- side 三人称 -
刻死塔、呪縛の時計塔、幾つかの呼称を持つその塔は何時の時代も決まって其処にある。
悪魔城より生還を果たした歴々の戦士達は皆、口を揃えて告げる…あの場所は悪意の巣窟だと。
…威容ある門楼の壁に寄り掛かる様にして、【機械塔】を見上げる男もまた苦々しい記憶を振り払う様に大きくかぶりを振った。
月彩を浴びる白髪は艶のある銀糸の様で、目元を覆い隠す仮面を被り、夜闇を体現した【漆黒のマント】を羽織った…何処か現実離れした雰囲気の男がその仕草をやるものだから、中々に様になる姿だと言えよう。
男は――イェーガー・マーシュマンは再び、過去二度に渡り昇った記憶を持つ時計塔を、厳密に言えば時計盤を眺める。
約束の刻限は近い、少女に貸与した魔弓の気配も近づいているのは感じ取れる。
時折、彼は白い手袋を填めた手で己の胸を抑える様に触れて、呼吸を整える様に息を吐き出す。
「……結構、痛いもんだったな、自分で自分の胸を搔っ捌くのは。」
拠点を出て直ぐに【機械塔】を目指して行軍し続け、時計塔の前にある門楼が見えると同時に武器を構えて狩人は制圧に乗り出した。
此処を合流地点とする為、そして………己の"心臓"を摘出する為にであった。
門番兵とでも主張する様に頑丈な鎧を着込んだ【グレートアーマー】が門の左右に一体ずつ、上空を飛び交う【ハーピー】や【デビル】…。
門楼の二階、即ち高欄から身を乗り出す様にして、地上の敵を射掛ける為に配備された弓兵として【スカルアーチャー】の大群、同じく門攻めにやって来るであろう侵入者対策で招集された【アックスアーマー】の部隊も二階には居た。
さて、これだけ聞けば中々の兵数に思える事だろう。如何にして狩人は此処を制圧したか?
砦を落としたくば向こうの兵力の三倍の人員を用意せよ。とは有名な兵法だが。
それ以外にも手段はある。
なんてことは無い。至ってシンプルだ。
"遠距離から全てを吹き飛ばす広範囲兵器を投入すればいい"。
粉々に砕け散った重装鎧の魔物の残骸。まるで体内から弾け飛んだかのように散らばった悪魔や鳥人類の肉片。強い衝撃でも受けて罅割れたまま崩れた屍骨。
スプラッター映画のワンシーンか何かの様な惨い有様で、一体何がこの状況を築き上げたのか…答えは、門の真正面付近に落ちている"野菜の破片らしき物体"にある。
―――――汝の剛腕を以て、妖植物の叫びを届けんッ!【マンドラゴラ】…!
黒衣の狩人は瞬間的に膨れ上がった腕力で、人面瘡がへばりついた人間の幼子程の大きさはある巨大ニンジンとしか形容できない根野菜らしき物体を投げた。
門の真正面付近に落ちると同時に、ソレは痛みに咽び泣くが如く断末魔を上げる。何かが超高速で何処からともなく投げつけられたのだ、と見張りの怪物達が気づいた時にはもう遅い。
死出の旅へと誘う絶叫が鼓膜を破り脳髄をダイレクトに震わすのに左程の時間も掛からない。
一発目に続いて、ダメ押しと言わんばかりに二発目の【マンドラゴラ】を投下。
理奈に貸与している魔弓の事もあって流石に魔力の消耗は激しい。【マインドアップ】を飲み下しながら武器を構えて門楼に駆け寄り、生き残りが潜んでは居ないかと、部屋や上階を一通り確認し…そして現在に至る。
理奈やカイ、フランチェスカ…。仲間と行動する際は間違っても使えない広範囲兵器である。
…それはさておき。周囲の安全確認が済んだ彼は、適当な一室に入り…そこで自身の胸へと顕現させた短剣を突き立てた。バターに熱したナイフの刃を滑らせでもした様にスッと綺麗な切り目を入れ、そこからはとめどなく朱色が流れ出す。
彼は熟々思った。
単独行動で良かった。合流前に制圧できて良かった。…誰にも見られず聞かれずで良かった。
きっと、みっともない声をあげてたかもしれない。情けない顔だったかもしれない。
外科手術用の全身麻酔を発明した奴は天才だな。と行為を終えた後に心底思いもした。
人造の生命体と言えど痛覚はある。激しい痛みで意識が飛びそうになるのを現時点で使用可能で尚且つ役立ちそうなソウルの総動員で誤魔化し、最後まで心臓の摘出をやり切った。
生命力が強化される怪物達のソウルは確かに使いもしたが、ほぼ精神論。気合と根性だけで耐え切った様な物である…。
掻っ捌いた傷口には青い霊薬をぶちまける様に塗りたくった後に、薬瓶の中身を一滴残らず飲み干した。………二度とやりたくないな。やり遂げた狩人は切にそう思った。
既に何度目になるのだろうか、手袋越しに己の胸に触れる。息を吸う吐く。コレの繰り返し。
手術…と呼ぶにはあまりにも
然し、それでも胸に違和感を感じるからこそ何度も確かめる様に触れてしまう。呼吸の乱れや違和感を探してしまう。
チラリ。
狩人は体内に存在していた大事なモノを収めた小箱を横目に見る。
城内探索中で見つけた手頃な小箱だ。装飾の美しい…ジュエリーボックス。何の皮肉であるか。
宝石箱に収められたのは高価なダイヤモンドでも、指輪でもネックレスでもなければ貴金属を潤沢に使ったブランド物の腕時計でもない。
…ある意味では、金で値打ちなど付けられぬ世界一高価な代物に違いあるまい。
ふと、狩人は自身の名を呼ぶ声を耳にする。
見ればどうだ、大きく手を振りながら自身へ向かって走って来る少女の姿が見える……何故か、着ていた服装が変わっている事に首を傾げるが。
「…気取られぬ様にしなくては、あの子は妙に勘が鋭い。」
まだ聴こえる様な距離じゃない、半ば独白の様に呟いて彼は小箱を抱えて仲間達の元へと歩み出した…!
―――
――
―
- side フランチェスカ -
「イェーガーさん!!良かった…!無事だったんですねっ!!」
「元気そうでなによりだぜ!…へへっ!聞いてくれよォ俺達の武勇伝ってヤツさ、あれから――」
白馬さんが真っ先に駆け寄って、続く様にカイが彼に再会を喜ぶ声を掛けながら肩を叩き、近況を伝えようとする。こちら側は遺骸の発見こそできなかったものの金銭で物資を融通してくれる霊に出会ったという話を。
交渉の末に霊薬の入った瓶を大量購入出来た事や白馬さんの服装が変わった事の説明もされた。
一通りの報告を済ませた後は、イェーガーからの成果を訊いた。……宣言通り彼は白馬さんの為の武器をそれぞれ長剣一振り、護身用の短剣を一本と見つけてきた。けれども一番の大成果は――
「伯父さんが見つかった!?…良かったぁ、本当に良かったよぉ…。」
「ああ、今しがた伝えた通り。拠点で諜報員の二人に任せ、安静にして頂いている。」
「ヒューッ!剣と遺骸だけじゃなくて救うべき人々まで保護するとかファインプレーじゃんか!」
大切な身内が一人見つかって保護できた。白馬さんにとってはこれ以上に無い吉報でしょう。
目に涙を浮かべて安堵の微笑みも浮かべた少女、上機嫌に背中をバシバシ叩きながら笑う義弟。
それに対して「ええい!痛いわ!!やめんか!」と腕を振り払うイェーガーの姿。
そんな和気藹々とした雰囲気に包まれ、気づけば私自身もまた喜色を露わにしていました。
刻死塔とも称される難所にこれから挑む最中で、こうして皆で笑い合える。
フフッ…!こういう時間こそ大切にするべきなのでしょうね、こんな城なんですもの殊更に。
「ふむ、然し…店を経営する幽霊か…。そのような者が…。」
「渡りに船、って言えンだかどうか分からんがね、とりあえず霊薬は買い叩いてやったさ!」
「…あはは、カイさんってばあの幽霊のおじさん相手にかなり強気に出てたもんね。」
「……それは助かる、情けない話だが【ポーション】の瓶は全て使い切ってしまってな。」
「あん?お前さん一度拠点で補充したんじゃねーのか?なのに使い切っちまったのか?」
「……。
この門楼周辺を見ての通りだ、流石に数が多くてな…。だから手持ちは使い切ったんだ。」
「ん~? あぁ、確かにヤベェくらい敵の死骸転がってんなァ…。
大方、ダリオと【ネクロマンサー】の野郎が俺等が来るのを見越して配備したってトコかね?」
間。
カイに拠点へ戻った際に補充した霊薬を全て使い切ってしまったのか、と問われた際の。
そこから返答を返すまでのほんの僅かなラグ。…カイはあまり気にしなかったようだけれど。
恐らく【ポーション】を全て使い切った理由は、魔物との交戦ではない筈。本当の理由はきっと
「……。」ジーッ
「……何か言いたそうな顔だな、理奈。」
「すみません、変な事をお聞きしますけど本当に魔物と戦って怪我をしたから使っ――」
「白馬さん、少々よろしいでしょうか。」
「ひゃっ!?」ビクッ
「あ、姉上ぇ~…音もなく背後に回り込んで喋らんでくれよォ。俺も嬢ちゃんも驚いたぜ…。」
彼女の質問を遮る様にすぐ真後ろから声を掛けた。
「今の内に受け取った剣の感触を確かめておいた方がよろしいかと
お互い、必要な報告も終えた所です。
もうじき貴女のご家族を奪還すべく【機械塔】に臨む事にもなりますのでご準備の程を…。」
「あっ、それもそうですよね…ッ!―――あの、イェーガーさん…お話の途中だったけど…」
「…ああ、別に構わんさ、行ってくると良い。」
「カイ!貴方も白馬さんに付いて行ってあげて頂戴。」
「of course!新武器の訓練って事なら俺も行かなきゃだよな!ってなワケで嬢ちゃん行くぞ!」
素振り訓練に適した広い空間を指差し、駆け出すカイに追従しようと白馬さんも動き出す。最後に話途中で切り上げてしまう事に対してイェーガーにお詫びを告げて。
「すみません!ちょっと行ってきます!……うーん?…なんとなく、そう思っただけだもんね…根拠もない勘だし…。」
去り際、尋ねようと思った事を有耶無耶にされた所為か。何処か納得の行かない表情の儘に白馬さんは去っていく。遠く離れる彼女の唇が何かを呟いていた様に思えたのですが、私にも、恐らくイェーガーにもそれは聴き取れませんでしたが。
「助かったよ。あの子の注意を逸らしてくれて感謝する。」
「…彼女、お気づきで?」
「いや、理奈のあの様子を見るに核心には至れていないだろうさ。
…野生の勘みたいなモノで今回の霊薬の用途を疑ってきたって所だろうよ。」
それだって十分侮れん直感だがな。っと黒衣の男は苦笑する。…この一連の会話で私が凡そ確認を取ろうと思っていた事柄の答え合わせは出来た。
「…貴方が霊薬の瓶を全て使い切った本当の理由は交戦等ではなく…摘出後の躰を治す為。」
「……そうだ。」
肯定。
その言葉と共に仮面の男は視線を抱えている小箱へ向ける。
純金の宝剣や護身の短剣、救った人々の報告よりも前に私達が軽く見せられ説明された物。
この中に、魔王の…――いえ、彼の心臓が納められている。彼のモノだと私しか知らない…。
「中を確認するか?」なんて彼が冗談の様な事を真顔で言い放って、白馬さんを青ざめさせたり、顰面になったカイに「よせやい、気色悪ぃ…。」と否定されたのはまだ記憶に新しい。
「中を、確認しても?」
「なんだ、見るのか。」
「…大事な事、ですので。」
否定的な二人が居た手前で、心臓が入ってる所を見せて欲しいなどと流石に言えない。仮に確認するにしても一人で十分でしょう。
ゆっくりと、真珠貝が口を開きパールの輝きを魅せる様に、ソレは開かれる…。
「う"っ…!」
「……閉めるぞ。」
パタリ、と閉じられる蓋を閉じる宝石箱。鼻に突く血生臭い匂い、…そして体外に在って尚も脈打つそれが網膜に焼き付いた様な気さえしますわね…。口元を抑えて俯き気味だった顔を上げれば、口元を苦笑と言った具合に歪める仮面の男が見えました…。
「…お前、本当に律儀な奴だな。どうしようもなく不器用で、損をする性格と言ってもいい。」
「……大 事 な 事 で す の で 。」
くつくつと笑われました…。
少しだけ、ムッとして、語気を強めてさっきと同じ言葉を言い返してやりました。
「…それで、どうなさるおつもりで?
よもや馬鹿正直にそのまま相手に渡すなどとは…、いっそ豚の心臓にでも入れ替えてみては。」
「豚…いや、お前豚って。」
美しい装飾の小箱と心臓の組み合わせで有名な童話を思い出しましたので、故にそう告げます。
白雪の様に美しい自身の娘に嫉妬した王妃が、あの手この手で命を散らそうとする物語…。毒林檎のくだりがあまりにも有名でそれ以前の過程にあった狩人に姫を襲わせる場面は忘れ去られがちですが…。
母は疎ましく思った娘を害する様にと狩人に言いつけ、葬った証にその心臓を小箱に入れて持ち帰る様にと命ずる。
しかし憐れんだ狩人は娘を逃がし、代わりに豚の心臓を小箱に納めて持ち帰る…有名な脚本ね…。
「……待てよ? "入れ替える"……ふむ、入れ替えるか。やれる、のか?」
「?」
私の発言の何が気に掛かったのか、この男は顎に手を当て、何かを考え込む…。
もどかしく思い「何か妙案でも浮かんだのですか?」と尋ねてみれば…。
「……なぁフランチェスカ、これから行われる交渉で一番最悪なケースってなんだと思う?」
「はい?」
最悪なケース…?
心臓が奪われる事は勿論ですが、……人質を、白馬さんのお母様と弟さんを奪還できない事。もっと細かく言えば白馬さんがそのまま敵の魔手に落ちる事や私達の中で誰か戦死…色々思いつきますが…。
「…大きく言えば交渉に応じたにも関わらず、人質の解放が為されないケースかと。」
「ああ、理奈の家族を盾に取られては攻めにも転じられん、守りに徹しようにも後手となる…!
相手の胸先三寸で人の命が消えかねんのだ!!今後も要求を飲み続けねばならんかもしれん。」
「お聞かせなさい、どのような妙案を閃いたのです?」
「…この際、心臓を奪われるのはやむを得んが理奈の身内だけは必ず取り戻さねばならん!
そこでだ――――まだ一度も試した事が無い事がある。
もし、これが上手く使えるなら…話は大分変って来る…。少し付き合ってくれっ!」
「えっ!?ま、待ちなさい…ちょっと!!」
黒衣の男は相変わらず碌に仔細を語らぬ儘に私の手を引き…そして…!
―――
――
―
- side 三人称 -
「せいやぁっッ!!」
掛け声と共に少女剣士の振るった黄金が軌跡を描く。
ビュオンッ!と煌めく純金製の刃が虚空を切り裂く風切り音を奏でる。
唐竹。
袈裟。
逆袈裟。
横薙ぎ。
逆風。
居合。
刺突。
受け取った長剣の基本的な動きは粗方試した。
水晶玉から創造された"炎の大剣"と比べればやや細身の宝剣、
魔物の死骸が比較的少ない、広々とした場だからこそ抜刀の構えのままでその場を動き回り足取りの確認も取れる。
「お疲れさん!短剣の方といい大分コツは掴めたんじゃね?ほれ、ミネラルウォーター。」
監修のカイ・ヴェルナンデスの指導の元。短剣…【マン・ゴーシュ】の扱いを受け、その後に海賊の宝剣【ジョワユース】を手に馴染ませた。
基本は銃撃戦をメインとする青年も元軍人である父親の手解きで【コンバットナイフ】による接近戦もできるとの事であった…!
崩れた瓦礫の上に腰掛けて、受け取った小さなボトルの水を口に含んで一息。
半分程、飲んだところで手にしたボトルをジッと眺める様に、少女は動きを止めた…。
「んあ?どしたよ…なんかフリーズしてっけど。」
「…うん、少し考え事をね…。……。」
新調した武器を身に馴染ませている最中も頭の片隅にチラついてた事柄があった。液体の入ったボトルを目にした事で気掛かりだったソレは再び浮彫となる形になったのだ。
理奈は同じように飲料水を飲み始めた青年の横顔を見遣り、語り掛ける…。
「…カイさん、あのね…。私さっきイェーガーさんに訊こうと思ってた事があったの。」
「あぁ~、そういやなんかあン時に訊こうとしてたっけな、んで丁度、姉上が来て、そんで――」
「もし、もしもだよ?…イェーガーさんが嘘をついてたら…どうしたらいいのかなって。」
思い切って、聞いてみた。
自分の考えに対して、誰でも良いから意見を聞いて見たかっただけ。そんな気持ちから。
「ブフゥ―――ッッッッ!?!? ゲホッ!ゴホッ!?」
ミネラルウォーターのボトルを口に付けていた青年は盛大に吹きだしてそのまま咽た。
(ちょい!ちょい!いきなり何言い出すんだっ!嘘って…あのイェーガーがか?
一にも二にも嬢ちゃん命!って感じの仮面のアンちゃんが…?嬢ちゃん相手に!?Really!?)
自分相手に嘘つくのはまだしも、少女相手にあの狩人が嘘を?それこそ信じられん。とでも言った具合に口をあんぐりと開ける青年。
「ンンッ!!ごほん…いや、落ち着こう、あー、嬢ちゃんはアイツの何を嘘だと思ったんだ?」
「ええっと…話を続けるね?……勘なんだけどさ…私が思ったのは傷薬の話なんだ。
闘いで怪我なんかしなかったんじゃないかって、本当は別の事に使ったんじゃないかって。」
青年は腕を組んで難しそうな顔をしながら、次の様に疑問を呈した。
「いや、別の事って、そりゃあ一体何なんだよ?…それ以外に使い道なんて普通ないだろ。」
「そ、それは…そうなんだけど…っ!!」
「周りに転がってる死骸の数見りゃあ…相手すンのはしんどい大群だったってのは分かる
イェーガーが幾ら強くとも負傷はする。だから霊薬を使い切った。
……話としては筋が通ってると思うぜ、…つーかよォ、それ以外じゃ説明付かないだろ?」
そのまま彼は肩を竦めながら続ける。
「でもなけりゃ、アイツが突然癇癪でも起こして貴重な霊薬を理由もなく捨てたか
飲み水と勘違いして手持ちの瓶全部飲み干しましたー!だとかさ
ンなアホみたいハナシになっちまうだろーしよォ…。常識的に考えて…。」
「…そこ、なんだよね…。普通に考えたら意味不明だよね…。だから…余計にわかんないの。」
カイの言っている事は間違いなく正しい。
傷薬なんだから怪我したら使う、馬鹿馬鹿しい程当たり前の話だ。
全部使い切るほどの怪我が敵との交戦以外はありえんだろ?という指摘も何らおかしくない。
そう、何もおかしくはないのだ…。
少女も、青年も、"知っている事が前提条件の情報"を持ち合わせて居ないのだから…。
逆立ちしたって真実には辿り着けないのだ…っ!
狩人の心臓に関する彼是を知っている魔女と同じ情報量で、初めて事の真相に至れるのが普通。
少女が100%の直感だけで導き出した、傍から見たら突拍子も無い発言が実は正解だとは証明できまい。推理も根拠も何もない。謂わば途中計算の公式をガン無視して勘だけで埋めた解答欄…!
ロジックという言葉に全力で中指立ててくスタイルである。
「そのよォ~…なんつーか、嬢ちゃんのそれって"勘"なんだろ?なんか明確な証拠があるでもなく…。」
申し訳無さそうに問う青年の言葉に、少女もしょぼくれた顔でゆっくりと…頷く様に項垂れる。
奇しくも"最も正解に近い答え"には手を伸ばせるが「何がどうなってそうなるのか?」という結果に行き着くまでの過程を脳内で描けないから。
筋道の通った理屈で語れないから"説得"する事も…相手を"納得"させる事も出来ない。
「…すまねぇけど、流石にそれだと、な。」
「ううん!…聞いてくれてありがと、あはは…ダメだね!私ってばどうしちゃったんだろ。」
白馬家の娘はボトルの中身を一気に飲み干した後、小さく首を振った。
(お母さんや真司を助ける大事な決戦前なのに、こんな混乱させるような事言い出して。
それも…イェーガーさんの事を…っ! 何度も助けてくれた人が嘘ついてるだなんて…っ!)
「本当に……私ってばどうかしちゃってるわよ…。あんな良い人に…、最低…だよね…。」
自己嫌悪交じりの消え入りそうな呟きは幸いにも青年には聞こえなかったようで、彼女は気を引き締めようと両頬を叩いて立ち上がる。そうとも家族の命が掛っているのだ、今はその為に少しでも新たな武具の感触を手に馴染ませねば!!
「時間ギリギリまで…!もっと練習しないとだよねっ!」グッ!
「おっ!嬢ちゃんヤル気だな!っしゃ!なら俺もちゃんとコーチしてやんねーとな!」
湿っぽい空気を吹っ飛ばす様に、カイも務めて明るく振舞う。理奈の手に握られた輝く黄金が弧月を宙に描く…!プラチナ色の月夜に照る美しき宝剣に青年は囃し立てる様、口笛の一つでも吹きたくなってきた。
「ヒューッ!しっかし…本当に綺麗な剣だよなぁ~、相当な値打ちモンだぜソレ。」
「柄どころか鞘全部にも宝石が付いてて刃だって金ピカですもんね…!」
「あぁ、流石は海賊のお宝ってトコだぜ…。
どーせなら短剣以外にも弓だってかっぱらって来ちまえば良かったのにな!なんつって!」
茶化す様にカイはそう口にした。本音を言えば半分ぐらいは本気である。
合流したことで剣を受け取った理奈は丸腰ではなくなった。それゆえ狩人に【スカルアーチャー】のソウルで顕現させていた魔弓を返却する事になったのである。
あくまでも新たな武器が見つかるまでの繋ぎという話であったし、弓を出し続けるのも彼の魔力を消耗させる。
「折角弓の練習しましたもんね…。調達したら使ってみろって言われけど…。」
理奈は素振り練習の手を止めて、自分達がやって来た道の方角を…門楼の高欄を指差しながら冗談めかして「いっその事、あの辺から弓を拾えませんかね?」と半笑いでそう口にする。
「お~、言われて見りゃ…弓を握った骨野郎共の残骸が、あの
如何にも落っこちそうな具合に垂れ下がってんなぁ…結構距離ある此処からでも良く見えらァ…
……でもなぁ、こっから見える限り連中の弓は実弾タイプっぽいぞ?」
「えっ、そうなんですか…?実弾って事は…。」
「嬢ちゃんが借りてた魔弓みてーに、矢が溶けた様に消えるタイプじゃねーってハナシさ!
ほら?【スカルアーチャー】は背中に矢筒を背負ってんだろ?
連中は骨を削って作った鏃の…矢…………を…………。」
「…??? あのー、カイさん…?」
さっきまで、朗らかに笑いながら、それでいて得意げに知識を弟子に語っていた退魔士の男はみるみる内に険しい表情へと変わっていく…。
弟子の少女がその様子を心配そうに見つめながら、声を掛けるが反応が見られ無―――
「嬢ちゃん!悪ぃ!!ちょっとばかし待ってろッ!!」
「えっ!?あ、ど、何処に!?「すぐに戻るッ!!」
カイ・ヴェルナンデスは額に汗を滲ませていた…!
彼はふとした何気ない会話から、"それ"に気が付いたからである。
ゆえに血相を変えて飛び出して行き現在、理奈達が居た場所と門楼の中間地点に立っている。
「…無い……何処にも…無いッ!」
中間地点に立った男は、忙しくなく視線を彷徨わせる。"あって当然の筈の物体"を探すべく。
「…何処見ても"一本も矢が落ちて無い"…っ! "誰も射かけた痕跡が無ェ"だと…!?。」
【機械塔】に徒歩で進軍しようと思えば、必然的にこの一本道を通過し門楼を突破しなくてはならない。
それを理解しているからこそ敵は魔物を多めに配備して防衛線を固めた筈だ。
「門の真正面で【デビル】やら【ハーピー】が原型留めない程グチャって墜落してンのに
その間に弓兵共は何をしてたんだってハナシだ…ッ!
攻め込んで来てる敵に気付かなかったってのかよッ!?それこそあり得ねぇ!!」
グチャグチャの肉片、羽や爪、骨の形などから辛うじてソレ等の魔物だと断定できる墜落死体を見ながら彼は頭をフル回転させる、考えろ…考えるのだ…と!
「……百歩譲って、骨製の実弾矢が落ちてねェ理由に実は魔弓みてーなの使ったと仮定してもだ。
やっぱり腑に落ちねェ…!石畳に魔矢なんてパワフルなモンが普通ぶっ刺さったら…ッ!」
小規模なクレーターとまで行かずとも絶対に痕の一つ二つあっても不思議ではない。
しかもそれだけじゃない、と青年は門真正面の左右に転がる残骸を眺めて続ける。
「デカブツの鎧騎士の残骸もそうだ、門の前から離れた形跡も。
あの厳つい剣を振り回したとか地面に叩きつけたって傷もねェ…。
全体的に交戦があった痕跡が見当たら無い……こんなバカな事があり得るのかッッッ!」
カイはこの様子を心の内でこう評した「まるでハチの巣に居るハチ達が自分等の認識できねぇぐらい遠くから殺虫剤でも吹きかけられて、何が起きたか分かんねー内にくたばったみてぇな」っと。
-「……それは助かる、情けない話だが【ポーション】の瓶は全て使い切ってしまってな。」-
-「この門楼周辺を見ての通りだ、流石に数が多くてな…。だから手持ちは使い切ったんだ。」-
-「もし、もしもだよ?…イェーガーさんが嘘をついてたら…どうしたらいいのかなって。」-
-「闘いで怪我なんかしなかったんじゃないかって、本当は別の事に使ったんじゃないかって。」-
「――――――~~~ッ!……………ゴクリ!」
嫌な汗がドッと噴き出す。
額に滲んでいた汗よりも、冷たいソレが背中に。知らず固唾をのみ込む…。気付いたから。気付いてしまったから。
どのような手段を用いたかまでは解らない、だが現場検証の齎す情報結果がカイに囁くのだ。
もしも…"遠距離から何らかの方法で全ての敵を時間差も無く一掃できるナニカ"があるなら?
密集地帯に軽く放り投げるだけで制圧可能とでも言わんばかりの何某かがあるのなら…っ!?
その考え方が――白馬理奈の根拠の無かった発言に説得力を持たせてしまう。点と点が繋がる。
話の筋がちゃんと通ってしまうのだ…!!その理屈で行けば決して不可能ではないのだと…。
「………アイツは、いつもヘンテコな仮面を付けてたり
説明無しで行き成り妙な事おっぱじめたり…風変りな奴じゃあるかもしれねー…けど
悪い奴なんかじゃねぇ…筈だ。」
昔からの付き合いというワケでもない、それほど言葉を交わした仲とも言えないかもしれない。
然し、見ず知らずの一人の小娘の為に魔城で命を賭けてでも助けようとする男の言動や…。
拠点で姉が少女を連れ回すという旨を口にした際にも擁護する発言を行ったり…。不器用ながらの優しさだって間近で見てきたつもりだ…。
…"悪い奴なんかじゃねぇ"。願望に近いのかもしれない。そうであってほしくない、のだと。
(……動機、そうだ…動機だっ!仮に嘘を付いてたとしても…!
それが誰かを傷つける為のモンかどうかなんて判らねぇし…。)
「ハッ!?そうだ嬢ちゃん……っ!…嬢ちゃん、には…どうすりゃいいんだコレ…。」
伝えるべきなのか…。 伝えない方が良いのか?
自分が発見した、「嘘だという事実」が論理的に十分あり得る可能性。伝えても良いのか…?
あくまで可能性の範疇であって、"確定"では無いのにか…?
……言うにしても、まだ時期尚早ではないか?大事な人質奪還作戦の前だぞ。
せめて自分が直接イェーガーに問い詰めて、事の真相を確かめるべきではないのか?
「
「カイ?貴方こんな所で頭を抱えて何しているの…?」「むっ、理奈は一緒ではないのか?」
「――っっッッッ!? あ、姉上とイェーガー!?」ビクッ バッ!
「白馬さんは…、居たわね…あんな遠くでポツンと一人素振りをさせているのかしら。」
「あ、あぁ~!そうそう!丁度、良かったぜェ~?嬢ちゃんは筋が良いからよォ!
剣のコツはバッチリだって報告したくて二人の事探しててさぁ~。
周りに敵も居ないから俺が姉上達を見つけてくるまで、ああやって自主練してろって事さ!」
咄嗟の出まかせ。
「ふむ、そうだったのか。理奈の事を任せてすまんな…。」
「良いってコトよ!所でさっきから姿が見えなかったが二人とも何処に行ってたんだい?」
「なに、新技の開発とでも言った物だ。」
「へっ?新技…?」
「ああ、理奈を連れてきてくれ。――――【機械塔】に乗り込むぞ!」
次回、ようやく機械塔突入です。長かった。
【本日の解説など…etc】
【ソウル:スケルトンエイプ】…火薬樽を投げるスケルトンのソウル。
部類としては【エンチャントソウル】であり、"物を遠くまで投げる。"という効果を発揮する。
原作において【キラークラウン】や【パペットマスター】…【ウネ】など、何かを投げつけるという動作モーションのあるソウルの飛距離や弾速を速めるといった効能である。
【ソウル:マンドラゴラ】…ファンタジー作品で有名な叫びを聞くと死ぬ魔界植物
【バレットソウル】であり、原作…特に蒼月の十字架では序盤から終盤まで幅広く運用できるチート級のソウルである。
一度発動すれば、ゲーム画面上に居るほぼ全ての敵にかなりのダメージを与える。上記の【スケルトンエイプ】を併用することでこの小説物語では遠距離から密集地帯への爆撃じみた真似をやってのけた。
【Bad Situation】…BGMの名前。 ギャラリーオブラビリンスの隠しダンジョン、悪魔の巣窟エリアに入ると聞ける曲である。直訳で 苦境、マズい状況…など。