「お前は──俺だ」
糞喰いがそう言うと褪せ人は少しだけ悲しくなった。
お前が俺なら、どうして、エルデの王にならなかったんだ。
そうすれば俺はこんなザマにならなかったのに。
* * *
褪せ人の最初の挫折はモーンの古城だった。
亜人の反逆に会った城主の父に手紙を渡してほしいという少女の手紙を届けた。
そしてモーンの伝説の武器を亜人から奪い返して城主のエドガーと共に少女の下に戻ると、少女は亜人に殺されていた。
悲しみにくれるエドガーと分かれ、次に出会った時。
エドガーは手当たり次第に殺す復讐者と化していた──だから殺した。
彼の名誉のために剣接ぎの大剣を手に入れたが、そのせいで彼は名誉も生きがいも失った。
もしもあの時、少女から離れてさえいなければ、ああはならなかったと褪せ人は後悔した。
* * *
次は同じく円卓にいた死を狩る者・ダリアンだった。
曰く、彼は不遇の生を享けたが黄金律だけがそれを呪いと呼ばなかったという。
ゆえに黄金律に忠誠を誓い、穢れた律を滅ぼす狩人なのだ。
いわゆる黄金律原理主義者である。
記録者によると金仮面卿はそんなものが律の原理であるものかと言葉を遺したらしい。
だがダリアンは自信に溢れ、勇壮で、英雄と呼ぶにふさわしい。そんな彼に追随したいと思うのは自然なことだろう。褪せ人は戦士の末裔なのだから。
死を狩り、獣の司祭に還元し、ダリアンに報告せんと円卓に戻れば彼は死んでいた。
死に生きる者である死衾の乙女が渡した短剣を受け入れ死んでいた。
円卓は非戦の誓いがある。
ましてやフィアにダリアンを殺せるほどの武芸の心得があるとは思えない。
つまりダリアンは自ら短剣を突き刺して死んだのだ。
揺るがぬ信念の持ち主ですら道を踏み外すということに失望した。
* * *
その後は火山館だった。
円卓にいたディアロスが火山館の背律者に殺された従者の仇を討つと向かった。
その後で自分もラーヤという女性に招かれて火山館に向かった。
そこで見たのは絆され、背律者となっていたディアロスだった。
英雄になれるという言葉に魅了されたらしい。
黄金律は間違っている──そう告げる館の主の言葉を信じた。
ダリアンの最期を見れば信じずにはいられなかった。
同じ褪せ人を狩り続け、背律者として最後に戦った敵はディアロスの兄だった。
「血塗られた道なら、既に歩いている。
だが俺は自分を、決して英雄とは呼ばない。
来るがいい──ホスローは血潮で物語る」
彼は強く、そして揺るがなかった。
だが英雄たる道を信じ、激闘の末に褪せ人は勝利した。
いつの間にかディアロスは逃亡し、己の生の秘密を知ったラーヤは失踪し、ホスローを殺した英雄として招かれた先で冒涜の君主ライカードが喰らわんと襲ってきた。
ライカードは既に初志を忘れ、貪欲に支配されているという話は真実だった。
背律者とは英雄ではなく蛇の贄であり、冒涜の大剣の素材にすぎぬと知った──だから殺した。
結局誰も殺さなかったディアロスは壺たちの村で誰かを守って死んでいた。
殺すために戦った者と、守るために戦った者。
どちらが英雄かなど言うまでもない。
肩書のために戦う者に栄光は訪れないと思い知らされた。
* * *
最後は血の指だった。
同じく律は間違えていると告げた白面のヴァレーは愛を唱えた。
愛。それはあの嘘だらけの火山館で確かに存在したものだった。
だからこそ信じ、再び褪せ人狩りに手を染めた。
そして褒章でモーグウィン王朝に向かった。
そこには受血を強いられた従軍医師の成れの果てと、
夥しい流血の果てにあるのは迷妄の誇大妄想だった──だから殺した。
モーグも、ヴァレーも自己愛まみれの断末魔を吐いて散った。
誰かが「愛されたから愛したのではない」と言ったのを思い出した。
* * *
再び王を目指した褪せ人はメリナを巨人の火にくべて黄金樹を焼かねばならぬと知った。
王に最も近づいた褪せ人ヴァイクや、ベルナールたちが道を踏み外した謎が氷解した。
なんとも悪辣な仕組みだろう。正道を歩む者ほど容認しがたい犠牲である。
そしてそれは自分も同じ。
共に歩んだメリナを犠牲にするくらいならばと別の道を探すうちに指巫女ハイータに出会った。
彼女とシャブリリに導かれて狂い火の神たる三本指に出会い、火を拝領した。
これでメリナを犠牲にせずに済むと思った矢先、彼女から離別を突き付けられた。
狂い火の火はエルデンリングを燃やし、全ての生命を焼き溶かすのだという。
メリナは言う──生まれることは素晴らしいことだと。
ハイータは言う──皆、生まれてきたくはなかったと。
相反する願いを受けて褪せ人はもうどこにも行けなくなった。
そんな時、いつかの悪霊……糞喰いに出会った
「お前、呪いを感じているな。」
王都のどこかで拾った呪いの苗床。
焼け爛れたからその悍ましさすら気付かないまま持ち歩いていたようだ。
「お前を殺し、穢してやる。その宿痾を、本当にお前のものにしてやるぞ」
糞喰いの宣告はまるで困難な道に挑む英雄の如く、悲壮めいた覚悟に満ちていた。
失望と悔恨に塗れた褪せ人はその根源を知りたくて鍵を受け取り下水牢へ向かった。
* * *
糞喰いのの伝言を見て王都外郭の池に来ると見知った顔があった。
いや、顔というのは語弊がある。なにせ囚人の鉄仮面を被っているのだから。
ではなぜ見知った顔と断言できるか。
茹でていたからだ。カニを。
「…ああん?誰だ、この野郎って、お前だったか」
ならず者の男は前はザリ……エビをゆでていたが、今回はカニをゆでているようだった。
よく見るとここの池にはカニが群生している。
カニの御裾分けを貰い、塩気のきいたゆでカニ頬張るとならず者の声が少し低くなった。
「…お前には、言っておいた方がいいだろうな。糞喰いを知っているか?」
頷くとならず者はさらに声を低くして言った。
「…あいつは魂を永遠に呪うために、殺す。死体を穢し、たっぷりと植え付けるのさ。あいつの呪いを」
糞喰いの言う穢れとは何か分からなかったが要は殺人狂ということだろう。
確かに円卓にいた糞喰いの空間は死と腐臭に満ちていた。
しかし恐ろしさ以外にも糞喰いはどこか殺人狂とは違う空気を纏っていた。
「…俺は、あんなにも吐き気がする光景は、見たことがない。ただ怖くて、ガキみたいに竦みあがっちまってたよ」
ならず者といえど糞喰いは恐ろしいらしい。
同じ牢というのは流石に下水牢ではないだろうなと想像しながら聞いていると──
「…友が、穢されていたというのに」
ならず者から悔恨に満ちた一言が漏れた。
友。随分と懐かしさを覚える言葉だった。
友と呼べるかは分からないが友情を感じた者ならば何人かいた。
ユラ、エドガー、ダリアン、ディアロス、ブライヴ……もう生きている者は一人しかいない。
狂い火に爛れた脳ではそれ以上の思考が湧いてこず、だから糞喰いについて聞いた。
「…ああ、見ちまったのさ。二度と見たくないと思っていた、穢された死体を」
やはり来ているらしい。となると外郭を探せば出会えるか。
カニを馳走になったと礼を述べて立ち去ろうとすると
「ビック・ボギーだ」
ならず者は自らの名を名乗った。
小悪党を自称するのにはビック・ボギーとは中々の皮肉だ。
あるいは名前や鉄仮面は彼の虚勢なのかもしれない。
「…カニ好きには、いい奴しかいねえ。これからも仲良くやって行こうぜ、俺たち」
彼のゆでるカニは美味かった。
何かを伝え忘れている気がするが、思い出せぬまま新たな友に手を振って外郭の探索へ向かった。