敬愛するお兄さまに恋人がいないと知った黒い刺客はやばい 作:オティレニヌス
お久しぶりです。まさかこんなに投稿が遅くなるとは自分でも思っていなかったのです。年跨いじゃったよオイ。もっと早く投稿する予定だったから作中がまだ秋なんですよね。読書の秋から考えた回なので……。
今後はできるだけ更新ペースをはやめられたら良いな、と希望的観測です。ゆっくりお待ちいただければ。
アドマイヤベガ→ライスシャワーの呼称を「ライス先輩」から「ライスさん」に変更しました。
「──よし、いいタイムだな」
カチッという機械的な音は、トレーニングの成果が無事に確かめられたことを知らせる。
走り終えたライスシャワーとアドマイヤベガは、トレーナーに駆け寄った。
「うん、ライスもアヤベも目標タイムは切ってる。スタミナ配分は完璧だな」
「お兄さまのトレーニングのおかげだねっ」
「まあ、まだまだ問題は山積みだけれど……概ね良好ね」
ライスシャワーは4年目で、アドマイヤベガは3年目。更に得意とする距離も違うため、タイムに差は出る……が、その辺りを考慮すれば十分なタイムを出していた。
「さて、今日のトレーニングはこれで終わりだな。2人とも、お疲れ様」
「ええ、お疲れ様」
「お兄さま!今日、ね?」
「ああ、わかってるよ。先行って待ってるな」
「え、あ、えと……」
と、モジモジしだすライスシャワー。その会話にアドマイヤベガは首を傾げる。
「……?何の話かしら」
「ああ、図書室行って本読むんだよ。そういえばアヤベには言ってなかったな」
「あ、そうだったね。1か月に1回くらい、2人で一緒に行くんだ」
「……そう」
こいつらはまたカップルみたいなことをしているな、と呆れるアドマイヤベガ。彼女は後何度この2人に対してため息を我慢すれば良いのだろうか。
それで、とアドマイヤベガは思考する。先ほどのライスシャワーのモジモジは一体なんだったんだ、と──あ、一緒に行きたいだけかと半目になった。
「そうだ!アヤベさんも一緒にどうかな?きっと3人だったらもっと楽しいよ!」
「いえ、遠慮します。それよりも渡すものがあるから着替え終わるまで待っていて頂戴」
「そうなのか?わかった」
「……!」
2人で行けばいいものを、お構いなしに誘ってくるライスシャワーにまたしてもため息を抑える。そして、トレーナーが先に行ってしまわないための手配もスムーズに済ませる。嘘とかではなくちゃんと渡すものもある。
気配りの鬼、アドマイヤベガである。「私は一人でいい」とかなんとか言ってる割にしっかり同級生に馴染めている女は伊達ではない。ライスシャワーは顔を輝かせた。
「じゃ、また後でな」
「ええ」
「うんっ!」
そうして更衣室に向かう2人。道中、アドマイヤベガは考える。
今のように一緒に図書室に行くのを躊躇う程度で、やはりこの2人の仲が進展するとは到底思えない。2人っきりのチャンスを消してまでアドマイヤベガを誘う程呑気な彼女にはつくづく呆れる。
トレーナーの方からの相談はよく受けているが、ここはこっちサイドにも何か言っておくべきか。
「ライスさん」
「?どうしたの、アヤベさん」
ライスシャワーはニッコニコの笑顔でアドマイヤベガの方を見る。本当に顔に出やすい子である。
こっちの気も知らないで、とまたまた嘆息しそうになるアドマイヤベガ。停滞している恋路を見てため息を我慢しよう選手権があれば優勝できる自信があった。
「……うかうかしてると、誰かに取られるかもしれませんよ」
「ふえ?何の話?」
「……」
ダメだコイツ。危機感がなさすぎるのか、最終的に私の傍に居ればよい系女子なのか。まかり間違ってもアドマイヤベガがあの男にそういった感情を抱くことはないが、もうちょっと考えた方がいい。
「なんでもないです。あの人を待たせてるし、急ぎましょうか」
「あ、そうだね……ふふふっ」
「……なんですか?」
「ううん。アヤベさんはやっぱり優しいなって。お兄さまを引き留めてくれたんだよね?」
「……」
アドマイヤベガは先ほどまでの考えを撤回する。ライスシャワーは、彼とだけの時間が減ることなんてわかっているのだ。
その上で、みんなでいれば楽しいからと自分の欲よりも他人の幸福を優先したのだ。
ライスシャワーがこういう子だからこそ、2人の恋路を応援する理由が面倒事の削減以外にもある。
「──いえ。さっさと行きましょう」
「あっ!アヤベさん待ってぇ~」
途端に早歩きをしだすアドマイヤベガに追随するライスシャワー。
今日の秋空は、いつもより眩しく見えた。
⏰
「お兄さま。この本はどうかな」
「──お、それは知らないな。いいんじゃないか?」
図書室にて、2人はいつものように本を探し回っていた。半年前から定期で行っており、まさしくカップルみたいだった。
なんかもう今更体裁とか気にしても手遅れなんじゃないか、というのはアドマイヤベガの話を聞いたカレンチャンの談。
もちろん図書室なので小声で喋る2人は、今日読む本を見つけた。
基本的にはお互いがおススメしたい本──というか絵本──を探し合って感想を言いあうのだが、ライスシャワーの造詣が深すぎてほとんど一方通行である。
「じゃあ行こっ」
2人は席に座り、見えやすいように長机に本を広げる。
……そう、それぞれで読むのではなく1冊の本を2人で隣り合って読むのである。本当にカップルみたい。
さて、今回持ってきたのは人魚の話。ある日、人魚と人間の男が恋に落ちるが、種族の違いから世界がそれを許さない。駆け落ちをするための準備をしに男が一旦家に帰るが……という話。
人間の帰還を健気に待ち続ける人魚の描写や、人間界に置いてきた大切なものに対する男の苦悩が高く評価された作品だ。
余談だが、ここ最近のライスシャワーが持ってくる作品は恋愛色の強いものが多い。なんでやろなあ。
2人で同じ本を読むのでペースが難しいが、手慣れたライスシャワーが先にページを読み終わるため、追いついたトレーナーがめくっていくのが主だ。
そのため、ライスシャワーには暇な時間が発生するわけだが──
(見てるなあ)
そう微笑むのは図書委員のゼンノロブロイ。カウンターから2人の様子を眺めているのである。
彼女はその属している委員会の性質上、半年間定期的にここに来ている2人を眺め続けているわけだが。
(うん、今日もいっぱい見てる)
何がというと、ライスシャワーがトレーナーの顔をじっと見つめているのだ。かわいいなあ、という読者全員と同じ感想を抱くゼンノロブロイ。
そう、ライスシャワーはその空いた時間のほとんどを、トレーナーの横顔を見つめるのに使っているのである。なんならそれをするために急いで読み終わっている。というかもう覚えている本なら読まないこともある。
ちなみにトレーナーはちゃんと気付いているし普通にドキドキしているし念仏を唱えているが、読み終わるのを待っているものと思い込んでいるのだ。まさかただ顔が見たいだけとか誰が思うのか。
ゼンノロブロイはそんなライスシャワーを見て生活の質が上がっている気すらしていた。直接口出ししない辺り、この状況を楽しんで俯瞰していることがわかりやすい。そのうち『ウチの同室が可愛すぎる!』みたいな本を出しそうなレベルだ。
(──お兄さま、とっても真剣に読んでくれてるなあ)
ライスシャワー的には、自分が勧めた絵本をじっくり真面目に読んでくれるのがわかるし、横顔が素敵だしで良いこと尽くめの時間。
しかしライスシャワーはスターウマ娘で、彼はその担当トレーナー。こういう時間を取るのは中々難しい。だからこそ、ライスシャワー──そしてトレーナーも、好きな相手と過ごすこのひとときをかみしめていた。
そんな感じでイチャイチャする2人だが、今日は少しいつもと様子が違った。
ページ数が半分、人間の男が故郷の人間たちを説得しているパートを読んでいるとき、事は起こった。
トレーナーが、肩に慣れない重量を感じた。重量、という言い方をしたが重くはなく、なんだか花のような香りが漂ってきたので不快感も一切なく──
「──は」
まあ、ライスの頭だった。なんということはない。今日はちょっとハードめなトレーニングだったので疲れてしまったのである。スヤスヤだ。
(……ライス)
もちろんすごくドキドキした。トレーナーはまたしても仏様に逃げようとして──自らの思考に待ったをかける。
こんなことは初めてなのだ。ライスシャワーはひかえめな子で、こうして体を預けてくることはなかった。最近──トレーナーが知ることではないが、ライスシャワーがトレーナーの恋人事情を知った日から──少しスキンシップが多いような気はしている彼だが。
この寝落ちはトレーニングを頑張った証であり、彼女からトレーナーへの信頼の証でもあるのだ。
それを雑念だとか煩悩だとか、そんなくだらない理由で切り捨てる、なんて。それで良いのかと、彼は自分に問う。
(──そりゃあ違うよな。俺はライスのお兄さまなんだから)
ぽん、とライスシャワーの頭に手を乗せる。そのまま、なでりなでりと。彼女の綺麗な黒鹿毛が崩れてしまわない程度に。
「お疲れ様、ライス。俺なんかの肩で良ければ、いくらでも貸すからな」
決して起こさぬよう、それでいて伝わるように。ライスシャワーを慈しむように微笑む彼は、間違いなく彼女の敬愛する『お兄さま』だった。
時計の音と、紙をめくる音。かち、かち。ぺら、ぺら。
図書室にあるべき静寂がそこにあった。生徒たちはこの静寂の中で勉学に励み、読書にいそしむ。
ライスシャワーとトレーナーもそのうちのひとつ。中央トレセン学園における日常風景。
そんななんでもない、でもちょっぴり特別で穏やかなこの時間は、トレーナーにとって離れがたい居心地だった。
(──ライスは……)
さて、ではライスシャワーにとってはどうなのかというと。
(何をやっちゃてるのぉーっ!?)
自らの体の健康のため可及的速やかに離れたいけどもうちょっとこうしていたい気持ちが混在する居心地だった。
実は撫でられたときに起きちゃってたのは前髪邪魔そうステークス二番人気、ライスシャワー。そりゃ話しかけられもしたもんね、起きちゃうね。
(どうしよう……寝てたフリ?でもでも、こんなこと滅多にないし……!)
こうして葛藤している間も頭を撫でられているわけで、恥ずかしさと心地よさが次から次へと湧き出てくる。これ以上の幸福は流石に毒だ、とライスシャワーは焦る。
(そうだ、ロブロイさんっ!どうにか、こう、ライスを起こすみたいなことを!)
頼れる同室のゼンノロブロイがここにいることはちゃんとわかっている。トレーナーは頭を撫でながらも絵本を読んでいるので、彼にバレないよう、そろりとカウンターの方に視線を向ける。
(……!ロブロイさん!お願い、助けて!)
すると、ゼンノロブロイもこちらに気付いた。しっかりと目が合っているので、なんとかアイコンタクトで緊急事態を知らせる。
(ライスさん、トレーナーさんにもたれかかって私にウィンクを……?ふふ、頑張ってますね)
(ロブロイさぁん!違うよぉ!)
頑張った報告をしてくれていると勘違いしたゼンノロブロイは、ライスシャワーに微笑みを返した。救いの手はここにはなかった。
なでりなでりなでり。なでりなでりなでりなでり。
終わらない充足感。ライスシャワーは幸せを与えられ続け、今にも限界を迎えそうだった。
(あ、あうう……このままじゃライス、ライス……!戻れなくなっちゃう……!)
ちなみにトレーナーも、ライスシャワーの撫で心地が良すぎてやめられなくなっている。片手間にライスシャワーの新たな扉を開こうとするトレーナーは、間違いなく彼女の敬愛する『お兄さま』だった。
「頑張って偉いぞ、ライス。ずっと見てるからな」
「ヒュッ」
肩に頭が乗っているということは、丁度トレーナーの口元辺りにライスシャワーの耳があるということ。お兄さまASMRの炸裂である。
(あっもうダメ……た、助けてアヤベさんー!)
「……」
「ア、アヤベさん……?ど、どうかしたんですか?」
「……いえ。今どこかでまた面倒くさい救難信号が」
「はーっはっは!アヤベさんもついに星の声が聞こえるようになったんだね!」
(アヤベさん、最近元気なってくれたのは嬉しいんですけどたまに様子が……)
⏰
「──ハッ!」
「おっ、ライス起きたか。おはよう」
「お、おはよう、お兄さま……?」
なでなでに耐えることができなかったライスシャワーは、自己防衛反応として再び眠りに落ちていた。ほとんど気絶である。結果的にバレなかったので問題はなかった。
ふと机の上の閉じた絵本に目をやって、ライスシャワーは申し訳なさそうに縮こまった。
「ご、ごめんなさい……本、読めなくって」
「全然大丈夫だ、ライスの知ってるやつなんだし。ゆっくり休めたか?俺の肩なんかで申し訳ないけど」
「あ、うん……やすらかに……」
「やす……?まあ、大丈夫なら良かったよ」
ちなみに、もちろん小声で喋っている。図書室ではお静かに。
「で、肝心の本なんだけど……うん、面白かったよ。結局2人が寿命の差で結ばれず、人間界から帰れなかった男が亡くなって人魚が待ちぼうけ、なんてなあ……悲しい話だけど、種族、というか立場の違いで成就しない恋ってのは現代にもありそうな話だよな」
「そうだねぇ。お兄さまは、人魚さんたちは結ばれるべきだったって思う?」
いつものように感想会が始まる。ライスシャワーは、どんな物語にも真摯に向き合って考えてくれるトレーナーの感想が好きなのだ。
「ん、まあそうだな……人間の男からしたら、寿命もそうだし、周りからの目がな。人間じゃない別の生き物と恋をする、っていうのは体裁的な問題が付きまとう」
「うん」
「ただ、周りを全てかなぐり捨ててでも男が人魚を愛せるなら、2人は結ばれるんだと思う。寿命はともかくとして、な」
「──お兄さまだったら、そうしてた?」
ライスシャワーは少し踏み込んだ質問をした。言うまでもないだろうが、彼女が最近よく恋愛モノを持ってくるのにはそういう意図がある。ちょっとでも意識してくれないかな、という健気なアピールだ。
「そう、だな……」
そして、トレーナーも思案をする。これも言うまでもないが、自らの現状にも関わる話なのだ。
「──人魚が、それを望んでくれるならそうするかもな」
「──えっ」
「もし望んでくれるなら、だよ。人魚もこっちを愛してくれてるわけだし、もし人魚以外の全部を捨ててきたなんて言って帰ってきたら、人魚も罪悪感みたいなのありそうだしさ」
「そ、そっか……」
ライスシャワーはドキッとした。もし自分が望んだら、彼はそうしてくれるのだろうか。「お兄さまライスのこと好き説」前提の話だが。
「まあ、でもそうだな……人魚がもし──ん、あー、何より大事だったらさ。あんまり考える暇ないかもな、そういうこと」
「そうなんだ?」
人魚がもしライスだったら、とか言おうとして思いとどまる。
「うん、だから、人間界を誰にも言わずに抜け出して、体ひとつででも人魚を愛するかも、みたいな」
「ソッ……か」
「喉大丈夫か?」
『人魚』を自分に置き換えて勝手にダメージを喰らうライスシャワー。全然間違えているわけではないが。
「さて、そろそろ解散しようか。今日もお疲れ様、ライス」
「ぁ、うんっ。寝ちゃってごめんね、お兄さまのお話聴けてよかった」
良い感じの時間になってきたので、2人は席を立ちあがる。
そのまま静かに出口へと向かっていく。
途中、またしてもライスシャワーはゼンノロブロイと目が合った。
(ライスさん、すごかったですよ!)
(う、うう……違うのぉ……)
小さくサムズアップするゼンノロブロイに、ライスシャワーは顔を赤くする。今更だが、半年間図書室デートをしているところを見られているのにバレてないと思い込んでいるのはなんなんだろうか。
(──お兄さま、意外と情熱的なんだなあ)
トレーナーの新たな一面を垣間見た気がするライスシャワー。意外と、自分から攻めずともこの恋は成就するんじゃないか、なんていう甘い考えが首をもたげる。
(でもやっぱり、お兄さまはトレーナーさんで、ライスは担当ウマ娘なんだ)
──それは卒業するまで変わらないこと。そのときを待てば、何かが変わるのかもしれない。けれど。
「お兄さま、ちょっとかがんでもらってもいい?」
「え?いいけど、どうしたんだ?」
帰り道の廊下で、ライスシャワーは行動を起こした。時間帯的に周りに人もいないので、少しチャレンジしてみることにしたのだ。
ポン、とライスシャワーはトレーナーの頭に手を置いた。なで、なで、とそのまま揺さぶる。
「お兄さま、いつもお疲れ様。ライスたちのために頑張ってくれて、ありがとう」
「──ぉ」
──そんなに長い間待っていられない。少しでも対等になるんだ。貰ってばっかりのライスじゃ、ダメなんだ。
黒い刺客の執着を舐めてはいけない。決めた相手をとことん観察し、対応し、最後の最後に狩り捕る。これは、その対応の一種だ。
立場というしがらみがあるなら、トレーナーの中でのライスシャワーの認識を、教え子ではない対等なものにすればいいだけ。
──打算まみれのように書いたが、ライスシャワーがトレーナーに感謝しているのは事実で、それを伝える丁度いい機会でもあったのだ。
「ぉぉ……」
一方のトレーナーは半ば思考停止しているが。ライスシャワーに甘えさせてもらっているという現実に頭が追い付いていない。
冷静ならば「さっき起きてたのかな?」などの疑問を持てたのだろうが。
結局5分くらい撫で続けて、後ろからゼンノロブロイが覗いていることに気付いてからやっと2人は動き出した。
人魚の話の元ネタが分かる人とは握手です。握手をしましょう。
会話パートを一行詰めたのですが、前のが良いか今回のが良いかちょっとアンケートを取ってみようと思います。読みやすい方をご回答いただければ幸いです。
投稿が遅れちゃった原因は、ぶっちゃけサボってたというのはあるんですが、ネタがないという現実があったりもします。見切り発車一話完結型の悲しみであります。
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