英雄の魔法と最終の人類   作:koth3

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第四十二話

 第四十一話 法解 崩壊

 

 赤の一撃を受けた橙は、一方的に喰らっていた攻撃の中でもそれが特に効いたのか、膝が崩れ落ちる。俯いた顔からわずかに覗ける瞳には意志が見えず、目の前で起きている事象を理解できているとは到底思えない。それだけの一撃だった。衝撃波後方に伝わり、後ろの壁を粉砕するほどの。

 だとしたらこの二人の周りは何だというのか。赤の一撃の衝撃で、破壊された町並み。それはまだ分かる。では、赤に喰らった攻撃に反射したかのように橙が力任せに逆袈裟に振るった一撃で起こされた破壊痕は一体何だというのか。麻帆良を横断するように抉られた大地の惨状はどう説明を付ければよいのか。魔法ではない。気でもない。只の人間が、たんぱく質の塊が元から持ちうる機能を最大限に発揮した結果。それだけで、これだけの大規模な破壊が行われた。

 

『え?』

 

 誰かが挙げた疑問の声は水が砂にしみこむかのように民衆へと浸透していき、学園結界の効力化であるというのにすべからく皆恐怖に囚われた。彼らの中には気や魔法を無自覚的に使用しているものがいる。だからこそその光景に恐怖した。意識でも無意識でも理解できない圧倒的な力。発揮されるはずのない人間という種が生来持っている力。それは多くの人間が火星人との対決と名を打たれたゲームを放棄して、パニック状態で逃げ出すには十分すぎた。

 それは恐ろしかったから。怖くておっかなくおどろおどろしく気味が悪く鬼気迫る何かを感じてしまったから。立ち尽くす橙の陰に。その顔には何もない。喜怒哀楽すら。その顔をかたどっていたのは、純粋な欲望という本能だった。全ての理性がシャットダウンされた今、その理性が押さえつけていたものがあふれ出すというのは至極当たり前だ。その結果がこうなってしまった(・・・・・・・・・)。それだけなのだ。

 今の人類最終は、こう呼ばれるにふさわしい。人類最襲と。破壊するという行為に納得いくまで止まらない怪物に。今まで人類最強に押され続けていたその怪物が、始めて人類最強へと足を踏み出した。たった一歩で彼女の全ての攻撃を、空間を殺すかのように放たれた幾百の攻撃を掻い潜り、その懐に立っていた。

 

「っと」

 

 人類最強が軽やかに、バレリーナが躍るように避けた後ろ側は、更地が広がった。只腕を横に薙ぎ払った。それだけで全てが吹き飛ばされた。残骸も残されないほどに、全ては壊れた。機械も建物も道具も、そして生物も。

 始まった。世界の崩壊が。人類の頂点は誰かという決着をつける戦いであり、世界の終焉を決定づけるかもしれない究極にして至高の戦いが。いやそれは戦いといえるのかも分からない。

 

「は! やりゃあ出来るじゃないか!! アタシがしたかったのは、こういった戦いだよ。悟空とピッコロがするようなね。手加減なんかなくて、全力を出し切って思いを叩き付ける戦いを」

 

 赤はこともなげに言う。今相手をしているのがもはや人類最終と呼べるものではなく、もはや害しか残されていない残骸であっても。それでいいと、形を取り繕ったものよりも、本当の内側をさらけ出して戦う方が気持ちが良いのだ。

 しかしそれはあくまで赤の考え。周りはたまったものではない。被害を受けるのはかれらなのだ。一度でも壊れたものは戻らない。それがどれほど尊く、壊れてはならないものでも。命というもっとも大切なものですら。

 橙はもはや修復不可能。破壊の権化と化した。もはや止まる事はない。止まるという機能がない。

 

「くっくっく。良い具合じゃないか。器がどれほど駄目でも、中身が立派ならばこれくらいはできるのか」

 

 耳障りに嗤う男の声は、廃墟となる運命が決まった麻帆良に空しく響き、轟音にかき消される。人類最強と人類最終が衝突した音で。

 突風という言葉が優しく感じられるほどの暴風が吹き、軽々と近くに有った路面電車が浮き上がり吹き飛ばされる。それを尻目に、狐の男は楽しそうに目の前で繰り広げられる喧嘩(・・)を見る。傍らにいたネギに至ってはあまりの殺意、いや殺意ではない。只の破壊願望の切先が僅かにちらついた程度で、もはや立つ事すらできず、気を失う寸前までになっている。

 それが普通なのだ。化け物と怪物。それらの衝突が人間に耐えられるはずがない。たとえ英雄といわれる存在でも、この二つには耐えきれまい。むしろ耐えきれている狐が異常なだけなのだ。

 

「おっと」

 

 わずかに赤がたたらを踏み、足が一歩分下がった。後ろに下がったそれは、橙と赤の衝突で初めての事だった。そして一度下がった分、赤は不利になる。戦いの勢いを奪われたのだから。

 橙はその本来の性能を完全に発揮して、怒涛の攻撃を繰り広げる。元々経験差と抑えられていたがゆえに生まれた能力差で圧倒されていた橙であるが、本来の性能ならば赤の経験をも凌駕するだけのキャパシティはある。解放された人類最終は、人類最強を寄せ付けない。

 

 

 

 

「「まー君?」」

 

 だからこそ木乃香と刹那は信じられなかった。そこに居る存在(・・)が人類最終想影真心だという事を。破壊の獣と化した想影真心を、悲しそうに顔を歪めて、刹那と木乃香は世界樹の真下で見つめていた。今の今までパニックを起こした群衆に押し流されて、ようやく止まれた場所がここだったのだ。未だ周りには逃げ道を探して人々が走り回り、罵倒が飛び交い、叫び声が上がり続けている。これが本当に麻帆良なのかと疑ってしまう程の光景に、しかし二人は膝を屈することはなかった。

 どれだけ信じられない光景でも、現実に起きている。それを否定して逃避するような莫迦なことはしない。彼女たちとて、未来を変えようと動いているのだ。止まる訳にはいかない。たとえ怖くても救いたい人がいる。ならば動くしかない。未来は変えられる。その希望を最期まで信じ。

 

「せっちゃん」

「うん。このちゃん」

 

 親友同士の共感だろうか、二人は視線を交わすだけでお互いの言いたい事を理解して、叶えようと動き出す。刹那の背中からは白い大きな翼が広がり、木乃香はそれを見るよりも早く刹那の腹に抱き着く形でしがみ付く。昔ならまだしも、ある程度鍛えた今となっては、木乃香でもこの程度簡単だ。

 

「しっかり捕まって」

「わかっとる」

 

 吹き溢れる暴風の発生源へと、二人は飛び込んでいた。


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