第四十話 狐と子供 子供と子供
麻帆良祭が開かれているために、多くの人が訪れているはずなのに誰もいない麻帆良の地で、二人の人物が対面していた。淡い色合いの和服に奇妙な狐面で顔を隠した細身の男性と、スーツを着た一人の少年。二人は麻帆良という舞台で対峙していた。
「それは、どういう意味です?」
「『どういう意味です?』、か。ふん。言葉通りだよ。俺としてはお前という個に一切の期待はしていない。高々縁が少しあるだけだ。何か特別な奇縁をお前が持っているわけでもない。作られた縁なぞ、醜悪なだけだ。だがそんなお前にわざわざ俺が会いに来たのは、お前の父親が父親だからだ」
「父さんが?」
「そうだ。お前の父親とは一度戦った事が有ってな。ふん、決着がつかずに終わってしまったが、アレはアレで面白い素質だった。だが、やはり駄目だった。あの程度では俺の敵としては不十分だ。とはいえ、彼奴自体はかなり惜しいところまでいっていたのも事実。純化した血統ならどうかと思い、こうして俺がお前に会いに来たわけだ」
男が何を言っているかネギには分からなかった。純化した血統? 素質? なによりも、英雄とまで言われた父親が何故駄目だったと言われるのか。何もかもが分からなかった。
「とはいえ、それも途中でどうでも良くなったがな」
仮面に隠された男の顔は、間違いなく笑みを浮かべていただろう。実際、人類最悪とまで言われた彼にとって、ネギ・スプリングフィールドは面白くなかった。只父親を目指して進む。他の人間が見れば微笑ましいものは、彼が見れば醜悪な依存にしか見えなかった。自分で生きるという事を諦めて、他者に寄りかかり歩みを手伝ってもらう。寄生して生きているくだらない人間にしか見えなかったのだ。
だから、興味を失っていた。ネギの生徒を見るまでは。
あれ程才能の満ちた存在が近くに大勢いる。その縁は、男ですら驚きで目を見張るものだった。失った興味を取り戻すには十分だった。しかし、それだけなら男は今此処に居ない。彼が麻帆良を訪れたのは別に本当の理由があるからだ。
「じゃあ、何のために来たんですか?」
「『何のために来たんですか?』、か。ふん。お前は先ほどからそればかりだな。答えを誰かに教わらないと不安か? まあ、いいだろう。別に教えても教えなくても同じことだ。答えてやる。俺は決着がつくところを見に来た。」
「決着?」
「『決着?』、か。ふん。娘と息子のな」
男はどこか誇らしげな声を上げたまま、ある一点を指でさした。ネギが男の指差した方角を見た瞬間、『空間制作』によって作られた世界が崩れた。
麻帆良で防衛戦に参加して戦っている者も、超を探していた全ての人間も、それを見た。轟音が発生して、建物一つが消えた場所に立っていた二人を。赤い、紅い、朱い女性と、代替であり大題を持った橙を。
似て非なる色を与えられた二人は、一件の建物を粉砕した場所にいた。
腕は折れ、脚は捻じ曲がり、歯は欠けて、体の至る所から赤い血を流している橙。そんな状態でも震える体で立ち上がり、折れている腕で赤色に殴り掛かる。そしてそんな橙を
その絶対的なまで隔絶し、隔離した力関係を麻帆良にいるすべての人間は知った。
「そんな、莫迦な」
ネギはその光景を信じられなかった。彼にとって、想影真心は絶対的な強者でなければならない存在だった。それが、一方的なまでにボロボロにされているのだ。
「ふん、やはりな」
「やはり?」
男が発したその確信を持って告げられた言葉に、ネギは驚きとともに振り返って尋ねてしまう。
「簡単な事だ。最強と最終。本来はこの二つがぶつかり合えば最終が勝つだろう。幾ら最強でもあっても、無敵じゃない。しかし、最終は全てにおいての最後。言ってしまえばそれ以上上がいないという無敵だ。だがな、それは彼奴が本来の力を100%引き出せるのならば、の話だ」
「100%?」
「別の言い方で言えば、解放だ。心の底で押さえ続けているものを完全に解放できなければ彼奴は負ける。まあ、俺としてはどっちでも良いが。彼奴が負けようが、勝とうが。どちらが死んでも俺の行動は変わらんし、変えられん」
心の底からどうでもよさそうなその声に、ネギは反感を覚えざるを得なかった。何故自分の家族にそんな感情を持てるのだろうと。
「そんな! そんな言い方って! 真心さんと貴方は家族なんでしょう!?」
「『家族なんでしょう!?』か。ふん。下らない。そもそも俺と血がつながっているのは最強の方。つまりは今真心を血だらけにしている方だ。彼奴自体は面白そうだから引き取ったに過ぎない。だがまあ、その器と違い、中身は凡庸だったから失望しているがな」
ふん、とネギも真心も見下し、男は二人の闘っている場へ一切の逡巡する事なく近づいていく。
「あっ」
一瞬迷ったネギだが、すぐに男を追いかけた。まだネギは分からない。男の言葉と態度。そして何よりもその思想が。それでも一つ分かった事が、男は超を越える何かだという事。それはここで見逃して良いものではないという事だ。
「見ろ。あれが、人類の到達できる限界だ」
魔法も気も使われていないというのに、彼ら二人の近くにある建物は崩れていく。腕が振るわれれば、それは真空を作り出して全てを薙ぎ払い、蹴り合えば衝撃で周りの瓦礫が吹き飛ぶ。その戦いは神話に出てくる戦いとしか思えない。
何度も何度も彼らはぶつかり合い、橙のみが一方的に傷ついていく。
「最強と最終。お互いがぶつかり合えば、間違いなく因果律は崩れていく。お互いがお互いの矛盾だからな」
「矛盾?」
先ほどの男の説明とかけ離れている言葉に、――まさしく矛盾した言葉に、またネギの中で疑問が浮かんでくる。
「力のインフレだ。最強であり続けなければならない者と最終であり続けなければならない者。お互いがお互いの力を高め合ってインフレを起こし続ける。それこそ、どこぞのサイヤ人みたくな」
「サイヤ人?」
「何だ、おまえは子供のくせにマンガも読まんのか。人生損するぞ?」
本気でそう心配している男をよそに、事態は進んでいく。二人が移動し始めたのだ。
「なっ!?」
「中々派手になってきたな。しかし、それもまた一興か」
「貴方は超さんの仲間じゃないんですか!!?」
今までネギは男とその仲間である赤が超の仲間だと思っていた。だが、実際は違う。彼にとって超は都合の良い目くらましでしかなかったし、赤にとってはそもそもそんな話が合ったこと自体知らない。彼女は只単に人類最悪から
「そんなものは同じことだ。結局仲間だろうが敵だろうが世界を滅ばす際には関係がなくなる。それに、元から俺は彼奴らを戦わせるつもりだったんだ。最初から俺は
楽しそうに男は仮面を取り、ネギにその素顔をさらした。その顔には禍々しい嘲笑が浮かんでいた。
男にとって、これは待ち続けていたことの一つ。もしかしたらではあるが、それでも世界を崩壊させられるかもしれない方法。その一つの結果がわかるのだから、彼は嗤ったのだ。