赤
あらゆる赤が星を支配していた。
呼吸をする度に寿命を削り取らせる危険な黒い煤を生み出す紅蓮の赤。あらゆる物質をも跡形もなく黒く塗り替える高温度の赤。異物が体突き抜け、腹の底からこみ上げてくる空気を身体中に送るための液体の赤。
元は平和だった星が、ある『奴ら』が攻めてきたことによって、それまで綺麗だった星が赤く染め上げられる。
平和が、秩序が、調和が一瞬で崩れていく。
焼き尽くされていた。奪われていた。刈り取られていた。家も、木も、いつでもどんな時でも別の星に移動することができると父が自慢していた船も。
ぼろぼろと、崩れていく。
『····························』
少女の頬に雫が伝う。
見たこともない光景を目の前にして、少女はただ涙を流した。ひび割れた唇からこぼれるのは、少女が初めて抱いた感情に満ちた言葉の数々。
『··············パパ··············ママ··············どこ?』
次々とこぼれ出る言葉は震えている。
救いを求めるように両親の影を探し続ける少女の周りにはいくつもの人だったものが横たわっている。黒く焦げているもの、大きな風穴が空いているもの、そもそも原型を留めていないもの。
少女にはあまりにも酷な光景だった。それでも少女はその光景を目に焼き付ける。二度と忘れないであろう残酷な記憶を焼き付けるように、少女は目をそらさずその中を歩いていく。
『··············“リドリー”様』
『!?』
唐突だった。
すぐ目の前から聞いたこともない人の声が少女の鼓膜を震わせた。
覗いてみると、そこには海洋性甲殻類を思わせる風貌の持つ種族が、見たこともない翼を生やした異形な個体を取り囲むようにして固まっていた。その中央に立つ個体に、海洋性甲殻類型の種族は言葉に気を付けて話す。
『施設は占領しました。コンテナの搬送を始めます』
『··············うむ』
『····························リドリー、さん?』
『『!?』』
少女は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
怖い見た目をしている者、たしか“リドリー”と言ったか? そいつの名を思わず口にしてしまった瞬間、目の前にいる奴らが一斉にこちらを見た。
『····························リドリー、さん·····っていうの? 私··············“サムス”。さ、3歳··············』
『····························』
わなわなと震えた口で話しかける。
自分でも何をしているのかわかっていなかった。が、少女はある人から教わった言葉を信じてその人と手を取り合おうとした。
【姿は違っても心はある】
あるおじいちゃんから教わった言葉。
その言葉を信じ、少女は震えながら手を差し出した。
『リ、リドリーさん。怖くないよ··············全然大丈夫。だ、だって、見た目は違っても··············お友だちになれるんでしょ··············?』
『····························』
臆することなく手を差しのべる少女であったが、体が震えていることから危険な奴だとは無意識に理解はしていたんだと思う。しかしもう、どうにもならなかった。話せば手を取り合えると思ったからやったが、おそらくそれは本心ではない。
純粋な少女なりの命乞いだったのだろう。
その少女の言葉が耳に届くや否や、そいつの瞼は哀れみのような、しかしどこかつまらなそうに細くなる。
そして、少女の目を見て語る。
『ん~、かわいいお嬢さんには悪いんだが··············それは無理だ』
呆気なく、拒絶した。
低く唸るような歪んだ声で、じりじりと絶望を送らせるような口調で楽しそうにして、ゆらりと少女の側に歩み寄る。
『なぜなら────』
と残虐に満ちた口で薄く、薄く··············次第に裂けるように大きく嗤って、
『今からお前は消えてなくなるからだッ!!』
「ッ!!」
サムスはそこで目を覚ました。
自分が一体どこにいるのか、前後の記憶が思い浮かばないままの状態で目を覚ました。横にはなっていない。椅子を倒れさせてそこに体を預けていただけだ。
聞き慣れたアナウンス。
その声でサムスは自分が何処にいるのかの現状把握ができた。
すると、サムスの体がオレンジ色に発光する。光りは次第に明確な形を形成し、サムスの体を覆っていく。
インナースーツ状態だった彼女に、鳥人族製のパワードスーツが装着される。
基本的な生命維持装置や防御機能が彼女を守るように展開され、球状の肩アーマーが備わった特徴的なアーマーが姿を現す。
電力を最小限に抑えるために必要機能だけ電源をオンにしていたスターシップが暗闇だった機体内部の全てのコマンド装置を緑色に発光させ、オンラインにしたことを知らせる。
広大な空間、幅だけで100メートル以上はある場所に彼女の愛機はあった。
整備場にも見えるが、小型ボートや小型のバギーがある中で異様に目立つ乗り物。ここのスタッフでは到底理解できない仕組みで構成された宇宙船。
原理が不明なエンジン音が響く。
AIプログラムが機体の状況を報告してくれた。
空を飛ぶことはできるようだが、パワー残量から見て宇宙領域までは突破できそうにない。AIに任せておけば自己修復プログラムが働いて勝手に直してくれるが、超高性能な機体であっても修理には時間がかかる。おそらく、完全に直るまでには早くて二週間の期間を要する。
だが、そちらの方が都合がいい。
こちらとしてはまだ事件解決が済んでいないので良い暇潰しになるだろう。
「····································」
そんな中、サムスは頭を押さえて微妙な苛立ちを覚えていた。
自分の手を睨みつける。
体力回復のために暫し睡眠をとっていたが、記憶に蝕まれた忌まわしき過去が夢に出てきたせいで逆効果になってしまった。
闇に葬っていた忌まわしき記憶。
あの時の彼女は未熟だった。今まで培ってきた戦闘力はその過去のおかげではあるが、いい気分にはならない。
理由は簡単だ。その過去が強引に彼女の人生を狂わせた。サムスの背中をゆっくりと嬲るように思い起こされる記憶は、彼女の精神をも不安定にさせるほどの力を持っていた。単純な記憶ではない。それ以上に圧倒的な恐怖が根底にあった。
「························ッ!!」
彼女はその苛立ちを1秒でも早く忘れるようにもう一度自分の手を見て、力強く握りしめる。
その時だった。
カツンという足音がコックピットの前にある超強化ガラスの外から微かに聞こえてきた。防音機能がついているとはいえ、かなり静かな空間ではその音は意外と大きく反響する。それと同時に、目の前にモニターホログラムが映し出され、連絡を知らせる音が機内に響き渡った。その連絡に応答すると、相手は今機体の外にいる風鳴弦十郎からだった。
『サムス君、今ちょっといいか?』
「············なんだ?」
寝起きにしてはしっかりとした声だった。
思考の切り替えに関してのやり方をマスターしている彼女はいつものような声色で司令に応える。
『ついさっき、新たなアジトの場所が二つほど判明した。うち一つはここから近い。俺たちだけでも対処できるとは思うが、専門家の意見も聞きたい』
「························」
『君の力が必要だ。手を貸してくれるか?』
言葉は発していなくても微かに聞こえる息遣いだけで彼女の考えていることを察した司令は協力を要請する。
そんな司令にサムスはただわかったという簡略な返答を述べ、シップから出た。シップの上部分についているハッチが開かれ、そこからサムスの姿が現れる。そこから勢いよくジャンプし、前回転しながら司令の前に着地する。
「それと············」
「?」
その時だった。
着地した瞬間に司令の生の声が聞こえてきた。
ふと、司令の声色の変化に気づいた。只事ではないと察したサムスは、体勢を整えて司令の目を見る。
司令はそんなサムスを前にして、しばらく口を閉じてしまったが、一度唾を飲んでサムスにあることを知らせる。
「························今回の件に関わりたいという娘がたった今やってきた」
何だって? とサムスは眉をひそめる。
このタイミングで関わりたいと言ってきたものに対してサムスは強い警戒心を抱く。
だがその前に、サムスはヘルメット越しに司令を睨む。
その視線を感じ取ったのだろう、弦十郎はちゃんとした口調で、
「誤解しないで欲しいんだが、その娘にはまだ何も話していない。任務の内容も、君のことも一切話していない。ただ、その娘も一応関係者でな············と言ってもまだ民間協力者という立場ではあるが。俺たちが今回の件であの島に行ったことは事前に伝えてあって、その島が跡形もなく消し飛んだというニュースが全世界に流れてしまっていてな························」
「························つまり?」
語彙力が少々欠如してしまっている司令を見て、サムスも一応察したらしい。
優秀な指揮官が言葉を詰まらせているのを見ると、彼らにとっても予想外な事態のようだ。彼が結局何を言いたいのかは彼女の並外れた読解力があってなんとか理解はしているものの、その言葉を直接聞きたかったサムスは結論を急がせるように問う。
「黙っていられなくなったんだろうな。とんでもないことに関わっているということに勘付いて、一体何に関わっているのかを知るために自分も参加させて欲しいと頼み込まれた」
「················それにあなたはなんと答えた?」
「もちろん断った。だが、一歩も引いてくれなくてな。何度も説得したんだが折れてくれる兆しもないので、最終的に参加させるかどうかは保留状態だ」
「················なんで最高責任者であるあなたの命令を聞かない?」
「まあ················色々とあってな」
曖昧な返答だけが返ってきた。
何故具体的に教えてくれないのかはわからないが、まあそこは置いといてだ。
「················それで、私の意見を聞きたいと?」
「まぁ、そういうことになる」
「····························································」
一段とそいつに対して警戒心を強める。
サムスの答えは既に決まっているが、その関わりたいと言ってきたやつのことをよく知るために、司令から情報収集をすることにした。
「そいつとあなた達の関係は? 民間協力者だとか言っていたが············」
「············立花響君という娘がいただろう?」
「ああ」
「その娘のクラスメイトでありルームメイト、そして古くからの友人でもある。響君を通じて俺たちと行動を共にすることが多くてな、時には避難誘導を手伝ってくれたり、時には任務にも参加してくれている。故に、俺たちがどういう組織なのかもちゃんと理解している」
「言葉が足りないな、あなたらしくもない。結局そいつは一体なんだ? なぜ関わりたいと言ってきた? もうちょっと具体的に話してくれ」
「つまりだな··············」
一言だけでは説明できないその娘の紹介。かなり話は長くなったが、省略するとこうだ。
その娘の名前は小日向未来。
立花響の幼馴染で、古くからの知り合い。正式なメンバーではないが、一応彼女も装者の一人である。何故一応という曖昧な表現を付け足すのか、それは彼女の立場の問題であった。
彼女はただの装者ではない。纏うものも他の六人とは異なっている。
彼女のもつ力は調整済みとはいえパヴァリアの技術が使われている。パヴァリアの技術が使われている以上、その運用には慎重を期すことが求められる。そして、民間協力者という立場が余計にややこしくしている。民間協力者であるが故に、彼女の参加にはかなりの申請が必要となる。正式メンバーではないので、責任問題がかなり複雑になる。
よって彼女の装備にはロックがかけられており、彼女の意思では纏うことも、参加させることも出来ないようになっている。
そんな中で先日、島で起こったことをサムスは漏れないようにしろと言われていた立花響はちゃんと守秘義務を果たし、たとえ幼馴染であっても口を割ることはなかった。が、今回それがニュースで大きく取り上げられ、只事ではないことが起こったと思ったので、その真実を知るために自分も今回の件に参加させて欲しいと申し出てきたそうである。
彼らは一応サムスに言われた通りに情報漏洩は防いでくれていた。だがさすがに、島が消えてしまったことに対しては隠蔽することはできなかった。この星にも衛星カメラがあり、世界の様子を二十四時間四六時中監視されている。その中で、あの島が消えてしまったことを確認してしまったことによって、この出来事は瞬く間に世界中に広まった。島はもともとリゾート地であった。ので、そんな大人気のリゾート地が跡形もなく消えてしまったとなれば皆原因を知りたがるだろう。
小日向未来がその例だ。
彼女には事前に任務の場所だけは知らせていた。故に、事件の内容は伏せていても、島が消えてしまったという記事を見てしまえば、そりゃ誰だってさすがに不審に思う。だから彼女は今回の事件の真実を知るために、同じ舞台に立とうとしてきたということらしい。
自分も本格的に関わる。もちろん、情報が漏れないように守秘義務もちゃんと守る。その代わりに、今回の事件の詳細を教えて欲しい。そして、自分も立花響たちと一緒に戦わせて欲しい。
と、いうことらしい。
「··········································」
サムスはそれを理解した上で、悩む。
彼女は別に偉い人間ではない。それどころか何かを指図する権限はない。しかし、地球人から見ればサムスは全宇宙の代行人。逆らえば何をされるかわからない。彼女の決定は全宇宙の決定というものに等しかった。
大袈裟にも見えるが、実際それくらいの存在だ。
司令はサムスにどうするかを相談してきた。たとえこの組織の最高責任者であっても、簡単には決めることができない。サムスの意思も聞いてから判断を下す。そう考えた司令にサムスはしばらく考え込む。
そして、暫しの時間考えた末、サムスはどこかのんびりとした声で答えた。
「························いいだろう」
サムスは司令からの申し出にそう答える。
「ただし」
サムスはそこで一旦区切り、司令から目を離した。彼女が視界の中心に収めたのは、自分の右手に付いているアームキャノンだった。
本当はそんなことをする義理はない。さっさと断ってしまうのが吉。しかし、そこまで言って来られてはこちらもそれ相応に答えなければならない。
「その前に、そいつに会わせろ。そいつの覚悟次第では参加させてもいいと思う」
契約は成立した。
そいつの覚悟がどれほどのものか、そして本物かどうかを確かめるために、全宇宙を代表してフリーの賞金稼ぎが直接見極める。
・・・_
「··········································」
「「「「「「··············」」」」」」
乱暴に開かれた話し合いの会場。
とりあえずお腹が空いたら戦はできぬので食堂にて待機しているものの、少々複雑でなんとなく気まずい空気が漂っている。
「··············おい」
「へ?」
乱暴な少女の声が妙に弱々しく立花響の鼓膜を揺らす。
それぞれの前にはラーメン、あんパン、お茶漬け、298円、トマトサラダなどの料理が連ねているが誰一人として手をつけていない。あのざく切りで髪をキツネというか猫耳みたいになっている女性でさえ迂闊に料理に手を出せない。
そんな中で、勇気を出したクリスは小声で響に質問する。
「··············なんでこうなったんだ?」
「いや··············それがですね」
「立花··············何故小日向がいきなり参加したいなんて言ってくるんだ? 唐突すぎて理解が追い付かないのだが、まさかとは思うが」
横から剣が話に入ってくる。
立花響の唯一の幼馴染がここにいる理由なんて限られてくる。滅多に来ない未来が本部にまでやって来て何故か皆にしてよくある食事風景を設立させている。
未来が来たことに一同は怪訝な顔をしてしまっている。何も知らせていないのに急にやって来て参加させて欲しいなんて明らかにおかしすぎる。
空気的に最初に疑うのは一番近くにいる奴。それはもちろん、クラスメイトでありルームメイトでありそれ以上の関係の、
「へ!? いやまさかっ!? 守秘義務があるから一言も話しませんでしたよ!?」
「じゃあなんだってこんなことになってんだよ。明らかにボケちゃいけねぇ雰囲気があいつからめちゃくちゃ出てんだけど?」
「そうだ、どう見ても只事には見えないぞ。詳細も知らずに急にやって来て任務に参加させて欲しいなんてどう考えてもおかしいだろう?」
「いや··············それについては私にはなんとも」
「もうあいつから刑事の張り込み並みのプレッシャーしか感じねぇんだけど。なんであいつあんなに真剣な顔になってやがんだ。いつでも犯人を捕まえれる、覚悟しとけよみてぇな重圧を感じんだけど」
「言ってること全然わかりませんクリスチャン」
立花響は苦笑いして思考を放棄した。
なんか嫌な空気によってみんな思考回路が脱線している。
ちなみに、刑事がよく張り込みであんぱんと牛乳の組み合わせを選ぶのは理由があるらしいね。張り込み中の食事は、基本的に車の中で食べることが多いが、食事系のおにぎりやサンドイッチなどは臭いが車内に残り嫌がられるそうだ。ご飯粒やパンかすも車内に落ちるし、菓子パンの中では、メロンパンは上のカサカサした部分がポロポロ落ちるので車が汚れると敬遠されることもある。消去法でいっても、やはりあんぱんが現場に適しているとのこと。
ただ牛乳に関してはそこまで理由がないようだ。暑い夏場になると張り込むための車内では状態も悪くなるし、牛乳が合わない人にはお腹を下してしまう原因にもなってしまうが、今ではあんぱんと牛乳の組み合わせは現場でのお決まりということになっている。
長年続いてきた伝統は伝説となり、それはもはや哲学兵装のような力を得ているようである。
「おい立花」
「ふぇ?」
そんな考えを馳せるようにぼんやりしていた響に鋭く声を低くした翼の声が耳に入る。
「ちゃんと聞いているのか? 人が質問しているというのに途中から聞いてなかっただろう?」
「いやいやいや! ちゃんと聞いてましたよ!?」
「なら私がなんて質問したか声に出して言ってみろ」
「うえっ!? えっと··············牛乳を飲むとおっぱいが大きく··············」
「··············································それは私への決闘の申し込みと受け取っていいんだな?」
「ひゅー、ひゅー」
静かに睨まれて響は小さくなった。
ごまかすように呑気に口笛を吹いてみるものの、笛の音はとてつもなく風に傷を負わせている。
と、その時だった。
自動ドアのウィーンという音が食堂に響き渡る。
それを見た瞬間、誰もが動きをピタリと止める。そして次の瞬間には皆が椅子から立ち上がった。
何となく只事じゃないと感じた未来も同じく立ち上がる。
入ってきた人物は二人。
風鳴司令と、見たこともない素材で出来たスーツを身に纏った謎の人物だ。
身に纏っているものは露出を完全に失くし、誰なのかわからないようにしている。女性なのか男性なのかも、この時の未来には判断出来なかった。
さらに気になるのが、その人の右手。
そこにあるのは小型の大砲。SF的な作りをした大砲は見ただけで異様感を抱かせる。
未来はそれを見て、真っ直ぐに感想を抱いた。そして真っ直ぐに感想を述べた。
「····························え?」
目を点にしてただ一文字だけの感想。
この人が今回の事件に関わっているのは明確だが、情報が足りなすぎてどう捉えればいいのかわからなくなっている。
「彼女がそうか?」
「ああ、この娘が小日向未来君だ」
少し機械的な音声が混じっていたが、女性のような透き通る声だった。機械的なアーマーに身を包んでいるのは自分と同じ女性なのかと。
今まで目の前で装者たちが話しているのが聞こえているのにろくに反応も示さなかった少女はようやく表情を変えた。彼女は見たこともないものを見て目を見開いているものの、固く閉ざしていた唇を動かし、サムスに話しかけようとしたところ、
「···········すまないが、あなた達は席を外してくれ」
「「「「「「!?」」」」」」
と、唐突にサムスが響達に向かって退席するように言ってきた。
「な、なんでですか!?」
「二人で話がしたい。皆の前では言いにくいこともあるだろうしな。弦十郎は残ってくれ、司令官として聞く義務がある」
「で、でも」
「頼む」
真剣な声だった。
その有無を言わせないような声色に、一同は言葉を詰まらせる。
「························わかりました」
それに答えたのは翼だった。
響は言い返そうとしたが空気がそうはさせてくれない。明らかにここは何かを言えるような状況じゃない。
その空気を読んで、響はただ頷いた。
皆もそれを見て、席から離れて行く。
最後に響が未来の方を見るが、未来はただ微笑んで見送るだけだった。小さく手を振って自分は大丈夫だというアピールをしているようだが、響は内心心配だった。
そんな気持ちを抱いたまま、響達は部屋の外へと出て行った。
「························」
「························」
司令を除いて全員が出て行ったのを確認すると、サムスは視線を未来へと向ける。
「さて」
サムスがそう言った瞬間、未来の肩がびくんと上がる。初対面の人が話しかけてきたら誰だって緊張するし、それこそ正体不明な奴が相手だったら尚更だ。
だが引かない。引くわけにはいかない。
自分の覚悟をこの人に提示し、任務に参加させてもらう。それが最終目標だ。まずは自分のできうる限りの証明をしなければ。
「まずは自己紹介から始めようか。私はサムス・アラン。フリーのバウンティーハンターだ」
「こ、小日向未来です············」
「任務に参加したいそうだな?」
「························はい」
「あなたが何者なのか、どういう立場なのか、何故参加したいのかについてはすでに彼から聞いている。私はただの代行人に過ぎないが、今回の事件には大きく関わっている。いわゆる主要人物と言ったところか」
「!」
「今はまだ任務の詳細については話せないが、あなたの覚悟次第では参加させてもいいと思っている。だからあなたの覚悟を改めて私に見せてほしい。あなたが参加したい理由、戦いたい理由をな」
「············はい!」
ついにやって来た。
自分の覚悟を示す場が、チャンスが到来した。
未来は正面から挑むように、ただまっすぐに自分の意思をぶつけた。
「私は····························響の力になりたい」
「····························」
「いつも助けてもらってばっかりで、危険な任務に行く皆を見ると、堪らなく不安になるんです」
「····························」
「私は何度も間違いを起こしました。力を求めて響達に迷惑をかけたりもしました。でも、それでも響達の力になりたいという覚悟はあります!!」
「··········································」
「今の響達には誰にも言えないような、それぐらい大きなものがあるっていうことはわかっています。でも、それを全部を響達が抱えて、それでずっと傷つき続けていい理由なんてどこにもありません!!」
「··········································」
「お願いします! 私も今回の事件に参加させてください!! 私も、響達の力になりたいんです!! 響達と一緒に、世界を救いたいんです!!」
「···········································」
ぐっと意識して顔をサムスの方に向ける。お腹に力を込める。色々なことを抱え考える未来。
サムスはその言葉を一言一句聞き逃さずちゃんと聞いていた。
最大限の意思表示をした未来にサムスは、
「····························なるほど。それは立派な考えだな··············」
覚悟を決めた少女に対して。
サムスは真っ直ぐに未来の目を見据えて。
そして答えた。
「であれば、
「ッ!?」
それを聞いた未来は驚愕する。
百パーセントの回答を申したというのに、彼女はその考えを否定したのだ。
「ど、どうしてですか?」
「話を聞いている限りだと、力になりたいというのだけが目立っている。それだけでは参加させるわけにはいかない」
「それの何がダメなんですか!? 響達の力になりたいというのがダメなんですか!?」
「響達というより、
「!?」
「確かに、彼女達が重荷を背負って傷つき続けていい理由なんてないな。だが、彼女達は明確な意志を持って行動している。それは『責任』だ。あなたの場合は、ただの私情。立花響を危険な目に遭わせたくない、もう傷つくところを見るのは耐えられない、だから自分も今回の事件に関わりたい。そんな考えで自分も危険な任務に参加するなんて考えが通るとでも思うか? 友を守りたいという覚悟自体はとても立派だ。だが、私達銀河連邦はそれ以上に救わねばならない者達がたくさんいる。大事の過程で生じる小さな犠牲さえも切り捨てる覚悟を持ってして任務に当たっている」
突きつけるようにサムスは言う。
「あなたのその覚悟は本物じゃない。皆を守りたい、力になりたいというものは嘘ではないが、それが本心ではないはずだ。上っ面だけをなぞれば一見完璧な模範解答に見えるが··············あなたにとって一番肝心なのは、『立花響を守りたい』ということだろう? ついでに皆を守りたいといったところか。先ほどから響の力になりたいと言ったり、皆ではなく響達と言ったりと、立花響の名を強調しているように思える。友を優先してしまうのであれば、それはただの自己満足だ。本気で世界を救うという意志が見えない。実際にやりたいことは、友を救いたいということだけ。第三者から見ればそれは自分の定義を他人に押し付けているだけの独裁者の思考でしかない。身近な人を守れてるから十分だろうと迫るのと何も変わらない」
「··············何が、言いたいんですか?」
「ここまで言ってもわからないか? 一つの間違いは隊の全滅を意味する。あなたのその覚悟では隊員としては危険極まりないと評される。たった一人だけを優先して動こうとしている奴が最初に隊の統率を乱しかねず、最悪大勢の人が犠牲になる可能性が出てくる。つまり··············あなたの考えは浅はかで愚かだということだ」
ぴくん、と静かに場の空気が動く。
サムスの低い声に反応したのは、むしろ小日向未来本人ではなく司令だった。二人からの視線を向けられて、しかしサムスもまた目を外さない。ただただ中心人物の小日向未来を捉え続ける。
「······················」
だがサムスは、自分で言っていて自らにも刺さる言葉を述べてしまったな、とこの時自覚した。
どの口が言っているんだ、と。
自分だってたった一人を助けようとして自分の上官の命令を無視してでも助けに行こうとしたじゃないか、と。
結局、あの時は上官の許可が下りず見殺しにしてしまったが、その時のことをサムスはひどく悔やんでいる。上官の唯一の家族を救えなかったという悔しさ。その思いを彼女にぶつけているようで、自分のその愚かさに腹が立っている。救えなかった悔しさ、そして隊全体の統率を乱してしまった自分の傲慢さに対して腹を立て、自分には他者を否定する立場にはないと理解している。
しかしサムスはそれを理解した上で続ける。
「まだあなたには今回の件については話せていないが、私の姿を見たついでだ。情報を蒐集して己の願望を塾考した上で、覚悟を胸に改めて選択しろ。でないと··············あなたはまた間違えるだろう」
「····························っ!?」
「彼女達は何度も世界を救っているようだが、今回はそれ以上のものを背負っている。『この星の破壊を防ぎ、全宇宙を救う』というかつてない重荷をな。この星の住民からすればあまりに幼稚な言葉に見えるだろうが、事実彼女達は星の命運を預けられている。世界からそう頼まれたわけでも、望まれたわけでもないが、彼女達は彼女達の覚悟をもって今回の件に挑んでいる」
「····························」
「一歩間違えれば世界が滅ぶ。この星だけではなく全宇宙がだ。彼女達はそれをちゃんと理解し、多くの者達を救うために動いているんだ。そんな中で私情だけで参加されては困るんだ。友を救いたいというその気持ちは理解できる。とても勇敢で立派な考えだ。だが、あなたの友人達はそれ以上の覚悟をもっている。彼女達はこう考えている、人のためになる行いが出来るならそれをやるのが道徳的な義務だとな。世界を守る、多くの人達を救う、という覚悟が彼女達にはちゃんとある。しかし、あなたからはそれが感じられない。選ぶことはできない、『責任』という覚悟がな」
「··············ッ!!」
「私が言いたいことは単純だ······················私情を挟むな、それだけだ」
小日向未来は刃物でも突き刺されたように顔を歪めていた。
何故ならば、常軌を逸したこの人から語られていることは、未来の心の中心を抉るものだったから。
彼女の言葉に悪意はない。そこにあるのはただの正論。
だからこそ刺さる。自分の覚悟が世間一般から見ればただの私情にしかならなかったことが、余計に彼女の心を抉り取る。
呼吸が詰まり、意識が暗転しかねない状態だった。それでいて、当の小日向未来本人に否定の言葉を見つけられない状況だった。
サムスの隣にいる司令は否定出来ない。してくれない。言っていることは正論だからだ。
未来は思わずその全身から力が抜けそうだった。自分自身に言われたこと全てを受け入れても忘れそうになる。
少女のアイデンティティーがミシリと鈍い音を立てそうな状況だった。
それでも認めざるを得ない。
自分の覚悟不足を。
「だが、参加させるかさせないかを決めるのは私ではない。最終的に決めるのはあなた達だ。私は何かを決める立場にはない。そんな権限もない。なんなら何様のつもりだと言われても文句は言えない。私はただの代弁者。あなたの参加をどうするかの相談を受けたから、私の目で見極めることにしたに過ぎない。私の意見が確実に正解だと思わないでくれ。彼女の参加についてはどうするか、あとはあなたの判断に任せるぞ弦十郎」
「ああ··············」
話しかけながらサムスは司令の方を見据える。
そのことを聞いて司令の表情は変わらない。
そして未来はそのことに気づかない。あるいは気づいていながら何も反応しないのか。
未来はただ虚空を見つめているだけであった。
サムスは逃げたわけではない。傷つけたつもりもない。ただ自分の考えを提示しただけだ。今回の事件の重要人物だからとか、銀河連邦の代行者だからというわけではない。
小日向未来という人間性を見て判断したのだ。
彼女には確かに覚悟はある。皆と戦いたい、大切なものを守りたいという覚悟は確かにある。だが、それだけではダメなのだ。彼女の視野はまだ狭すぎる。身近な人だけに焦点を当てているように見える。世界のほとんどのもの達をあまり見ていないように感じた。
何より彼女は、
彼女のことを知っているわけではないが、彼女はおそらく友のためなら自分すらも犠牲にしてしまうような人だ。自分はどうでもいい、みんなが助かるならそれが本望といった考えがわずかに感じれた。何度も間違いを起こしたと言っていたことから、彼女は自分が持てる以上の力を求めてしまったんだと思う。それを制御できず、仲間に迷惑をかけてしまった。
そんな自己犠牲な思考を持っているような者の参加を認めるわけにはいかない。
故に、だ。
「························未来君」
司令からの判断が下される。
現段階で、賢明な判断だったと言える決断を、小日向未来に提示する。
・・・_
「遅いなー」
響は休憩室にて待機していた。
他のみんなはトレーニングに行ったり、宿泊用の部屋で仮眠を取ったりとそれぞれ自由に過ごしている。ちなみに響は休憩室でコーヒーを飲んで未来を待っていた。
と、その時だった。
不意に、前方から何者かの人影がふらっと横切ったのが見えた。
明らかに普通の歩き方ではない。頼りないっていうよりかは、不安定さが際立つ挙動。人影を追うように視線を徐々にその人影に焦点を合わせると、その姿が明確になって行く。
小日向未来だった。
「未来!?」
慌てて響は駆け寄る。
未来の様子が明らかにおかしい。普段の彼女なら、こういう反応は見せないはずだ。
まるで氷の海に浸かっているかのように青ざめている。
「··················響」
響は今にも崩れそうになっている未来の腕を慌てて支える。近づいたことで、未来の顔がはっきりと見える。
その目を改めて見て、響はギョッとした。
よく見なければわからない程度だが、未来の右目と左目はわずかに瞳孔の開き方が違う。確実に焦点があってない。これでは曇りガラスを通して風景を見ているようなものだろう。未来の表情から、その事に気づいている様子はなさそうに見える。あるいは、そんな瑣末事などに気にしていられないほど、切羽詰まっているのか。
「··················未来?」
「····································」
「··················何言われたの?」
直球だった。
様子がおかしい未来を見て、なんとなく予想がついていた。
しかし、未来からの返答はない。
「···························」
正確には微かに唇は動いていたが、響の耳には聞き取れなかった。
未来は何かを呟きながら、響の顔を見据えた。
そこにあったのは、笑み。
力が入っていない笑みだった。
「··················大丈夫だよ」
「え?」
「なんでもないから」
普通の声色だった。いつもの未来の声、何も感じさせない未来の声。
そう、何も感じなかったのだ。
普通なら声色にも感情は入っているものだが、今の未来からは何も感じない。その異様な違和感が響を余計に不安にさせる。
「ごめん響、先帰るね」
気がつけば、響の手が離れていた。
異様に強い力で、それでいて弱々しく未来の腕が動いていた。
「み、未来────」
「家で待ってるね」
それだけ言って、未来は去って行く。
少女は響に背を向けて再び歩き出す。
追いかけようと思えば出来ただろう、いくらでも追いつけただろう。あまりにも頼りない歩みであるからちょっと追いかければ追いつける。
「····································」
だが響は動けなかった。
背中はすぐそこ、手を伸ばせば届く距離なのに。
そうこうしている間にも、未来は遠のいていく。
響が止めるべきか見送るべきか悩んでいる間にも、未来は遠のいて行ってしまう。
頼りない背中が遠ざかる。唯一の陽だまりが沈んで行っている。時間はない。止めなくてはいけないはずなのに、どうしても響は動けなかった。
そしてついに未来の背中は遠くへと消える。
立花響は最後まで彼女を止められなかった。その理由は未来のその様子を見てしまったからではない。
気づいてしまったんだ。未来が今抱えているものに。抱えているものは一言では説明できない。だがそれは誰にとってもいいものにはならない。
未来が抱えているもの、未来が考えている事は全て分かっていたはずなのに、何も言えなかった。
響は、その小さな事に関して頭がきた。
心の底から。
自分の無力さを。
・・・_
リディアン音楽院は昔別のところにあったことを知っているか?
今ではそこは更地に近い。良くて、塔だったものがあるだけだ。人の頭脳では到底理解できない構造の塔は半壊しており、空洞部分が現れている。
その地下。
地下深く。
小さな容器に収められた青黒いものの周辺に、粒子のようなものがいくつも浮かんでいる。
『小さな注射器型の容器』からばら撒かれた粒子は青く発光し、容器の周りを舞うようにして空中に佇んでいる。
一エリアに発生した現象には、意識があった。粒子はそれぞれのネットワークを構築している。様々な感情が躍り、空中に浮かぶ情報を吸収している。
『····················ミ···············ツケ···············タ』
粒子の世界で構成された意識がそう言った。
『···············ゼ···············ツ···············ボウ』
負の感情を読み取って、粒子の色はさらに濃くなる。
放射性物質のような粒子は街中に散らばり、あらゆる情報を蒐集していた。得た情報を多角的に分析し、ノイズまみれの断片の中で明確かつ有効な情報へと統合処理をしていく。粒子ネットワークで構築された世界で、そいつはすぐさま重要なレポートとなって記されていく。
そして、その容器の中にいるやつの頭の中では、こんな穴だらけの文が並んでいた。
『···············サ···············ム········ス···············ヲコ···············ロ···············ス···············タメ···············ノ···············ウ···············ツワ』