第三十四話 尖刀技術 戦闘技術
刹那が巻物の中で闘っている中木乃香もまたあのビルの中にいた。
ロビーにも、階段にも、エレベーターにも倒れ伏している人形の群れの中にポツンと唯ひとり木乃香だけが立っていた。いや、それは語弊がある。正確には木乃香には見えないが確かに真心がどこかにいるはずなのだ。
「相変わらず嫌なもんやな」
「ならば来なければ良いでしょうに」
木乃香の後ろから聞こえる柔らかい声。しかしその柔らかさには温かさは一切ない。
「でもな、此処で逃げたら何にもならんやろう?」
「ええ。ですが平穏だけは守れますよ」
木乃香はそれを聞いて思わず嗤ってしまっていた。
「平穏? うちの何処にそんなものはあるんや? 関西呪術協会の一人娘。さらに極東最大の魔力の保有者。こんな状態で平穏に暮らせる訳が無いやろう?」
「そうですね。訂正させていただきます。
「知らなくてはならない事は知らんとあかん」
笑みを一切変えずに木乃香は後ろから聞こえてくる声に反応して返していく。
「それにな、別に嫌なもんやから避ける必要もないんよ?」
「? それは如何いう意味でしょうか?」
「簡単な事や。粉砕してしまえば良い。せっちゃんを、関西呪術協会の人間を利用して嫌なものも壁となるものもすべて破壊してしまえば良い。違うか?」
「……随分と過激な考えですね」
「過激で悪いんか? そもそも裏の世界はそういった世界や。どうしようもなく暴力でしか解決できない世界。人間では何をしたとしてもどうしようもなく変わらない世界。そう言った世界に生きるんやから」
妖艶な笑いを見せながら木乃香は一直線にとある場所を目指して進んでいく。
その歩みは一切のよどみが無く、しっかりとした足取りだ。
「そういえば、この人形たちは私の一族の罪の証と言っていたよね?」
「……それが如何かしましたか?」
「よくよく考えれば可笑しくないんちゃう?
幾ら私たちの一族が古くからあるからって、こんな高層ビルを埋め尽くすほどの人形の数を殺せるはずがないんよ」
「まあ、そうですね」
「あの人形は私を精神的に追い詰めるために用意したんやろうけど、それだけじゃあの数の説明がつかん。おそらくあれだけの数が無ければならなかったんやろう。だとしたら、何故?」
疑問風に聞いているが木乃香は確信している。何故此処まで人形が用意されているかを。
「此処で複雑に考える必要は一切ないよね。簡潔に考えるとこれだけの数が必要だったという事や。じゃあ、なぜそこまで必要だったんか? 人形が何らかの役割を果たしているからやろ。それが何の役割かは知らん。多分推測になるけどこの人形は催眠をするんやろうね。そこに居るのにいないように見せる。もしくはいないのにいるかのように見せる。違うか」
「……非常に惜しいです。本質的には違いますが人形が必要なという一点は正しいです」
「教えてくれるんか」
「知られても困りませんのでね」
こくりと頷いた木乃香はとある部屋の前で足を止めた。その先にあるのはシェルターだ。
ふつうこんなものはビルの中にはない。必要性が一切ないからだ。しかし、この建物は用意されている。なぜなら、此処は普通のビルではないから。
「なら、この人形がなくなれば戦力は低くなる。違うんか?」
「さあ、そこまでは答える必要はないでしょう」
「ほうか。少し話が変わるんやけど、此処は精神世界なんやって?」
「ええ」
「お祖父ちゃんが言うてたんやけど、こういった世界は本来の実力より強い力も使えるんやって。なら、私も普段は使えない力だって使える」
「まさか!」
「そう。
莫大な魔力が木乃香を覆う。本来なら木乃香の魔法は治癒に向いていて攻撃魔法などは不得意だ。だが、此処では違う。その身にある莫大な魔力を利用してそのまま攻撃魔法に利用した。
「燃え尽きろ、人形ごと!」
建物が一瞬で紅蓮の炎に包まれる。その炎は木乃香が操作したシェルターの中以外を燃やし尽くしていく。
「初めましてやな。こうやって対面するのは」
「貴方がそんな無茶苦茶な手段を取るとは思いませんでした」
木乃香の前には確かに、真心がいた。ただし、その仕草は普段と違って女性らしいしぐさをしているが。
「さて、私の試練は投げ飛ばすことやったな。もう逃げられんよ」
「確かに逃げられませんね。ですが、逃げられないだけです」
「えっ?」
木乃香の目には何が起きたかは分からなかった。いや、その行動は達人ですら反応できなかっただろう。体幹を一切ぶらさずに放たれた鉄扇による刺突。それは木乃香には避けられない。
木乃香の鳩尾に突き刺さり、木乃香の動きを強制的に止めさせる。
「がはぁ!」
「貴方は弱い。確かに投げ技による接近戦は手に入れられましたが、貴方事態が弱すぎる。それでは私のような相手からしてみれば殺し放題です」
そう言ってふらふらになりながらも立ち上がった木乃香の体に鉄扇を突きつける。
「ほら、これでもう一回死にました。
魔法使いというのは魔法を万能視しすぎている。例え障壁に守られていたとしても関節技を喰らってしまえば意味はない。殺し方はいくらでもある。例えば、頸椎を折るのに打撃は必要ない。関節を動かないように固定しておいて自重をかけてやれば簡単に折れる。それは魔法で強化していても。急所というものは鍛えられないから急所というもの。魔法での身体強化は強化できない弱点が存在する。そこをついてやれば魔法使いはすぐに死ぬ。
守りと攻撃。それが魔法使いは余りにもアンバランスすぎる。それは貴方にも当てはまる。ただし貴方の場合はさらに最悪。攻撃力はほんの少し。防御力はなく、更に回復魔法しか素質的に使えない。それが貴方という存在」
「っつ!」
「知りなさい。これから先、生き残りたいのなら貴方の弱い部分を知りなさい。そしてその弱い部分を隠しなさい。克服する必要性はない。確かに克服しなければならないかもしれないけど、それはばれなければ弱点じゃない。弱点さえ知られなければ全ての敵は如何にでもなる。
子曰く、敵を知り、己を知れば百戦して危うからず。それと同じ。戦いは私にとって結局どれだけ相手を観察して情報を得るか。そして、自分の情報を隠せるか。唯それだけの作業」
そこまで言って彼女は木乃香の目の前に近づいてきた。
彼女の言葉は真実だ。魔法使いは魔法を知っているからこそ、他の技術に無頓着だ。魔法を使えば銃弾が当たっても無事でいられる。だからこそ、武術やその他の技術に対する警戒はしない。そして、本当の強者はそんな魔法使いを簡単に殺せる。
「それではさようなら」
振り上げた腕は振り降ろされて、確実に木乃香の頸椎をたたき折った。