ようこそ恋愛至上主義の教室へ   作:ルブラン

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お蔵入りにしてた設定から。ぐいぐいアプローチする女の子が好きです。



ようこそ
K








予定は真っ白

 春。桜の季節、入学のシーズン。

 

 バス停には真新しい制服に身を包んだ一組の男女がいた。

 

 恋人、というほど近い距離ではない。されど、友人と称するのは違和感がある。腐れ縁、あるいは幼馴染みあたりがしっくりくるような2人であり、実際それが彼らを形容するにふさわしい言葉だった。

 

「キーくん、こおへんな」

 

「バス停は指定されたけど、時間について父さんは何も言ってなかったからね。それにしても……身長とか容姿とか話すだけじゃなく、手っ取り早く写真でも見せてくれれば良かったのに」

 

 せやね、と少女が首肯する。彼女は少年の父親側の事情をかなりイレギュラーな方法で知っているが、黙っておくことに決めていた。

 

「世間知らずのお坊ちゃんと仲良くなんて出来るかね」

 

栄一郎(えいいちろう)なら大丈夫やろ。あんたに骨抜きにされた人が何人いると思う?」

 

「ボクが知ってるわけないだろ、そんなの」

 

 栄一郎(えいいちろう)と呼ばれた少年は吐き捨てるように呟く。彼の整った目鼻立ち、そして優秀さと面倒見の良さは周知の事実。男女両方から好かれる人気者なのだが、本人は一向に頓着しないようだった。

 

「骨抜きと言えば、祇季(しき)も好きな人がいるんだっけ。会ったのは一度きり、名前も年齢も分からないとか」

 

 からかうように話す少年に、少女は口を尖らせる。

 

「あんたは一目惚れだとか運命の出会いってのを知らへんの?」

 

「もちろん知っているさ。ただ、祇季(しき)がそんなロマンチストだとは思ってなくてね」

 

 バチバチと睨み合う2人。仲が悪い、だとかそういうわけではなく、これが彼らの通常運転。いわばコミュニケーションである。

 

 本来であればここに品行方正かつ可憐な少女が加わり彼らの間を取り持つのだが、あいにくと彼女は1つ年下。故に、一緒に高校へ入学するというのは無理な話なのであった。

 

 そうこうしているうちに、バスが何台か発車していく。もしや違うバス停か、と2人が思い始めた時。その人物は、現れた。

 

 彼らと同じ制服を着た、茶髪で垂れ目の男子生徒。よくよく見ると顔立ちは整っているが、それよりも先にぼんやりとした感じの無気力さが目につく。

 

 見間違えるはずもない。あれは2人の待ち人であり、少女の想い人でもあり、そしてこの世界の主人公たる少年。

 

 少女は頬が緩むのを必死に抑えた。

 

 彼にとって自分は、前に一度海で会っただけの人間なのである。怪しまれるような行為は慎むべきだ。

 

「驚いたわ。久しぶりやね、綾小路(あやのこうじ)清隆(きよたか)くん」

 

「……『キーくん』って呼ぶんじゃなかったの? ってか久しぶりって、会ったことあるの!?」

 

 ツッコミを華麗に無視した少女は、心からの笑みを浮かべる。

 

 一方。バス停到着早々、唐突にフルネームで呼ばれた男子生徒はというと、不思議そうに首を傾げていた。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 輪廻転生。あるいは、リインカーネーション。

 

 オカルトというものが科学にほぼ置き換わっている現代においても、前世の記憶があると主張する人間は決して少なくない。嘘か真か、彼らが語る前世と整合する事実が発見されたこともあるという。

 

 五百扇(いおぎ)祇季(しき)はおそらくその1人であり、彼女には前世の記憶があった。

 

 成長していくうちに、まるでバターがパンに染み込んでいくように、ゆっくりとじんわりと記憶が蘇ってきたのだ。

 

 そして、その記憶を照らし合わせていくと、驚くべきことが判明した。

 

 ──ここ、よう実の世界やんけ! 

 

 東京にある、高度育成高等学校。さらに高円寺コンツェルン、及び高円寺(こうえんじ)六助(ろくすけ)の存在。ここから、祇季(しき)は自らが生きているのはたぶんきっと『ようこそ実力至上主義の教室へ』の世界であると認識した。

 

 この小説の中に世界の命運を懸けた争いなどは存在しない。高度育成高等学校という閉鎖的な環境を舞台に生徒たちが熾烈な争いを繰り広げ、Aクラスで卒業した者、つまり勝者のみが彼らの望む進学やら就職先を保障されるという、言ってみれば蠱毒みたいな学校の話である。

 

 主人公が何かしなければ世界が滅びるということもないし、前世の記憶を無視して普通に生活するのは容易い。

 

 ただ。彼女は思った。

 

 ──どうせなら、高度育成高等学校に通いたい! 綾小路くんの活躍をこの目で見たい! 

 

 単なるミーハー精神であった。もちろん、祇季のほうにも言い分はある。

 

 人は平等であるか否か。『ようこそ実力至上主義の教室へ』において主人公の綾小路清隆が冒頭で出す問いである。実力とは何か、平等とは何かというのはこの小説のテーマであり、綾小路が追い求めているものだろう。

 

 祇季の答えは簡単だ。平等ではない、だけど平等であって欲しい。特に、あること……すなわち、恋愛においては! 

 

 催眠だの洗脳だのを除けば、人の心というものはどうにもできないに違いない。だからこそ。

 

 ──ウチはこの『実力至上主義の教室』で、恋愛こそ至上と叫びたい。主にこの世界の主人公である綾小路くんに!! 

 

 そういうことだった。

 

 

 

 ここで、問題点が幾つかある。最大の問題と言えるのは、高度育成高等学校が入試成績で合否を判定しないというふざけた仕組みを採用していることだろう。

 

 あの学校は、なんと事前に作成される入学者リストに名前が載っていなければ、あとは理事長が強引に入学を許可するという方法でしか入ることができないのだ(実際、綾小路たちホワイトルーム生は後者の方法で入学している)。

 

 さらに、本人がこの入学者リストを確認する(すべ)はない。つまり蓋を開けるまで自分が合格できるかは一切不明なのである。

 

 祇季(しき)は考えた。考えに考え抜いた。そして出した結論がこれだ。

 

 ──松雄(まつお)さんを上手く使おう。

 

 綾小路清隆がホワイトルーム、正確には綾小路(父)の家から逃げおおせたのはこの松雄という男が手引きしたという理由があった。

 

 松雄の勧めによって綾小路は高度育成高等学校に願書を送り、それが坂柳理事長の目に止まったことで入学を果たしたのである。

 

 ならば自分も、坂柳理事長に入学の許可を出してもらえばいい。松雄の息子の栄一郎(えいいちろう)とでも一緒に「綾小路(父)から狙われそうなんで助けてほしいっす」と懇願すればいいだろう。綾小路(父)をよく知る坂柳理事長からすればとても説得力のある話だ。

 

 祇季(しき)は努力した。頑張って松雄栄一郎を探した。

 

 その結果。才能ある彼のことだから様々なコンクールで賞を取っているに違いないという読みが当たり、彼と七瀬(ななせ)(つばさ)と同じ習い事の教室に通うことに成功したのだ。

 

 彼らとさほど家が離れていないという好都合な事実も判明したので、祇季はとりあえず神様とか仏様とか森羅万象に感謝を捧げた。この際、家で歓喜のダンスを披露したせいで父親からは「何してんの?」とツッコまれたが。祇季たちは都内在住なものの父は関西出身であり、おかげで彼女にもその口調が感染(うつ)っているのだ。

 

 高校で綾小路と恋愛頭脳戦を繰り広げる予定の祇季は、「方言女子は……ヒロインの中にはいなかったし……ポイント高いんちゃう!?」という根拠のない自信が湧いたため、今もなお関西弁を貫いている。

 

 

 

「翼ちゃん、栄一郎、今日遊ばへん?」

 

「はい、もちろんです!」

 

「ま、翼がいいならボクはいいけど」

 

 前世の記憶というアドバンテージのある祇季にとって、同年代の子どもと仲良くなるのは簡単なことだ。

 

 七瀬翼はワンコ系後輩女子、という感じの礼儀正しく努力家な少女。幼稚園から彼女と一緒に過ごす幼馴染みである松雄栄一郎は、母親が亡くなっているためかオカン系ツンデレ男子、という感じのこれまた努力家な少年だった。

 

 努力家にサンドイッチされた祇季は自らもわりと励んだ。高度育成高等学校に入学できた場合、あんまりスペックが低い生徒は切り捨てられる可能性も出てくるのである。

 

 時々、無自覚なイチャイチャにより2人だけの世界に入る彼らを寂しそうに眺めながらも、祇季は順調に仲を深めていった。

 

 ここで欠かせないのが、松雄(父)との繋がりを作ることだ。生まれた時からホワイトルームで生活する綾小路の情報を得られる可能性があるのは彼くらいしかいない。まあ、雇い主の息子のことを話してくれるかはかなり怪しいところであるが。

 

 非常に面倒見も愛想も良い松雄(父)は、祇季(しき)に対してももちろん優しく接してくれた。どんな子どもにも好かれる彼のことを祇季もまた慕う。こうなると、彼の自殺を防ぎたくなるのは自然なことだろう。

 

 原作で松雄(父)を追い詰めた一番の要因は、息子の栄一郎までもが綾小路(父)の毒牙にかかったことだ。

 

 ──なら、やっぱ綾小路(父)の手の届かない高度育成高等学校に栄一郎と一緒に逃げ込んだらええ。

 

 祇季は固く固く決意した。

 

 松雄(父)が綾小路を逃さなければいいのでは、ということも少しは考えた。しかし、そこを変えるには転生や前世の記憶という荒唐無稽な話をする必要があるのだ。いくら信頼している相手に対してであっても、この秘密を明かさなくてはいけないというのは躊躇ってしまう。

 

 加えて、話を信じてもらえたとしても松雄(父)の意思を変えることが出来るかは分からない。彼が何故、どうやって綾小路を逃がしたのか、その詳細すら祇季は知らないのだ。

 

 それに、生き地獄を味わわせるためなのか綾小路(父)は殺し屋を雇う、とかそういった直接的な攻撃手段には及んでいなかった。

 

 松雄(父)には綾小路を逃してもらい、栄一郎は高度育成高等学校にて保護することで生きる希望を失わないでもらう。これが、祇季が長年悩んだ末に出した最適解だった。

 

 

 

 

 

 中3の時、ホワイトルームの停止期間中。高度育成高等学校の入学前に綾小路と出会えたのは運が良かったからとしか言いようがない。

 

 待機命令を出されている綾小路の執事となった松雄は、僅かな時間ではあるものの彼を外に出す機会をもぎ取ったらしく、「この近くで良い景色の場所はないか」とさり気なく聞いてきたのだ。

 

 祇季は、美しい海の見える場所をそれはもう熱心にプレゼンした。そしてそこへ毎日通った。

 

 原作には綾小路が『直接海水に触れることはなかったが、海の見える道を歩いた』くらいの描写しかなく、正直な話をすれば分が悪い、悪すぎる賭けだ。

 

「ここの海、綺麗やろ? ウチのお気に入りやねん」

 

「そう……だな」

 

 だから、これは運命の出会いと言っても過言ではないのだろう。お互い名前すら名乗らない、ただの通行人同士の僅かな会話だとしても。

 

 原作の登場人物に会うという経験はとっくのとうに済ませていた祇季(しき)であったが、綾小路を見た瞬間の衝撃は本当に筆舌に尽くしがたいものだった。

 

 よう実のファンだからとか、その主人公である綾小路のファンでもあるからとか。そんな理由も含まれているに違いない。だけど、それ以上に。

 

 ──なんて格好良うて、なんて無機質で、なんて綺麗な人なんやろう。

 

 彼が人生で初めて見るこの海に何の感情も抱いていないことを、原作を読んだ祇季はよく知っている。

 

 だが。

 

 海を眺める、彼の横顔から目を離すことができなかった。暗いその瞳に、自分の姿を映したいと強く強く思った。何気ない仕草も、そっけない言動も。全てが愛おしかった。

 

 読者であった記憶を持っていることからすれば、惚れ直したと表現するほうが的確なのかもしれない。

 

 まあ、ともかく。祇季(しき)は、初めて一目惚れという言葉の意味を理解した。

 

 

 

 

 それからの彼女の行動は実にシンプルだ。

 

 有名私立高校を志望する栄一郎にすがりつき、教育費等は政府が全額を負担してくれる(真実、ただし退学率高し)だとか進学率・就職率100%(Aクラスのみという大嘘)だとかつらつらと謳い文句を並べ、どうにか一緒の学校に行ってはくれないかと拝み倒した。

 

 松雄親子の命が懸かっているのだから、そりゃもう必死である。必死過ぎてドン引きされたほどだ。

 

 優しい父によく似て、ツンデレながらも優しい栄一郎は度重なる祇季(しき)の説得に折れたようで高度育成高等学校を第一志望としてくれた。1つ年下の七瀬翼までもが志望校を変更したのは誤算だったが、栄一郎と幼稚園から中学までずっと一緒の彼女が高校も同じがいいと思うのはごく自然なことなのかもしれない。

 

 栄一郎と2人で入学願書を送った後、祇季はある行動に出た。高度育成高等学校の事務室に電話して、坂柳理事長まで取り次いでもらったのだ。本来ならばいち受験生から理事長への連絡なんてのはお断りされただろう。しかし祇季(しき)は『白い部屋についてお話があります、と伝えていただければ……』という怪しいムーブをかましたのである。

 

 綾小路清隆、そして松雄親子の状況を説明し、どうにか自分たちを入学させて欲しいと懇願した彼女のことを坂柳理事長がどう思ったのかは分からない。彼は一応は綾小路の味方のようだが、絶対的な庇護者というわけでもないのだ。

 

 あの坂柳有栖の父なだけあって切れ者感を漂わせる理事長に若干怯えつつ、祇季は前世の記憶を隠して頑張って窮状を説明し。幸いにも、色よい返事がもらえた。

 

 そして、仕事の出来る坂柳理事長はきっちりやってくれたらしい。

 

「合格! 合格した、2人とも!」

 

「うるさいよ、祇季」

 

「わぁ、栄一郎くんも祇季さんもおめでとうございます!!」

 

 お飾りの面接と筆記試験を一応真面目にこなしてから数日後。あるものが届いた。

 

 高度育成高等学校からの合格通知が、2通。それを見た七瀬はまるで自分のことのように喜んでくれていた。何だかんだ言いつつ、栄一郎の顔にも喜色が滲んでいる。

 

 子どもたちがはしゃぐ中で、松雄(父)だけは嬉しいような悲しいような複雑な表情になっていたのが印象的だった。

 

 七瀬を家に帰した後。大切な話がある、と松雄(父)は栄一郎と祇季に述べた。

 

 話されたのは、自分の雇い主の息子である綾小路清隆も同じ高校に入学するということ。そして彼が利用する予定のバス停を教えるから一緒に学校まで行って、出来れば仲良くしてあげて欲しいということ(世間知らずな子でありバスに乗ったこともないので心配だと説明された)。

 

 もちろん、と力強く頷いた祇季(しき)はさらに言葉を続ける。

 

綾小路(あやのこうじ)清隆(きよたか)くん……よし、鷹の鳴き声は『キー』だしキーくんって呼ぼ」

 

「その鳴き声、某忍者漫画の影響を受けまくってるだろ」

 

 軽口を叩きながらもとりあえず承諾した2人に、松雄(父)はいつも通りの温かな笑顔を浮かべていた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

「────ってな感じで、ウチと栄一郎は松雄さんからキーくんのことを聞いてたんや」

 

 乗車したバスの中で、祇季(しき)は綾小路に自分たちの経歴や今回の経緯を説明した。

 

「まさか前に海で会ぉた人と、『綾小路清隆』が同一人物とは思うてへんかったけど」

 

 もちろん、前世の記憶のことは告げない。海の見える道を一緒に歩いたのはあくまでも偶然と言い張る所存である。

 

「なるほどね。『久しぶり』ってのはそういうことだったのか」

 

 一度は席についたものの、お婆さんにそれを譲った栄一郎が「やっと理解できた」と言うように頷いた。

 

 綾小路と祇季が並んで座り、栄一郎のみが立っている状態ではあるが、祇季はこのベストポジションを代わってやる気はこれっぽっちもない。

 

 得た情報を整理している綾小路に、祇季はにっこりと微笑みながら言い放った。

 

「つまりウチの一目惚れの相手がキーくんってこと。覚えといてな」

 

 

 


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