定。
"聖銀"の癖に呪われた装備品みてーだなオメェ…、って言われそうだけど聖鞭ヴァンパイアキラーも完成の際のアレコレを知っちゃうと…まぁ多少はね?
【挑発】:ギャラリーオブラビリンスの主人公『ジョナサン・モリス』が使うサブウェポンの1つ。
使う事で自身が敵に狙われるというスキル、大体【サンクチュアリ】詠唱中のシャーロットを防衛する場面ぐらいでしか使われない。
今話ではカイが斧を拾いに行った理奈を【パラノイア】から守る為に使用、恩師の一人『モリスおじさん』直伝の煽りである。