走り出したら止まれない/Runaway Baby   作:Avigale

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Runaway Baby

視点は僕の方に戻る。ロードさんにお付き合いいただきありがとうございました。

 

「で、書簡にはなんて書いてあるんだ……?」

 

僕たちはトレーナー室に集まって、ドバイのレース主催者の方から届いた手紙を読むことになった。

 

「えー、ドバイミーティング主催者である、ナナチ・モロ・カーン5世より、日本におけるドバイワールドカップ招待バを……」

 

僕たちは生唾を飲んだ。

 

「有馬記念の勝者、サードディグリー。川崎記念、フェブラリーステークスの勝者、ロードオブウォー。この2頭とする…… だって」

 

「やった! やったぞサード!」

 

ロードさんは嬉しさのあまり僕に抱き着いてきた。

 

「よかったですね」

 

「”よかったですね”ではない! 貴様も来るのだ! もしかして実感がわいていないのか?」

 

「多分そうなのだと思います」

 

「もう! 何という体たらくか!」

 

「……あ、やばい、パスポートって取得までどれだけかかんだっけ」

 

「大体発効まで2週間、旅券は1か月くらい前から申請しておくべき、とされているな」

 

「私たちパスポート持ってたっけ?」

 

僕は首を振った。

驚いたのは、海外出身のロードさんまで首を振ったところだ。

 

「……やばいね。間に合わないかも」

 

僕は急いでカレンダーを確認した。

ドバイミーティングの開催まで、1か月あるかないかというところだった。

 

「今日のトレーニングは中止! 急いで理事長に連絡しなきゃ……」

 

僕たちはトレーナー室から急いで出た。

理事長やいろいろな人達に叱られながら、航空券の手配をしたことは、言うまでもない。

 

 

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「”淑女諸君、ドバイへようこそ”」

 

ドバイへ降り立った時、ロードさんはそう僕たちに向けていった。

 

「ドバイではバー以外で酒は飲めんぞ、戒律があるからな」

 

「え””~~~~~!!!!」

 

水橋トレーナーは大ショックを受けた。

 

「そんなんじゃ、通訳辞めたくなっちゃうよ~~~~~」

 

水橋トレーナーは英語も話せるらしくて、僕たちの通訳をしてくれるようだった。

 

「……酒は持ち込んでないよな?」

 

水橋トレーナーは口笛を吹いた。

 

「……しっかりしてくれ」

 

 

僕たちはドバイの街を眺めながら、ホテルに泊まった。

水橋トレーナーの部屋で、彼女がハンバーガーを買ってきてくれた。

 

「クオーターパウンドだって~」

 

「ドバイでもパウンドっていうんですね」

 

「何故だ?」

 

「ヨーロッパではポンドなんて言いません、メートル法ですから」

 

「じゃあなんていうの?」

 

「確か…… チーズロワイヤル?」

 

「いいね」

 

「なにがロワイヤルだ、ハンバーガーの癖に」

 

ロードさんはバーガーを口に入れた。

 

「旨い」

 

「故郷の味ですか?」

 

僕は無神経なことを聞いてしまった。

 

「……まぁ、父はそうだからな」

 

「……すみません、気に入らなかったら手を出していただいてもかまいません」

 

「そういうところが気に入らないのだ」

 

そういって、ロードさんは大きなハンバーガーを小さな口に運んでいる。

 

僕も、同じようにハンバーガーを口に運んだ。

 

 

 

「アスリートがこんな食事でいいのでしょうか」

 

「オリンピックのスポンサーはコカ・コーラだよ」

 

水橋トレーナーはお酒の代わりにアラビア・コーヒーを飲んでいた。

 

「よかったねぇ、急だったのにホテルもいいのを用意してもらえて、メイダンまで歩いて行けるよ」

 

「メイダンレース場はタクシーじゃないといけないぞ?」

 

「てへへ」

 

水橋トレーナーは年甲斐もなく舌を出して笑った。

 

そんな水橋トレーナーを、ロードさんは軽く叩いた。

 

「そろそろ部屋に戻ります、連絡あればください」

 

僕はそう言って、部屋に戻る。

 

 

 

しばらくして、部屋をノックする人がいた。

 

「サード」

 

部屋の外を見ると、ロードさんが寝間着を持って扉の前に立っていた。

 

僕は扉を開けて、彼女を招き入れた。

 

「なぁ」

 

彼女は僕より先にベッドに腰かけて、僕に話しかけた。

 

「怖くないのか?」

 

僕は答えた。

 

「よくわかりません」

 

「……貴様は本当によくわからないの人だな」

 

「でも、負ける気はしません」

 

「だろうな」

 

「おかしいことなのでしょうか?」

 

「おかしくはないさ、むしろ良いことだろう」

 

ロードさんは帽子を脱いだ。

 

「……ワガハイは怖くてたまらない」

 

「すまない、怖いんだ、サード……」

 

そんなこと言われたら。

 

「……いいですよ」

 

助けてあげたくなるに決まってるじゃないですか。

 

 

 

 

__________

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「おい、ワガハイの音で不快な思いをしたくなければ起きろ」

 

ロードさんは昨日の事なんて忘れて、コーヒーを淹れている。

彼女は昨日の夜、ずっと震えていて、僕の手を握っていたのに、朝になって帽子を被ったらこうだ。

 

「その帽子がスイッチなんですかね」

 

「帽子か?」

彼女は帽子のつばに触れた。

 

「父のくれた、大切なものだよ」

 

「この帽子にかけて、ワガハイは負けられないのだ」

 

僕にも、勝ち負けをかけるものがある。

それは。

 

「僕は、僕が今まで倒してきた人たちのために、勝ちます」

 

彼女はフッと笑った。

 

「戦う理由があるというのは良いものだな」

 

僕はそれに同感だった。

 

「賞金で何が欲しい?」

 

ロードさんが聞いてきた。

 

僕は適当に答えた。

 

「そうですね、海外に逃げます」

 

ロードさんは無言で、同意を示す指をピッとこちらに向けてきた。

 

 

 

 

メイダン競馬場は熱気に包まれていた。

レース前のバ道はそんな熱気が伝わらない、避暑地みたいなところだった。

海外のウマ娘たちがいろいろと話している。

僕はそんな子達を横目にバ道を進んでいく。

 

バ道から出ようとしたとき、逆光で目がくらんで、一瞬足が止まった。

 

「貴様」

 

後ろから日本語で声がかけられたので、僕は振り返った。

 

「退くか進むかしろ、止まるな」

 

そこにはロードさんがいた。

 

「……遅かったじゃないですか」

 

「フン、これでも飛ばしてきたのだ」

 

僕はフッと笑った。

 

「ロードさん」

 

「何だ?」

 

彼女は僕を見上げる。

 

「走りませんか? 賞金とか、勝ち負けとか捨てて、全力で、ただ、それだけのために」

 

彼女は笑った。緑色の目がエメラルドのように輝いた。

 

「そうだな、走ろう。ワガハイと、貴様で」

 

僕は彼女に手を差し伸べた。

彼女は握り返し、こう言った。

 

「戦法なんて、追込なんて捨てて、全力でかかってこい、サードディグリー」

 

僕は彼女の手を強く握った。

 

思えば、この手の感触が、ずっと、ずっと残っていた気がする。

 

 

 

 

ゲートが開いた。

 

水橋トレーナーが、控室で言っていたのを思い出した。

 

「予想でてたよ、アメリカの子が1着だって」

 

「でも多分、その通りにはなんないだろうね」

 

水橋トレーナーは多分、今頃バーでお酒でも飲んでいるはずだ。

 

そう、予想表通りになんてならない。ならせるもんか。

 

僕は最後尾から全力で、先頭に立っていたロードさんの元まで上がってきた。

 

僕は言い放った。

 

「何が、”敗者のために走る”だ! 何が”名誉のために走る”だ!!!」

 

「ロードさん! 走ろう! 今ここで、全力で走ろう!!!」

 

僕は全力でロードさんの前に出た。

一瞬、彼女の顔が見えた。

彼女はニヤリと笑っていた。

 

彼女の帽子が、彼女自身の速度で吹き飛ぶ。

 

「サード! 待ちやがれ!」

 

「えへへ! ここまでおいで!」

 

僕たちは走った。なんだか、このままどこまででも走れる気がした。

しばらく走ると、何か白いものが通り過ぎた。何だろう?

でも。そんなものは関係ない。

僕たちは走っているのだ! 誰にも邪魔させてたまるものか。

僕たちは翼が生えたように、誰にも縛られないように走った。走って走って、走り続ける。

 

「つかまえた!」

 

しまった、ロードさんに捕まってしまった。

僕たちはゴロンと土の上に転がる。

 

「走るって楽しいな! サード」

 

ロードさんは、わははと笑っていた。彼女はいつも神妙な顔をしていたから、こんな顔を見るのは初めてだった。

 

僕は周りを見渡した。

 

「ロードさん」

 

「何だ、サード」

 

「僕たちゴールを通り過ぎてしまったみたいです」

 

「いいじゃないか」

 

「もう着順がどうとか、勝敗がどうとか、どうでもいい」

 

「”楽しかった”! それだけでいいんだ!」

 

僕はその言葉を聞いて、一緒にワハハと笑った。

久しぶりかもしれない。僕が本当に笑ったのは。

 

 

 

 

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__________

 

さて、その後の話でもしようか。

 

ドバイでの着順は、サードが1位で、ワガハイが2位だった。

追いかけていたのだから当然だな?

 

3年過ぎた後、つまり卒業した後、ワガハイたちはまぁ、別々の道を歩むことになった。

水橋トレーナーはトレーナー業を続け、ワガハイは、趣味の油絵で仕事をしている。

……もう、帽子は被っていない。

 

「おい、貴様、また酔っているのか」

 

「しょーがないじゃーん。だって今日はお祭りなんだから」

 

「一世一代の勝負なのだぞ、緊張してならんわ」

 

「サードちゃん、今どこにいるんだろうね」

 

「決まっているだろう、ロンドンだ。オリンピックに、ウマ娘陸上で出ている」

 

「そういう意味じゃなくて…… あ、中継始まった」

 

中継のアナウンサーが語り始めた。

 

”本日期待の選手と言えば、彼女以外に居ないでしょう。サードディグリー選手。彼女と言えば長距離でのスパートです。さて、選手入場が始まりました……”

 

数人通った後、最後に現れたのはサードディグリーだった。

 

彼女は観客に向けて両手を上げて叫んだ。

 

 

「走ろう!!!!」

 

 

ワガハイは呟いた。

 

「……本当にアイツは、”走り出したら止まらない”な」

 




実は、各章のサブタイトルは曲のタイトル(一部英訳)になっており、それぞれ対応する曲があります。よかったら探して聞いてみてください。
本当に、お読みいただきありがとうございました。


善かったら最後に、ブルーノ・マーズの「Runaway Baby」を聞いていってください。
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