走り出したら止まれない/Runaway Baby   作:Avigale

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Hold on I’m coming

ここで視点はワガハイ目線になる。

急で申し訳ないが、この後の情景を描くために、理解してほしいものだ。

 

ワガハイが十分な成績を残していたのにもかかわらず有馬記念に出なかった理由は、東京大賞典へと出場するためだ。東京大賞典は、ドバイワールドカップへのステップレースともなっている。

しかし、その成績はというと。

 

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「負けちゃったねぇ」

 

水橋トレーナーは素面だった。珍しく。

まるで負けることを予想していたかのようでもあった。

 

「でも2着じゃないですか、十分頑張りましたよ」

 

サードはそう慰めようとする。

でも、それではいかんのだ。

 

「2位でドバイに行けるか?」

 

ワガハイは水橋トレーナーに聞いた。

 

「……どうだろ」

 

その言葉に否定の意味が込められていたのが分かる。

控室に沈黙が満ち、それ以降、誰も、何も喋らなかった。

 

ウイニングライブに出た、涙が止まらなかった。

1位の娘の背中を見るだけで、嗚咽が出そうになった。

だが、ワガハイは踊り続けた。ワガハイはこんなところで立ち止まるわけにはいかないのだ。

 

ファンの誰かが、「ロードちゃん! 輝いてたよ!」と言ってくれた。

そのきらめきが涙であることを、彼女には知ってほしくなかった。

 

寮に帰るためのミニバンの中で、ワガハイに水橋トレーナーが聞いてくる。

 

「どうする? 残された道は一つしかないよ?」

 

「残された道?」ワガハイは疑問だった。ステップレースは東京大賞典だけではなかったのか?

 

「向こうの首長だって情報に疎いわけじゃない、成績をちゃんと残したウマなら、必ず目につく」

 

「……だが、もう今年は成績を残せない。レースがないではないか」

 

「だから、来年に”かける”、超忙しくなると思うけど」

 

「何?」

 

「川崎記念、フェブラリーステークス、あそこからもドバイミーティングに招待されたウマはいる。そこに賭けよう」

 

「賭けの勝率は?」

 

「まぁ、アタシが賭けるわけじゃない、君が”駆ける”だけ」

 

「2連勝、できる?」

 

簡単に言ってくれる、と思った。

 

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その日からの練習はもっぱらダート一本だった。

水橋トレーナーは、ワガハイの試走を眺めた後に、土手に腰かけて言った。

 

「君はマイラーだから、フェブラリーステークスは勝てる」

 

「問題は川崎記念、距離的にちょっと長めだし、なにより、ダート馬最強決定戦みたいなところがあるから」

 

「そういえば、それのどちらにもサードは出ないのか?」

 

「サードはねぇ、なんか、出したら絶対勝ちそうな気配がある」

 

「あるじゃん? なんか、この人は負けないだろうな、みたいな雰囲気がある人。それになっちゃったから、その雰囲気を消してちゃんと勝負するためにトレーニングに専念させる」

 

「貴様、何か考えているな?」

 

「……言っちゃうけどさ、アタシはサードちゃんがそんなに好きじゃなかった、何故かっていうと、才能があるくせに、走る理由ががなかったから」

 

「でも今、彼女は走る理由を手にしてしまった」

 

「常人では手に付けられない、怪物に」

 

それは間違いなかった。サードは今や、常勝無敗のほぼ最強馬ともいえる存在になっていた。

負けることのない、無敵の存在。まさしく、怪物。

 

「ほう」

 

「……君とサードは間違いなくドバイワールドカップに呼ばれるよ」

 

「知ってる? ”化け物を倒すのはいつだって人間だ” アタシあの漫画読んだことないけど。絶対そうなんだよ」

 

「君にはサードディグリーという怪物に、終止符を打ってもらう」

 

「それが、今回のアタシの目的ってワケ」

 

「今回の、というのはどういうことだ?」

 

「ウマ娘は一回きりかもしれないけど、トレーナーには別の子で試すチャンスがある」

 

「アタシが現役時代トレーナーが嫌いだった理由はそこ。アタシらにはやり直す権利なんてない。それがズルいなぁって」

 

「そんなこと、どうだっていいわ」

 

「ワガハイは、ワガハイの望むように走る。そして貴様はワガハイをそうできるように管理する。ズルいだなんて思わんよ」

 

「……そっか」

 

「ちょっと話していい?」

 

「なんだ?」

 

「何でトレーナーになったのか、誰にも話してなかった気がするし、自分でもわかってなかった気がする。今話したい気分になったの」

 

「聞いてやろう」

 

水橋トレーナーは酒の缶を横に置いて話した。

 

「アタシは、現役時代のアタシのトレーナーが好きだったの」

 

「でもウマ娘だから、そのトレーナーとは3年間しか会えない。トレーナーには3年後別の子ができる。そう考えたら不安で仕方なかった」

 

「だから、一緒の仕事をすればいいんじゃないかって思って、トレーナーを目指したわけ」

 

「で、どうなったとおもう?」

 

ワガハイは結果を想像してみたが、思いつかなかった。

 

「分からん」

 

「そのトレーナー、指導してたウマ娘に手を出して捕まったんだって、笑える」

 

「アホ臭いな」

 

「そう、アホくさい、不純な動機でこの世界に戻ってきたアタシも、そんなトレーナーもバカらしい」

 

「けど、やることはやったよ~? G1に出た子は君たち含めて何名かいるし、悪いトレーナーとは言わせないよ」

 

「昼間から酒を飲んでいるトレーナーは悪いトレーナーだ」

 

「ぷるぷる、ボクハワルイトレーナージャナイヨ。」

 

ワガハイは水橋トレーナーの頭を軽く叩いた。

 

「いてて、まぁとにかく、今回のアタシの狙いは、ドバイワールドカップ」

 

「そのためにも、君には日本で躓かないでほしいってワケ」

 

ワガハイは鼻で笑った。

 

「誰がこんなシャバい島国で二の足を踏むものか」

 

「……シャバいか、珍しい語彙だね」

 

「日本語は好きだ、面白いからな」

 

「こんなことわざ知ってるか? ”虎は失敗を許さない”」

 

「必殺仕置人じゃん」

 

「とにかく、失敗は許されない」

 

ワガハイはどこかでトレーニングをしているらしいサードの方を向いてこう言った。

 

「待ってろよ、ワガハイが行くからな」

 

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