ようこそ恋愛至上主義の教室へ   作:ルブラン

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松雄親子、アニメで登場するかなと思いきや軽い説明のみでしたね……。





教師は真っ黒

 

 Dクラス担任、茶柱(ちゃばしら)佐枝(さえ)の話はおおむね原作と同じように始まり、そして終了した。大きな違いといえば学生証がカードではなく携帯と一体化した『学生証端末』であった点だろうか。

 

 校舎に着いた際、綾小路清隆、五百扇(いおぎ)祇季(しき)、松雄栄一郎の3人は教員から所属がDクラスであることと教室の場所を告げられるとともに、この端末を手渡されていた。その操作方法の説明を茶柱が行った形だ。アニメの設定と原作の設定が混じりあっていることへの驚き、と言うよりは全てが現実のものとなった以上は差異が現れるのも当然なのだという実感が湧いてくる。

 

 綾小路と同じクラスであることをそれはもう心から喜んだ祇季(しき)であったが、同時に栄一郎がDクラス行きになることのおかしさも感じていた。クラス分けの明確な基準を彼女は知らないものの、栄一郎は普通に考えれば優秀な人材の集められるAクラスにふさわしい生徒である。

 

(たぶん、理事長の差し金やな)

 

 祇季のこの予想が確信へと至ったのは自分たちのネームプレートを発見した時だった。40ずつの机と椅子が並ぶ教室、そこの窓際近くの最後尾2列。【綾小路】の隣が【堀北】、その後ろに【五百扇】、【松雄】の文字が並んでいる。

 

 偶然、と片付けるには出来すぎた話だ。

 

 原作において、屋上で囚われの身となった軽井沢を助けに行く前。Dクラスの担任である茶柱は、入学直前に坂柳理事長と綾小路について話し合って『この学校に愛着を持たせ、居続けることを望むように仕向けたい』という結論を出したのだと明かしている。

 

 ある種の共通認識を抱ける祇季と栄一郎は綾小路の友人としてうってつけの存在だろう。もしかしたら堀北が彼の隣の席であるのも、彼女を通じて生徒会長に接触することを見越しての配置なのかもしれない。

 

 ともあれ、教室でも綾小路の側に1年間いられるというのは、祇季(しき)にこの上ない幸福感をもたらした。

 

 にへら、とだらしなく頬を緩ませる少女に栄一郎は容赦なく言い放つ。

 

祇季(しき)、不審者じみた顔はやめてくれ」

 

「どないな顔やそれは!」

 

 言い争いに発展しそうな2人をまあまあとなだめる綾小路。3人の関係性はおおよそ確定したも同然だった。

 

 Sシステムの一部の説明を受け、10万ポイントという大金の支給に皆が浮き足立つ中。颯爽と手を挙げた男子生徒──平田(ひらた)洋介(ようすけ)が自己紹介を提案する。

 

 須藤(すどう)(けん)堀北(ほりきた)鈴音(すずね)など離脱した人たちもいたが、ほとんどの生徒が快く参加している光景に、祇季は本当に物語が始まったのだという奇妙な実感を抱いていた。

 

 綾小路の見事に失敗した自己紹介の直後、祇季の番が回ってくる。

 

「ウチは五百扇(いおぎ)祇季(しき)。趣味は音楽を聴くこと。演奏する方も好きやけどね。好きな食べもんは筑前煮とか。どうぞよろしく」

 

 よろしく、という声と拍手とがそこかしこから上がる。好感触と言っていい具合だろう。前の方の席で「方言女子……!」とガッツポーズしてるのは後に博士とあだ名をつけられる生徒だったか。彼のイチオシは博多弁女子で2位が関西弁だったような、と無駄な知識を祇季は思い浮かべていた。

 

 と、そのうちにガタリと立ち上がる音がする。

 

「ボクの名前は松雄(まつお)栄一郎(えいいちろう)。趣味は……色々とあるけど、料理が特に好きかな。隣に座ってる祇季(しき)とは一応、幼少期からの付き合いです。まだ部活とかは考えてないから、おすすめがあれば教えてもらえると嬉しいな。では3年間よろしくお願いします」

 

 こちらも無難に迎えられ、やがて最後の自己紹介が終わるとさっそく連絡先交換会が幕を開ける。化け物級のコミュ力を持つ美少女・櫛田(くしだ)桔梗(ききょう)ほどではないにしろ連絡帳をそこそこ埋めた祇季たちは共に入学式の場、体育館へと足を運んだ。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 お偉いさんやらの長ったらしい話を聞き流し、敷地内の説明を受けた新入生たちは、これから午後はもう自由時間になると伝えられる。カフェやカラオケに行こうと盛り上がっている生徒もいるが、ほとんどの生徒は寮へ向かうようだ。

 

 祇季(しき)たちはというと、道中のコンビニに寄ろうとしていた。理由は単純、綾小路が強い関心を示していたからである。

 

 祇季は当然彼の望むままに動こうとするし、栄一郎としても「コンビニに行ったことがない」との箱入り息子ぶりを見せつけられてしまえば異論など出せるはずもない。

 

「おや」

 

 軽快なメロディとともに入店した3人の目の前に現れたのは、夜闇を溶かしたような長く美しい黒髪の少女。自己紹介の時は立ち去っていたし、教室で一言も発していない彼女に対しての綾小路と栄一郎の印象は同じバスに乗っていたということと席が近いというものくらいだろう。

 

 しかし祇季にとっては非常に親近感のある相手だ。

 

「堀北さん、こんにちは」

 

 名を呼ばれてようやくクラスメイトだと認識したらしい。堀北は商品棚から祇季たちのほうへと視線を移す。

 

「……私に話しかけるなんて物好きね、あなたも。何か用?」

 

「ご近所さんやのに挨拶してへんなと思って。申し遅れました、ウチは五百扇(いおぎ)祇季(しき)言います」

 

 便乗した栄一郎と綾小路も名を告げると、堀北は呆れた顔をしつつもきちんと名乗り返した。流石にここで無視することまではしないようだ。

 

 それで話は終わり、と言うように再び商品の確認に戻る。シャンプーや洗顔料といった日用品を選ぶ彼女が迷わず籠に入れているのはどれも安価なものばかり。

 

「安いもん買うならスーパーのほうがええんちゃう?」

 

「大抵の人がそう考えるでしょうね。だから初日の今日は混み合う。わざわざそこに行くくらいなら、コンビニで買ったほうがマシよ。多少高くとも必要経費と思えるもの」

 

 なるほど、と祇季(しき)が納得している間に堀北はさっさとレジへ向かっていた。完全に孤高の人、という感じである。こちらが大人数なのが悪かったのかもしれない。無理に接触しようとしても嫌がられるだけだろうし一人の時にまた話しかけよう、と祇季は決意した。

 

 昼食を購入する人も多いらしく、レジ前はやや混みあっている。

 

「あの人もクラスメイトだったね、確か」

 

「ああ。自己紹介で真っ先に出て行ったヤツだったな」

 

 レジでは赤髪の生徒、須藤が買い物を済ませていた。荒っぽい動作で学生証端末を機械にかざしている。会計が終わったらしくズカズカと店外へ歩くその姿を3人はつい目で追ってしまう。

 

 原作では、彼は学生証を忘れ綾小路からポイントを借りていた。また、少し変化が生じている。

 

「しかし、カップ麺か。こんなに種類があるんだな。コンビニでこれってことはスーパーだともっとか?」

 

 須藤の購入したカップ麺が気になったのか、綾小路がインスタント食品の棚に手を伸ばす。

 

「そうだね。でもコンビニ限定の商品とかもあるから一概には言えないかもな。まあ、スーパーのほうが安いのは確かだよ」

 

「商品価格は外と同じか?」

 

「全く同じだ。1ポイントにつき1円の価値があると先生が仰っていたのは真実みたいだね」

 

「しかし、そうなるとやはり不可解だな。これだけの大金を持たせる学校側のメリットは何だ」

 

 話しながら、彼らはコンビニの隅を見やる。無料、ただし1ヶ月3点までと書かれているそのワゴンには食料品や生活用品が詰められていた。

 

「学校側は生徒が10万円を使い切ることを想定している?」

 

「それだけサービスが行き届いているともとれるが」

 

「状況は常に最悪を想定すべきだとボクは思うね。ポイントがただお金の役割を果たすだけではないとして、生活費での消耗以外にも何らかの出費を迫られる可能性が高い。とりあえず極力節約しておくべきなのは間違いないだろう」

 

 頭脳派2人が揃うとすらすらと推測が出てくるようで、正解を知っている祇季(しき)としては口を挟まずにいることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 コンビニの前に散乱しているカップ麺の残骸を片付け、ケヤキモールへ移動し昼食をとった後、スーパーやらを見て回った祇季(しき)たちが寮にたどり着いたのは午後3時をすぎた頃だった。

 

 この高度育成高等学校では学年ごとに寮が分かれており、男女は低層と高層とに分けられている。1階フロントの管理人から3人まとめて軽い説明を受けると、カードキーとマニュアルが渡された。エレベーターに乗って各々(おのおの)の部屋へ向かう。

 

 自室の確認や荷ほどきなどをした祇季たちは、時間を置いてから栄一郎の部屋に集合していた。

 

「ええ匂いやね」

 

「料理が趣味とは言っていたが、お菓子作りまで出来るなんてすごいな」

 

「うん、栄一郎の作るお菓子はほんまに美味しいんよ」

 

 自炊。それは定番の節約方法であり、同時に一般高校生には少し辛いものだ。しかし栄一郎においては全くその限りではなく、2人はそのおこぼれにあずかろうとしていた。

 

 と、同時に祇季(しき)には別の目的もある。よし、と心の中で覚悟を決め、そっと綾小路の手を握り素早くもお淑やかな動きでグッと距離を縮めた。

 

「さて、実はキーくんにお話があります」

 

 じっと上目遣いで覗き込む仕草に、照れたように軽く顔を背ける綾小路の姿はまさに年相応の反応だろう。その心にどんな魔物が巣食っているかを原作知識というチートでもって知っている祇季にも、ただとてつもなく格好良い男子高校生に見える。いや、惚れた欲目で判定がぐっでぐでに甘くなっている可能性は否定しきれないが。

 

「ウチはバスでも言った通り、キーくんが好きです。アイラブユーです。ジュテームです」

 

「あ、ああ……」

 

 あまりにも熱烈で真っ直ぐな告白に戸惑うように綾小路は頬を掻いた。

 

「そこで──ん、ちょい待ってな」

 

 祇季(しき)はパッと彼から離れ、自室から持ってきたパソコンを操作する。どの部屋にも備え付けられているので栄一郎のパソコンを使用しても良かったのだが、手早くするためにと運んできたのだ。

 

 そして保存してあるファイルを開くと、画面を綾小路のほうへと向けた。

 

 

 

 

 

 

今のうちに女子と付き合う10のメリット

 

 

高度育成高等学校1年Dクラス 五百扇祇季
  

 

 

 

 

 表示されているのはパワポ。これが、祇季(しき)の出した結論だった。すなわち、綾小路と交際するには、パワポでそのメリットを論理的に説明する必要がある、と。彼女はこの時のためにプレゼンの構想を予め練っていた。無駄に準備のいい女である。

 

「……これ、いつ作ったんだ?」

 

「ついさっき。だからできたてほやほやです。ちょっと荒いとこもあるけど見逃してな」

 

 原稿は頭にあったとはいえ、突貫作業のやっつけ仕事感は否めない。あとはプレゼン力でカバーする必要があるだろう。

 

 コホン、と咳払いを一つ。

 

「それでは、発表を始めさせていただきます」

 

 祇季(しき)はとりあえず堂々と宣言した。

 

「まず最初に挙げられる点として────」

 

 彼女は語った。最近の高校生の恋愛事情について、グラフなども使って。

 

 何となくお試しで付き合ってみる、というケースも決して少なくないこと。交際することで祇季が綾小路に与えられる経験や知識、さらに栄一郎には可愛い幼馴染がいるので2人が付き合ったとしても全然気にしないことなど、とにかくいっぱい喋った。

 

 途中でお茶を出しに来た栄一郎がドン引きする程度には熱弁をふるっていた。

 

「────以上になります」

 

 ふぅ、と息を吐き、カップに口をつける。お茶を飲みながらもちらちらと綾小路の顔色をうかがう祇季(しき)の心境は、さながら判決を待つ被告人のようだった。

 

 もちろん、一度や二度振られたくらいで祇季が諦めることはない。でも、だからといって振られたいわけではない。イエスかノーか、あるいは保留とかだったりするのか。ドキドキと祇季の心臓は早鐘を打つ。

 

 緊迫した空気が部屋に漂う。そんな中、栄一郎は「なんでボクの部屋でこんなことやってるんだ……?」と当然すぎる疑問を口にしていた。

 

「そうだな」

 

 無感情な声で無表情のまま、綾小路が続ける。

 

「オレなんかでよければ」

 

「『なんか』!? キーくんは『なんか』やないし唯一無二やし…………って、え、そ、それは付き合ぉてくれるってことで間違いない? 返品不可やで?」

 

 興奮してよく分からないことを口走る祇季(しき)に対し、綾小路はどこまでも冷静に告げた。

 

「ああ。オレも、お前を好きになりたいと思っている。今はまだ知り合ったばかりだが────恋愛というものを、五百扇(いおぎ)祇季、お前に教えてほしいと」

 

 真剣な目で見つめられた祇季は湯気が出そうなくらい顔を真っ赤にし、あうあうと鳴き声を漏らしながらも確かに頷いた。

 

 幼馴染の初めて見る様子に驚きつつ、栄一郎が口を開く。

 

「本当にいいのかい清隆。こんなへんてこなことをするような奴で。気を使って、というのならお互いのためにもあまりいい選択じゃない」

 

「気を使ってなんかないぞ。それに、理路整然としたいいプレゼンだったしな」

 

「んんっ、告白の評価として普通じゃないんだけど」

 

 いやまぁそれでいいならボクとしても嬉しくはあるけどね、とぶつぶつ言いながらも栄一郎は幼馴染の恋愛の成就と新たなカップルの誕生を祝福した。

 

 ぐっと握りこぶしを作って、祇季は綾小路に向き直る。

 

「う、ウチ、絶対キーくんを幸せにするから!」

 

 ヒーロー側の定番の台詞だった。しかしそこは綾小路も上手く応える。

 

「オレも祇季(しき)と2人で幸せになれるよう、努力しよう」

 

 チリリリ、と菓子の出来上がりを知らせる音が、まるで誓いの鐘のように鳴り響く。

 

 栄一郎がキッチンへと向かい、再び2人きりになった空間で、祇季はじりじりと綾小路ににじり寄りつつ考えた。

 

 ──せやけどやっぱかっこええな、キーくんは。

 

 祇季は理解していた。綾小路は、あくまでも平凡な高校生として振る舞うために告白を受け入れたのだと。そこには一匙の甘さも無い。

 

 利用対象とまでは思われていないにしても、恋愛対象になどなっていない。少なくとも今はそう断言できる。

 

 それでもいいからと願ったのは自分。だから不満など欠片もない。

 

 でも、現状に甘んじる気もまたないのだ。

 

「恋愛至上主義」

 

 ポツリ、と祇季(しき)が呟く。

 

「ん?」

 

「ウチの信条やねん」

 

 満面の笑みの祇季は、されど小悪魔チックなコケティッシュさも滲ませていた。

 

「そうか、なら覚えておく」

 

 その本当の意味を綾小路が知る日が果たして訪れるかは、まだ誰にも分からない。

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