第四十四話 音反し 恩返し
狐面を被った男想影天、否西東天は逃げ惑う群衆にすれ違いながらもただまっすぐある場所を目指して歩いていた。その足取りには迷いがない。
あの時、ネギと
この男は世界が憎いのではない。むしろその逆だ。世界が好きで好きで仕方がない。誰よりも、なによりも愛してすらいる。だからそのすべてを知りたくて仕方がない。世界が終わったらどうなるか。その知的好奇心を満足させるためだけに、世界を終わらせるというこれほど馬鹿げたことを企み、実行している。
男が足を止めたのは、麻帆良を一望できる高台に作られた展望台だ。この男がこれほどの機会を前にこの地を離れるなどあり得ない。少なくとも世界の終りに近い現象が起きている今ならば。
誰もいない展望台。転落防止用の柵から身を乗り出して狐は麻帆良を眺める。今も最強と最終の衝突で崩れていく麻帆良を。ぴきりという音が響き、麻帆良が砕かれた。どちらかの拳が地面に衝突して隆起させ、建物が上空へ投げ出される。
そんな空想の、アニメに出てくるような光景が広がっている麻帆良を眺め続けていた。
「どうやら縁は合ったようだな」
「……なかったほうが良かったんだが」
そんな麻帆良を楽しそうに見つめながら、自身の後ろへ話しかける狐。そこにいたのは煤が付き、少し傷ついている麻帆良女子中学校の制服を着た、避難してきた少女だった。先日、麻帆良武道祭のときに狐が十三階段へと招こうとした少女、長谷川千雨。彼女は顔を歪めて、息を荒げ腰に手を当てて息を整えていた。
確かに縁が合った。でなければ、こうして二人は再び合っていない。
「なあ、これはアンタの仕業なのか?」
ポケットに入れていた手をだし、指さす千雨。指された麻帆良は今もなお崩壊している。
「『アンタの仕業なのか?』、か。ふん。そうだ。その通りだ。と言っても、元々は超とかいう奴の作戦を利用したに過ぎないがな。あの作戦だと、本来ならば機械で制御した鬼神とかいう代物でこの麻帆良を制圧するつもりだったようだ。まあ、それはそれで『魔法というものが世界に存在し、それが隠されている』というひとつの世界を終わらせられるんで、協力してやっていたがやはり駄目だ。あれでは駄目だった。世界を終わらせるのに、あの程度では全くと言っていいほど駄目だ。覚悟が足りない。努力が足りない。平々凡々としたことになるが、アイツは世界を甘く見過ぎている。バックノズル。それに捕まって、結局変わらん。それならばいっそアイツという存在自体を隠れ蓑にして、最強と最終を戦わせ世界を崩壊させようとしたのさ」
クックックと狐の面のわずかな隙間から笑い声が漏れる。体を震わせている狐の男は心の底から面白がっている。
それを見て、不悉迂と呼ばれた少女は理解した。世界を終わらせると言っていたこの男は、本当に
「ああ、それにしても助かったぜ。あいつが何を思ってか最終と闘わせろと言ってくれるなんてな。急いで作った階段は、ひょっろちい。鎧袖一触どころか空間一触だぜ。幾ら彼奴の中にあれがあるからとはいってもな、そういった意味で俺に初めて運というものが近づいてきたのか」
「あれ?」
「『あれ?』、か。ふん。そうだ。彼奴も気が付いていないが、それでもあれは仕込まれている。気づかれないように、ひっそりと。俺が彼奴を預かって、首輪のひとつもつけないはずがないだろう。何せ、彼奴は何をするか分からなかったからな。あの時新しい自我を作っている最中だった彼奴に枷を作り、従わせるための下準備には格好の機会だった。それに元々の自我では弱すぎた。壊れやすい、ただの普通の人間のような精神性ではな。だから人類最終はそれにふさわしい精神性と強固な自我を自ら作り出して覆った。言ってしまえば、変貌した。だが変わっている最中ってのは脆い。蛹が簡単に殺せるように。そっと彼奴の精神に暗示をかけるなど簡単だった。それに特化した階段もその頃にはいたからな」
「暗示、だ?」
「厳密に言えば、催眠か。人類最終がある程度のダメージを喰らったとき、その催眠は起動する。作り上げた自我と精神の根本、土台を崩す。するとどうなる? 積み上げた建造物は一気に崩れ、跡地が残る。それがあの結果さ。あれは気を失っている訳じゃない。本能に従っているわけでもない。ただ自分というものを求めているだけさ。そして今、人類最終は新しい自我を獲得しようとしている。おっと、口が回りすぎるな。柄にもなく興奮しているのか?」
面を素手で覆い、頭を振る狐。その姿のひとつひとつが、気持ち悪い。気味が悪く、気色悪い。千雨はせっかく逃げてきたこの場所から逃げたくなっていた。だがそれでも、しなければならないことはある。彼女は偶々かも知れないが、それでも
「そうかい。まあ、私には良く分からなかったけど、つまりは今先生は簡単に言っちゃ、子供に戻っているってことだろう」
「ううん? 確かにそうともいえるな。だがそれが如何したというんだ」
「何、それが分かれば十分さ。どうせ、あいつ等の事だ。今頃先生のとこにでもいるだろうさ。粘着質というかストーカー一歩手前の状態だったからな」
そう言って、千雨はポケットの中に入れてあった携帯電話の通話を切った。