走り出したら止まれない/Runaway Baby   作:Avigale

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走り出したら止まれない・その3

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僕は府中までの490円の切符を買って、彼女のところへ向かった。

 

路線図を見たとき、僕はまるで子どもがペンでグチャグチャに描いた絵のように思えた。

この表に、意味があるとは到底思えない。

 

彼女はICカードを持っているらしくて、切符は要らないと言っていた。

 

「あとでSuicaを作れ、そのほうが安い」

 

「……なんだか面倒ですね」

 

「都会では、気力のないものはだんだんと死んでいくだけだ」

 

改札を通り、彼女は歩きながら話しかけてくる。

 

「貴様、出身は?」

 

「岩手です」

 

「そうか、私は海外だ」

 

「意外ですね」

 

「海外だけに?」

 

「……かもしれませんね」

 

よく舌を噛まないものだと思った。

でも、彼女の声はよく通る、こんなに人がいるのに、僕の隣に彼女がいるということがはっきりわかる。

彼女は、僕の隣にいてくれるようだ。

 

「2番ホームだ」

 

僕たちは歩き続けて、駅の2番ホームにたどり着いた。

その瞬間、停車していた電車が扉を閉じ、出発してしまった。

 

「まあいい、各駅停車に用はない」

 

「そういうの、”酸っぱい葡萄”っていうんですよ」

 

「ふん、ワガハイがキツネに見えるか」

 

彼女に僕の皮肉が通じてしまって、なんだか申し訳なくなる。

数分待っていると次の電車が来た。

 

「僕はいまだに信じられません」

 

「こんなスピードで電車が来ることにか?」

 

「地元じゃ3時間に1本あるかくらいでした」

 

「電車が必要とされてないんだな」

 

「そんなことはないと思いますし、あとウチは列車です」

 

「列車ではない、気動車というんだ」

 

「僕はあなたの話を聞くまで、全部列車だと思ってました」

 

「それで不都合がない人生であればいいな」

 

「皮肉ですか?」

 

「それは」

 

後ろを電車が通る轟音で彼女の声が聞こえなかった。

 

「とにかく、そういうことだ」

 

「何ですか一体」

 

そこまで話したところで、次の電車がやってきた。

 

扉が開き、その中になだれ込むように入っていく。

ボックス席は開いておらず、僕たちは吊革につかまって立った。

 

彼女の方を見ると、しきりに帽子を確認しながら、吊革にギリギリ掴まっていた。

 

アラーム音が鳴り、電車が出発していく。電車の中にいる全員が進行方向とは逆に傾く。

この瞬間だけ、僕たちが電車の一部になったみたいだ。

電車の中の乗客も、ある意味では、大きな仕組みの中の一部なのかもしれない。

 

 

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東京駅から新宿駅まで15分ほど。

僕たちはその間一言も発さずにガタゴトと電車に揺られていた。

あんなに喋っていた彼女がずっとダンマリしているので、気になってみてみたら、彼女は本当に、無の表情を浮かべている。

先ほどあった威厳のある感じとか、傲慢で人間的な感覚みたいなのがごっそり抜けていて、まるで機械みたいだった。

 

「えっ」と声が漏れてしまい、周りの人に視線を向けられる。

 

「どうした?」

 

彼女は僕の方を見上げた。その表情には血が通っていて、ちゃんと生きていた。

僕は彼女が死んでしまったんじゃないかと思って怖かったのかもしれない。

 

「何でもありません」

 

そう答えた。何でもなかったわけじゃないけど、どうでもいい話だろうから。

 

僕たちはそのまま、新宿駅で乗り換える。

 

「走るなよ、片側を開けろ」

 

エスカレーターに乗る際に、彼女は僕の手を握って引っ張ってくれた。

その忠告に合わせて、僕も片側に寄る。

 

女性が僕の横を走り抜けていった。

あんなに急がなければならないことがあったのなら、可哀そうだな、とそう思った。

 

ここまで、僕はずっと、乗るべき電車が京王線なのか、京葉線なのか分からなかった。

 

「京王線と京葉線の違いって何ですか?」

 

僕は次の電車をホームで待ちながら、彼女に聞いた。

 

「八王子に行くのが京王線、千葉に行くのが京葉線」

 

彼女は端的に答えた。

 

「貴様が有馬記念に出る際は、京葉線に乗らなきゃいけないというわけだ」

 

「……僕は走るつもりはありません」

 

「トレセンに行くのに走らないのか?」

 

「僕は勉学のために行くんです……」

 

「つまらん奴だ」

 

「つまんなくないです」

 

目の前を見覚えのある人が通っていく。

あれ、さっき売店で僕を無視した人じゃないか?

その人は僕の顔を見て、バツが悪そうにしていた。

 

「……まぁ、勉学も、レースも、競争であることには変わりないのかもな」

 

彼女がそんなことをつぶやいたとき、電車がやってきた。

府中駅まで20分、僕たちはその間、僕たちの繋がりを忘れられずにいられるだろうか。

 

電車が揺れて、僕たちの間に人が入り込んでくる。

 

彼女が僕の手をぎゅっと握っていた。

僕も彼女の手を握り返した。

 

僕はいつの間にか、彼女と離れたくないような、そんな気がしていた。

 

 

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