ようこそ恋愛至上主義の教室へ   作:ルブラン

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嘘は真っ赤っか

「お前から話がしたい、とはな。悩み事か?」

 

 ゆるゆると頭を振り、否定される。

 

「大丈夫ですよ、茶柱先生」

 

 五百扇祇季(しき)は諭すように告げた。こちらが教師で、あちらが生徒だというのに。

 

「Aクラスに上がるにはこのままでも十分です。松雄栄一郎という存在もいますし」

 

 関西弁でない、のんびりとした言葉。だが違和感が拭いきれないのはそこではなく時期だろう。まだ4月。学校の仕組みを明かしていないのに、Aクラスが最上位クラスであることをこの生徒は見抜いている。

 

「……それが、何だ?」

 

 にっこりと、彼女は茶柱に答えた。

 

「こっちの邪魔はせんといてください、ってことです」

 

 それきり、生徒指導室は静寂に包まれる。カラカラと扉の開け閉めの音のみが響いた。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 5月の初日のDクラスは非常に混乱したまま、放課後を迎える。軽井沢からのポイント貸して攻撃を受けた祇季は、これが彼女の立場の確認と強化を意味していることを知っている以上、返されないとは分かっていても快く承諾した。少し前から平田と付き合ったことで、彼女も安定してきたと判断してホッとする。横柄と言える態度も、壮絶ないじめを受けてきたという知識のある祇季は注意する気になれなかった。

 

「それじゃ、対策会議を始めようと思う。何か意見のある人はいるかな?」

 

 ポイントを増やすためにどうしていくべきかについて、平田の開いた話し合いには堀北や須藤など男女数人を除けば概ね参加している。私語や遅刻をやめるという当たり前の事柄に皆同意したものの、ここにはいない須藤こそが態度を改める必要があることは全員が理解していた。

 

「勉強会をすべきだろう。テストで良い点を取れば、クラスポイントも増える可能性は十分にあるしね。あとは部活動でもポイントが増えたりするのかな? ボクは入っていないから、分からないけど」

 

「確かにそれはそうだね。サッカー部の先輩に聞いてみるよ」

 

 他にも、小テストの上位メンバーで勉強会を開催しようと話が進んでいく。そんな中、祇季(しき)は口を開いた。

 

「ちょっとええか?」

 

 平田が頷いたので、続ける。

 

「須藤くんとかについては誰か個別で教えたほうがええ思て。ウチで良ければ、と」

 

「彼の調子だと勉強会に参加してくれると楽観視するのは厳しい、ということか。うん、提案してくれてありがとう五百扇さん。助かるよ」

 

「なら、私もいいかな? 五百扇さん一人だとたいへんだと思うし」

 

 櫛田も加わり、問題児の対処はこの2人に任せるということがクラスの総意として決まった。点数的にはもっと高い人材もいるが、彼女たちも決して低くはなかったし、文句のつけようはない。

 

 栄一郎はクラスの勉強会のことを平田と相談するらしいので、別れる。祇季(しき)は櫛田と、そして嬉しいことに当たり前のように居てくれる綾小路との3人で寮までの道を歩くことになった。

 

「まずは須藤くんを誘うところから、だよね」

 

「せやな」

 

 祇季の狙いは単純だ。今の櫛田と堀北は互いに近づくことでストレスを感じている。ならば離せばいいのだ、というだけ。須藤たちと堀北が勉強会をしないことで彼らの友好関係は築けないが、そのあたりは仕方ないだろう。同じクラスであるのだから、また機会はいくらでもある。

 

 櫛田が堀北と仲良くなりたいのであれば、一旦引いてみるべきだと祇季は思う。このあと堀北が櫛田の重要性を理解出来るようになれば、彼女のほうから近づいてくるのだから。

 

「よし、とりあえずメールは送ってみたよ。あ、そういえば綾小路くんも手伝ってくれるってことかな?」

 

「ああ。2人の役に立てるかは分からないが、クラスの勉強会に参加しなくても大丈夫な成績とは思っている」

 

「そっか、心強いね。もしかして彼氏として彼女に他の男が近づくのが嫌だったり?」

 

「それもあるかもな」

 

「く、櫛田さん、あんまからかわんといて」

 

 祇季(しき)の顔は途端に真っ赤になった。クスクスと笑った櫛田はごめんとペロッと舌を出す。可愛らしい仕草に祇季は許す以外の回答を持てなかった。

 

「わりと好感触みたい。そうだ、こっちも3人いるし池くんと山内くんを誘えばもっと来やすくなるかな?」

 

「ええ思う。ありがとう櫛田さん」

 

 いえいえ、と言いながら櫛田が端末を操作する。仲良くなれるチャンスとみたのだろう、彼らからはあっさりOKが出たようで、須藤の気持ちもかなり傾いているらしかった。

 

「そういえば、なんだけど」

 

 少し言いづらそうに櫛田が切り出す。端末をしまい、真っ直ぐと目をこちらに向けてきた。

 

「五百扇さんってもしかして、この状況を予測してた?」

 

「状況?」

 

「クラスポイントのこととか。じゃないとあんなこと言えないんじゃないかって思っちゃって」

 

 堀北と仲良くしたいなら来月のほうがいい。そう言った祇季のアドバイスに櫛田も従ったようで、彼女を遊びなどに誘う回数は激減していた。

 

「栄一郎が、な」

 

 それで察したらしく、櫛田はなるほどと頷く。彼の優秀さは既にクラスの誰もが知るところだ。

 

「それに押してダメなら引いてみろってよく言うやろ? 冷却期間おいたほうが上手くいくんちゃうかって」

 

 綾小路に対して押せ押せ状態だった祇季が言うとあまり説得力はないのだが、彼はとくに突っ込まなかった。代わりに別のことを喋る。

 

「赤点は即退学だし、とりあえず勉強が優先だな。その点堀北は全く問題ないだろう」

 

 櫛田が勉強会に時間を取られれば堀北と接触する時間も少なくなる、と。綾小路は自分の意図を理解しているのかも知れないと祇季は思った。頭脳レベルが違うのだと実感するとともに、そんな優秀さも愛おしくなる。祇季は恋に盲目だった。

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 早期解決というのが一番手っ取り早いのだと、祇季は考えている。

 

 昨日の勉強会では、沖谷という華奢でショートボブの青い髪をした男子生徒も追加されたが、無事成功に終わった。お喋りもしたりしながら、少しづつ勉強の習慣を身につけていく。櫛田の苦労も大きいものの、Dクラス問題児筆頭の男子3人が授業中大人しくなったことで評価も鰻上りなので、差し引きプラスだろう。

 

「佐倉さん、ちょっと今日これから時間ある?」

 

「あ、あの、いえ……その……」

 

 ビクビクしている彼女に罪悪感を抱きつつ、祇季(しき)はある画面を取り出した。グラビアアイドル雫のブログ。それを見た佐倉は泣きそうなほどに驚いている。

 

「時間、ある?」

 

 佐倉はコクコクと激しく首を振った。第一段階はこれでクリアだ。

 

 他の人には聞かれたくないだろうと、2人は人気のない屋上に来ていた。放課後には勉強会があるものの開始までまだ時間はある。

 

「たまたま見かけた時には何となく似てるかなって程度やったけど、最近アップされた写真に寮の部屋っぽいのが写ってたやろ? それで佐倉さんで間違いない思たんや」

 

「そう……でしたか」

 

 観念したように、佐倉はポツリポツリと自身の事情を語った。祇季はそれに感謝しながらも、ある箇所を指さす。

 

【運命って言葉を信じる? 僕は信じるよ。これからはずっと一緒だね】

 

 ブログへの書き込みは何件もなされていた。スクロールしていくとその粘着ぶりがよくわかる。

 

「これ、特定されたん? もしかしてやけど、校内の誰かに」

 

「はい……たぶん、家電量販店の……」

 

 入学直後、カメラを買いに行った際ある男性店員にすごくまとわりつかれたのだという。ただ証拠もないし、誰にも言い出せずに黙っていたようだ。

 

 怪しいからというだけで罪には問えない。祇季(しき)が出来ることといえば、佐倉が出かける時に不安にならないよう一緒に歩いてあげるとかそのくらいだ。しかしこういう場合にやれることも知っている。

 

「茶柱先生に相談しよ。学校側も、佐倉さんが芸能活動してたってことは分かっとるんやろ?」

 

「で、でも、これは────」

「頼れる時に大人を頼っとくべきや。何かあってからでは遅いし」

 

 渋る佐倉を説得して茶柱に話すと、彼女は「あんなことを言っておきながら……」と呆れ顔を祇季に向けながらも真摯に対応してくれた。

 

 ありがとうございますと礼をすると顔がひきつっていたのは、きっと気の所為だろう。祇季はふてぶてしくそう思った。

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 釘を刺したからか、佐倉の件で忙しかったのか。茶柱がテスト範囲の変更を伝え忘れることもなく、中間テストはクラスで赤点ゼロの好成績と発表された。勉強会も順調に進み、ダメ押しに過去問を櫛田が配ったのだから当然といえば当然か。

 

 そういえば、堀北兄妹の喧嘩イベントも祇季の知らないところで起きていたらしく、綾小路から「真夜中に2人でいたが誤解しないでほしい」と弁明を受けた。堀北のほうも兄と格闘した綾小路に興味を持ったようだったが、原作と違い勉強会の件がないせいかいつも栄一郎か祇季といるせいか仲の進展は見られない。

 

 祇季としては、彼女が綾小路グループに入ってくれるのもいいのではと考え始めている。栄一郎のいるこのDクラスでは、彼を押しのけてリーダーになることはかなり困難に思うのだ。それに、堀北が台頭すると櫛田との関係は完全にこじれる。噛み合わせを上手くしてどうにか2人が仲良くなれないものかというのが悩みの種の一つだ。

 

「乾杯!」

 

 祝勝会が開かれたのは、栄一郎の部屋だった。祇季の提案で本人に許可を取りお菓子なんかも出してもらっているが、この勉強会のメンバーではなかったからということで参加は遠慮している。その好青年ぶりとお菓子の美味しさに流石の須藤たちも彼への悪感情が薄れているようで、祇季(しき)は嬉しかった。

 

 参加メンバーは祇季と櫛田、綾小路、須藤、池、山内、沖谷、そして佐倉。彼女については警戒のためしばらく行動を共にした結果、勉強会にも顔を出してもらっていた。須藤たちのことが怖くてもストーカーよりはマシだったらしい。学校側の働きによりあの店員は転勤になったそうで、こちらも一安心だった。

 

「本当にありがとう、櫛田さん、五百扇さん」

 

 沖谷の言葉に他の面々も続く。何故か綾小路までしれっと教えられた側のような顔をしていて、祇季は軽く笑ってしまった。ちょっとした仕草すら格好良く、愛おしい。

 

「これも皆五百扇さんのおかげだよ。須藤くんと勉強会しようって最初に言ってくれたんだもん」

 

「櫛田さんが居てくれたからこそ、こう上手く出来たんやって」

 

 えへへうふふと2人で互いを褒める台詞を伝え合う。Dクラスの最初の雰囲気とは見違えるほど和やかな空気だった。

 

「それにしても怖かったな中間テスト。もし勉強会がなけりゃ、俺はともかく池と須藤は絶対アウトだったろ」

 

「は? お前だって俺とそんな点数変わらなかっただろ」

 

「いやいや、本気ださなかっただけなんだよ俺は」

 

 クスリと佐倉が笑う。こういう軽口なら面白がれる程度にはリラックスできているようだ。

 

「テストでポイントが増えるかもだし、部活動ではポイントがもらえるらしいし。ここは須藤、がんばれよ!」

 

「ああ、バスケはいつだって全力で取り組むさ。でもよ、なんつーか。こうやってみると勉強も悪くねえって、ちょっとは思えた。ありがとな」

 

 あの須藤がきちんと全体に感謝を述べたと、驚きながらも皆受け止め。楽しい宴は長々と続き、祇季は帰ってきた栄一郎から部屋の散らかり具合を叱られた。

 

 

 

 

 

 

 

 チャイムが鳴り、訪問者の存在を告げる。扉を開けた栄一郎の前に現れたのは綾小路。祇季を部屋まで送ってそのまま帰ったと思っていたのだが、忘れ物だろうか。

 

「話がしたくてな」

 

 こうして2人だけで部屋にというのは、初めてのことだった。重要な話なのかと身構える。

 

祇季(しき)についておまえが知っていることを教えて欲しい」

 

「そう言われても……だいたい清隆が知っている通りだよ?」

 

 唐突な問いかけに栄一郎は困ってしまった。親しいのは事実だが、だからといって相手の情報を詳しく知っているかは別問題だ。

 

「あまりに出来すぎている」

 

 虫を観察するような声で、綾小路が呟く。

 

「Dクラスで平田、櫛田、そしておまえの働きは大きい」

 

「あ、ありがとう?」

 

「しかし祇季の動きも無視できない。須藤をなだめ、佐倉を輪に入れ、堀北ともそつなくコミュニケーションをとる。茶柱先生も最近は彼女に注目していた」

 

「うーん、別にそこまで不自然ではないと感じるよ」

 

 自分の近くで努力する祇季を見てきた身としては、普通のことに思えた。だが綾小路の疑問は解消されないらしい。

 

「何より不可解なのはオレの思考をある程度読んでいることだ。それでいて、オレを通して別の誰かを見ているような感覚もある」

 

「別の誰か、ね。でも祇季の君への想いは本物だと思うけど」

 

「……オレは一目惚れされるような容姿なのか?」

 

「イケメンランキング6位がそう言うのを他に聞かれたらタコ殴りされるよ?」

 

 ちなみに栄一郎は2位である。彼女がいない分、平田より1位上だった。

 

「栄一郎の父親が伝えた情報は、2人が前に話していただけで終わりか?」

 

「ああ。ボクの父だって雇い主のことをそう漏らさないさ」

 

 綾小路が考え込む。そこに、栄一郎は言葉をぶつけた。

 

「確かにボクも、時々あいつの感情が分からなくなる。軽井沢みたいなタイプは嫌うはずなのに、意外と好感持ってたり彼女のフォローをしてたり。でもそれはそれで祇季も考えてるんだろうし、本人がそうしたいなら気にならない」

 

「信用しているんだな」

 

「変な奴だけど良い奴だからね。そこは保証するさ」

 

 これで満足したのか、綾小路は会話を切り上げる。

 

「分かった。オレももっと彼女を理解できるよう努めることにするよ」

 

 応援してる、と栄一郎は声をかけ、玄関まで見送った。部屋は再び彼一人の空間に戻る。

 

「恋人……なんだよなぁ」

 

 栄一郎からしてみればあの2人の関係性のほうがよっぽど謎だった。イチャイチャしている時はしているのだが、それだけではない感じで。ただ自分も恋人がいた経験がない以上、何とも言えないと結論を下さざるを得ないのであった。






オレ
ボク
ウチ

カタカナ一人称三銃士!(松雄栄一郎の口調とかは七瀬の話し方を一応参考にしてます)
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