『··············介入するとすればこの辺りが潮時か?』
その場所を暗闇と呼んでしまうのは間違いかもしれない。そもそも、そこは場所ではない。存在しないものを名前で呼ぶことはできない。にも拘らず、何者にも介入できないその内側には、二つの声が交錯している。
電磁波にも似た世界。音波、電気、周波数といった機械的なものが広がる世界。
彼等はそこで何かを話している。
『しっかし、
『····························』
『今さら
『·····················『R』』
『心配しなくてもいいぜ? たとえ言葉と体を失ってもオレは最高司令官だ。その事実は覆らねぇ。その辺りの演算も完璧だ、お前よりはな?』
『··············誰に向かってそんな口をきいてる?』
『あ? てめぇこそ誰に向かってモノ言ってんだ? てめぇだってオレと同じ【偽物】だろうが。話し方もちげぇし、記憶と脳ミソだけコピーされた偽物が気安くオレたちに命令できるとでも?』
『世間に我々のことが知られていないのは誰のおかげだ?』
『ああ~、その辺は感謝しとく。だが実際、てめぇは昔ほどの力があるわけでもねぇ。要塞惑星にいた頃の奴の方がもっと優秀だったぜ、下位互換さん』
『····························』
『まあ、それを言ったらオレも同じだが。オレの場合は記憶と体の再構築。
『··············この星の技術では、『機械』にはなれなかったか』
『奴らにしては上出来だと思うぜ? オレの正体も知らずに体を復元してくれたんだからよ。それだけじゃなく、解剖器官っていうものまで着けてくれた。ま、そのせいで奴らはオレたちに喰われちまったんだがな。しかも、自分達の使役していた兵隊どももオレたちに奪われちまったんだから··············笑えるぜ』
『では、予定通りに進めて大丈夫か?』
『問題ねぇ。ここからが本番だ。たとえこの場でしか話せなくても、オレたちの計画は覆らせねぇ。まあ、任せな。てめぇの言う通り、あの【容器に入っている偽物君】も、
『·····················』
『ちなみに、オレのバックアップはあるんだろうな?』
『·····················あったとしても、お前が先に用意してるだろうに』
『ハッ! わかってんじゃねぇかッ!!』
『·····················では』
『ああ、暴れてやるよ。この偽物の体で、限界までな······················』
ブツンッ!!
会話は終わった。世界の何処にもないその場所で、彼等は散り散りに別れていく。
思考が元の体に戻っていく··············と言っても、その体は本物ではないのだが。
「···································」
先程のお喋りは何処へ行ったのか、彼は元の体に戻ると一言も喋らなくなった。
·······いや違う。話せないのだ。
『
言語を失った怪物は言葉の代わりとなるものを口から吐く。
「グルルルルルルルルルルルルゥ··············」
ズシン·······カラン。
ズシン·······カラン。
体を動かすと、そいつの足元の床は重さに耐えきれず陥没している。重さに合った音を鳴らして歩いていく。
だが、そのあとに来る軽い音はなんなのだろうか?
足音ではない。体全体から発せられている。細胞や肉の塊ではない体から、古い喫茶店のドアに付けられているドアベルに似た異質な音が漏れ出る。
『竜』··················というおとぎ話ぐらいにしか出てこないような見た目をした奴からは到底似合わない音が、無人の施設に響き渡る。
「····························」
やがてそいつはにへら、と力なく笑う。
口を開き、
赤い霧··············のようなものが口から大量に吐き出される。
やがてそれはあらゆる形となっていく。
蟹や海老等の海洋性甲殻類、カイアシ類を思わせる風貌を持つ個体。蜂と蟷螂の特徴を併せ持った姿で、翅による飛行能力と鎌状の前脚、尻に強酸性の代わりに分解の毒針を持つ個体。
大体がそんな感じの個体ばかりだ。
個人差、というか色に違いはあるが、スペックとしては似た者同士だろう。それぞれに、液晶ディスプレイのようなものを体の何処かに取り付けている。
「··········································」
怪物には似合わないクスクスとした笑い声が重なる。
その笑い声に、目の前にいる兵隊達は敬意を払うように跪く。
笑い声に似合わない残忍さ。
そして怪物よりも遥かに上を行く、無機質な素材で構成されたその『竜』は己の欲望のままに咆哮をあげた。
「グゥオアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
・・・_
さて。
時は放課後。場所はいつもの街の中。二人の少女は肩を並べて歩いている。
立花響、小日向未来。
世界を救った少女達、リディアン音楽院高校のお嬢様だが、何故か片方の少女は疲れはてた顔をしている。その理由は簡単、居残りの後の弊害だ。
「うぅ··············課題を終わらせたのに居残りの補習があるなんて、どれだけスパルタなんだよぅ」
「仕方ないよ。響は今年度の単位を十分に取れてないんだもん。課題を期限までにやらなかったっていうのもあって減点もされてるし、このままだと響は問答無用で二回目の二年生送りになっちゃうから。救済措置として補習があるのは当然でしょ」
「うふふふふ··············最初からわたくしはわかっておりましたよ。たとえどれだけ頑張っても、勉強という強大な敵からは逃れられないってことにッ!!」
最後にヤケクソっぽく締めくくって響は悔しそうに苦く笑う。とてもではないが、世界を救った奴だとは到底思えない。
薄っぺらなカバンをぶんぶんと振り回して開き直りっぽい狂った嗤いを続ける響に、未来は疲れた目を向けながら、
「でも、響にしては頑張ってると思うよ? 居残り中は弱音を上げずちゃんと補習に取り組んでるんだもん」
「だって、これ以上弱音を上げたら先生スッゴク怒ってきそうだったもん。見た? 先生の顔。ちょっと角らしきものまで見えて··············ハッ! まさか先生って鬼の末裔─────ッ!?」
「大丈夫響? いつもならそんな考えにならないよね? 疲れすぎておかしくなってたりしないよね? ねぇ?」
ちょっと何言ってるかわかんない響に少々引いてしまう未来。
ここのところ任務続き&補習の毎日で脳と体が疲れてんのか響はまともな考えが出来ていない。そのおかげだろうか? 彼女は昨日、風呂から上がった後体重計に乗ってみたら良い結果が出たそうな。無理なダイエットは成長の妨げになるというが、これはこれで結果オーライと言うべきか。
響は振り回していたカバンの動きを止めると、ため息混じりで、
「確かにここのところ疲れが溜まって頭がおかしくなってきてるのかも。少しは優しくしてくれたっていいと思うんだよね。先生だって私の事情を知ってるんだし。このままじゃ私、三年生になる前に燃え尽きるかも」
「いや響··············それどころか今の響の単位じゃ三年生にさえも上がれないかもしれないってことちゃんと理解し────」
「うわぁぁぁぁぁぁっ! やめてぇぇぇぇぇぇっ! 想像したくありませんそんなネガティブな将来!!」
響は両耳に手を当てて首をぶんぶんと横に振る。
奇行な行動を取るところを見ると、彼女はもう限界寸前と見える。
それも無理ないかもしれない。
世界を救った少女とはいえ、新たな重荷を背負っているのだ。そこに付け加えられた課題、留年という危機に響は目を背けている。いつもの彼女なら目を背けずに立ち向かっていくが、こればかりは受け入れ難いのやもしれない。
「だったら··············これからも頑張らなきゃね。大丈夫、課題も任務もどっちも頑張って何度も乗り越えてるんだもん。絶対留年なんてしないよ響は」
「未来··············」
ニコニコと未来が微笑むのを響は見逃さなかった。
心配してくれているのはわかるが何故だろう? 絶対一緒に進級しようね、留年なんてしたら私どうなるかわからないみたいな意味が込められている気がするのは気のせいだろうか? 気のせいであってほしい。
響はちょっと悪寒を感じてしまったが、ふと思い直すと未来がいつの間にかドキッとするほど真剣な顔で別のものを見ていることに気付く。
「?」
響はちょっと気になって、未来の視線を目で追いかける。
デパートやショッピングセンターなどの大型店舗が並ぶ中にある大型のテレビモニター。そこに今日の特ダネニュースが流されている。
こちらから見える大きな見出しは、『有名観光スポットが多数存在する島、消滅』というものだ。
様々な角度のカメラで撮られた島だった場所のVTRが、何度も何度も繰り返して流されている。
「····························」
未来は現実そっちのけで、真剣な顔でいつまでもそのニュースを見ている。
なんたって、その島は先日響達が任務のために行った場所だったからだ。任務の内容は教えてくれなかったが、任務先の場所だけは教えてくれた。その任務先の場所が、今ニュースで流れている。そう、跡形もなくなった島の映像が、今自分達の前で流れている。
「····························」
響はいい言い訳が思い付かなかった。
情報漏洩の対策はバッチリだが、さすがに世界が認めた観光スポットの島がなくなったとなればニュースにもなる。一応サムスのことやパヴァリア光明結社については一切語られていない。島が跡形もなくなったというのと、観光客と島の原住民達が一人残らず犠牲になったということしか語られていなかった。
だが、皆思ってるだろう。
何故島が跡形もなくなったのか、何故誰一人も助からなかったのか··············その原因について何もわからないことに皆疑問に思っていることだろう。
専門家がスタジオに呼ばれて憶測を述べているが、響はその憶測を心の中で否定する。
島がなくなった原因。それを知っているのはおそらく私達だけだろう。政府にも一応報告はしているが、島がなくなった原因は現在調査中と嘘の報告をしている。
仕方ないのだ。こればかりは政府にさえも言うことはできない。
さもないと、地球そのものが危険に晒されてしまう。
だが、とても苦しい。
嘘をつくというのがこんなにも苦しいということを、響はすっかり忘れていた。
かつて響は、シンフォギアを初めて身に纏った時に多くの人達に嘘をついた。自分が何に関わっているのか黙った。そして自分は何も関わっていないと嘘をついた。
その経験は今でも覚えている。
巻き込まないためとはいえ、大切な親友を騙した事実は変わらない。
「·····················」
響は未来の顔から視線を外したまま、しかし時々目線をそちらへ戻す。
未来は響の顔を一切見ずにニュースに視線を固定している。そんな未来に、どう言ってよいのかわからない響は、声をかけるタイミングを伺っている。
さすがにこうも黙ってしまわれたら、場の空気が悪くなる上に気まずくなる。
響は思いきって親友の名前を呼ぼうとしたその時、
「··············響」
言いかけた所で、響はビクッとしながら自分の口を押さえた。
そんな響を気にせず、目の前にいる親友はニュースを見ながら口を開く。
「···································私も、参加できないかな?」
····································································································································································································································································································································································。
「···································へ?」
「ずっと考えてた」
ようやく未来は、響の方を向く。
このタイミングで、響の方を向いたのだ。
真剣な眼差しで、覚悟の灯った声色で、未来は自分の想いを言葉にして語りだした。
「私、いつも響達に助けてもらってばっかりだった」
「未来?」
「もしもあの時戦う力があれば··············神の器として利用されることもなかった。響を、皆を、世界に迷惑をかけるなんてこともなかった」
「··········································」
「あの時は何もできなかった。だから目の前にある力を求めてしまった。それがどんなものなのか、一体どれほどの力があるのかも知らず、私はその力に手を伸ばしてしまった··············それが、あの悲劇の始まり」
「未来、それは違───」
「でも、それを救ってくれたのが響だった。私が世界中に迷惑をかけているのを、響が止めてくれた。もちろん感謝はしてる··············けど、それと同時にこう思うんだ。私はなんて無力なんだろうって」
「··········································」
「でも··············」
「?」
「あの日をきっかけに、強く思ったんだ────」
「何もできないのはもう嫌なんだって」
「··········································」
「皆のおかげで帰ってこれた。皆が私を許してくれた。それで世界は一つになった」
「··········································」
「今の私には『戦う力』がある····························でも、また利用されるかもしれない。そう考えると、たまらなく不安になるんだ··············だから───ッ!!」
喋りだしたら止まらなかった。
そして未来は、自分が結局何を言いたいのか、響の目をまっすぐ見ながら一番伝えたいことを言った。
「お願いッ! 私に戦い方を教えてほしいの! もう力の使い方を間違えたくない、何もできないのはもう嫌なの! だからお願いッ! 私も今回の件に参加させてッ!!」
未来の眼光に明確な力が籠っていた。
腹の底から叫び、自分の覚悟を親友に提示する。
表沙汰にならない今回の響達の事件。
その結末を未来は遅く知った、スクリーンに映し出されたニュースでだ。そこに映っていたのは地獄のような光景。
原因は知らない、わからない。だがそれをおそらく知っている人物が目の前にいる。任務内容を言えない事情、何があったのかを教えてくれない理由、なんとなくだが未来は察してはいる。
だからこそ、それを知るために自分も響達と同じ舞台に上がろうとしている。
危険な場所に自ら踏み込む。戦い慣れていない自分がだ。
『戦わせてほしい』、その言葉を放つのに実際にはどれ程の勇気が必要だっただろう。幾度も世界を救った親友を前にして、簡単な言葉を放つのがどれ程難しいか。
だが、少女は成し遂げた。
自分も戦いたいという単純で重い言葉を、親友に放ったのだ。
「····························未来」
その言葉に対して、響は何を言えばいいのかわからなかった。
いや、実際はわかっていた。何を言えばいいのかわかっていた。話を聞いている時点で、その後に繋げる会話も既に何通りも頭の中に用意してあった。
でも言えない。
未来が放った言葉よりも単純な言葉を言えない。
だって言えば··········································
Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr
と、響が返答の解答を頭の中でずっと探し続けていた時、不意に通信機の着信メロディが鳴り響いて両者の緊張の糸を緩めた。
未来は自分の携帯電話のものとは違うメロディに耳をやって、
「本部から、だよね?」
「··············うん」
響は力のない笑みと共に通信機を取り出した。
響は未来に背を向けて画面を眺め、それから本体に耳を当てる。
番号は最初から登録されていたもの。表示された文字は自分の所属している機関『S.O.N.G』の連絡先。
「はい、立花響ですっ!!」
当然ながら電話の相手は組織のトップである風鳴司令だ。鉄を砕くような硬く漢らしい声に、響は真剣な表情で聞いている。
「··········································」
その様子を、未来はただ黙って見ていた。
会話の途中で邪魔が入ったから苛立っているとか、そんな感情は一つもない。むしろ、チャンスがやってきたと思ったくらいだ。
しばらくすると、響がわかりました、すぐに向かいますと言った瞬間にぶつっと通話が一方的に切られた。
あー、と立花響は通信機を仕舞うと、申し訳なさそうに小日向未来の方に振り返り、
「ご、ごめんね未来。今緊急の任務が入っちゃって··············今から本部に行かなきゃいけなくなっちゃったからその··················」
「··········································」
「··············ごめん」
響はそう謝って、頭を下げる。
言うべき言葉は言えなかった。言いたくても、胸が締め付けられるような重みがあって、話そうとしたら体が極限に拒否してきた。
だから響は、ただ頭を下げることしか出来なかった。
未来はそれを見て何を思っているのだろうか、さっきから表情は変わっていない。
話題が急になくなった事で、再び繋がりが分かたれようとしている。
「それじゃあ、行くね?」
響はただそう言った。
未来から背を向ける。
街から離れようとする。
安全地帯という常識が整えられた世界から、その領域の外側へと大きく踏み出そうとして行く。
そんな少女の手を、未来は掴んだ。
ふらりと離れようとする少女を、確かに。
動きを止めた響の耳に、未来の言葉が改めて届けられる。
「私も····························行く」
・・・_
夜明け前だった。
べちゃりという水っぽい音が何度も容器の中から聞こえてくる。
『··············?··············???』
『
容器のサイズは注射器ほどの大きさ、そして容器はどこかで見たことあるデザインだ。
たしかこれは、適合率を上げるための薬品を容れるものではなかったか?
ここはS.O.N.Gではないのになぜそんなものがこんなところにあるのだろう。容器内に細い蜘蛛の巣がびっしりと張り巡らされているような異物感が拭えないが、よく見なければ気付かないようなデザインだ。
··············足りない。
そんな思考がどっかから感じ取った。しかしここには誰もいない。ここにあるのは培養器やらカプセルから漏れ出た液体やらが散乱しているだけ。その近くには何かの資料の紙。書いてある内容は真っ赤な液体が染み込んでいてよくは読めないが、読めるところのみ抜粋すると、
『フェ··············錬金·····················構··············功··············LiNK··············射器··············装··············[DS2007827]』
読める文字はそれくらいだ。
はっきり言ってなにもわからない。わかるとすれば最後に書かれている[DS2007827]という暗号らしきもの。もしくは型式番号にも見えるそれは容器のところにも彫られている。
あとは、ざざざざざというさざ波に似た音がその容器の後ろにあるモニターから響いてくる。象徴的に置いてある容器は明らかに重要そう。だがそれを守るためのガラスケースは壊れている。
そしてそれは、
不思議な表現だ。誰もいないのに誰かがいる。幽霊ではない、それよりももっと厄介なものだ。何もいないはずなのに、確かに『そいつ』はそこにいる。
··········································力が、足りない··············欲しい····························
ざざざ··············
言葉に似た気配が辺りに散らばった瞬間、辺り一面にノイズの音が響く。
この正体は一体なんなのか。
ノイズはさらにひどくなる。ノイズの音は施設内を響かせるように音量を上げていく。
ざざざざざざざざざざザザザザザザザザザざざざざざざざざざざざざざザザザザザザザザザざざざざざざざざざざざざざざざざざざざザザザザザザザザザ
ノイズは止まらない。
しかし数秒後、ノイズの発生源のモニターからこんな音が滑り込んできた。
ノイズのような機械音。
容器の中に入っている奴とは『別のもの』がモニターを通し、雑音ながらも人に近い音声で、