- side 存在意義を探す狩人 -
「…ここは、どこだ? 俺は一体…。」
気が付けば、俺は立っていた。
まるで泥の様に深い眠りに沈んでいてそこから目覚めたばかり故に意識がはっきりとしないそんな有様、最悪の寝起き。身体中に感じる気怠さとガンガンと響く様な頭痛を言語化するのならそんな言葉で説明するのがしっくりくる。
いや、そんなことはどうでもいい。大事なのは俺が無意識で口走った言葉だ。
「俺は此処で一体何をするつもりだったんだ。」
辺りを見渡す。荒れ果てた古城といった印象を受ける景色、周囲に生き物の気配は感じない…俺が呟く独り言に答えを返してくれる者も存在しない。
まだ痛む頭を押さえながら何か思い出せないか、記憶の糸を辿ろうと小考する。
何かを思い出そうとすると頭部の痛みは強くなった、視えない何かがそれを止めろと訴えかける様に何度も殴打してきているような錯覚に見舞われる。然しそれに抗っただけの成果はあった。俺は大事な事を思い出せたのだから。
「ここは日食の中にある【悪魔城】だ…そうだ"俺はこの場所を知っている"…!」
「俺はやらねばならぬことが確かにあった筈なんだ。」
誰が聴いている訳でもない、ただ自身に言い聞かせるように呟いて、気怠さを拭えぬまま脚を進める。身体は鉛の様に重い、頭の痛みは鳴りやまない。長い石畳の廊下を一歩、また一歩と、歩んでいく度に頭の中に初めて見る筈の懐かしい情景が次々と浮かんでくる。湧き水が如く溢れ出す情報量を整理していき、俺はまだ完全とは言い難いが"自分がどういう存在"であるのかを知った。
俺はまだ鏡を見ていない、だが自分の容姿は知った。
俺はまだ自分がどんなことをできるのか試してはいない、だが何をやれるか知った。
俺はまだ一度も自分の趣味や好物を目にしたことが無い、だが何を嗜んだか知った。
俺はまだ悪魔城を歩んだことは無い、だがどんな内装で施設があったのか知った。
何も知らない筈なのに、だというのに知っている。我ながら矛盾しているとは思っている、だが泡沫の様に浮かんでくる俺の記憶が、俺という存在がどうであったかを知らせてくるのだ…!
あくまでも自分の身近な事だけだ。悪魔城の外で俺は他者とどの様に関わり、人付き合いをしていたのか…俺は城の外では一体どんな生き方をしていたのか、そういった物が抜け落ちているのだ。
自分の脳を日記帳か何かに喩えるならば、頁の至る所を
「…俺の身長、俺の体格、俺の顔だ。間違いない。」
鏡に映った俺の姿は、"さっき知ったばかりの自分の容姿"だった。正直に言えばこうやって鏡を見て自分の脳裏に浮かんできた"俺"の姿が正真正銘本当に"俺"だったのか不安だった。だからこうやって姿見を見て事実確認が取れた事で初めて俺は安堵した。自分の記憶があやふやで自身の存在に確信が持てないのがこうも心細いとは思わなかった。
確認を済ませた事で俺は部屋の中に使える物が無いか探し始める、ここは悪魔城だ。生憎と今の俺は武器を失くしたらしい…いつも魔物共を狩る際、腰につけていた武器が何処にも見当たらない、装備もハッキリ言って満足な物と呼べない。この状態で怪物蠢く城内を歩き回るのは自殺行為でしかない。
まだ思い出せない記憶だが"俺はこの城で何かやらねばならぬ事があった"という点がある、自分の事とは違う何か、虫食い穴になっている記憶の部分だ。何を果たさねばならんのかはまだ分からぬが城を探らなければいけない。
あれこれ探し回った結果として袖机の中にあった【ポーション】の小瓶と古いクローゼットの中にあった幾つかの防具だけ。古いマントに手袋、そして……仮面だ。
……何も着けずにこのまま城を出歩くよりかは何倍も良いと感じた俺に選択肢など無い、それらを拝借して俺は部屋を出た。
―――
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一つ上の階層から降りて荒れ果てた回廊を走る、裂けた上質なカーテン、罅割れた窓硝子に破れた深紅の絨毯の上を駆けていく。そんな自身の前に何かが飛び出して来た。
「【スケルトン】か…。」
血肉を持たぬ骸骨が手にした骨を此方に投げつけようと構える、―――この程度の相手なら武器が無くとも…っ!
「退け、お前如きに関わっている時間すら惜しい。」
不意に自分の記憶が脳裏に浮かぶ、「"いつも"自分はコレを容易く倒していたな」と。
愛用していた武器は無い、素手だが何の問題も無い。距離を詰めて拳を打ち出す、鈍い音と手袋越しに頭蓋骨を砕く感触が伝わった。
荒城の回廊を走り続けて崩壊した壁から外を見る、城壁とその向こう側に並び立つ針葉樹の影そして漆黒の空には朱を滲ませんとする様な紅い月が浮かんでいた。視界に入る景色からこのまま歩みを進めれば城門の方に出るという事が判った。悪魔城は混沌の産物、出現するたびに城内の構造が変化する…。人の世の常識が通じない世界だ。目的を思い出せない俺は当てもなくただ城内を走っていたが一度エントランスへ向かってみるのも手だなと考えた。
ここまでの道中で幾つかの小部屋に入り使えそうな物を少しばかり拾ってはみたが記憶の手がかりとなり得るものは今のところ皆無。ならば城の入り口に赴けば自分がどうやってこの城に来たのかくらいは分かるのではなかろうか?
そう結論付けた俺は城門へと駆け出した…。
「魔物が擬態してる気配もない、人間の娘だと?…何故この城に居る、一体何者だ…。」
………。 エントランスに少女が倒れていた。想定外過ぎて一瞬考える事を忘れた。
なんだ、記憶の次は行動する事も忘れるのか俺は?
自身が何故此処に居るのか存在意義を求めて城内を探索していたが、まさか魔物以外で人に出会うとは思わなんだ。
少女は身体の至る所に出来たばかりの生傷があり見ていて痛々しかった、早速【ポーション】の役目が来るとはな…、空色の液体が入った小瓶の蓋を開けて彼女に飲ませることにした、何か有用な情報を聞けるかもしれん、それに…。
―――
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- side 三人称 -
白馬理奈の意識は暗闇にあった。手指の感覚も無く、死という存在を近くに感じていた。ゆっくりと然し着実に自分の命は燃え尽きるのだろうと漠然ながらも理解していた、ダリオの暴行を受けて最期に家族や友人の顔、生涯で叶えたかった願いを思い浮かべながら彼女の精神は彼岸へと旅立つ筈だった。だが人間最後まで何が起こるか分らないもので闇の眷属が住まうこの城で幸運にも理奈の生命を繋ぎ止める者が現れたのであった。
「―――――っ!げほっ、えほっ!?っっは!!…こ、此処は?」
「目覚めたか、お前は運が良いな。」
空になった小瓶を指で摘まみながら男性は少女に語り掛けた。声を掛けられた理奈は溺れた海難者が陸で息を吹き返した時の様に咳き込みながらも自身に声を掛けてきた相手の顔を見た…。そして次に息を飲んだ。古城の背景に似つかわしい壮美な男が居たのだから…。
御伽話の世界から飛び出して来た様な貴族の衣服を身に纏い、その上から夜の闇をそのまま織り込んだ色合いの【漆黒のマント】を羽織り。顔には仮面舞踏会で着用する目元を覆い隠すマスクが掛けられていた。2059年現在じゃそんな恰好は歌劇団や漫画、さもなくばコスプレが趣味の方々が集まるアレな会場でしかお目に掛かれないセンスだが、そのどれもがこれでもかと言わんばかりに様になっているのだ、顔全体は見えないがそれでも仮面越しに顔の輪郭や各部位の位置から端麗であることは嫌でも解る…。
年齢は理奈よりは上であることは間違いない、月明かりに照らされて銀糸の煌めきにも見える美しい白髪と黒を基調とした優雅さのある意匠の服、目元が覆い隠されているからこそのミステリアスな魅力がある男。
まるで現世の人とは思えぬ美しい人が自分の目の前に居る…!暫し見惚れていた夢見がちな少女はハッと!我に返り自身を蝕んでいた痛みが消えている事に漸く気が付いた。これらの事実から理奈は一つの答えに辿り着く…っ。
「か、身体の傷が治ってる…どこも痛くない上に天使様が居るってことは、此処ってもしかして天国!?あぁ…そんな、私やっぱり死んじゃったのね…。」
「…頭の事で俺が言うのも何だが、頭は大丈夫か?天国などではないぞ。」
男性は可哀そうな物を見る視線を狼狽える少女に注いだ、ひょっとして飲ませた【ポーション】の量が足りなかったのだろうか?なんなら死に掛けてたし。脳に何らかの後遺症が残ってしまったのではないかとも一瞬考えた。
「えっ、あっ、えっと…その、てんごく…じゃ、ない? じゃ、じゃあ此処は白馬町の病院…なワケ無い、よね…えっ?あ?」
「まずは落ち着け、色々と聞きたいことはあるがお前はお前で色々と整理した方がいい。」
男性は理奈の様子を訝し気に眺めていた。先程から口にしている言葉の端々からどうにも彼女は此処を悪魔城だと認識していないようであった、自分の意志と関係なくこの魑魅魍魎が巣食う地へと来たのか?それではあの大怪我は一体なんだ?てっきり魔物にでも襲われたものかと推測していたが、……それに彼女が発した"白馬町"という単語を耳にした時、男は胸のざわつきを感じた。城の外の事など何も覚えていない自分が…胸の奥に突っかかりを覚えたのだ。
彼は最初、エントランスで倒れていた彼女を見つけて何か有用な情報を得られるかもしれないと考えていた、だがそれ以上にもう一つ…。
(何故だ、この娘の顔は何処かで見たような気がする…。)
会った事はない、はず。
最初一目見た時から言葉にできない感情が何処かで燻っていた、自分はこの子と何処かで会ったのか?思い出せない。
目の前の男がそんな事で思い悩んでいる最中、理奈は自分の身に何が起きたか状況整理に勤めていた。
まず自分は神社でダリオ・ボッシと名乗る人智を超えた存在に嬲られそのまま意識を手放した、そして目覚めたら…。
「……。」
妖異な雰囲気を漂わせる城で目覚めた、しかも目の前にはこれまた現世の人間とは思えない壮美な仮面貴公子様がいらっしゃると来たもんだ。
自分の身体をマジマジと見つめる、身に着けている【ふだんぎ】は煤塗れだし矍鑠な悪党の暴行で破けている箇所もある―――だというのに自分の身体には擦り傷一つとしてついていないのだ。
炎上する実家の蔵で体験した蒸し焼きにされる様な熱さも殴打や蹴りによる痛みも無い…、目覚めて早々に「此処ってもしかして天国!?」なんて素っ頓狂な事を叫んでしまったが、状況が状況だけに死後の世界だと勘違いするのも正直無理からぬ話であった。
「あ、あの!!…本当に此処って死後の世界、とかじゃないんですよね?」
「そうだ、此処はドラキュラ城…その昔、"日食の中に封印された城"だ」
「ドラキュラ城…。 ???」
男性の口から飛び出た単語の意味を理奈は理解しかねた、日食の中に封印?ドラキュラ城?此処はヨーロッパだとでも言いたいのか。ただ『日食の中に封印』という言葉だけは何か引っかかりがある。彼女は父と伯父から白馬神社の者がヨーロッパで一度だけ祈祷を行ったという話をしていたのをなんとなく覚えている、何故日本ではなく欧州で行ったのかだとかそこまで深くは考えなかったしそこまでも教えてはくれなかった。
仮面の男性は言葉を続ける、曰くファンタジーの様な馬鹿げた話だが凡そ100年に一度だけ魔王である【ドラキュラ伯爵】が甦り闇の眷属達と共に人間を滅ぼそうとする事、その魔王の居城が此処で1999年に城が地球上に現れない様に白馬神社の祈祷による力で日食の中に闇が蠢く悪魔城は封印されたという話を。
「信じ難い話だろうが、事実だ。お前が今いる所は天国などとは正反対の場所だ。」
「そ、そんなの…信じられないわよっ!」
極楽浄土どころか獄卒が待ち構える地獄の様な場所だった。そう聞かされては否定もしたくなる、理奈は話を途中まで聴いた所で顔を真っ青にしていた。この男の言葉はタチの悪い冗談か何かに聞こえる内容だ、それこそ悪ふざけで一昔前に流行した異世界転生物の脚本をそのまま声にしてるだけだとでも言われたら信じられるくらいには非現実的な内容だった。
しかし悲しいかな、彼女はほんのちょっと前に鏡に映る燃え盛る化け物やら、腕から炎を出す老人、自身が身をもって味わった苦痛と全治に相当掛かるだろう怪我が綺麗さっぱり消えてなくなるというファンタジックな経験を既にしている。
そんなの信じられない!そう男性に向けて発した言葉は震えていた。
心が既に理解してしまったし認めてる、だけど頭は理解を拒みそんな夢みたいな現実を認めたく無いと否定し続ける。
ほんの少し前まで当たり前の日常を過ごしていた、学校に行って帰りに友達とカラオケに遊びに行ったり、習い事や家で家族と過ごしたり…そんな平凡な日々だったのに気が付けば魔王のお城?理不尽に対して齢17歳の子が叫ばずにいられようものか、感情を腹の底から押し出す様に声を張った後、俯いて……そのまま何も言えなくなってしまった。それ以上の言葉が出ない、見つからない。
仮面の男はただ何も言わず少女が落ち着くまで声を掛けなかった、掛けられなかっただけかもしれない。
…。
……。
「落ち着いたか?」
「…。ううん、落ち着けるワケ、ないよ。」
「それでいい、それが"普通"だ。」
まだ肩は震えているが、時間を置いた事で先程よりかは昂りが収まった少女に声を掛けた。問いに対して素直に自身の心情を吐露してくれた子に男性は憂いを帯びた眼差しでそう返した。
それが"普通"なのだと。理解の追い付かぬ侭に見えない運命の手なんぞに振り回される事の方が異常なのだと。
「ごめんなさい、考えてみたら自己紹介もまだ…でしたよね?」
「別に敬語でなくていい。」
おそらく年上?と思われる人物に気が動転していたとは言え、敬語も何もあったもんじゃない言い方をしていたなぁと理奈は改めながら言葉を掛ける、対して敬語でなくとも良いと向こうは返すが。
「は、はぁ…、えっと…私は
「ッッ…"白馬"、だと…っ!?」
「??? はい…そうですけど。」
雷にでも打たれた様な衝撃だった。
ずっと心の何処かで燻っていた物が一気に燃え上がった、自分はこの少女と初対面だが、何処かで知っている。初めて見た時から感じていた違和感、間違いない自分の記憶に関係のある人物に違いない…っ!男の中での懸念は確信へと変わる。
「…。」
「…あの、お名前は?」
「!」
名前を尋ねられた。男は言葉に詰まった。妙な沈黙が場を支配し今度は少女が訝し気に男を見つめる。
「…俺の名など、そんなことはどうでもいい。」
「なっ!…どうでもよくなんてない!名前が判らないと呼ぶときに困るでしょ!」
理奈は自分から目を逸らしながらそう告げた男の態度に少しだけムッとして不服を申し立てる、命の恩人である事には変わりなくその点には十分感謝している、だが名前を教えてくれない上にこんな態度を取られては…聊か思う所もあろう。少女は自身の心に従ってそのままむくれっ面で、そんな様子に男性は困った様に口元を歪めた。誤解されているようだ、別に教えたくないワケではない…ただ彼自身が自分の名をどう名乗れば良いのか解らなかっただけなのだ。
(…この人、もしかして本当に困ってる? 名前を言えない事情でもあるのかしら?)
「…あのどうしても言えなら別に「"
「えっ」
「
―――
男性が言葉に詰まっている様子を見兼ねて、もしや本当に言えない複雑な事情でもあるのではないかと思い立ち声を掛けた矢先に飛んできたのが"J"という名前。闇の者達と敵対し続け"狩る側だった彼"が自分の存在を表現するのに相応しいと感じたが故の『
狩り人を名乗った仮面の貴公子に少女は言葉を掛けようと唇を開く、だがその矢先に…。
「キシャアアアアアアアアアアアアアァァァァァァ!!!」
「むっ!」
「ほ、骨のお化け!?」
荒城回廊の方からエントランスへと4体の飛行物体が奇声を発しながら舞い込んできたッ!理奈は飛んできた物の姿を視界に捉えて目を擦る、夢でも幻でもない本物の怪物だ…っ。まだ頭の片隅で作り話であって欲しく思っていた怪物住まう悪魔城の住人…【ウイングスケルトン】だ。骨で出来た蝙蝠の様な翼をはためかせ、蜥蜴の様な尾と嘴に角が生えた骸骨が槍を片手に構え此方に飛来してくるではないか!
何も持たぬ方の腕はだらりと垂れ下げ猫背のままの怪物はその気怠げな姿勢とは裏腹に城にやって来た来訪者を亡き者にせんと洞の眼を光らせていた。
「チィッ…俺はまだまともな武器が無いというのに!!」
狩人は舌を打つ、未だ止まぬ頭痛と気怠さの所為で本調子と呼べない上に手元に愛用の武器が無い。更に言えば【スケルトン】と違って空を舞える相手を同時に4体相手取る、勝てない敵ではない…しかしっ!
「あ、あぁ…っ。」
「下がれ白馬理奈!」
丸腰の少女一人を傷つけずに済ませられるのか!?仮面の狩り人は少女にそう命じてすぐさま地を蹴り跳ぶ、―――後手に回れば背後の理奈を狙われるリスクが高まる!多少無茶でも相手が本格的に動き出す前に仕留めるッ―――短期決着を決めた彼は拳を【ウイングスケルトン】の額に打ち込んだ。
―――
――
―
- side 理奈 -
「下がれ白馬理奈!」
イェーガーさんがそう叫ぶと同時に私は彼の言葉に従って迫り来る化け物を見ながら後方へと下がった。私とは正反対に怪物に立ち向かっていくあの人が私の背なんて軽く飛び越しそうな勢いでジャンプして骨の怪物に一撃を叩き込む。
人間ってあんなに高く跳べる生き物なのね…、場違いな事を考えながら彼が怪物の内1体を粉々にするのを目撃した、頭部を砕かれてサラサラと砂の様に崩れ落ちていく骸骨に眼もくれずイェーガーさんはそのまま空中で身を捻らせ遠心力を加えた踵蹴りを繰り出していた。
「す、凄い…。」
私は歩みを止めていた、あの人から下がれと言われていたのに、つい魅入ってしまったわ…。
だって仕方ないじゃない、日曜日の朝にやってる特撮ヒーローみたいなあり得ない動きをリアルで見てしまったんだもの…、感嘆の声を上げた私の瞳に映ったのは繰り出された蹴りで片翼を吹き飛ばされた怪物が地に落下していく姿、そしてまだ砂の様に消えていない怪物が持っていた槍を既に別の相手を標的と見なしたイェーガーさん目掛けて投げようとする姿だったわ!
「イェーガーさんっ!!危ないまだアイツは生きてる!!」
「なんだとっ!?」
いつの間にか手に"ナイフ"を持っていた彼は自分が墜とした相手へと首を向ける、骨の化け蝙蝠の片腕から槍が投擲される、彼はおそらく3体目を倒す為にと思って取り出したのであろう短刀を墜ちた怪物の方へと投げる、彼と怪物の中間でお互いの武器が交差して音を鳴らす、甲高い金属音が響いた後に槍と短刀は大地に落ちていく。
「くっ!仕留め損なった事にさえ気づけないとはな、体調だけじゃなく感覚までもが鈍っているか…っ!」
最期の力を振り絞ってだったのか、片翼を失くした蝉の様に力を使い果たした2体目は砂になって消えていく…。あっという間に怪物を半数も倒した、それどころか投げられた槍に反応して撃ち落とすなんて…っ!たぶんこの時の私は年甲斐もなく小学生みたいにはしゃいでたのかもしれない、怪物をカッコよく倒すヒーローの姿に…きっと子供みたいに…、だから私は気付かなかったんだ。
「ハッ!?馬鹿な!何をやっているっ!!"もっと下がれ"」
「え」
「キキィィィイイイイイイーーーーーッッ!!!」
…もう一度言う、私は歩みを止めていた、あの人から下がれと言われていたのに、つい魅入ってしまったんだ…。
2匹の怪物は隊列を組んで私の方に飛んでくる、彼が背後からの投擲槍に対処した際に出来た隙を突いて防衛網の先へと侵入を許してしまった。もっと私が後方へ退いていれば良かったのにっ!!肉付きの無い骨の頭部がニタニタと笑っている気がした。前後にぴったりと並んでいて仮にイェーガーさんがさっきみたく短刀を投げたとしても撃ち落とせるのは並んで飛んでいる2体の内1体のみ…彼が2投目を投げる頃にはおそらく私は一突きされている…。そんな嫌な未来予想図が頭の中に思い描かれた。
「…全く、お前というヤツは本当に運が良い娘だな!!」
不意にそんな声が聞こえた。再び死が間近に迫ろうとする刹那、私の視界はスローに映る。
銀糸の様な美しい白髪の貴公子は羽織っていた【漆黒のマント】の中に、正確に言えば彼の背に自身の腕を回した、そして仮面をつけた彼は"ソレ"を取り出した。
月下に…。月明かりに照らされたそれは純銀の
神秘的な光を反射して眩い輝きを魅せるソレを彼は自身の胸の前へと運び静かに、祈る様に目を瞑る…そして!
「――――光あれ!!」
イェーガーさんは声と共に胸前に掲げていた銀の
私には円を描きながら突き進む十字架がもう一つの月か太陽の様に思えたんだ…光の円は私に迫っていた空飛ぶ骸骨をまとめて縦一文字に真っ二つにしてこれまたブーメランの様に軌道を変えて彼の元へと帰っていったわ。
パシッ!
「奴らが直線上に並んで飛んでいてくれたから助かったものの…その幸運に感謝するんだな。」
折り返して戻って来た銀の十字をその手に掴み彼は、力なく座り込んでいた私を見てそう言葉を発した。これが私と"