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拝啓 シンボリルドルフ様
春の気配がようやく整ったようですが、お変わりなくお過ごしでしょうか。
こちらでは桜の蕾が膨らみ始め、春の息吹を感じさせてくれます。
トレセン学園の桜も、そろそろ芽吹く頃でしょうか。
もう、無垢に笑う新入生があの桜並木の道を通るあの風景が見られる季節が巡ってしまったのですね。
本来であれば、私も生徒会役員として新入生の歓迎プログラムに携わり、その朗らかな風景が見られたかもしれないのは少しだけ残念です。
私個人の生活面では、脚の方は正直まだ、杖を使えばヒトの妹と共に歩ける程度なのですが、それ以外は至って息災な毎日を過ごしています。家族もみんな元気です。
会長も先日、全国放映されたエキシビションレースで変わらぬ凛々しい御姿と圧倒的な走りを見せていて、聡明かつ明瞭な姿勢で御自身の責務を全うされていて、尊敬の念を抱かずにはいられませんでした。
エアグルーヴ副会長とナリタブライアン副会長も、変わらず雄大な姿勢で突き進んでいられるご様子を陰ながらメディア等を通して拝見致しました。ブライアン副会長は、今も生徒会室のソファに寝そべり、無断でお昼寝をしてエアグルーヴ副会長にお叱りを受けてはいないでしょうか。まあ、そのお叱りでどうこうなる方ではないのは、末席の存在であった私でも容易く想像できてしまうのですが。
ここまで書き進めていて今更なお話ですが、本来私は学園を去り、生徒会から身を引いた立場であるにも関わらず、なぜか今も貴女様を「会長」と敬称してしまうのはなんだか変かもしれません。でもなんだか、他の呼び方はしっくり来なくて。違和感を感じさせてしまったならすいません。
なぜ、今更こんな改まった手紙なんて書いているのか、自分でも正直分かりません。
ただただ息災であることをご報告したいのであれば。学園に直接、少しだけご挨拶に伺えば良いのに。
直接会うのが気まずい、のかもしれません。でも、それとは違う何かが私をこの手紙に向き合わせているような気もします。自分の気持ちの正体すらわからぬままひたすら文字を記す私を、寛大な貴女であれば許してくださるでしょうか。
最後に貴女と直接お会いしたのは、たしか、昨年のエリザベス女王杯の時だったでしょうか。
実家に帰ってから勉強の時以外、うすらぼんやりとレースをテレビやスマートフォンで時々眺めていた私に、両親や祖母は、行くのが辛くないのであれば現地観戦をしてみればと提案してくれました。
レースから身を引いてから、空気の抜けた風船のようにどこか気が抜けてしまった私に気分転換をさせてあげたかったのでしょうか。空気を入れてあげたかったのでしょうか。
脚のこともありましたから、母や妹が一緒に行こうか、と提案をしてくれましたが、一度一人でその場に向き合いたくて、一人で足を運びました。
現地では、私の最後のレース、桜花賞で先頭を走り続け、タイトルを獲得した彼女が威風堂々とパドックにいました。栗色の柔らかい質の髪と桃色の勝負服がそよ風と共に、嫋やかに靡いていました。
幸いなことに前列の席に座れて、GⅠレースをこのように見られたのは幸運なことだったのでしょうが、彼女含め私の同期が私を見つけてしまわないかという懸念が純粋な気持ちでその場を見つめることを躊躇った私は、我ながら勇気がないとは思います。
地元に帰ってからなんとなく髪色を変えていましたし、その時は帽子をかぶっていたので、観客は前哨戦のアネモネステークスこそ二着でしたが、かつての桜花賞で十八着だったウマ娘など分からないだろうとは思いました。
でも、真っ直ぐな心を持ったかつて同じ場所にいた彼女達は、志半ばでターフを去った私を見て何か気持ちを乱してしまうかもしれないと過剰な心配をして帽子を深く被り直してしまいました。
いや、正直に吐き出してしまえば、私自身の小さい小さいプライドが、大敗の無様を晒した後すぐに引退した自分が、勝負服を身にまとい戦い続けた強い彼女達に見つかることを嫌がる気持ちもあったのだと思います。
そんな風に考えつつも、気がつけばレースは始まり、終わってしまいました。
目の前をウマ娘達がたくさん駆けるのをみて、目を奪われつつもどこか、地に足がつかない心地がしました。
あのターフを蹴るような、風を切るような感覚を、私自身も感じていたはずなのに、私にとっては絵空事だったような、夢だったような、もう手元にないような心地でした。
私の事実上の引退レースで桜花賞のタイトルを手にした彼女は、その年のエリザベス女王杯では三着で、悔し涙を流していました。
私にはもう、その涙すらどこか他人事になっていることに気づいたのがこの時でした。
本当はもっと前から他人事になっていたはずのに、なぜあの時気づいたのでしょう。
それに気づいて、氷水を頭から被ったような感覚になりつつも、私はなんとかあの感覚を手繰り寄せようと、脳みその記憶を巻き戻しました。
初めて勝利した東京芝千四百の未勝利戦。あともう少しが届かなかったアネモネステークス。
後方から抜け出せぬまま埋もれ、表彰台の彼女達をレース後眺め、バックダンサーの衣装に身を包んで後悔ばかりが滲んだ桜花賞。
ライブ後に楽屋に来て下さった会長方。エアグルーヴ副会長が御自身の敗北経験のお話をしてくださって、会長も励ましてくださって。
トレーナーさんともまたお話をして、オークスへと切り替えようとしていた時に、私は、私の脚は、もう。
これら全てが思い出せはするのに、なぜかもう自分のことのようには思えなくなっていることに気づいてしまいました。
入学した時のことも、あの時のレースのこともトレーニングもトレーナーさんも、書類にその利発な眼差しを向けて長く綺麗な指を滑らせていた会長のことも、全ていつの間にか、私の中ではムービーフィルムのような記録に成り果ててしまっていました。
私にはそれが酷く悲しくて、やるせなくて、愚かしく感じました。
いや、本当はあの日、車椅子に乗ったあの日に気づきかけていたのに、気付かないふりをし続けたかったことにようやく、バカで自分に対して鈍感で自信が無い私がその場で向き合えただけなのかもしれません。
幸か不幸か、その回想の時に観客席にいた私へ会長は声を掛けてくださいました。
ただ生徒会の後輩の一人、大人しくて特別優秀だった訳でもない末端の存在を貴女が覚えていてくださったことは嬉しかったけれど、私は他愛ない世間話の途中にも、自分が今どんな顔をしているのかが気になってしまいました。
今も競走ウマ娘として立派に振る舞っていて、私のような存在のことも覚えていて話してくれるような人格者の貴女が羨ましかった。
こんな私に対してまた笑って話してくれた貴女がただただ眩しくて、嬉しくて、また自分が嫌になりました。
私は、あの時貴女と同じようにちゃんと笑えていたでしょうか。
その後帰ってからは、また変わらない日常を過ごしました。
勉強をして、たまに家事を手伝って、妹の宿題を見てあげて。
そんな合間にも、私がもう競走ウマ娘としての感覚を失った事実に対してのぼんやりとした嫌な感情が甦りもしました。
でも、どうしようもなくて、でも何とか気持ちに整理をつけて、またちゃんと区切りをつけなくては、そのためにはまた、かつての目標であった貴女に何か私から話さなくてはならないのでは、と。
何を歯切れの悪いことを長々と、とお思いかもしれません。そうですよね。
結局私は、この未練がましさと平坦な嘆きにピリオドを打つために今、会長を利用しているのです。
こうやって気持ちの整理に他人を巻き込むような真似をしてしまう性根を、三女神様は見抜いていたから私の脚はこうなったのでしょうか。
でも、本当に、これで、未練と呪詛を連ねるのはこれで辞めにします。
どんなに虚しくても私はちゃんと生きていくことだけは、まだ諦めたくはないと思うのです。
競走ウマ娘としての私はもう死にました。でも、私自身の肉体は緩やかに、空虚にもまだ息をしているなら。せめて家族と、かつて迷子の新入生だった私の手を引いてくださった会長をはじめとするお世話になったトレセン学園の皆さんを悲しませない生き方はしたいのです。
それしか私にはもう残っていないなら、そうする他の選択はしません。
これで、もうたぶん、私の中では、中途半端ではあるけれど綺麗なロードムービーフィルムとして終わりにします。
だから高望みは貴女には何もしません。自分の分際は弁えられる存在でせめていたいのです。
この手紙をビリビリに破いても、オイルライターで焼いても私は構いません。これを貴女と共有することでしかかつての私の成仏が出来ないと思うのは、私の身勝手に過ぎない事なのですから。
でも、貴女は高潔で心優しい御方だから、きっとこの手紙も大事に保管してくれるのは、ほんの数年の間ですが貴女と同じ生徒会にいた私なら火を見るよりも明らかに分かります。
それに甘えてしまっているのかもしれません。本当にごめんなさい。
ただもう少し、貴女に対して何か願えるのなら。
ちゃんとご飯を食べられて、病気や怪我をしませんように。
悪い誰かに貴女の理想が踏み躙られたり、ねじ曲げられたり、利用されることがありませんように。
それだけ、願わせてください。
私のことを悔やむ必要はないから。
最後まで勝手でごめんなさい、本当に。
どうかお元気で。
敬具
シリーズ書けない病で最近は短編しか書けません。なぜ。すいません。
会長のこのお手紙への反応、お返事を書いたかどうかはご想像にお任せします。