- side 三人称 -
今から遡ること23年ほど前、"2036年"のある日―――誘拐事件が起きた。
白馬神社の一人娘『
さて、何故これが"怪事件"扱いされているか少し長くなるが順を追って説明しよう。
その年に弥那が好意を抱いていた『幼馴染の少年』が御家族に必ず帰るから心配しないでくれという主旨の置手紙だけ残して白馬町を出て行った、当然ながら息子の身を案じた親は我が子の行きそうな所や動向に心当たりがありそうな知人を尋ねに回った。
弥那の幼馴染が突然の失踪、その報を耳に入れた白馬神社の宮司と奥方は娘がここ数日縁側で誰かの無事を願う様に祈っている姿や気分転換と言い近所の公園やお気に入りの小物店に頻繁に赴くのは不安から来るものなのだろうと察した。その日も彼女の帰りは遅くきっと公園で黄昏ているのだろうと思っていた。
だが…その日は幾ら待っても娘が我が家へ帰ってこなかったのだ…!
娘の携帯電話に連絡を入れても一切繋がらず、御両親も彼女の行きそうな場所を探した…だというのに娘の痕跡は何処にもなく遂には日付を跨いでも愛娘は帰ってこなかった。
警察に捜索願いを出してからもご両親は娘を探し続けそれでも見つからず途方に暮れ始めた頃、黒いスーツを着た人物が白馬神社を訪れた。
「弥那さんは国際犯罪組織に誘拐された可能性があります。」
日本政府の諜報組織、彼らは度々神社で管理されている"とある物"を見にやって来ていて当然ながら白馬家の人々とも面識がある。信頼の置ける人達であるからこそソレが悪質な冗談や悪戯、詐欺の類でない事が判った。
当然の事ながら宮司と奥方は政府の人に詳細を聞くが彼らも尽力で行方を捜索させていますとの事。
それから進展らしい進展は全く無く…奥方は度々政府の人に娘の安否を確認してはその都度「申し訳ありません」という返答を聞かされた。
一般的に誘拐事件と言う物は対象となる人物を攫い親族を相手に益となる何かとの交換条件を迫るというのが定石、身代金はその最たる例と言えよう。
だが犯人は彼女の親族にも白馬神社に対しても何の要求もしなかったのだ、たった一人しかいない愛娘の弥那を御両親は大切に想っており。それは白馬家の人達をよく知る近隣住民にとっても周知の事、だからこそ彼女の生命が危機に晒されていると考えられれば金銭の要求は勿論、白馬神社で祀られている歴史的価値のある物さえも交渉材料になり得るのではという見解もあった。
それゆえに"何の要求も無かった"という事が腑に落ちない。
白馬町の住民達もその不自然さには首を傾げた、…この事件には思えば不自然な点など幾つもあった。
彼女が好意を抱いていた少年の失踪から数日も経たぬ内にまるで後でも追うように消えた事、後々警察から公表された誘拐犯に関する事、更に間の悪い事に警察の捜索が"上"からの圧力で打ち切られた事。
彼女の御両親が警察に捜索届けを出した事で、勤勉な警官達はほぼ同時期に届いていた"来須家ご夫妻"からの届け出とで事件の関連性を疑って捜査してしまったのだ。
結論から言おう。日本警察は優秀であった―――彼女を誘拐したのは国籍不明の外国人と公表された。
彼女が国籍不明の外国人に誘拐されて行方知れずという噂はその時に広がった。
…後述で詳しく話すが今回の案件は普通の人間が介入していい案件じゃない。日本政府どころか米国や欧州に果ては"教会"が世界に混乱を招きかねないと判断して即座に情報の統制を行うレベルの話である。
"上"の方々が『教会が派遣した者』等と『政府機関の諜報員』からの報告を受け、世間に知られたらマズい事を規制する前から小さな市のちっぽけな警察が既にあれこれ調べ、聴き回ってしまった後だという事を知り慌てて火消しに動いた。
結果として『町から同時期にいなくなった少年少女の捜索が何故かたった1カ月もしない内に打ち切られた』という誰の目から見ても不自然極まりない状態になってしまった。
1. 両親の元に手紙だけを残して消えた少年。
2. そんな彼に好意を抱いていた幼馴染の少女も後を追うように謎の失踪。
3. …かと思えば、突然それが国籍不明の外国人による誘拐扱いという報せ。
4. そして警察が明らかに不自然な捜索打ち切りへと舵を切りだす
……。
……こんなん怪事件扱いされて当たり前だろう。
これだけでもキナ臭い話だというのに、警察は日本政府どころか世界各国や宗教団体からも圧力を受けて捜査を断念せざるを得なかったなどという噂が何処からか漏れ出したのだ!情報の出どころは不明だが一度そんな話が出れば瞬く間に広がるのが文明の発達したこのご時世だ、インターネットを始めとした口コミからの拡散で一時期は弥那と少年の関係性について根も葉もない話が飛び交った程である。
紆余曲折はあったがとにかく行方不明者だった彼女の捜査の打ち切り、即ち死亡認定とも言える状況になり子供の頃から彼女の人柄の良さを知っていた近隣住民は涙を流した。両親含めて人様から恨みを買うような子ではなかったのに一体何故と?哀しみや深まる謎に対する疑惑、様々な感情が浮かんでは消えていった。
結局の所、唯一人々が知れた事は最初期に公表された誘拐犯は国籍不明の外国人という一文だけ、他は全て謎に包まれており、こんなXファイル染みた扱いの怪事件だからこそ地方から取材と称して心無い人間が白馬家や来須家に押し寄せてきた。
ある事無い事をでっち上げで記事にして富を得ようとする者、有識者を気取って相手の気持ちなど気にも留めず自分の名を売ろうとする者、事態を大袈裟に書き募り自身がそれを世間に発する事でどれだけ影響を与えられるか愉しむ者…etc、――――例外的に本当に白馬夫妻や来須家の気持ちを汲み弥那さん達の目撃証言を国内外から集めようと記事を書く者も居た。
時に悲劇や惨事は天から降ってくる物などではなく、欲深な人間達の心によって生み出される物なのだろうな…。
白馬夫妻は先述の通り、心無い人々からの質問責めの日々を受け日増しに疲弊していった…特に奥方を守ろうとして当時の宮司は体調を崩されてしまわれたのだ…、床に臥せる様になってしまった宮司、気を病んでしまわれた奥方、行方知れずで生きているのかも分からない我が子………白馬神社、というより白馬家の血がこのままでは途絶えてしまう。そんな酷い状態の時に修行に出ていた宮司の弟が帰ってきてくれた。
床で臥せる宮司に代わり弟さんが白馬神社の宮司として板につき始め凡そ5年が経った頃…、弟さんは一児の父となった。白馬理奈誕生の年である。
―――最初こそ人々の記憶に強く焼き付いた痛ましい事件であった、だが傷跡は時が癒してくれるもの
あれから20年以上の歳月が流れた。
新生児が成人になっている程の月日なのだ、徐々に事件の事は風化しつつあり、真の意味で人々の記憶から忘れられていこうとしていた。
さて…ここからは一般の人間は知る由も無いことだが
当時の弥那は『
並大抵の人間なら、という前提である。攫った者は文字通り"並大抵の人間"では無かった。
信じ難い話だがかつてこの世には本当に魔王と呼ばれる存在が居て、歴史の裏舞台で人類と魔なる者達とが世界の存亡を賭けた戦いを繰り広げてきたのである…っ!幾度となく魔王を討滅してきた血族の者達と幾度も復活を遂げる魔王との因縁の闘い。
この一連で行方不明になった少年少女は遥か昔から続くその因縁に巻き込まれてしまった被害者なのだ…。
魔王を信仰する邪教の末裔、【ウィズ・ライト】という教団の【セリア・フォルトゥナ】なる女性が魔王を復活させる為の手段として弥那を部下達に命じて白馬町から連れ去ったのだ…ッ!
かくして人智を超えた者等の手によって彼女は連れ去られ…生まれ育った白馬町から遥か遠く離れた地でその命を散らした。
白馬弥那の死を知る者は2059年になった今でさえ片手で数えられる程の人数しかいないのである…
―――
――
―
- side 理奈 -
「理奈、後は私が配膳しておくから伯母さんを呼んできてくれる?」
「うん!行ってくるねお母さん。」
今日の当番は私とお母さんの日、我が家はなんと曜日によってお料理当番が変わるご家庭なのですっ!自慢じゃないけどコレでもお料理の方は自信あるんだよねぇ~
初めて伯母さんと焼き菓子を作った時も皆が自分の作った物を食べて美味しいって言ってくれて、褒めてくれて、それが嬉しくて嬉しくて何時からか台所でお手伝いをするのが楽しくなっちゃったのよね…
何かのテレビ番組で名前は知らないけど芸能人や学者さんが言ってた言葉を思い出す、人間の普遍の喜びは自分のした行いで誰かが笑顔になってくれたり、その行動自体を褒めてくれることだって。
人を幸せにできたら自然と嬉しくなるし、自分のお手伝いや仕事を褒めてもらえたら誰だって嬉しくなる、脳の仕組みだとか小難しいことは判らないけれどそれだけはしっかりと解る。
自分が誰かの為になることをしてあげれたらすっごく嬉しい気持ちになれるって事!
今日のはとびっきりの自信作なんだ!きっと伯母さんも喜んでくれるよね
「理奈姉ちゃん晩御飯できたの!」
「ええ、できたわよ、―――ねえ伯母さんを見なかった?」
「ううん、でも伯母さんならいつものお部屋に居るんじゃないかな?」
「…そっか、いつものお部屋ね、ありがと!手を洗って食卓に行ってて頂戴」
「はーい!」
やんちゃな弟が廊下を走っていく、全くもう!あんな調子で小学校の先生に怒られないのかしら…
そんな事を考えながら私は"例の部屋"の前に来て…そして聞いてしまった。
「―――っ、―那、――――」
伯母さんの啜り泣く声。
私が生まれる前からこのお部屋はあって、偶に伯母さんがこのお部屋に来て泣いている。
5歳くらいだったかな、まだ幼かった頃の私が何か用事があって伯母さんを探してた、その時なんとなくこっちに伯母さんが居る気がして…それで行ってみたら本当に居て、空いてる扉の向こうで泣いていたのを見てしまったんだったわ。
「伯母さん…」
「っ!!弥那!!あなた帰ってき―――……、理奈、ごめんなさい…」
俯いて私を弥那さんと間違えた伯母さんが小さな声で謝った。
白馬弥那、叔母さんと伯父さんの間に出来た娘さんの名前で家系図的には私の従姉に当たる人。
まだ小さかった頃の私はどうして伯母さんが泣いているのか分からなくてどこか痛いの?なんて見当違いな事を訊いたり、涙を流す相手を見て自分も悲しくなって大泣きしてしまったり、そんなこともあったわ…
それから少し大きくなって物事が分かるようになってから"誰も住んでいないこの部屋"の事を教えてもらった、私が生まれるよりもずーっと昔に怖い事件があったこと。可愛らしいヌイグルミや勉強机、少女漫画や参考書が綺麗に収納された本棚にいつでも寝れる様に綺麗にしてあるベッド、時が止まったままの目覚まし時計、家具が一通り揃っている筈なのに誰も住んでいないその部屋が弥那さんのお部屋であるという事も。
…行方不明になった弥那さんがある日ひょっこりと帰ってきてくれるんじゃないか、そんな儚い期待を胸にいつも部屋を掃除していて、そしてある時は耐え切れなくなって、ここで涙を流しているという事も。
伯母さんもそうだけど、仮葬儀が行われた時期が近づくと伯父さんも見えないところで泣いていた…
なんとなく、縁側や物陰で泣いている様な気がして、それで行ってみたら本当に泣いてて、やるせなくて居た堪れなくなって…辛くて。
「もう、23年も経つのにね…駄目よね私、お葬式だってしたのにまだ心の何処かであの子は何処かで生きてるんじゃないかって諦め切れてなくて」
「駄目なんかじゃ、ないよ…」
なんとか出せた言葉がそれだった。
いなくなった弥那さんは丁度今の私と同じくらいの年頃で、叔母さん曰く私はどことなく弥那さんに似てるらしい…アルバムの写真を見せて貰ったり、知ってる人からの口伝でどんな人かは知ってるつもりだけど、正直そんなに似てるとは思えなかった。
写真に写ってる様なあんな可愛らしい人じゃないし、性格だって人から聞いた話だと私とは違うと思う…
「理奈お夕飯ができたから呼びに来たのかしら?」
「! うん、叔母さん…一緒に行こう!今日のは私の自信作なんだから!」
呼びに来た理由を訊かれて、ハッと我に返る。こんなんじゃいけない!今日は叔母さん達をとびっきりの笑顔にさせようって決めたんだっ!!食卓についたら皆とご飯を食べて、それから今日あった楽しい事とか明るい話題をいっぱい話すんだ、八重ちゃんや詩織ちゃんとの事とか学校で面白かった事、どんなちっぽけな事だって良い。終わったら録画してたドラマを皆でみたりゆったりした時間を過ごして…それから、それから…
―――
――
―
……ごろん。
自分のベッドの上でお布団の上に寝っ転がる、天井の明かりを意味も無くボーっと眺めて。
それから今日の自分を振り返ってみる、テンションを高くし過ぎたかな…空回りしすぎちゃったかな…
「…みんなの前で、いい子で居られた、のかなぁ」
誰が答えてくれるワケでもない。そんな問いを掴んだペンギンちゃんのヌイグルミに向かって呟いた。
当たり前だけど誰も答えてはくれない。
家族や友達、自分が好きな人達には笑顔で居て欲しい、幸せであって欲しい。
だから皆の前くらいでは"いい子"で居たい、それが本当の意味で出来ているのかは分からないけれど…
どんなちっぽけな事だって良いから大切な人の為に頑張りたいなぁ…
「…。ん~…」
今日は変な気分だ、いつにも無く落ち着かないし感情の波幅もおかしい気がする、帰り道でノスタルジックな空でも見た所為かな。胸の中が妙にざわつくというか…一度に色んな事を考えたり、このままでいいのかなって思っちゃったり…
…。
「あーっ!もうっ!今日はどうしちゃったのよ…本当に…」
体の向きを変えて自分の部屋を見る、いつも通りの見慣れた部屋、勉強机に小さな炬燵、立て掛けてあるお稽古の時に使う【竹刀】や洋服箪笥…etc
「…。」
頭の中がうまく回らない時は眠るのが一番だって聞いたことがある、パジャマにも着替えてないラフな格好だけどこのまま一眠りしてしまおうかしら、幸い明日は休校日だしこんな格好のままで本格的に寝入ったとしても、いいかも…
お気に入りの【ふだんぎ】のまま、ゆっくりと目を瞑って…そのまま意識をゆっくりと……
―――
――
―
ドゴォォォォオオオオオンッッッッッッ
「!?!? な、なに!? 一体何の音なのっ!?」
布団の上で寝っ転がって眼を瞑っていた、そこまでは覚えていたわ。そこから段々曖昧になってきて――
多分そのまま眠ってたんだと思う――そこに今の轟音が鳴り響いて…っ!?
「…っ、な、なん、なんで」
「…なんで"カーテンの向こう側があんなにオレンジ色"なの…」
自分の部屋の真っ白なカーテンの向こうが明るい事に気が付いて、次に自分の声が震えていた事に気づいた。ほら、よく昇り始めたばかりの朝日や夕暮れの斜陽に照らされてカーテンが橙色に見える事ってあるじゃない…
今の私の部屋のカーテンは正しくそれだったの、でも自室の目覚ましはまだ夜中を指していて間違ってもカーテンの向こうにある光源は太陽じゃないってことが分かったのよ。
なら、どうして太陽も無いのに"カーテンの向こう側はオレンジ色"に煌めいているのかしら。その答えを…たぶん、今にして思えば無意識で否定したかったんだと思う。
私は意を決してカーテンを開いて窓の向こうにある景色を見た…
メラメラ…
メラメラ…
ボオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ…
赤。 朱。 紅。 橙。 黄。
色が揺らめいていた、熱を伴って、色彩豊かな火が白馬神社を飲み込んでた。
―――
――
―
- side 三人称 -
「火事だーーーーっ!」
「白馬神社が燃えてるぞ!消防はまだか!?」
真夜中に燃え盛る神社、白馬町の目立つ建物が暗がりで炎上する姿は誰の目からでも確認でき、近隣住民達は悲鳴を上げる。
遠くからでも響くその声は木造建築が焼け落ちていく音に紛れながらも理奈の耳に届いた。
「あ、ああ…お母さんは!?お父さん、それに伯父さんや伯母さんも真司も!?」
自分の実家が燃えている、自身も炎の中に居る。それを認識してまず理奈は自分の家族の安否を気に掛けた。皆は無事なのか!?何故燃えているんだ!?どうすればいい!?
「で、出なくちゃ…と、とにかく此処を離れなきゃ…っっ」
理奈は自室の戸を開けて廊下に出る。
「っっ!?!?うっ、げほ、ごほっ…っ!!」
肺に黒煙が入り咽る、直ぐに口元を裾で覆って身を屈める。
(お、落ち着きなさい、こういう時こそ冷静に行動しなきゃダメなのよ…避難訓練を思い出してっ)
比較的に理奈の部屋があった方面はまだそこまで火の手は回っておらず、熱と煙が入り込んできているだけであった。彼女は階段を降りて家の1階に降りた時に倒れている人影を目にする。まさか家族の中の誰かか!?そう思ったが瞬間彼女は直ぐにその倒れている誰かに駆け寄る…!
「だ、誰…!?」
「うっ、ううぅ…」
倒れていた人物は白馬家の誰でも無かった、見知らぬ成人男性、いや…何処かでみた覚えがある、理奈は記憶の中を辿り、ふと男性の着ている服装から何処で見たのかを思い出した。今日の夕頃に父親と話していた黒スーツの人達の内の1人、日本政府の人間だったのだ。
「し、しっかりしてください!何があったんですか!?」
「…、く ぁ…」
男性は全身に酷い火傷を負っていて目を開く事すらままならない状態だった、理奈の声も何処まで届いているか分からない、辛うじて目の前に人が居て自分に何か語り掛けているくらいにしか認識できていないのやもしれん。男性は必至に何かを伝えようとしている。理奈は耳を近づけてそれをどうにか聞き取ろうと試み―――
(く、ら…?蔵?もしかしてウチの神社の蔵ってこと?)
パンッ
パンッ
「こ、今度は何!?」
ビクッと肩を震わせて破裂音のした方向に顔を向ける…あの方角は白馬神社の蔵の一つがある方角だ。
破裂音が響いたと思えば次は人の悲鳴が上がる、明らかに尋常ではない雰囲気に熱によるものとは違う嫌な汗が浮かぶ、少女はまだ息のある男性をどうにか安全な所まで運ぶために触れようとするも…
「…!…っ!」
名も知らぬ黒スーツの男性は手で制して痛む身に鞭打ち強引に起き上がり、そのままふらつきながらも蔵の方へと歩いて行こうとするではないか…!!倒れそうなその姿に当然ながら理奈は慌てて肩を貸す。
「だ、駄目です!何が目的か知りませんが早く避難を…!」
「――ま、もら、な、きゃ、、だ、めなん、だ…!!」
グラッ、ドサッ…
「っっ!」
―――護らなきゃダメなんだ、その言葉を血反吐と共に吐き出し、男性はそのまま事切れた。
息絶えた男性の身にそのまま押しつぶされる様に倒れた理奈は動かなくなった男性を必死に揺さぶる、だがもう彼が動くことは無い…
「そ、そんな…ひ、人が…」
面識があった訳じゃない、名前も知らない人間の死、間近で見た人が死ぬ瞬間…。
少女はその死に顔を見た、血反吐を吐き、目尻からは涙が一筋流れていた…それは生涯に幕を閉じてしまう事への哀しみだったのか、焼け爛れた全身の痛みに耐えきれずに流した物だったのか、はたまた"護らなきゃいけない何か"をもう護れないと判断したが故の悔しさだったのか…今となっては理奈には分からない。
パンッ
「…。」
また乾いた音が鳴った。
人間は理解の及ばない事態や異常な局面に瀕すると思考が止まる、情報過多で脳の処理が追い付かなくなるからだ。怒りや悲しみが一定の線を越えると人間は感情が失せるのだってそうだ。
理奈は黙ったまま蔵の方を見た、視線を向けた方面はここよりも火の手が回っていない。そして親から聞いた話を思い出す、蔵の壁というのは漆喰で創られていてその性質上、耐火と耐水に優れていると。文化財産指定品を管理しておくには都合がいいと。
もしも両親や弟達が救助が来るまでの間、避難しているとすれば蔵なんじゃないか?
あまりにも突飛した考え方が脳裏に浮かんでいた。今にして思えばこの時の彼女は冷静じゃなかったのかもしれない。蔵よりも敷地外に逃げきれてる可能性もあるし大体蔵なんて鍵が掛かってるかもしれないだろうに、わざわざ炎上する家から鍵を持って蔵まで行く余裕があるのか…
少女は名も知れぬ男性の目を閉じさせて心の中で冥福を祈った、そして遺体をそう遠からぬ内に火に呑まれるやもしれん場所に置き去りにする事に対してごめんなさい、とだけ。
「はぁ…はぁ…はぁ…。」
彼女の動きは早かった、直ぐに自室に戻って【竹刀】を持って外へ飛び出していく。
煙と熱が自室や廊下に充満しきってしまう前に持ち出すべきを持って蔵への道を走る、その間に道中でやはり倒れている黒いスーツ姿の人達を見る、……当然ながら皆、既に絶命している。
人の遺体を野晒しにしたまま素通りして薄情かもしれない。それでも今は急がなくちゃいけないんだ…っ!そう自分に言い聞かせて彼らの死体に構わず蔵へと走り続けるッ!
さっきから聞こえていた乾いた音の正体、それは現代日本じゃフィクションの中でしか馴染みの無い銃による発砲音だった、道中に転がる日本政府の人達が直前まで握っていた物を見て少女の中での憶測は確信に変わった。経緯は全く不明だが政府の人間が銃を発砲しなければならない程の何かが蔵に向かっていて。彼らは蔵にある何かをソレから護っていると。
「皆…!もしもそこに居るなら無事で居て…っ」
そこに家族が全員避難しているという根拠はない。冷静さを欠いた少女の勝手な憶測でしかない。
それでもほんの僅かにでも可能性がある以上理奈は祈らずにはいられなかった。
この時の理奈は知る由も無いことなのだが、白馬神社の敷地の外へと逃げ出そうにも既に周りを囲む様に――"まるで最初から誰も逃がさない様、意図的に放火されたが如く"――炎は燃え盛っている為、身の安全を第一に考えたとしても蔵に行くのはそこまで間違った選択じゃなかった。
ただ、最大の問題は銃を発砲しなければならない程の何かが蔵に向かっているという事だ。しかも撃ってきた政府の人間を悉く返り討ちにしている。
竹刀の柄を強く握りしめる、こんな物が果たして役に立つか分からないが、無いよりは遥かにマシだと思い立ち持ち出した…。ゲームや漫画じゃないんだ死体の傍らに落ちてる銃を拾ったって即使い方が分かるなんて馬鹿げた話もあるまい。かくして彼女は蔵へと辿り着く。
「鍵が壊されてるわ…。」
錠が壊されていて蔵の戸が開いていた…、そして中からは物音がする。
そこを守護するようにたくさんの人が倒れていた、白い漆喰の壁を背凭れにでもして座って居るんじゃないかと思える人の姿もあった、べっとりと白に朱い血糊をつけてさえいなければ。
喉がカラカラに乾く、熱気のせいじゃない。
動悸が激しい、ここまで全力疾走だったからじゃない。
手が震えていた。……恐ろしかった、からだ。
少女は静かに忍び寄る様な歩みで蔵の中へと入っていく。「お父さん、お母さん、誰か居たら返事して」とは声を上げれなかった。最奥に誰かが居て何かを探している姿を目視する。…物陰に隠れて様子を伺う。
「くそったれ…手間取らせやがって、だが漸く見つけたぜ!」
皺がれていながらも老齢を感じさせない声が理奈の耳に飛び込んだ、後ろ姿からでも解る矍鑠とした見知らぬ老人が蔵の中に居た。齢の頃は丁度還暦に至った辺りで逆立った頭髪は昔はもっと艶やかな色だったのだろう暖色系の名残を残しつつも年相応に色褪せていた。解れが目立つ青いジーンズにくすんだ色の見窄らしいファー付きの茶色ジャケット、耳にリングピアスをつけたその老齢の男は嬉々とした表情を浮かべた。
(ど、泥棒!?)
老齢の男は見たところ丸腰で武器と呼べるような物は持ち合わせていなかった、外で倒れていた政府機関の人間達を彼奴がたった1人で倒したとは到底思えなかった。少女は考える、隙を伺い背後から竹刀で思いっ切り殴り掛ればあの盗人を気絶させらるのではないだろうかと…。だが次に発せられらた言葉を聴いてあれこれ考えていた事は直ぐに消し飛んだ。
「こんなことならもっと早く燃やしてやりゃ良かったぜ。」
「―――っっっ!!」
この火事は事故でもなんでもなく目の前にいる老齢の男が意図的に放火した結果なのだと。それを理解した時、気付いた時には理奈は物陰から飛び出していた。
「あぁん?なんだガキ…。」
「あなたが……っ アンタがウチの神社に火をつけたのね!!!!」
ギリっと奥歯を噛みしめる音が彼女の口から鳴る、鬼気迫る顔で睨みつけてくる少女を一瞥してつまらなさそうな顔で老人はふんと鼻を鳴らす。
「それがどうかしたのか、俺は忙しいんだよ。」
何を当然のことを…と言わんばかりに矍鑠な老人が口を開く、まるで悪びれもせず、罪悪感の欠片すらも持たない物言いに理奈は腸が煮えくり返る気分だった、実家を焼かれた恨みや倫理に反した行いに対する義憤、両方の憤りをそのまま吐き出すように叫んだ。
「どうしたもこうしたもないわよっ!よくもこんな酷い事を!!人が…人が死んだのよっっ!」
黒スーツの男性が脳裏に思い浮かぶ、血反吐を吐き涙を流して息絶えた名も知れぬ人の顔が。
彼だけじゃない、道中で何かを護る為に戦い命を落とした多くの人間達、みんな一人一人が生きていたんだ、彼らにだって身を案じてくれる家族や友人、大切な人が居る筈だったのだ。
「遺された人が…どんな気持ちになるか、アンタみたいな人に分かるっていうの!?」
辛そうな顔でもう戻ってこない身内を待ち続ける伯母の顔が浮かんだ、誰にも見られない所で泣いていた伯父の姿が脳裏を過った、そんな彼らの心情を慮り何もできぬ侭なら無さを痛感していた父と母…そして自分のその時の気持ちが想起されていく…っ!
「ちっ、うっせなぁ…これだから女のガキは嫌いなんだよ」
「ッッッ!!うぁあああああああああああああああァァァァッッ!!」
理奈は竹刀を振り被って、男に飛びかかっていった。そんな様子を見て還暦の男は口角を釣り上げる。
「ハッ!おもしれぇ俺とやろうってのか!オラァ!」
「ごォっ」
理奈が武器を振り下ろすよりも速く老人の重い拳が少女の腹部を的確に打ち抜いた、60歳と見られる男の物とは思えない程の素早く威力のある拳を受けて彼女は床に転げ落ちる。
情けも容赦も一切無い、まるで全てを焼き焦がさんとする炎そのものと言える様な粗暴さ。
17歳の少女を愉し気に殴りつけた後、余程気分が良いのか盗んだ鏡を見せびらかしながら唐突に彼奴は語り出した。
「へっ、これさえ手に入っちまえばもうこんなトコに用はねぇ、封印自体は解いたが念の為に回収しろって話だったからよォ。」
老齢の大男は鏡を自身の顔の近くまで運び覗き込む。
「あの野郎の命令を素直に聞くのは癪だがアイツのお陰で俺様は力を取り戻したんだ。まあ駄賃ってトコだ。」
聞いてもいない事を語り出した男は掌に収まるサイズの鏡を覗き込んでニヤついた笑みを浮かべていた…。この時、蹲る理奈は老人を見上げて目を見開いた、いや厳密に言えば男の持っていた鏡だが…
(…!? な、なにアレ、鏡に…"化け物"が映ってる!?)
雄牛の頭蓋骨とも山羊のソレとも言えぬ異様な頭部、一言で言って悪魔そのものとしか言いようの無い顔に赤々と燃え盛る炎の肉体、鋭い爪を携えた両腕。
そんな彼女の顔に気づいたのか彼は更に愉快そうに顔を歪めて言い放つ。
「なんだガキ、【アグニ】が視えたのか?…ハハッ!こりゃあ良い今日はサービスだ!俺の力をとくと見せてやらぁ!!」
還暦の―――60歳の矍鑠な老人は高らかに笑いながら両腕を上げる、刹那、彼奴の影が人間のソレから鏡に映っていた化け物のシルエットに代わり、一体なんのトリックを使ったというのかッ!?老齢の男の手から炎が噴き出す…!!
「この俺が―――――ダリオ・ボッシ様がこの神社を全焼させてやるよ!!」
【ダリオ・ボッシ】そう名乗った男の腕からは炎が吹き荒れる、蔵の中は瞬間灼熱の地獄と化して次々と物が燃えていく、業火は蔵の外にも飛び出て木々をまだ燃えていない建物をも焼いていく…っ!
「―――っ、や、めて…」
「ハッ!誰が止めるか俺はテメェみてーな正義感の強そうな日本人のガキが大っ嫌いなんだよ!!俺のプライドをズタズタにしたあの『生意気な小僧』みたいでなァ!!!」
炎が荒れ狂う、踊り狂う、それはまるで宴だ…悪魔が呼び出した獄炎は意志を持っているかのように全てを焼き、喰らい尽くそうとしていた…狂うように最高の御馳走を、最高の晩餐を愉しむのであった…。
※この小説での弥那の扱いに関して
原作の蒼月だとあのイベントは本物じゃなくてドッペルでしたが、この世界線ではアレはセリアが攫ってきた本物という扱いにさせて貰っています…というか、なんなら例の装備品無しで行った場合も本物なんじゃないかと思ってます。
だって、ホラ…ねぇ? しれっと真ENDの方で何故か白馬町から遥か彼方遠い地の教団の城になんでか弥那が来てるんですもん…
独自解釈だけど多分無理言って有角or有角の仲間に護送してもらった説、まぁ有角はメナス部屋まで来てるから時系列的に考えて諜報員の人なんだろなぁって思うけど…
そこで幻術や偽装を使って有角の仲間に化けた教団員が弥那を騙して拉致、そのまま殺害して魔王覚醒に繋げるという感じですね、