英雄の魔法と最終の人類   作:koth3

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第四十五話

 第四十五話 集傑 終結

 

 飛び散るのは赤い血。ワインレッドのスーツに、違う赤みがじわじわと染み出てきて混じる。かすめた爪が肉の一部を持っていく。

 人類最強たる、哀川潤。その強さは今まで何人たりとも寄せ付けてこなかった。確かに幼いころ、まだ人類最強になる前は、負けたこともあった。しかし次に戦うときは必ず勝ってきた。それこそが、最強だ。常に勝つ。ゆえに、最強。

 だというのに、哀川潤は追い込まれている。たった一人に。自分の後続機であり、血のつながらない弟によって。代替なる朱と呼ばれ、橙なる種と周りに認めさせた存在に。人類最終。そう呼ばれるにふさわしい力によって。だが、その力を彼女は認めない。

 哀川潤が認めるのはハッピーエンド。それにはこんな暴力的な力はいらない。だからといって、ハッピーエンドにするためだけに己を押さえつけるのも違う。だから、彼女は戦う。自分の弟を幸せにするために。それが、請負人、人類最強、オーバーキルレッドと滑稽なあだ名を付けられた自分の役目だと知っているがため。

 

「なあ、マー君。あたしは知ってのとおり、幸せが大好きなんだ。辛い思いっていうのは基本的に嫌いだ。人生は王道じゃなきゃいけない。じゃあ、王道っていうのはなんだ? あたしは、こう思っている。それは気持ちをぶつけ合うっていうことだ」

 

 振り抜いた拳が想影真心の頬を貫く。確かな手ごたえが拳の骨に響く。

 

「そろそろ出てこいよ。すべて壊したい? はっ! バカを言え。お前にそんな度胸はないさ。壊したくないから、今まで我慢していたんだろう? 助けたいものがいるから、手を取り合いたい人がいるから、お前は我慢をし続けてきたんだろう? だけどな、そんなもの間違いだ。我慢? 大いに結構。だがな、周りに助けを求められねぇような奴が我慢なんざするんじゃねぇ。鬱陶しい! あたしの後続機だからって、あたしの真似をするんじゃねぇ! 気持ちわりぃ! 手前は手前なんだよ、想影真心! 助けてほしかったら叫べ。助けたいならさらけ出せ! 糞親父の思惑なんざにつきあうんじゃねぇよ!」

 

 殴られた真心は吹き飛び、がれきに埋もれた。

 

 

 

 

 白い世界がどこまで広がっている。不思議とそこは暖かで、想影真心は生まれて初めて強ばった力を抜いた。

 

「ここは?」

 

 世界を、並行世界といえ作り出す力を持つ真心でも、ここがなにか分からない。でもなぜか心地が良いことだけは分かった。とはいえ、いつまでもここにいては意味がない。何処かを探るためにも歩き出す。

 歩くたびに、白い世界に変化が生まれる。黒い汚れのようなものが生まれ、それが形を変えて写真のように過去を写し取っていく。

 強すぎるが故に拒絶された孤児院。であった二人の少女と始めて仲良く遊び、そして助けた時のこと。どこからか現れた狐面の男に親権が渡り、遠い異国に行き、そこで暮らした日々。繰り返される実験と戦い。研ぎ澄まされていく戦闘能力。

 映る光景はほとんどが、血で汚れている。破壊、破壊、破壊。ただそればかりを繰り返すだけ。代わり映えしない世界。どんどんと世界が黒い汚れで染まり暗くなっていく。

 そこに移るのはいつしか戦いに笑みすら浮かべた想影真心だけだった。それは必死になって真心が押しとどめてきた感情だ。いや、願望だ。

 

「いったいなにを見せたいんだ、ここは」

 

 真心は分からなかった。なぜ自分がこんなものを見なければならないのか。

 周りを見たくなく、真心はしゃがみこむ。心に巣食う獣をみたくなくて。

 

「そうだね、これは君が生み出した醜さだ。だから君は、人類最終であっても、目をそむけようとしてしまう」

「誰だ?」

 

 声が後ろから掛けられた。誰もいないと思っていた空間に響く声は、懐かしいもので、思わず真心は振り返ってしまう。

 そこにいたのは男だ。男はこれといった特徴がなかった。いやあるにはあったが真心が出会った存在達と比べれば霞のようにうっすらとしかない。

 

「誰、か。もうそのことは忘れたよ。というより、失ったがいいかな? いや、壊れたというのが最適だろう」

 

 微笑んだまま、その男はそう答えた。真心はその回答に納得できず、首を振る。そんな答えが欲しいのではなかった。

 

「そうだね、じゃあ、私の名前は真心とでもしておこう。それが嫌ならば、他の名前を考えるとしようか」

 

 勝手に自身の名前をかたられたことに苛つきを覚えたが、真心は男に危害を加えようとは思えなかった。目の前にいる存在に攻撃を加えることがなぜか馬鹿らしく、そして無駄だという思いが沸き立つからだ。

 

「それで、その真心さんがなんの用だよ。というより、なんでいるんだよ。ここは俺様の心じゃないのか?」

「うん、正解だよ。ここは想影真心の深層心理。普通は、自覚できない領域だけど、さすがは人類最終というべきだね。そして俺はいうなれば残骸。君の元。僕のようなものは、本来壊れたままであるはずだけど、君の精神が揺れ動いたことで生まれた空白に、わずかに我の意識として再び形成されただけだ」

 

 コロコロと変わる一人称。まるで自己性というものがないように、男は語る。男の語る残骸というものが関係しているのだろうか。真心は黙って、聞いていた。

 

「まあ、人類最強と人類最悪によって無理やりといえ、深層心理に眠る君の闇が引き出されたんだ。君がなくしたいと願った部分が。光である表層意識、理性という名前のペルソナは引っ込むのが道理というものだろう。まあ、そのおかげでこうして話が出来るんだけどね」

「それで、結局用件はなんだよ」

 

 苛つきが、真心の普段の言葉づかいを崩す。

 

「そうだね、私故人(・・)としてはひとつ。そしてもう一つ責任を果たすためかな?」

「責任?」

「そう。君という存在を造り上げてしまった責任だよ。人類最終に、様々な魔法。そんな力を憧れて手に入れようとした愚か者。イカロスのように罰を下された者、それが僕。君自身は分からないかもしれないけど、俺は君の前世さ。本来ならば君は吾だった。だけど、君の力に精神が耐え切れなくて崩壊してしまったのさ。その代わりに生まれたのが君だ。行ってしまえば、君は息子なのさ」

「オカルトは他所でやってくれ」

「君が使う魔法も結局はオカルトだよ」

「それはそうだが」

「オカルトでもなんでいいのさ、結局この身はどうでもいい、壊れ物にすぎない。君が不安定になったから現れたバグにすぎない。でも、よかったんだ。バグというのは早く見つかれば見つかるだけいい。バグの原因はさっさと処分した方がいいだろう? 今の君の欲求不満は、外側が解決している」

 

 ピシリと世界にひびが入った。暗い世界に、白い光が差し込んでいる。

 

「どういうことだ?」

「人類最強が君の欲求を受け止めているのさ。壊したい。全力で戦いという欲求をね。欲求は闇だ。闇が減れば光が増えるのは当然だろう? 段々と君自身が人類最悪の用意した暗示を乗り越えているんだよ。とはいえ、このままではまた君が壊れてしまうかもしれない。だから余がでしゃばったのさ」

 

 そして男は真心に指を突きつける。

 

「最初はお前自身があの子たちの近くにいるって決めたんだ。いまさら、他のことを考えるな。壊したい気持ちがある? そんなもの呑みこめよ。それに、破壊衝動が一番? 嘘を吐け。こんなにも、素晴らしい一番があるじゃないか」

「えっ?」

 

 男の体が崩壊していく。さらさらと粉になって。飛んでいく粉は、白くなった世界である風景を作り上げた。

 木乃香と刹那、そして真心。みんなが笑っている絵を。

 

「頑張れ、想影真心。世界はきっと素晴らしい」

 

 

 

 

 二人の動きが止まる。人類最終と人類最強。頂点同士の戦いが。

 動きの止まった真心に、木乃香と刹那は駆け寄る。駆け寄った二人はそのまま抱き着いた。

 

「「マー君」」

「ごめん、心配かけたな。俺様としたことが」

 

 二人を細く力強い腕が抱きしめ返した。




そろそろこの物語も終わりですかね。

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