シルヴァーハートと魂の咆哮 ~Heart's Cry~   作:軽石らいと

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第10R 皐月賞

『北の一番星が、見事皐月賞へとコマを進めました!』

 

ハーツが若葉ステークスで勝利する2週間前、弥生賞にてコスモバルクは中央3勝目を挙げていた。

中央に移籍する事なく、北海道で地道に実績を積んできた彼女が念願のクラシックへのチケットを手にした瞬間だった。

その時誰かが呼び始めた『北のエース』の呼び名通り、北海道からやってきた新星の快進撃は止まらない。かつて大先輩が掴み取った皐月賞のレイは、手に届く距離まで近づいている。今や彼女はクラシックの有力ウマ娘として名を馳せる存在となっていた。

そんな彼女が今、ハーツの目の前に立っている。

 

「条件は弥生賞とは一緒だから勝てるはずなんですけどね…どうも他の人達を見てると怖くて。」

 

彼女はそう言うと、苦笑いを浮かべた。彼女の顔に恐怖の色は見られない。その表情にはまだ余裕が見られる。

 

「俺だってダービーを獲るつもりだ。それに弥生賞であれだけ走れたなら、俺なんて問題無いと思うぞ。」

「そうだといいんですけど……やっぱり緊張しますよ。」

「まぁ、それはそうか。」

 

ハーツは軽くあしらうと、話題を変えた。噂に聞いたイメージよりずっと物腰柔らかな性格に驚いたのだ。

 

「ところで、君はダービーに出るのか?」

「えぇ。皐月賞を勝てばそのまま日本ダービーへの道が開けますから。」

「ダービーを目指すか……」

「はい。いつもトレーニングを手伝って下さる先輩が取れなかった、『ローカルウマ娘のダービー制覇』を私こそが手にしたいんです。そしていつかは『世界』へ……

ハーツさんにとっても夢でしょうけど、私だって背負っている物で負けていませんよ!」

 

コスモバルクの目には闘志が宿っている。強い意志が感じられた。

 

「分かった。お互い頑張ろうな。」

 

ハーツは力強くそう言って別れを告げた。程なくして背を向けて歩くコスモバルクに人だかりが出来ているのが見えた。やはり周囲への期待は並外れているようだ。

 

「ライバル不在かと思ったら、こんな所にも強敵がいたってわけか……」

 

好敵手が多ければ多いほどレースは面白い。手強い的との叩き合いが出来るとなると気合いが更に入る。しかし、早くも世界を目指す子と出会う事が出来るとは思わなかった。

ハーツは改めて己の夢の大きさを知ると同時に、それを叶えるためにも全力でレースに挑むことを心に誓った。

 

 

◇◇◇

 

 

皐月賞。それはクラシック街道の出発点であり一生に一度しか出られないレースの一角である。

一生に一度の晴れ舞台を一目見ようと押し掛けるのはファンだけでなく、彼女達と関係の深いウマ娘もそうである。

 

「16番、ハーツクライ、5番人気……」

 

これからターフの上で死闘を繰り広げる戦士達が順々にその姿を見せるパドック。その中でも最前席の一角が、まるでモーゼが割った海のように人混みが不自然な空間を作っていた。

 

「おい、あそこにいるのは去年二冠取った……」

「メジャーの妹もいるぞ!」

 

相当な大物である2人のウマ娘。周囲の人々はその恐れ多さに自然と距離を取っていたのだった。

 

「本当に私の姉が勝つんですか?」

 

ギャラリーの距離感をよそに、一人の幼い少女が口を開いた。ツインテールの彼女はまだ小学生で背が小さく、頭一つ大きい先輩を見上げるようにしている。

 

「ああ勝つさ。未来へ行って見てきたくらい確実にね。」

 

怪訝そうな彼女に自信満々に答えるのはネオユニヴァース。去年のクラシックで皐月賞とダービーを勝利した実力者である。

 

「確かに姉はスプリングSで3位を取りました。でもこんなに長い距離となると勝てないかもしれません」

「大丈夫、お姉さんなら絶対に勝てるから。それにこの1ヶ月ずっと一緒にトレーニングしてきたじゃないか。きっと君のお姉ちゃんは立派なステイヤーになれるよ」

不安げな妹を優しく諭すネオユニヴァース。しかし彼女の言葉とは裏腹に、周りの観客達はざわつき始めていた。

 

「1番人気はコスモバルク。トライアル競走の弥生賞を勝った子だぞ!ホッカイドウの星は只者ではないな……2番人気は……」

「ブラックタイドです。スプリングSで勝ちました。」

「うーん、やっぱり距離だねぇ。1着となると期待できるけど3位はちょっと厳しいかなぁ」

 

彼女の期待に反して苦い表情を浮かべるギャラリー達。そんな彼らの不安もつゆ知らず、ネオユニヴァースはダイワメジャーに絶大な信頼をかけていた。

 

「確かにこりゃヘビーだ。バルクの逃げがどう出るかによってこのレースは大きく左右される。でも、メジャーには『彼』がついているからな。この私をダービーの頂点に押し上げてくれたあの『彼』が。」

 

 

◇◇◇

 

 

彼女にとって初めてのG1、ハーツは戦意を高めつつも、緊張感にとらわれていた。

初めて袖を通す勝負服が自分を別人に見させる。アイルランド出身の母親に倣って、故郷名物のダンサーをヒントにデザインされたこの衣装。しかし華やかなドレス風の母親とは対照的に、ハーツのそれはスーツのような堅実なデザインだった。

 

(『ガラじゃない』って断ったが、あえてかわいいデザインにして緊張を和らげていたのか… いや、あんなんじゃ気合い入らないし逆に意識してしまうだろう)

 

「緊張してんの?ハーツ」

 

今更ながら母親の配慮に感謝する彼女に声をかけたのは、勝負服姿のダイワメジャーだった。青と白を基本色にスタジャンにキャップというラフなコーデは彼女の性格を表した物だろうか。

 

「あたり前だろ。初めてのG1なんだし。それにお前こそどうなんだ?」

「こういう時こそ肩を抜いていた方が良いって言うじゃない?まあ気負ってもしょうがないしさ。」

 

余裕ありげな態度を取る彼女に、ハーツは呆れたようなため息をつく。

 

「そうやっていつも余裕ぶっこいて負けてきたじゃんか。今度もやっちまったら洒落にならないぜ?」

「分かってるよ。でも……まあやるだけの事はやってきたから。」

 

その返事はどこか力無く、いつもの自身に満ち溢れた雰囲気に陰りが見えた。

 

「らしくねえな。何かあったのか?」

「いや別に何も。ただ今までの自分とは違うものを見せなくちゃいけないと思っただけさ。妹にかっこ悪い所見せたくないからね。」

 

そう言うと彼女はターフへと向かう。その背中を見ていたハーツは小さく笑った。

 

「全く……本当にアイツはマイペースというかなんと言うか。」

 

そして自身も決戦の舞台へ向かう。その表情は先程までとは打って変わって自信に満ち溢れていた。

 

 

暗い地下通路を抜けるとそこには快晴の下で芝生が青々と茂っている。スタンドには数多のギャラリーが初陣を見守ろうとしていた。

「ほとんどはバルクに釘付けなんだろうな」と思いゲートへ向かおうとすると、観客席の最前列から聞き覚えのある声がハーツを呼び止めた。「ハーツ!」

「お前か……」

それは出走回避をした皐月賞を見物に来たカメハだった。柵越しにこちら側にいるのは2番人気のブラックタイドである。

「冷やかしじゃないわよ。呼んでみただけ。今日は仲間の応援に来たんだから。」と視線をタイドに向けた。

肩まで伸びた黒髪は艶やかで、白い肌は太陽のように明るい彼女。しかしその瞳に宿るのは紛れもない闘志であった。

 

「君が佐泰別の移籍に選ばれるとは思わなかったよ。本気の力を見せてもらおうか。」

 

ブラックタイドの言葉は挑発とも取れるが、それを聞いてハーツは苦笑いを浮かべる。

カメハと同じくタイドは佐泰別の優等生。エリート中のエリートな彼女に対してハーツは素行不良の劣等生。痛い所を突かれたが、ここで折れるほど彼女のプライドは低くなかった。

 

「上等だ。俺だってこの一ヶ月ずっとトレーニングしてきたんだ。もう誰にも遅れは取らないさ。」

「そうかい。なら君の全力、楽しみにしているよ。」

「ああ、楽しみに待っててくれ。」

 

気づくとタイドの辺りの観客席はファンで溢れていた。レース場はバルクとタイドの二大エースで持ち切りである。カメハは「2人とも応援してるからね」と微笑んで人混みに紛れて去っていった。

「じゃあ私はこれで失礼するよ。君の勇姿を楽しみにしてるから。」

そう言って立ち去るタイドの後ろ姿を見て、ハーツは改めて気を引き締めた。

 

ついにゲートイン。ファンファーレの響きと共に一斉にスターティングゲートが開く。

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