彼女は大切な人のためならば、手段を選ばない主義だ。
夜中。
全てのシンフォギア装者が、謎の協力者と共に大量の錬金術師が残した生物兵器の後始末を行っている頃。
旧、リディアン音楽院。そこから伸びた謎の大砲型の建造物内を、名門リディアン音楽院のピアノの成績優秀者、小日向未来が『何か』に釣られるように歩いていた。
厳しい学校の法律に背いたわけではない。夜遊びとか、そんな理由じゃない。
単に摩訶不思議な現象を目の当たりにしてから、敢えて厳戒態勢の旧学院を抜け出し、そして月を破壊した学園内を歩いているのは、ひょっとしたら彼女自身の望み、もっと言ってしまえば“洗脳に近い何かに支配されているのかもしれない”。
「······」
彼女は今どうやってここに来たのか認識してない。どこからどうやって内部に入ったのか、どこをどう歩いたのか、全くわかっていなかった。
ただ、『青い粒子』だけに視線を固定してしまっていて、それについていくように歩いている。
彼女は破壊されても、何故かまだ電力が通っているエレベーターに乗り込み、この先に何が待っているのかも知らずに下へと降りていく。
“青い粒子”によって。
誘われるように。
(······チカラサエ、アレバ)
彼女の目にはなにも灯っていない。
虚ろ目となってただ何の疑問も持たず、足を進めている。
見たこともない『青い粒子』を見てからというもの、彼女の心はすでに『見たこともない未知なる力に惹かれていた』。
まるで、魅了されたように。
こうしている今、全世界はすでに錬金術師の手によって破滅の危機に晒され、破滅の道へと導いているというのに、小日向未来という少女は導かれた"青い粒子“に従うことにした。
そして。
そして。
所々に工事中の看板や関係者意外進入禁止という換算を無視して、彼女は長いエレベーターを降りて使われなくなった施設を歩いていく。
元は響達が拠点として使っていた場所。
そこを何の躊躇いもなく、小日向未来は歩き続ける。
何かに呼ばれているように。
「······コノサキニ、ワタシノモトメルモノガ」
切り裂くような夜気の中、白い塊のような息を一つ吐く。平たく言えば、自分の出来ることなど何もない。あの幼馴染みと違って足手まといになるのが怖い、あの少女立花響の隣に立って戦えるのならば、是非ともそうしたい。
だが、具体的にどうする?
自分はただ響達が所属する組織の補助係。今持っている、『ペンダント』だって、司令による命令がなければ何の意味もない。
神の力を手にしたとしても、それが役に立つとは限らない。
「シンフォギアヨリ、モットキョウリョクナ······」
それどころかシンフォギアすら役に立つとは限らない。
地下に潜ってシンフォギアの力を改めて再確認したところで、相手に勝てるとは限らない。これはもう冷酷に経験値の差が出ているのだから間違いない。
たとえどれだけ"神の依り代になったとしても、響と同等のステージに立てるとは思えない。嫌な想像が渦巻く。
旧校舎にたどり着いた未来は、腹の真ん中に鋭いストレートを浮けたような重圧がのし掛かる。
昔の学園で探索して幽霊探しでもしている最中、小日向未来はこう思った。
(ワタシモ、ヒビキノヤクニタタナキャ!!)
切り裂くような夜気の中、重いため息をつく小日向未来。昔の母校を歩いている最中、彼女はギリッと奥歯を噛んで、小日向未来は思う。
(······櫻井了子さん)
シンフォギアを初めとする異端技術「聖遺物」を動作させる櫻井理論の提唱者。
そして。
響達を兵器と化した黒幕。
そう。
小日向未来にとって彼女は許されない存在だ。自分の作った装備を身に付けさせて、危険な相手と対峙させる。
施設内に残留しているノイズと死体の残骸を見て、ギリッと奥歯を噛み締めて、小日向未来は改めて声に出して叫ぶ。
「モットキョウリョクニ、ヒビキノタメニ······ッ!!」
小日向未来の目的は人命救助ではない。大切な親友を守ろうとするためだ。彼女は自分の大切な人ならばどんな苦難も待ち構えて、問答無用で挑むで人間。
大切な人を守るため、彼女は自由自在に思考を切り替えて、大切な人を守る選択をしてしまう。
何かも大切な人を第一に旧校舎を進んで行った結果、とある部屋にたどり着いた。
“青い粒子”に導かれ、誘われるようについていった結果、粒子はその部屋の扉へと消えていった。
小日向未来は口に溜まった唾液を一気に飲み込み、電気が通っていない自動扉を手動で強引に開ける。学校の体育館の優に四倍以上。あまりにも広大な空間。
研究室。
という風に言ってしまえばいい場所。
細菌の保管施設、ウィルスを培養させる生物学研究室、人体を強化させることが出来る薬を生み出す薬学化合実験室。
そんな理系的なものがたくさん並べられた薄暗い部屋の中、一つのものに目が行った。
そこで彼女が見つけたのは、『青い液体が入った注射器』。
ドーム状の容器に入れられ、厳重に保管されているそれは、先程から周囲に青い粒子が舞っている。暗い部屋の中で唯一淡く輝いているそれは、どう見ても目立つ位置に置かれている。
「·······」
訝しむ未来の前で、彼女の笑顔が歪む。
見たこともないものに、目を奪われる小日向未来。 LiNKERのように見えるが、中身は明らかに違う。
液体ではなく、もっとネバッとしたものだ。
そして、それと同時に無意識の中で気付く。
あれはおそらく手を出してはいけないものだと。
小日向未来はシンフォギアの適正が低い方だ。だとしても、目の前にるものを注入しようだなんて思えない。
おそらく、あれは刺したら元には戻れない代物だ。
なのに。
(······コレサエ、アレバ)
未来の手はどんどんその注射器へと向かっていく。
それは彼女の意思なのか、それとも『何かが』そうさせているのか。彼女は口角を上げてそれを手に取ろうとする。
そして、手が届きそうになった時。
ズン!! と。
伸ばしていた手に重い鉛でも置かれたかのように、下へと落ちた。
「!?」
右手が急に重くなったことに驚く未来。
いや、右手だけじゃない。身体全体が重くなっていく。異常な事態に唖然とする未来は、人一人分背負ってるかのような感覚に、地面に足をつけてしまう。
何とか立ち上がれるも
そして、あることに気付く。
周りを見てみると、
「え!?」
ここでようやく、未来の目に光が戻った。
正式なシンフォギア装者ではなくても、目の前に起きたことが只事ではないことだけはわかる。
重力が歪んでいる。
そして。
唐突に。
ビュン!! と。
乾いた音と共に、小日向未来の素肌が容赦なく切り裂かれた。
「ああッ!?」
かすり傷程度で済んだが、傷跡をよく見ると火傷のような跡があった。
熱光線。
それを放ったものがいるとわかった途端、未来は恐怖心に蝕まれて身体を震わせながら、それでも首にかけている『ペンダント』を強く掴んで警戒する。
と。
「ピギァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」
まるで生まれたての赤子が泣き叫ぶような声を合成音声で流したような音が響いてきた。聞こえてきた方へと視線を向けると、目を疑うような存在が目の前に現れた。
本当に唐突だった。あまりにも。
どこかから高速で近付いてきたというよりも、何の変哲もない風景の中から浮かび上がったような出現だった。そう、まるで蜃気楼のような。
とっさに身を引いたのは正解だったのか。
猫のぬいぐるみのような顔で、口をホッチキスで縫い止められたような見た目だった。箱型の外装に、先端部からコード類がはみ出している機械製の巨大な腕、謎の装置が付けられた尻尾。
奇妙なビジュアルに、認識が壊れる。
消える。
自分の命を刈り取ろうとするもの、いいやその実態すらつかめない力強い機械。
旧、私立リディアン音楽院の地下深くで錬金術師達の残党共によって密かに備えられ飼育研究された半機械生物兵器。
“ナイトメア"が。
旧校舎に保管された『注射器』を守るため、侵入者である小日向未来を排除すべく動き出す。
・・・_
場所は夜の廃校、その地下深く。
重要なのは、なぜ自分がこんなところにいるのか覚えていないこと。
それから、目の前にいる謎の機械生命体。
そして、『武器を制限されている以上戦う術がない少女』。
「ッ!!」
小日向未来は走る。
広い施設内を走り回って化物からなんとか逃れようとする。
だが元のサイズの違いか、それとも備わっているシステムの違いか、先に駆け出した元陸上選手の未来をあっさりと追い抜く。
視覚的な撹乱すらともなって、化物は未来を逃がすまいと先回りする。
「!?」
「······ッ!!」
化物自身、まるで観察するように首をかしげているが、両手らしきものを上に挙げると、
バンバン!! と、熱を帯びた赤い球体が乾いた音と共に連続する。
「うわ!?」
至近にいたにも関わらず、彼女は持ち前の身体能力で躱した。柔軟体操選手の基本である前転で。
正面の獲物を喰いそびれたナイトメアが、後ろにあった壁をまとめて溶かし、消し飛ばした。そして半生物兵器の動きは止まらない。
何度も振るわれる攻撃を避けるため、陸上時代に培った身体能力を駆使して不規則に逃げ回る。
「ッ!!
逃げ回る最中、未来は首にかけたペンダントを見る。そして、先日エルフナインから説明された内容を思い出す。
『私が望めばまたこの力······神獣鏡のファウストローブを纏えるの?』
『はい······ロックはかけてありますが』
『ロック?』
『······はい』
エルフナインは笑みを消して深刻そうな顔をして話す。
『神獣鏡の特性は対ギアに特化しています。また、調整済みとはいえパヴァリアの技術が使われている以上、その運用には慎重を期すことが求められます······すみません、民間協力者である未来さんに預けるにはこうするしか了承を得られず────』
『ううん、いいの』
『······え?』
『ありがとう、エルフナインちゃん』
あの時はただの空元気だったと思う。
皆と同じく戦えると思ったのに、その武器の特殊性故に使用制限がつけられ、自由に纏えないのだ。今こそ戦うべきなのに、それが出来ないなんてふざけてやがる。
ただ逃げることしか出来ない未来は、
ブオン!! と。
振り回された大きな腕に直撃した。
「ああッ!?」
未来が気付いたときにはもう遅かった。
とっさに両腕で顔を庇った瞬間に鈍い轟音が鳴る。あまりの衝撃に未来の足は地面から離れ、と思った瞬間には小日向未来の体が勢いよく後ろへと吹き飛ばされた。
内蔵が浮く感覚がした。
何が起きたのか把握するために数瞬周囲を見たが、どういうわけか部屋全体がオーロラのようにゆらゆらと揺れていた。
その謎の現象のせいなのか、未来は通常よりも遠い距離まで吹き飛ばされる。
何か、ガシャーン!! とガラス製のものに背中を強打してようやく止まることができた。
「い·······たたッ!!」
一体どこまで飛ばされたんだと確認しようとしたとき、ふいに右手に何か固いものがコツンと当たる。
「······これって!」
それは、この部屋に入ってきて最初に目にした『青い液体が入った注射器』だった。青い粒子は今もなお舞っており、存在をアピールしている。
と、そんな時だった。
激痛に眩む未来の意識に割り込むような、古びたラジオのマイクから発せられる不快な声が響く。
『······殺レ······』
「······え?」
『全部······ブッ潰セ』
冷たい声が未来の脳内に響く。
そして、声がしたであろうその注射器に注目する度に、小日向未来の目が眩む。またどんどんと、口角が上がっていく。
その間にも、
「ピギァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」
空白が頭を打った。
もはや目の前の存在すら忘れてしまっていた。
こちらを睨み付けている化物は、これから突進しますとばかりに身を低くしていた。尻尾らしきところが電動ドリルのように回転し、周囲の重力を歪めている。
おそらく、自分の周りの重力を軽くして最低限の重さまで減量し、砲弾のように飛び出してぶつかるタイミングで自身の重さを最大級にするつもりだ。
「······ッ!!」
勝てるわけない。
今までまともに戦ったことすらないのに、そもそも武器もないのに。
どうすればいいんだ。
「··········」
小日向未来は右手に当たっている注射器に目をやる。
すると、まるでこちらの意志がわかっているかのように、頭の中で声が響く。
『ソウダ······受ケ入レロ』
「······」
ぎちぎち·······と。
腕を負傷してへたり込む未来は必死にその言葉に耳を傾ける。
だから。
まるで魔が差したような思考に従った未来はその注射器の表面に掌を添わせる。
その直後、
ぞわりッ!! と。
「········ッッッ!!!」
全身が膨れ上がるような得体の知れない感覚に、思わず快感のようなものを覚える。
その時。
小日向未来は正直言ってこれがなんなのか全然理解していなかったろう。
だけど。
そんな彼女でも肌でわかることがある。これは、本当なら手を出してはいけないもの。
だけど方法がない。小日向未来の持つペンダントのロックが解除されない限り戦闘はできず、一方的に八つ裂きにされる。
そしたら、もう、
「響に·······会えない······?」
そんなの、
「·······いや」
何があっても、
「絶対いや」
どんな方法を使ってでも、
「響と·····会えなくなるなんて」
たとえどれほどのタブーを犯すことになっても。
「そんなの絶対嫌だぁぁぁああああッ!!」
「ピギァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」
轟! と重力を操作したナイトメアは空間を蹴散らして、未来の命を狩り取るべく駆け出していく。
と、同時に。
未来はとっさに落ちていた注射器を拾ってそれを首元にぶっ差した。反射的に目を瞑り、これからやってくる痛みに覚悟しながら最後の悪あがきをしようとした。
そして。
『······ウマクイッタ······』
ゴバッ!!
と、さながらレーザービームのように、部屋の暗闇のをまとめて引き裂く。
「ピギァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!???」
盛大な音と共に、いきなり
出所が彼女の掌からだとわかったのは、
それだけじゃない。彼女の身体全体に、『青い粒子』まで巻き付いている。
放たれた光線は留まることを知らず、向こう三十メートルに渡って一直線に破壊の限りを尽くした青い閃光は、動きを止めても粒子として空気に焼き付いている。
ナイトメアの尻尾を吹き飛ばしたと同時に顔面にヒビが入る。
「ピギァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!???」
顔面が露わになり、六つの眼を持つ奇怪な顔が現れ、ファウストローブを纏った未来を睨み付ける。
「·······中身超キモい」
「ピギァァァァアアアアアアアアアアアアッ!!」
「ふふふ」
小日向未来はロックが解除されたファウストローブを着て、そして首元に注入した液体によって何かの一線を越えた気がした。
自分を見えない枠に押し込めていた堰のようなものが壊れた。故に、相手に悪口を言ってもなんの罪悪感もない。
よって、未来は未来らしくない言葉を小さく笑って言った。
「