「独裁?専制?全体主義?それらは全て危険思想です。」
民主主義の屋台骨が揺らぎ始めた21世紀後半。一人の男が圧倒的なカリスマ性をもって権力者になったことがあったらしい。
そして、その男は度し難いほどの狂信者だったのだそうだ。
「民主制を失わせるような思想は淘汰されなければならないのです!危険思想の根絶を!危険思想の廃絶を!」
過激で急進的な民主主義を盲信し、自らの信じる社会を追い求めた男は日本という国家に善悪いずれにも見える改革を行った。
「危険思想統制機構は常に民主主義の味方です!市民の自由を脅かす悪しき思想に鉄槌を!」
『危険思想統制機構』。
危険思想統制法によってその地位と存在が保証されたその機関の仕事は、反民主的な思想保有者の逮捕・収容である。
国会や内閣よりも権限が上回ることもある機関だが、その設立の経緯から強権的に職務を遂行する姿についたあだ名は『独裁機構』。
皮肉なことに、誰もが望まぬ秘密警察が民主主義の守護者となったのだ。
「「「最大多数の最大幸福!最大多数の最大幸福!」」」
そうスローガンを叫びながら熱狂的に危険思想を検挙する。
街中で彼らの青いスーツと官帽につけられた篝火のマークは恐怖の対象となり、独立した軍備すら持ち始めた彼らはそのころから暴走を始めていたといってもいい。
「危険思想統制法第二条違反の疑いで家宅捜索を行う!」
「お、横暴だ!独裁機構め!」
そして22世紀。
創設者の死とともに公安委員会の統制すら離脱した彼らは、警察や自衛隊内部にも長い手を伸ばす秘密警察として悪名を轟かせていた。
政治家や官僚はもちろん、一般市民すらも監視し北海道の収容所に送り込む彼らの権力は一切衰えず日に日に勢力を増すばかり。
彼らの拠点の中には大量の銃と弾薬が備蓄され、一国と戦争ができるとまで言われるほどの彼らをつぶそうという意見も多い。しかし、日本全土にその監視網を広げている彼らには誰も反抗できないのだ。
「指定図書見つかりました!」
「ほう…『我が闘争』か。第一級指定図書の所持には地方自治体への届け出が必要ということは無論ご存じですよね?」
「言論弾圧だ!言論の自由は憲法で「
そんな危険思想統制機構で働く関東第一管区の451執行部隊は、今日も危険思想の含まれる指定図書の不法所持という『犯罪』の通報を受けその取り締まりを行っていた。
彼らが乗ってきた執行用の特殊車両の中には、人数分の軽機関銃と弾薬が積み込まれている。
いつも通りの職務とはいえテロリストの襲撃もあるにはあるので用心に越したことはないからだが、銃器の積み込まれている場所は彼ら自身が乗る場所でもあるので窮屈に思うことも多々ある。
「…いいですか?自由は常に正義です。
「隊長、踏むのはやめといたほうがいいですよ…とりあえず、運びますね?」
鼻血を出しながらこちらを睨みつける男に手錠をかけて連行する。
帰りの車内はもっと狭くなるな…
そうため息をつく隊員たちだが、これも職務と割り切って考えているようだ。
そして一通りの家宅捜索を終えた隊員たちは車に乗り込み帰路に就く。
「最近は
危険思想統制機構の思想矯正用書籍を読みながら話す一人の隊員。
そんな彼を車内に積まれた危険書籍を眺める別の隊員がたしなめる。
「
次の瞬間。車内で話す隊員たちは横合いから突っ込んできたトラックに車ごと吹き飛ばされ、車内にいた隊員はトラックの運転手が車から降りて赤旗を掲げるところを見ながら意識を失うのであった。
…そして、全隊員が目を閉じた瞬間まばゆい光が辺りを覆うのだった。
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と言ったものの、この作品の主人公は彼らではない。
トラックに吹き飛ばされた人間が生きているはずがないのだから、至極当たり前のことだ。
…だが、異世界にとっての脅威は寿命の短い彼らではない。
「うわっ、ひどいなこれは…」
「倒れてる人たちは無理そうですな」
その
パンノニア王国に属するこの村は、ルスーカ帝国やプルシャ連邦という隣国との国境に位置することから黒煙を上げている特殊車両を敵襲と思い偵察に来たのだ。
そして、異世界にとっての第一の不幸は彼らの学力であった。
彼らが真に無学な農民であれば、発見されたそれらの脅威は打ち捨てられ動植の肥やしとなっていただろう。しかし、偵察に来たのは村の中でも年貢の記録などを行うような学のある農民。
しかも3国の国境地帯ということもあり、3国それぞれの言語を話せるような人間だったのだ。
なので自然に死体の一人が抱える本に目が行く。
「おっ、これって『本』じゃねぇか?!」
「でかした!学者さんに高く売れるぞ!」
第二の不幸は、彼らの生活が戦乱により困窮していたことだろう。
これがなければ、彼らはやはりすべてを打ち捨てていたであろうから。
「中身はどんなもんだ?」
「…わかんね。とりあえず『民主主義』ってのがすんげぇらしいな。」
「うちの魔術師様に聞いてみるか!」
第三の不幸。彼らの村はいざという時の軍事拠点としてそれなりに整備されており、異世界ならではの魔術師が常駐していたこと。
「…おお。これは…!」
「どうですかね?価値は高めですかい?」
第四の不幸。彼らの村にいた魔術師は、国境部に近いため『翻訳魔術』を持っており内容を理解してしまったのだ。
「…素晴らしいものだよ!この本のことを実践すれば君たちの暮らしはもっと良くなる!」
そして、こんな辺境に来た魔術師は『戦火に苦しむ民を救いたい』というろくでもないお人よしであったこと。
とどめに、彼らにとっても不幸であったのは。
「最大多数の最大幸福!最大多数の最大幸福!現在の専制は『危険思想』!危険思想の根絶を!危険思想の廃絶を!」
「「「お、おぅ…?」」」
「魔術師様張り切ってらっしゃるなぁ」
「今の暮らしをよくしてくれるらしいぞ?」
「最大多数の最大幸福!最大多数の最大幸福!」
彼らの知った『民主主義』があまりにも過激すぎたことだろう。
一か月もせずに村人たちにも『民主主義』は浸透し、パンノニア王国に牙をむこうとしていた…
…まぁ、
「これ価値ありそうでねぇか?」
「んじゃ、この本に翻訳魔法を魔術師様にかけてもらうべな。」
「『Mein Kampf』ねえ。」
プルシャ連邦も、
「ふうん…『Capital: Critique of Political Economy』と。」
「向こうの国の奴らも来たっぽいですね。残ってるのはそこらへんの汚れた本だけっす。」
「はぁ~…とりあえず持って帰っとくか。魔術師の先生が翻訳魔法で中身を調べりゃ年貢も楽になるかもしれんし。後のやつは燃やしとけ。どうせ価値はないだろうから弔いだ。」
ルスーカ帝国も同じような状況なので、この世の終わりのような状況になるのだが。
こうして異世界は地球からの侵略の尖兵を迎え入れる羽目になったのであった。
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そしてそれから十年後。
「「「最大多数の最大幸福!最大多数の最大幸福!」」」
「「「Sieg dem Vaterland!帝国に勝利と栄光を!」」」
「「「万国の労働者よ、団結せよ!」」」
「ゆ、勇者様!世界は危機に陥っているのです!」
結果としてパンノニア王国もプルシャ連邦もルスーカ帝国も、突然反旗を翻した辺境地域に送った討伐軍が丸ごと寝返ったり首都の近くの都市が突然反乱に合流した結果統治能力を失い、かつての三国の王族やら貴族たちの一部が地下に潜って抵抗する羽目になった。
そして、彼らは最終手段として異世界から勇者を呼ぶとかいう怪しげな儀式に頼らざるを得ない状況になっていたのだ。
「…いいでしょう」
快諾する青年。
しかし、世の中そんなに甘いわけがない。
「ところで皆さん、『加速主義』に興味はございませんか?」
青年は悪魔のように微笑んだ。
地球(のイデオロギー)なめんなファンタジー。
戦う民主主義vs国家社会主義vs共産主義vs加速主義
果たして勝つのはどのイデオロギーなんだ?!
(なお加速主義は某戦略げーModのRedFlood仕様とする)