雨(1)
窓を叩く雨音にコトコトと野菜を煮込んでいた鍋から顔を上げる。今日一日晴れだと言っていた天気予報は外れたようで、すっかり空を覆った黒雲からは大粒の雨が降り注いでいた。
洗濯物は先ほど取り込んだし、買い物も昼頃に済ませてある。問題はないと言いたい所だが玄関の傘立てには今頃学校で部活動に勤しんでいる双子の妹である純の水玉模様の傘がしっかり刺さっていた。つまり、今日唯は傘を持って行っていない。まぁ今日の天気予報の降水確率は0%だったのだから当然と言えば当然だ。
部活が終わる頃には止むだろうかと夕食の準備をしながら空模様を伺っていたがどうやら通り雨どころか本降りらしく部活の終了時間が近づいても止む気配は見られない。
放っておけばあのじゃじゃ馬娘のことだ、間違いなく傘も差さずにダッシュで帰ってくるだろう。いくら家から学校までそう遠くないとはいえこの真冬の季節に雨の中を走らせて風邪でも引かれたら堪らないと傘立てに刺さっている2本の傘を持って家を出ようとし――少し逡巡した後一旦部屋に戻って収納に放り込んであった折り畳み傘を片っ端から手提げに放り込んで学校へと向かう。
15分ほどで辿り着いた道場の扉を薄く開いて覗けば丁度片付けの最中だったらしく部員たちに混じって純もマットやらを片付けるのに忙しそうに動いていた。
「誠?何で休みなのに学校にいるんだ?」
あと15分もすれば終わるだろうと時折壁越しに聞こえてくる鬼主将と名高い女子生徒の喝と激しくなっていく雨音を聞きながら入り口に座り込み待つこと10分。頭上から降ってきた声に顔を上げれば琥珀色の目がこちらを覗き込んでいた。
「そっくりそのまま返すぞ士郎。俺は純の迎えだ」
「ああ、そっか。けど風邪ひいたら大変だし中で待ってたほうがいいんじゃないかって痛ってぇ⁉」
余計なお世話を焼かれる前に眉間を指で思いっきり弾く。思いのほか良いのが入ったようで仰け反って蹲る士郎にため息を吐いた。
「俺の体は俺が一番分かってる。病人扱いはやめろって何回言えば気が済むんだ」
「すみませんでした…」
4か月前、このお人好しの目の前で意識を失って倒れたのが運の尽きと言うべきか。原因不明とはいえとっくに健康体だというのにその日から妙に過保護になったこの男は事あるごとにこちらを気にかけてくる。
純曰く「しろ君も大概だけど儚げなまこ君も悪い」とのことだ。意味が分からない。
「あ、やっぱりまこ君来てた!」
「傘持ってきたぞ」
「ありがとー!今日晴れって言ってたのに急に雨降ってきたから焦ったよ」
制服に着替えて出てきた純に持って来ていた手提げを渡す。雨は来た時よりも勢いを増しており、止みそうにない。
「家にあるの全部持ってきた。持ってない奴らに貸してやれ」
「さっすが気が利くぅ!学校が貸してくれる置き傘も全部持って行かれてみんな困ってたんだ。ちょっと待っててね」
体育館にとんぼ返りする背中を見送って先ほどと同じ場所に腰を下ろす。念のためにと商店街の福引の景品などで貰ったまま使わずじまいだった折り畳み傘をあるだけ全部持って来ていたのだが正解だったようだ。
「相変わらず準備がいいな」
「備えあれば憂いなし、だからな」
しかも降水確率0%だというのにこの大雨だ。純のように傘を持って来てない生徒が大半だろうと見越してのことだったが無駄にならなさそうで何よりだと士郎と雑談を交わしながら帰ってくるのを待っていればすぐに部活仲間を連れて戻ってきた。
「足りたか」
「うん、ばっちり!」
「ありがとう天川君、助かったわ」
「「「ありがとうございます!」」」
「お役に立てたのなら何よりです。じゃあ、俺たちはこれで」
「お先に失礼しまーす!」
空手という競技柄か、純のチームメイトは皆礼儀正しい。主将に続く形できっちり下げられた頭に軽い会釈を返して真っ黒な傘を開く。
半年前に事故で死んだ父親が使っていたもので、かなり大きいため俺たち二人で並んで入ることができる優れものだ。
「じゃあな士郎。傘は月曜にでも返してくれ」
「またねしろ君!」
「え?あ、おい!」
持って来ていたもう一本の水玉模様の傘を士郎に投げ渡して、返される前に早足で体育館を後にする。自分の傘を誰かに貸してしまっていたことに気付いていないと思ったか馬鹿め。純が普段使いしている女物の傘だからデザインは男が使うには若干きついがそこは知ったことじゃない。
濡れずに済むだけありがたいと思え。