四十三話 劇止尽 激突
木乃香と刹那が二人のいるところまでたどり着くのに十分かかった。たった十分だ。それだけの時間で、麻帆良は消滅した。正確に言えば、その麻帆良学園という場所の地表にある全てが根こそぎ薙ぎ払われた。二人の戦いの余波で。それだけのことであり、それだけのことだった。
「へっ! やりゃあできるじゃないか!」
「……」
意志を持たない暴走特急はさらに動きを速めていく。振るわれる力はさらに拡大し、まるで今成長期をようやく迎えたかのように、天井知らずに力が上がっていく。そしてそれは赤においても同じだった。最終と最強。お互いがお互いの概念で複雑に絡み合い、その力を高め合っている。まるでライバルのように。しかしこの二人はライバルではない。ライバルたりえない。ライバルというものは、すべからくどこかに情が無ければならない。こんな何も生み出さない悲壮なものではない。少なくともただ目の前にあるものを破壊すると思うだけの存在を、ライバルと言えるはずがない。
振るわれた赤色の右腕は音速を簡単に超えていた。それは奇しくも麻帆良を守り続けた高畑・T・タカミチの居合拳と同じ現象を引き起こし、麻帆良の一角を居合拳よりもさらに広範囲にわたって吹き飛ばす。同じ現象を基にしても、タカミチとは比べ物にならぬほどの威力の差があった。
その恐るべき破壊を内包している拳圧に対して橙は、ただ地面を踏み砕いた衝撃で、その拳から発生したソニックウェーブを拡散させた。橙の脚力を叩き込まれた麻帆良の岩盤は乾ききったクッキーのように砕け散り、地面はゼリーのように揺れる。到底立てる状況ではないが、それでも赤色は平然とした顔で定規を背中に指しているかのようにまっすぐと立ち、その体は揺らすことすらなかった。
弾け散った衝撃は、町中を蹂躙する。建物を倒壊させ、瓦礫を巻き込み雪崩のように吹き飛ばす。その吹き飛んだ瓦礫が逃げ惑う人々へ襲い掛かる。それを迎撃する魔法生徒の群れ。しかし次第に飛んでいく瓦礫は増し、守りきれなくなっていく。
人々の悲鳴をよそに二人は闘い続ける。誰もが恐怖する力を振るいながら。
「ははははははは!!」
赤いスーツが掠れる。蜃気楼のように掻き消えた赤は、瞬きもしないうちに橙の懐へと踏みこむと同時に、橙の顎を膝で蹴り上げた。近くで迫撃砲が炸裂したかの轟音が鳴り響くが、その音がした場所にいる橙はのけぞりすらしなかった。黒々とした、熱のない瞳をその膝へ向けると、素手で掴み取ってへし折ろうとすらしている。それを防ぐために、掴みかかった橙の指を殴る事で力づくで外し、赤は膝をへし折られるのを回避した。お互いの力が再び交差したことで、全方位に衝撃が拡散して、全てを吹き飛ばしていく。
またもや礫が散弾のように麻帆良を蹂躙する。もはや麻帆良は怪獣映画に登場する、破壊されつくした都市そのものだった。
その破壊された町並みの崩れかけている建物の影に隠れ、飛んでくる破片から身を守りながら木乃香と刹那は二人に近づいていた。激しい戦いは安全地帯というものを許さない。今隠れている場所もすぐに崩れてしまうだろう。そうなって押しつぶされる前に、木乃香と刹那はチャンスを伺い、二人にさらに近づいていく。あと少しで二人の元へたどり着ける。そこで木乃香と刹那は動けなくなってしまった。
彼女たちは見てしまった。彼女たちにとっての絶望を。
「なんや、それ」
その凄惨な戦いを前に、木乃香はそう呟く事しかできない。止めなければならないのに、どうやって止めれば良いのかまるで分らない。それは刹那もそうだ。
目の前で繰り広げられている行為が、人間の限界を越えているからではない。そんなものならば、彼女たちは無視するだろう。人間の限界を勝手に決めるな、あるいは愛の前に限界などないと言わんばかりに力づくで。だがそうできなかったのはひとえに橙の、いや想影真心の顔が彼女たち二人が今まで見たこともないほどうれしそうにしているからだ。先ほどまでは表情一つなかったというのに。今は本当にうれしそうに笑っている。欲しくてたまらなかったおもちゃをようやく手に入れられた子供のように。
意識すらないというのに、それでも満面の笑みがある。想影真心という存在が真に破壊を望んでいる。それが分かってしまったがゆえに、金縛りにあったかのように動けなくなってしまっていた。
止めたいのに、止めて良いのか。それすらも二人は分からなくなっていく。今まで信じていた二人が持っていた想影真心という存在が掻き消えていく。目の前に存在する一つの怪物が心の底に根付いて、離れなくなる。
想影真心とは一体何なのか。分からなかった。
「そんな、嘘。まー君」
木乃香の膝が崩れる。分かってしまったからこそ、二人は耐えきれなかった。想影真心は、心の底からすべてを破壊したがっていると。その破壊衝動という怪物は、想影真心を壊してしまったと。そう感じていた。
諦めが二人を襲い、無気力が襲う。へたり込んだ木乃香に、顔を抑えた刹那。二人の耳にかすかな声が届いた。
「ダメです、よ、二人とも」
ガラリと、音がした。二人の近くの瓦礫の山、そこにネギが頭から血を流し倒れ伏していた。頭を打ったせいなのか、目には光がない。しかしそれでもしっかりとした意識を保っていた。ただ頭に衝撃がかかったのか、立つ事はできないようではあったが。
「ネギ君!」
「ネギ先生!」
助け起こされたネギは切れ切れに、それでも必死になって言葉を紡いでいく。
「貴方達が諦めたら、誰が真心さんを救うんですか」
「でも、ネギ君。まー君はあれを望んでいるんやよ?」
「だから何なんです。二人は真心さんにあんなことをしてほしくないんでしょう。だったら、それは言葉にしなきゃダメです。やめてって。それ位、当然です。だって、木乃香さんも刹那さんも真心さんの友達なんでしょう?」
友達。その言葉がすうっと胸にしみこむ。簡単な事だった。気がつけばすごく簡単な事。むしろ何で気がつかなかったかと、自分を責めたくなるような程簡単な事。
「そうやね、私たちだって」
「我が儘を言う権利くらいあるんや」
「頑張ってください。僕は動く事が出来ません。だからお二人だけが頼りです。それに、お二人といた真心さんは楽しそうでした。あんな真心さんの笑顔を僕は見たくありません。いつもの、お二人と一緒に笑っていた姿の方が見たいです」
切なそうに顔を歪めるネギに、彼女たちはうなずいた。
「ええ」
「うん。ちょっと待っててなネギ君。すぐまー君元に戻してくるから」
「お願いします」
木乃香と刹那は今もなお衝突しあう赤と橙のいる場所へ、向かっていった。