敬愛するお兄さまに恋人がいないと知った黒い刺客はやばい 作:オティレニヌス
夏祭り。一般的に七夕やお盆など、夏のイベントのついでに盛り上がってしまおうみたいなノリの催しである。
夏という季節に活発なイメージがあるのは、その気候や気温からなのか、はたまた祭りの存在故か。
とか、ボーっとしながら考えていたトレーナー。現在はその祭り会場の入り口で人を待っていた。
この祭りは中央トレセンの夏の合宿先近くで開催されるもので、トレーナーと担当ウマ娘だったりチームだったりが多く見られると評判だったりするのだ。
割と毎年恒例だから浴衣を持ってきたりしてみたかったが、トレーナーにそんな荷物の余裕はなく普通にジャージである。
まあ大人で着ている人もいるにはいるが、ジャージと半々ぐらいだ。大方浴衣が一般客、ジャージがトレーナーであろう。
「あっ、お兄さま!」
周りを観察していると、待ち人の声が聞こえてきた。もちろんライスシャワーである。今日は二人で回る予定であった。
ちなみにアドマイヤベガも行こうかという話になったが彼女は拒否。
ライスシャワーは(気を遣ってくれたのかなアヤベさん……!)と思っている。
トレーナーは(二人きりにしないでくれよ死ぬだろ……!)と嘆いている。
アドマイヤベガは(いや挟まるのキツいでしょ……)と呆れている。
トレーナーとしては何人か友達を呼んでもらうくらいで良かった、というか助かったのだが、今回彼は二人でのいわゆるデートを敢行。
というのも、なんだかんだ二人きりくらいなら慣れてきたのだ。普通に個人的にライスシャワーと一緒にいたいし、たまにはいいだろう、という判断である。
「お、お待たせっ!」
まあライスシャワーが浴衣着てくるみたいな非日常がない限り大丈
「……っ、ど、どうかな」
浴衣である。声の方に目を向けてみれば、そこにいたのは綺麗に着付けされた浴衣を着ているライスシャワーであった。
「ブッ…」
「お、お兄さま!?今呼吸おかしくなかった!?」
脳の支配率をかわいい、という感情が十割、綺麗、という感情が十割を占めた。リミットブレイクしている。
まず青く彩られた浴衣。彼女が髪に刺しているバラと同じ色。彼女の黒鹿毛との調和が美しく絵画のようで、僅かに上気した頬も相まって今この瞬間にはプライスレスの価値がある、と確信した。
そしてその黒鹿毛だ。三つ編み。三つ編みである。以前彼女が参加していたブライダルイベントのときと同じ髪形。その螺旋に組み込まれて一生を終えたい。いや、その無限にも思える迷路の中でなら終わりは来ないのかもしれない。あそこに住むだけで不死身になれるかもしれない。ノーベル賞は俺んモンだぜぇ~!
着付けしてくれたのは同室で同じ髪形のゼンノロブロイだろうか。たしか彼女も合宿に来ていた筈……グッジョブと言わざるを得ない。
大和撫子、という言葉はこのときのためにあったのかもしれない。いやむしろこのライスシャワーを差し置いて大和撫子と形容された全国の方々はライスシャワーに謝って欲しい。これが真の大和撫子だぞ。
かの文豪である谷崎潤一郎は、女性の足の描写に数ページを割いた。今トレーナーは氏の気持ちがわかりかけていた。俺が当時に産まれていたら文豪になってたかもしれん……と。
「ん゛ッん゛ん゛!!ごめんな、ちょっと喉がおかしくなった!今週は休みにしてデスクワーク長くてあんまり喋ってなかったからだな!すまんすまん!」
「う、うん……無理しないでね?」
喉がおかしいクセにやたらデカい声で喋るミスター矛盾製造機のトレーナー。おかしいのはあんたの頭よとアドマイヤベガなら突っ込んでいただろう。
一瞬で情報の整理を終えたトレーナーは、とりあえず立て直していつものお兄さまフェイスを貼りなおす。
「え、えと……それで……その……これ……う、ううん!行こ、お兄さま」
「ん?ああ、そうだな……っと、ライス」
ポン、と頭に手を乗せるトレーナー。
「似合ってるよ。まさか着てくると思ってなくてビックリしちゃったけど。うん、すごく似合ってる」
「───っっっ!!!あ、ありっ、ありがとうございましゅっ!!」
「お、その噛み方久々だなー」
「あうぅ……」
と、そんなこんなで二人の夏祭りが始まったのである。
「さて、まずは食料の確保だな」
「ライス、焼きそば食べたいな……!」
「早速目に入ったものをご所望か……ライスって意外と刹那主義なのか?」
「ふえ?え、えっと……だって、美味しそうだったから……」
「……うん、そうだよな、美味しそうなものは食べたいよな」
「見てお兄さま、型抜きだよ」
「夏祭りに来て最初に目に入るのが型抜きか、ライスらしいな」
「うーん……あ、ライスこれにするね!」
「へー、たこ焼き……」
(……まだお腹空いてるのかな)
「射的って意外と難しいんだな……!」
「おいおい、娘さんにいいとこ見せてやれよお父さん」
「───」
「あー……いや、はは、そうですね面目ない」
「お兄さま、貸して」
「え?いいけどなんヒッ!?」
「おっ、お嬢ちゃんやるのかい?当てちまったらお父さんがちょっと悲ヒェッ!?」
「スゥー……フゥー……───ッ!」パンッ
「おわあ、一等当てやがった……」
「……じゃないです」
「え?」
「ライス、子どもじゃないです……!」
「あっはい」
(最近軽率に鬼宿りすぎじゃないかライスよ)
「ライス、射的上手いんだなー」
「た、たまたまだよ~……」チラッ
(視線がチラチラ食べ物の屋台の方へ……)
「───なあライス、俺またお腹減っちゃったからたこ焼き食べるの付き合ってくれないか?」
「ふえっ!?あ、えと、その……う、うん!ありがとうお兄さま」
「ははは……恥ずかしがらなくていいのに」
「お兄さま、金魚すくいだよ!」
「金魚ってあんまり美味しくないらしいぞ?」
「食べないよ!?」
「ははは、冗談冗談。いいよ、やろうか」
「ほっ……!えい……ってわわ、金魚さん逃げないで……!」
「頑張れーライスー」
「うー……!やあ!……きゃっ」パシャ
「おっと大丈夫かライス───ウッ」
「うう、破れちゃった……お兄さまもやってみる?」
「あー……いや、それよりライス、これ羽織った方がいいかも」
「え……───ッ!」バッ
「金魚さんの必死の抵抗だったなー」
「……タオルありがとう、お兄さま」
「うん、まあ、そこ意外はあんまり濡れてないみたいだからよかったよ。どうする?今日はもう帰るか?」
「ううん、このままいこ?もうすぐ花火始まるよね」
「ん、わかった。じゃあもう場所取りに行こうか」
(───俺、マジでよく耐えたなあ)
先ほどのハプニングを振り返りながら、トレーナーは飲み物両手に歩いていた。既に花火見物の場所は取っており、ライスシャワーをそこに待たせて彼は二人分の飲み物を取りに行っていた。
金魚はライスシャワーの何が怖いのか、もはやぽいをつける前から蜘蛛の子を散らすように逃げていった。そのせいか気合の入ってしまったライスシャワーの一撃と、それから必死に逃げる金魚の水しぶきでライスシャワーの浴衣が濡れてしまった。
まあ、濡れた浴衣+美少女……この式の答えはいつの時代も変わらない。水も滴る云々かんぬんである。
(耐性ついたってことなのかな)
今日の二人での行動───この実質夏祭りデートのような状況で、トレーナーは比較的冷静に立ち回ることができていた。
浴衣ライスシャワーという実装またはファンアート早くしてください案件な事態もあったものの、特に問題なく夏祭りを楽しむことが出来たのだ。
やはり三年も一緒にいれば慣れるというものなのか。今でも彼女の言動に心臓が跳ねまわることもあるが、概ねトレーナーとしての責務は果たせているのではなかろうか。
「ライス、買ってきたよ」
「お兄さま!ありがとう」
飲み物を渡しながらライスシャワーの隣に座る。二人サイズのベンチだ。
ライスシャワーはいつも、トレーナーを見つけると嬉しそうに呼んでくれる。「お兄さま」という呼び方は、彼女の好きな絵本の登場人物らしい。自分はその呼び名にふさわしく在れているだろうか、とトレーナーはよく思案する。
彼女曰く、「お兄さま」は素敵な存在。周りから見れば不気味な青い薔薇も綺麗だと微笑んでくれる、そんな優しい人物。自分は本当に彼のようになれているだろうか。
彼女の向けてくれる笑顔は、トレーナーである自分を全面的に信頼してくれている証だ。よく懐いてくれていると思う。しかし、そんな自分の内面は未成年の教え子に恋心を抱く危険なロリコン野郎だ。
常日頃から努力はしているけれど、それはライスシャワーを騙しているような気がして、そう考えると胸に異物が入り込むのを覚えた。
自分の本当の顔は誰に見せるわけにもいかない───一部の相談相手を除くが。ともあれ、彼は彼女の前だけでなく誰の前でも「お兄さま」であり続けるのだ。
それがこの感情の適切な処理方法であり、ライスシャワーが幸せになれる方法だと知っている。こんなくだらない人間の想いひとつで、将来を約束された栄えあるスター……いや、そうでなくても、一人の女の子の人生を狂わせるなんてこと、あってはならないのだ。
───以上のことは全てトレーナーがそう思っているというだけに過ぎないのだが。
「花火始まるね、お兄さま」
「ああ、そうだな」
打ちあがる直前だからか、ざわついていた周囲はすっかり静かになる。空を見上げ、主役の登場を今か今かと待っているのだ。
手に持ったお茶の冷たさが伝わってきた。
「───ライスね。お兄さまに出会えて本当に良かったって思ってるの」
「うん」
「あのときお兄さまがいなかったら、ライスきっとここにいなかったと思う」
「うん」
「───お兄さまがお兄さまで良かったって、ずっとずっと、毎日ずーっと思ってるんだ」
「───」
「あのね、だから、ライスね」
二人の目が合った。僅かに頬が朱色に染まっているライスシャワーを見て、トレーナーも少なからず動揺し───そして勘付く。
今からライスシャワーが何を言おうとしているのか、いくらトレーナーでもわかってしまうのだ。
「ライス、実は───!」
花火の打ちあがる音。誰かのわあっと言う声が聞こえてくる。
その全ての中に溶け込むように、ライスシャワーはその先を言葉にした───
「たこ焼き、もう一箱だけ食べたいの……っ!!!」
溶け込むどころか喰らうように食欲を叫んだのだった。
「そうだよな、聞かないフリしてたけどさっきもお腹鳴ってたもんな!買ってくるよ!」
トレーナーも予想通りの展開だったのでさっさと用意をし始めた。こいつらマジ?
いいや、マジなのはトレーナーだけである。ライスシャワーはマジなどではなかった。
(ご、誤魔化しちゃった……!告白しようと思ったのに……!)
ギリギリでヘタレてしまったのは担当トレーナーがモテてそうステークス二番人気ライスシャワーである。一番人気は読者の皆様のご想像にお任せしたい。
さて、そもそも今回の夏祭りデート───アドマイヤベガが断ってデートとなった瞬間に想いを伝えるためのプランは立てていたのだ。
まず何らかのおめかしをすることは確定していた。自分という素材を最大限引き立たせるための努力は怠らなかった。着付けのときもゼンノロブロイに手伝ってもらい、できるだけ魅力的になるように自分を飾り付けた。
まあ、これは結局大人の余裕を見せつけたトレーナー(ライスシャワー視点)によっていなされてしまい、逆に褒められて自分が照れ負けてしまったが。
プランを立てたと大層なことを言ったが、具体的に考えていたのは金魚すくいのアレだ。金魚に圧をかけ、なるべく水しぶきを立てさせた。そうして上半身のちょっと危ないところが濡れる様に位置と角度を計算し、実行したのだ。
これはゼンノロブロイのアドバイスで、ちょっと濡れてる異性にはドキっとしてしまうものなのだということを教わった。まあ、これも効果はないようだったが(ライスシャワー視点)。
(あうぅ……ライスやっぱりダメな子だ……ここまで来て恥ずかしくなっちゃうなんて……)
食べもので誤魔化したことでそれはそれで恥ずかしいことになっていると気付ける程今のライスシャワーに余裕はなかった。
ちなみにお腹が空いているのは本当だったりする。とっさに出てくる辺り健啖家である。
「おーいライス!買ってきたぞー!」
「はっ!あ、ありがとうお兄さま!」
思考の渦から抜け出したライスシャワーは一旦たこ焼きを味わうことにした。大丈夫、ここからでも挽回できると自らを鼓舞する。
「熱いから気を付けてな」
「う、うんあつっ!?」
「!?」
動揺していたライスシャワー、たこ焼きに刺さった爪楊枝を取る拍子にたこ焼き本体に手が当たってしまったのだ。
「だ、大丈夫か……?しょうがない、ほら口開けて、フーってして」
「え……ふえっ!?」
お兄さまモードのときのトレーナーはこういうことを無意識でやってしまう。そして、攻められたときのライスシャワーが弱いというのは言わずもがな。
「ふ、ふ、ふ……っ!きゅう~~~~」
バタン。外で倒れたら危ないよ。
「ちょ、ライス!?なんで!?そんな熱かった!?ライスー!?」
なお、すぐに目覚めたので二人は普通にたこ焼きを食べながら普通に花火を見て普通に帰ったという。
「……あの二人が進展する未来が見えないわ」
「うーんまあ……良いんじゃないです?カワイイじゃないですか」
「私はいつまでアレに付き合えばいいの」
「そうは言っても仮にくっついたとして、アヤベさんが巻き込まれなくなると思ってます?」
「……トレーナーを間違えたわね」
カレンチャンに誘われて来ていたアドマイヤベガは、二人の様子を遠巻きに眺めながらいよいよ真面目に後悔し始めていた。
米(鬼モード)「オラきりきり働け」
金魚「やばい奴おらん?ワイら死ぬんか?」
前話とオチ同じってマジ?
はい、なんやかんやゆっくり更新していますが、あと二個くらい書きたい話はあるのでそういう感じでよろしくお願いいたします。
このサイトのウマ娘作品を読み尽くしている訳ではなかったのですが、ライスのお話もたくさんあるらしいのを最近知りました。ゆっくり読んでみたいですね。
意外に思われるかもしれませんが、私の推しウマ娘って実はライスシャワーなんです。しかしゲームの性能上扱うのがとても難しく、育成が大変すぎて中々親愛度は増えません。スタミナサポカに救いはないのですか?
どちらが読みやすいですか?
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会話一行開け
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会話詰め詰め