2章:名を背負う青年① -Beginning<幼少期>-
- side 三人称 -
「お前の家がもっとしっかりしてれば魔王も復活なんてしなかったんだ!!」
「ハッ!名家のヴェルナンデス家も落ちぶれたもんだなっ!お前の母親の代からなんだろ!?」
頬を真っ赤に腫らした子供の罵声が教室内に響いた。それに同調するように彼の友人もまた批判した。
「っっ!黙りやがれェ!!俺の母上は関係ないだろうがッ!!」
少年は心無い言葉を投げかけてくる同学年の子供を殴りつけた。また同級生の頬が一段と真っ赤に腫れ上がり、殴り飛ばした彼は3人掛かりで取り押さえられた。
「クソッタレ共!!お前等に母上の何が解るんだ!!俺の親を侮辱したこと取り消せよ!」
その日、齢10歳の少年カイは―――『ヴェルナンデス』の家系に生まれたカイ・ヴェルナンデスは腸が煮えくり返る様な思いだった。それは今から遡る事……
―――
――
―
教会とは、古来より現世に現れる闇の眷属達を倒し人類の未来を護り続けてきた組織である。悪魔城が現れる度に教会もまた人々を脅かす魔を切り払うべく戦い続け、そこに所属するものは人知れず日夜来るべき脅威に備えて次代の戦士の育成も行っていた。優れた魔術の才能を持つ人間や神官としての素養ある者も当然の様にこの学び舎で過ごしていく。
『ヴェルナンデス家』は嘗て聖なる鞭を持つ男性と更に2人の仲間と共に魔王ドラキュラを討伐したとされ、今でもその"伝説"は語り草となっている程。
代々優秀な魔術師を輩出させてきた名家でその多くもこの学び舎に通ったという例が多かった。カイ少年も自分が大魔女の家系に生まれた子だと自覚した時から「何時かはこの学院の格式ばった卒業服の裾に腕を通してアカデミック帽なんかも被って笑いながら卒業するんだろうな」と考えていた。
少年は自分の家柄に誇りを持っていた。自分は『世界を救ったヒーロー達の子孫』なのだと。
年相応の幼子なら一度は誰しもが思い描く理想、人々を救う正義のヒーロー像はまさしくカイ少年に希望を抱かせた、「いつかは自分もご先祖様に恥じない立派な魔法使いになるんだ!」と誰よりも意気込んでいた。尊敬する先祖の様に、そして最愛にして憧れの母親の様にと。
彼はどこまでも純真だった。今よりもっと小さい時にテレビで見た悪の怪人をやっつける戦隊物ヒーローの様なそれを目指す気持ちに近かったのかもしれない
母上の様になりたい、強くそれでいて華麗な魔術で魔物を蹴散らして人々を救う正義でありたいと勉学に励んだものだ。自宅でも学び舎でも人一倍に努力を怠らなかった。紙面上の文字と睨めっこを続けて眼に疲労を感じたり、詠唱を何度も試みて喉がガラガラになることも、睡眠不足で倒れかけた事もあった。その度に母親から身体が資本なんだから無茶するんじゃありませんっ!と怒られたり。
勉学で壁に当たって行き詰る事もあったし、自分よりも秀才な同級生があっさり解けなかった術式を解き明かすなど、焦燥感を抱いた事もありはしたがそれでも心が折れることは無かった。
将来の夢があるから、大人になったらこうでありたい、純粋な目標を胸に抱き続けてきたからだ。
「…カイ君、非常に言い辛いのだがね、再検査の結果でキミには魔法使いとしての"適性"が無い事が判明した。」
…その事実を突きつけられるまでは。
カイは間違いなくヴェルナンデスの血を受け継いでいる、教会の育成機関に来た時も最初の検査で母親譲りの莫大な魔力が少年の中に潜在していることも判明した。
だからこそ周りの大人たちも一緒に進級し続けてきた同世代の子供もカイには期待を抱いていた。それなのに一向に成果を出せない少年を不思議に思い大人達は再び彼を検査した…。
さて、少し話は逸れてしまうが喩え話をひとつ挙げようか…スポーツ競技、バスケットボールの話なのだが、一般的にこの競技は背丈が高い人物にとって有利に働くルールである。身長が高ければゴールが近くシュートも決めやすく、身長差を活かしてボールを奪われ難くする事も可。
生まれつき体格が恵まれていれば試合の優位性を保持できる競技であることはまぁ間違いない。
しかしだ…それだけが全てかと言われればそんなことはない。仮定の話だが母親から生まれた時から恵まれた体格を持っていたとしても、反射神経が壊滅的に鈍くて飛んできたパスは1度も取れず、パスやシュートをさせればノーコンで全部あらぬ方向に飛んでく極度の運動音痴だったなら?
『
カイ少年も確かにヴェルナンデス譲りの莫大な
それを聞かされた時、カイは目の前が真っ暗になりそうだった…。
どれだけ努力してもカイの才能は開花しなかった、同学年の子供達は遊び惚けていても不真面目な態度で授業を受けていても何の問題も無く『できて当たり前の事ができる』それなのに毎日怠ける事もなくどれだけ辛かろうと励み続けた自分は【"周りの同級生が"できて当たり前の事】をできないのだから。
嗚呼、全く使えない訳ではないとも、ただ…何度も言う様に彼は周りの子と違って自身の内にある魔力を引き出す技巧が低い、結果としてコスパが悪くなり人一倍の消耗と集中力が要る。
子供の頃から見続けてきた夢が、断たれた気分だった。適正が無いというたった一つの理由で。
生まれつきの物で仕方ないと、人一倍もっと努力するだとか根性論でどうにもできない壁。
……周りの大人達の反応は、色々だったな。
真剣に鍛錬に取り組むカイの姿を知っているからこそ掛ける言葉が見つからず憐れむ者。
"ヴェルナンデス"だからこそ期待していたのに!と裏切られた面持ちで距離を置く者。
善意で根気強くカイの力になってやれないかと励まし、才能を引き出す方法を模索する者。
かの哲学者は人間性善説を説いたが、凡そ70億人規模を超える地球人全員が善なる者かと言えば甚だ疑問だ。もしそうだというなら欲深な人間の祈りで蘇る魔王ドラキュラは決して復活しない。人という生物は心に闇や悪意を抱くのだよ…どれだけ道徳を教え説いたとしても。
特にその件でありがちなのが感受性豊かな子供、ある一定の年齢に至ると自他を比べるという事を覚え始める。哀しい事にその多くが自分より上の者ではなく下の者を見つめるのだ。
"アイツは自分より劣っている、だから自分はアイツなんかよりも優れているんだ"と…自分よりも優れた人間を直視しようとしない癖に下に居る者だけは眺めては蔑み、そうすることで未成熟な思春期特有のちっぽけな器をプライドとやらで満たしていく。
実に摩訶不思議な話だ、まったく以て首を傾げたくなる話であるな。なにゆえその自分より劣っている者を助けてやろうとしないのか、自分はできる人間なのだろう?ならば救いの手を伸ばせばいい。なにゆえ自分より優れた者から目を背けようとするのか…学ぶべき事は多くある筈なのに、どうして自尊心なんぞでチャンスを捨てるのか…。
前者も後者も、己と他人を見比べるなんて概念を覚える前なら幾らだって無償で出来たことだろうに…。人という存在は何故か齢を重ねると昔は当たり前にできた事ができなくなる。
カイ少年に関して薄々勘づいていた一部の同級生は、いつも影でせせら笑っていた。
世界を救った大魔女様の家系の子が…実は自分達の中で一番の出来損ないだって。
見下されて馬鹿にされて、時には自分の先祖の名が重たく感じもした、だけどカイは頑張れた。…頑張って、こられた、筈、だった…のだ。
「おっ!見ろよ~適正の無いカイ君のお帰りだぜ!」
「ちょ、ちょっと!やめてあげなさいよ…」
「なんだよまたカイの味方か?女子は優しいもんなぁ~、できないヤツを見るとすぐコレだ。」
「……。」
適正が無いという話を聞かされた後、重い足取りで教室に戻ると囃し立てる様に声を浴びせられる、何かといつも自分を目のカタキにしてくる嫌味な同級生だ。この様子だと大方誰かが自分と先生方との話を盗み聞きして広めたんだろうと少年は心の中で思った。
言われる言葉に何も感じないワケではなかった…。本音を言えば悔しいし言い返してやりたい!!だがソレを言ってどうなる?言えば明日から彼らは態度を改めるのか?言えば自分の才能は開花するのか!?何の解決にもならない寧ろ相手は面白がって更にやってくるに違いない。…貝の様に口を閉じて黙ればいい、言いたい奴には言わせとけばいいんだ。
握りこぶしを緩めることなくカイは自分の席に戻ろうとした、今までと同じように。
ただ、今日は今までと違う事がたった一つだけあった。
"いつもなら"嫌味な同世代は碌に魔術が扱えないカイだけを馬鹿にすることで終わっていた…。
「俺の両親が言ってたぜ、魔王をみすみす復活させたヴェルナンデス家はもうお終いだってさ!」
「ああ、ウチの親も言ってた言ってた!代を重ねるごとに劣化してるんだってな!はははっ!」
「――――――」
バキィッッ!!
プツン、少年は自分の中で決定的な何かが切れた音を確かに聞いた。ふと気が付くと席に座っていた自分は立っていた、握りこぶしを前に突き出した姿勢で。
次に自身の口から出たのかと思う程低い声で彼は叫んでいた事を今知った。
「俺の文句ならいざ知らず…母上や祖先を…俺の家を馬鹿にするんじゃねぇ!」
「~~っ…き、貴様殴ったな!!この野蛮人め!」
「碌に下級魔術も使えないヤツの癖にっ!大体お前の母親が魔王復活を阻止できなかったのも事実だろう!!お前もお前の母親も出来損ないd―――」
バキィッッ!!
「 俺 の 母 上 を 侮 辱 す る な ! ! !!!!」
「きゃああああああぁぁっ!!」
「おい!まずいって…本格的に喧嘩始まったぞ、誰か先生呼んで来いよ!!」
カイ少年には魔術師としての適正が無い。それを知った彼らは…有り体に言えば図に乗った。元から彼に対してそういう態度は取ってはいたものの事実が改めて判明した事で普段なら言わない様な余計な言葉まで言ってしまった。そしてその余計な罵声が誰よりも家族を愛していたカイ少年の心を過去一で刺激した地雷発言だったという事実。
ただ黙ってやり過ごすだけだった彼は今日初めて同級生を本気で殴りつけた。
自分の母親を馬鹿にされて、平然としてる子供が一体この世の何処に居ようものか…。
…………そして、冒頭に至る。
―――
――
―
カイの母は、ヴェルナンデスの血を継いだ立派な魔女だった。錬金術にも長けていて若い頃は『戦友の少年』に武器を作ることもあったらしい。
さて、そんな彼女も当然教会に属する退魔士ではあった。人類を闇の眷属から護る為に奔走する彼女は間違いなく善なる人だ…。しかし彼女の属する教会には善と言い難い者も属していた。
どれだけ崇高な精神の下に築かれた組織や理念も時が経ち、肥大化すれば腐敗層が出るのが世の常、特に権威が集中する場所に限っては表面上では調和の取れた…しかし腹の内では探り合い、いがみ合い、まるで蠱毒の壺と勘違いしたくなるほどの泥沼というのがよくある話。
大昔に魔王討伐を成し得た伝説の4人組の内の1人、その大魔女の家系というのは正にそんな腹黒いお偉方からすれば目の上のタンコブみたいなもんだった。
先祖が遺した偉大過ぎる功績とDNAに刻まれた途方もない力、後者の要素はともかく前者は教会の腐敗層からすれば顔を顰めたくなる物でヴェルナンデス家の人間にいずれ自分の地位を脅かされるのでは?と妄執を抱く者も居る、ヴェルナンデス家の人間からすればあらぬ疑いを持たれていい迷惑だが…兎にも角にも彼らは過去の人物が遺した功績で未だ発言権のありそうな名家の存在が気に入らんのだ。
だからカイの母親がたった1度でも失態を犯せば、鬼の首でも取った様に騒ぎ立てる。
…2035年の事だった。教会から派遣された彼女は皆既日食の日に悪魔城へと乗り込み、そこで魔王の力を継ぐ者を止めようとしていた。
そこで【グラハム・ジョーンズ】という教会がマークしていた魔王候補を捕えようとして結果、返り討ちにあった。これだけならまだ弛んでる等のお小言で良かった…いや、良くは無いのだが。問題はその1年後の事件である。
彼女は聖なる鞭を持つ男…『ユリウス・ベルモンド』と共に【ウィズ・ライト】教団の城へと赴いた。これも魔王候補と魔王復活を目論む邪教を捕える為だ。
結論から言おう。『カイの母親』と『ユリウス・ベルモンド』そして協力者の『
全ては狡猾なウィズ・ライト教団の邪神官の策通り、『とある少年』は魔王へと覚醒してしまった…。近くに居たというのに、本物の悪魔城と違って普通に歩いて脱出できる鏡面呪法を用いただけの城のすぐ近くの村に拠点を構えてそこに待機していたにも関わらずに。
日食の儀で魔王の魂と魔力を切り離したのにまた一つとなり。100年単位でドラキュラが甦る流れは再び生じた。
…先に彼女の名誉の為に言うがユリウス等の連絡を待ち必要なら外部に支援を求める重要な役割があったから後方に居た…安全地帯で少年が魔王化する危険を無視して座してたワケではない。
然しコレに対し「少年に錬金術で創った武器を渡すだけでなく普通に着いて行って戦ったり敵の策が展開されそうな場面で防ぐなり、やれる事はもっとあっただろう!?」と教会の腐敗層が指摘した。
今更時間が巻き戻る訳でも無いのに終わった事をグチグチと…そうやってヴェルナンデス家は糾弾されて、2036年の事件を機に風当たりが厳しくなった点は…正直に言えばある。
「ヴェルナンデス家はもう落ち目だ」
「偉大なる魔女『サイファ』の子孫という立場に甘んじ、胡坐をかいた結果が魔王復活だ」
「もっとヴェルナンデス家がしっかりしてれば魔王は復活しなかった」
「親子揃って、出来損ないだ」
カイ少年が与り知らん大人の世界でそういう嫌な話題が広がってはいたのだ。例の嫌味な同級生達も「俺の両親が言ってた」、「ウチの親も言ってた」と"親がそう発言"したという背景がある。
大人が子の前で前々からその手の発言をしていた、適正が無い事が発覚して周囲が図に乗った。今回の暴力沙汰は、…悪材料が幾つも重なって出来た偶発的な事件だったに過ぎない。
教会施設でカイが同級生を殴りつけてから約半年、彼は…やさぐれていた。
どれだけ頑張っても実は結ばれない、努力したって無意味なのだと心に楔を打ち付けられた少年は、授業をサボる様になっていた…。何もしたくない。時間があれば芝生の上に寝転んで無為に青空を流れる雲を見つめて…それだけで1日が終わるのを待つ。そんな日々を送るだけだった…。
(…俺、なんで生まれてきたんだろうな。)
憧れた祖先達に泥を塗り、最愛の母にとっても汚点となる自分…存在するだけで迷惑を掛けてるんじゃないのか?まだ人生これからの年若い子供が…自分は生きている意味なんて無いんじゃないのか、と未来に絶望していた…。
そんな彼は夏季の長期休暇で自宅に…ヴェルナンデス家へと帰省していた、暗雲が心に立ち込める中で彼は麗しの我が家の戸を開けずに居た。自分は一体どんな顔をしてこの門戸を潜れば良いんだろうか…、どんな顔をして家族と接すればいいんだろうか?答えの見えない自問自答を延々と扉の前で繰り返すカイ、彼の考え込む時間は唐突に終わりを告げる。
ガチャッ!
「おにいちゃん!やっぱり帰ってきてたんだ!?なんだか"気配"がすると思ったのよ!」
「!! あ、あぁ…キャリー…。その、ただいま…!」
「なによ妹がお出迎えしてあげたってのに辛気臭い顔しちゃって、早くウチに入りなさいよ。」
自分より4つも年下なのに明らかに魔力量もそれを扱う適正も優れていてる妹を前にしてカイは硬直する、…天才な妹、憧れを抱いた程の大魔女の母、そして主席で卒業した優秀な姉…改めて自分がどれだけ劣っている人間なのかと再認識させられるようで、しかも最愛の家族にこんな黒い感情を少しでも向けてしまうことへの自己嫌悪、嫌なスパイラルに陥りそうだった。
これ以上は考えちゃいけない、自身にそう言い聞かせてカイは実家の玄関へと足を踏み入れた。
「カイ!もうっ!いつ帰って来るのか連絡してって言ってるでしょっ!」
「母上…ごめん。」
「おにいちゃんったら家の前でボーっと棒立ちしてるんだもん、どうせ連絡するのも忘れてたんでしょ?」
小馬鹿にするような屈託のない笑みを向けてくるキャリー・ヴェルナンデスに「お前にだけは言われたくないってーの」とカイは少しだけ笑って返す。
「やっと笑ってくれた。」
「?」
「…カイ、貴方気付いてないの?ずっと暗い顔してたのよ?」
「えへへ、おにいちゃんは気難しい顔するよりも頭空っぽって感じに笑ってるのが似合うもん、そんなんじゃ調子狂っちゃうわ。」
「…。 …ふっ、コイツめ!言ってくれるじゃねっかよ~!このっ、このぉっ!」
「きゃあ~頭ぐりぐりされちゃうぅ~!あははっ!」
長らく忘れていた感じだ…こうやって馬鹿な事やって、笑って…。ああ、家に帰ってきたんだな、とカイは実感する。彼はこの場に居ない他の二人について母に尋ねてみた
「ところで母上…まだ姉上とクソハゲは帰ってきていないのか。」
「あーっ!おにいちゃんまたお父さんの事"クソハゲ"って言ったぁ~!お父さん気にしてるのよ!!」
クソハゲっていうの禁止!と妹が一刺し指を口元に当てて怒って来る、カイは少しだけ顔を顰めて「…わかったよ、じゃあクソ親父って呼ぶよ」と頬杖を突きながらそう呟いた。ハゲじゃないならOK!と妹も了承してくれたようだ、良かった良かった。
「あの人ならお仕事も終わってもうすぐ帰って来るって連絡を寄越したわね、フランチェスカはあと1週間は泊まり込みで帰ってこないわよ。」
「…姉上はまだ『オーリン家』で勉強中か。」
鍋の中のシチューを木匙で回しながら母親が答えた返答を聞き、少年は姉が自分の家と交流のある名家で未だ修行中なんだなと呟く。
カイに適正が無いと判った時も親身になって話を聞いてくれたり授業をサボる彼にちゃんと向き合ってくれる数少ない先生…『オーリン先生』の実家だ。
オーリン先生の家も世界大戦の時代に魔王討伐を果たした天才魔法使いを世に送り出したという魔法使いの名門で、時の英雄と化したその魔法使いが生前研究していたあらゆる魔術の書や当人が書き綴った本も管理されている。主席で卒業して尚且つ姉の人柄もよく知るオーリン家だからこそ、一般には公開してくれない書類資料を見せてくれるのだろうな。
(主席で卒業したから、ってのもある…か…。)
(………。)
「……わりぃ、俺ちょっくら外の空気吸ってくる。」
「えっ!おにいちゃんご飯は!?お母さんのシチューもうすぐできるよ!?」
「そうよ!貴方の分のお皿だって用意して」
「すぐ戻るから!」
―――
――
―
ヴェルナンデスの屋敷から少し離れた岬でカイは座り込んでいた。嫌な事や辛い事があると決まってここに来ていた、思考を放棄してただ海を、波を見つめているのが好きだった。
「……あー、俺何してんだろうなぁ、折角の帰省だってのにさ、家族とも上手く話せねぇでどっか気まずくて…。」
夏の日差しを受けて青々と何処までも伸びる芝の上に身を投げる、大自然のマットレスに身を委ねて結局また帰って来る前の日々と同じ様に空を見上げていた…。違いがあるとすれば潮が波打つ音を運んで来てそれが心地良い子守歌になるということだけだ。
「意識しない様にしようって、考えちゃいけねぇって、玄関に足を踏み入れた時に決めてたってのによぉ、結局頭の片隅に姉上の学歴がどーだの、母上やキャリーの凄さがあーだとか、さ…。」
劣等感、コンプレックスを嫌でも感じる自分が嫌になって来る。
"名を背負う"…ヴェルナンデスの名を背負うという事は―――重い。
先祖含めて身内がとんでもない才能の塊ばかりだと肩身が狭くて、あれだけ自分は『世界を救ったヒーロー達の子孫』なんだと息巻いて、憧れもしたのに…今となってはそのヒーローの血脈でさえ息苦しいと感じることがある。
「よう、寝っ転がってる奴が居る思ったらカイじゃねーか。」
「…今一番見たくないツラだぜ、とっとと家に帰れクソハゲ。」
「はぁ、おめぇよぉ…それが開口一番に海外出張から帰ってきた父親に言う台詞かねぇ~。」
どっこらしょっと!そう言って彼は仰向けのカイの真横に座り込んだ…。カイ少年は父親の事があまり好きじゃなかった。貿易商という仕事柄、家に居ないことが多いのは仕方ないそれは分かってる。でも偶に帰ってきたと思えば母親にデレデレでだらしない父親という印象しか浮かばない。
他にもこの父を嫌う理由はあるのだが…敬愛する母も母で何故かこのだらしないハゲに割と甘々で……なんか、むかつく。
子供心特有の母親を取られたくないという欲なのかもしれない。なんでこんなハゲ頭と結婚したんだとか、こんな男の何処が良いのかと母上に小一時間問い詰めたいとか色々思う所はある。
さて、そんな少年から恨みがましい視線を向けられる男は長身でガッシリとした大幹の持ち主、羽織っている緑色のジャケットの上からでもよく分かる筋骨隆々。髭面でサングラスを掛けたスキンヘッドの男性は何を言うでもなくただジッと睨みつけてくる息子の隣に座っていた。
「…なんで俺の隣に座んだよ。」
「いいじゃねぇか固ぇこと言うなよな。」
カイはこの父親が嫌いな理由が他にある。それは……ある意味でカイを悩ませる一番の原因であり、最大の八つ当たりとしか言えない動機。
魔法の才能がゼロの父親の遺伝子。
同級生や大人が何時だったか言ってたのを覚えてる、カイが魔法使いとして適正が無いのは…父親が退魔士でも無い一般人の出自だからじゃないか?と。遺伝子論を信じるつもりは、ない…と思う。だが周りの連中が口々に言葉を吐き出す、父親譲りの体格の良さを持って産まれたから魔法使いとしてのセンスがないんじゃないか?等と…。
科学的根拠も無い戯言だが周囲の人間が口々に言い出すとどうしても気にしだして意識するのが人のサガ。
嗚呼、わかってる、わかってる…母は偉大な魔女だが父が唯の一般人だから自分は出来損ないになった。こんな理論は馬鹿げている、ただの癇癪を起した小童の八つ当たりに過ぎないのだと…。
「俺はアンタが嫌いなんだよ。」
「なんでそんなに俺を嫌うかね…?俺が何したよ、理由を言ってくれよ。言ってくれなきゃわからねぇよ。」
思春期の多感な時期にある少年の胸の内には色んな感情が渦を巻いていた。根拠の無い馬鹿げた理屈だと思いながらも、自分がこんな風なのは父親が悪いと思いたい…いや"信じたい"という矛盾を孕んだ感情だ。人間はどうしようもない現実を目の当たりにすると誰でも良いからアイツの所為で自分はこうなんだ俺は何も悪くない!と責任を擦り付けたり行き場の無い怒りの鉾を向けたがる――これは一種の現実逃避にあたる物だ。あり得ないと否定してる癖に心の何処かでは肯定したがる、そんな相反する感情。
それに……。
「……。アンタ、母上とは悪魔城で巡り逢ったって本当か?」
「うん?あぁ…そうだな、俺が商売人を始める前…まだ軍人やってた頃にな。」
それに……。父親の遺伝子の影響受けているというのも迷信でも出鱈目でも無くあながち全否定できなさそうなのがなんとも…。
悪魔城には瘴気が漂っている、瘴気に耐性の無い人間ならば意識を失い昏睡状態になってもおかしくない。
だのに…この父親…っ!!2035年の悪魔城騒動で割と城の奥に平然とした状態で立ってて、誰の手助けも無く単独で結界が張られてるエントランスまで単騎で行けたのであるッッ!!!
しかも嘘みたいな話だが怪物が蠢く悪魔城で武器や装飾品、医療品を拾って更には余裕で手書きの地図まで作成して自分の店を開いてそれを売りさばいてたとか…このハゲよく生きてたな。
この事例から分かる通りこの男、瘴気に対して耐性がある。下手するとヴェルナンデス家より高い説がある。家族の中で一番瘴気の耐性が高いのは検査の結果でカイ少年だと判った。潜在魔力とは別で魔の力に抗する力が非常に高い。
その事実の所為で「やはり母より父の血が濃いんじゃないか?」と妙な信憑性があるから困る。
「ハッ!軍人…軍人ね、アンタが教会所属の魔法使いか何かなら俺も同級生達に馬鹿にされなかったのかもな!」
「…なんだよ、何があったか詳しく聞かせてみろよ。」
「ああ、聞かせてやるさどうせアンタみたいな奴に何がどうできる訳でもない。」
自嘲気味に吐き捨てる様にカイは父親に話した、普段の学生生活の事は家族に心配かけまいと嘘の手紙ばかり書いてきたが此処に来て自暴自棄になっていた彼の不満は爆発した。自分が周囲からどういう目で見られているか、自分の所為で母親や先祖まで見下されてしまう事、…自分がどうして父親を嫌っているのか。自分の人生が上手くいかないのは全部お前の所為なんだ!と場当り的に感情を吐き出した。
一度口を開けば矢継ぎ早に言葉がポンポン飛び出して…ふと気が付けばこんな事まで言うつもりは無かったなと思うことでさえ話してしまっていた。
胸の内に仕舞っていた愚痴を誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。段々と語気が荒々しくなり感情の波が高まって来る言葉のパレードを紡ぎながらカイはそう思った。
いつも家に居ない父親…思えば父親とこうして向き合って長く言葉をぶつけた事は初だったかもしれない。
「――――とまぁ、こんな所さ!ほらなアンタなんかにはどうせ何一つ解決できない問題だろ!」
仰向けに倒れていたカイ少年はいつの間にか立ち上がっていた、座り込む父親の頭を見下しながら言葉を投げてやった。
一気に想いをぶちまけた彼は深呼吸を一つ、荒くなった息を整える。―――貿易商になった父親は身動ぎ一つしない。サングラスに隠れた視線はただジッと海原を見つめるだけだ。
遠くを見つめただ清聴していただけの男がそこで初めて言葉を出した。
「そうだな。俺は魔法なんてモンは使えねぇ、どうにもできねぇな。」
「ッ!…だろーよ、そうだろうよ、判ってたさアンタの血が濃いからな出来損ないの俺はな…。」
「…ひとつ聞かせろ、お前はどうして立派な魔法使いになりてぇんだ」
「話聞いてなかったのかよハゲ、俺は先祖や母上の様な立派な魔法使いに「だからよ…どうして『立派な』魔法使いになりたいんだ?」
気づけば父親は立ち上がっていた。
「お前が魔法使いになりたかった理由ってのは何だ?でけぇチカラを持って周りの連中に自分は凄いですアピールする為か?…そうじゃねぇよな、お前がさっきからずっと話してたんだ。」
彼はサングラスを外して息子の顔を真っすぐ見つめた。
「お前が辛さや苦しみにずっと耐えたのは全部、
「っ!!」
先祖や母に恥じない立派な魔法使いになりたい…、"恥じない"とはなんだ?何を以て恥じないの定義とする?ただ強い魔法を息切れも何もなく無尽蔵に撃てる事だけか?それが先祖に恥じない者の条件か?母親や高祖サイファがそれを見たらそれだけで「あなたは我が一族の誇りですね!」と喜んでくれるとでも?
「なりたかった本当の理由は誰かを護れるだけのヤツになりたかったからだろ、違うか?」
最愛の家族であり、将来大人になったらこうありたいと思える人物像、人生の目標…希望だ。
あぁ忘れかけていた、自分は人々を救う正義に憧れたんだ…。いつの間にか手段が目的化しつつあった。
「…少し昔話をさせろ。」
父親は再び海の方へと向き返りポツポツと語り出した。過ぎ去った昔の話を。
「もう13年も昔の話になる…、年齢は離れてたがな『気の合うダチ』が居たんだ、そいつは日本人で俺の店の木箱を椅子代わりなんかにして二人でよく喋ってたもんさ…。」
「お前の母さんも俺のダチを偉く気に入っててな、よく言ってたよ『弟が出来たみたいで楽しかったわ』ってな。」
突然思い出話を語り始めた父親の意図が見えないカイはとりあえず最後までは聞いてみようと続きを促してみた。
「そのダチは今はどうしてるんだよ…?」
「死んじまったよ。」
「…あの日、俺のダチは何かを決意した男の眼をしていた。だから俺はあいつが探してたカルト教団のアジトに案内した後も残って手助けすることに決めたんだ。」
「それから暫くしてお前の母さん……『ヨーコさん』が俺の店に入って来た。そして言ったんだ、もう普通の人じゃ手に負えない事態だから避難しろってよ。」
「わかるか?俺みたいな体力もあれば軍経験者の野郎がいそいそと村を出て、60歳に近くて体力的にも衰えた男や女が代わりに危険なトコに首を突っ込むんだぜ?」
「自分の情けなさに涙がでてくらぁな……。オイ、話は途中だぞカイ?何意外そうな顔してんだ?」
「でよ、俺は村から離れた所でずっと見てたワケだ、徐々に空が白け始めてきてスゲェ音が鳴ったと思えば気色悪ぃ城はガラガラと崩れていった。」
「昇る朝日と崩壊する城を背景に3人は立ってた、何も言わず…終始無言で、いや言えなかったんだ…。あの時の3人の表情を見れば、大体【何があったか】分かっちまう。」
「…俺はな、…魔法なんて使えねぇ。ヨーコさんやフラン、お前やキャリーの様に魔法の才能なんてモンもなけりゃ怪物退治のエキスパートでもねぇんだ。」
「そんな俺だが…あの日、昇る朝日と崩れる城を背にしていたヨーコさんの顔を見てよ…、"ああ、俺にも何かできないのか!"と、何か助けてやれなかったのかって思っちまったんだ!!」
ここまで静かに語りを続けていた父親の声は彼の悔恨を表現するが如く大きくなっていた。
「その後もヨーコさんは仕事業界のお偉いさんだか上司か知らねぇが弱ってるトコをいびり散らされて精神的に参ってて、…見てて辛かった、だから俺は俺なりのやり方で支えるって決めたんだ!」
(…ああ、そっか。)
大っ嫌いなクソハゲ、なんで母上はこんなだらしない男なんかと結婚したんだろうとか、この男の何処に良い所があるのか小1時間問い詰めたいと思った事もあった。けど…
(きっと、母上は俺が知らないコイツを見てきたんだろうな…。)
…偶に家に居る時は鼻の下伸ばしてるだらしないクソハゲの顔が今この時だけは、少しだけ…、少しだけ頼りになる男に見えてしまった。きっと気の迷いだろうとカイは考えることにした。
「人間には向き不向きってのがあるんだ、その中から自分に一番合った"方法"ってのを探して、自分なりのやり方で自分が護りたい人や大切にしたい物を護ってくしかねぇんだ。」
「"あの人達にとっての"その向いてるやり方ってのが偶々魔法っつー手段だっただけだ、魔法ができなきゃ正義の味方になれないワケじゃねーんだよ。」
鞭を振るう者も居れば、剣で切り払う者も、身軽さを利用しながら短刀を投げる者だって居た、偶々物理的な手段を取るより魔法という手段を得意としていただけの人達に過ぎないのだ…。使っていた武器が魔法かそれ以外の物だったか、なんてことは無いただそれだけの差だったのよ。
「…。だから、俺にも俺にしかできない何かを探せって事なのかよ。」
「ああ、この世にお前だけができる唯一ってのがあるさ、あの人達にはできない、お前だけの何かだ。」
そう言ってから「っと、すっかり長くなっちまったな!早く家に帰ろうぜ!」とカイに言葉を掛けて彼は岬から去ろうとしていた…そんな父の背を見てカイ少年は意を決したように叫ぶ。
「待ってくれ!…アンタ軍人だったんだろ…俺に銃の扱い方や体術を教えてくれ!」
「…。」
ピタリ、元軍人の父親は歩みを止めて低い声で返した。
「…カイ、
「ああ、わかってるよアンタが今さっき俺に言っただろーが、自分に合った方法を探せってよ…」
「……。」
父親はカイの―――息子の眼をじっと見つめた。思い出話の後だからだろうか、息子の眼を見た時ふと、死に別れた親友の顔と重なって見えたのであった。
ハマー、悪いことは言わない帰った方が良い。
それはできねぇな、お前が俺の所に来た時、何かを決意した顔だった。
聞くつもりはねぇが放っておくほど馬鹿じゃねぇつもりだ。
そうか…。助かるよ。
カイの父親は―――――貿易商になったハマーは覚悟を決めた少年と同じ瞳を息子に見た。あの日…霜雪が降る蒼月の晩に見た瞳を。
「…ガッハッハ!ガキんちょが一丁前な事言う様になったじゃねーか!俺の軍式トレーニングはキツイぜ。弱音吐くんじゃねーぞ。」
「お、おう!!」
「うっし!なら家に帰ろうぜ!久しぶりにヨーコさんのシチュー食いてぇもんな!!!!」
「あっ、急に走り出すな…。置いてくなって!このクソハゲーーーーっ!!」
(…やれやれ、息子の成長ってのは嬉しいもんだ…にしてもコイツ学校生活順調とか嘘手紙送ってやがったな…。こりゃ後で家族会議と…あとは俺の伝手で"あの人達"にも相談だな。)
…その日、カイ少年は大っ嫌いなクソハゲが居たのにシチューの味が今までで一番美味く感じられた、そして母上や妹の顔を岬に行く前よりも真っすぐに見つめられるようになっていた。
追記、この後ハゲが学生生活の件で嘘手紙出してた事を速攻バラして母上にこっぴどく叱られたり緊急家族会議になったのであった、やっぱりクソハゲはクソハゲだったと評価を改めたのである。
追記の追記……後日、カイは教育機関に通う事をやめさせられた。代わりにクソハゲこと世界を渡り歩く貿易商ハマーの伝手で"とある人達"と出会い、その人達に"家庭教師"をしてもらったり、逆に此方からそちらのお宅にお伺いして色々と学ばせてもらったり…。その方々の錚々たる顔ぶれを見てカイの中で"貿易商"の価値観が色んな意味で変わりそうであった。
父親が"世界を渡り歩いて築いてきた伝手"………ハマーが『自分なりのやり方でヨーコさんを助ける』と言っていたそのやり方の一つだ。この築いてきた伝手は。
学び舎で真摯に向き合ってくれたあの『オーリン先生』やカイが大人になった後も手紙をくれる愉快な『モリスおじさん』だったり『リカード家の方々』…銃の扱いから
後に同世代の魔法が使える退魔士達を差し置いて【ウィズ・ライト】教団の残党と元魔王候補【ダリオ・ボッシ】等を追う任に就ける程の戦士に成長するカイ少年の転機がこれであるッッ!
先入観や価値観だけで決めつけて自分を見る目を変えていった大人や同世代と違って今現在でも変わらず接してくれるそんな素敵な大人達にカイは救われたことだろう…。
―――
――
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――――そして時は流れ…2059年、現在!!
「この人は何も悪くないの!私の事をずっと城の怪物達から護ってくれたのよっ!!撃たないでお願いっ!!」
「えっ、いや、あの…。」
「馬鹿者が…っ!確かに言ってはいたが感情で動き過ぎだろうがっ!!おい貴様!彼女を撃ってみろ俺がただでは済まさんぞ!!!」
「えっ、あの、だから…。」
「えぇ…これじゃ俺が悪者みたいじゃん…。」
ポリポリ、と頬を掻きどーしたもんかなこれ…と困惑の表情を浮かべる。
齢20歳になったカイは嘗て
2章開幕!! 思ったより長くなってしまった。
Beginning:直訳 始まり、起源、幼少期…
魔法学校で嫌味な同級生…ハリーポッターのマルフォイか何かですかね?イメージ的に