シルヴァーハートと魂の咆哮 ~Heart's Cry~ 作:軽石らいと
「この中に俺の将来のライバルがいるわけか…」
広大な学園の入り口の前でハーツクライはそう呟くと、その切れ長の眼を学内の生徒に向けた。
午後のトレセン学園のグラウンドは何十人もの生徒達で溢れていて、トレーナーを中心にチームで固まっている者もあれば、友達同士で仲良く併走している者もある。中にはストイックにハードな練習を重ねる生徒もいるだろうが、少なくとも自分が見ている限りでは、この学内の誰もがどこか気楽で能天気に見えた。まるで絵に描いたような青春物語のように。
(誰もが海外目指して黙々と練習してる佐泰別とは違うな…これが『中央』っていうわけか)
中央となると佐泰別学園とは雰囲気が一味違う事は予想していたが、こういった形のギャップを感じるとは予想だにしなかった。
このトレセン学園のウマ娘達は選ばれし才能の持ち主ばかりであり、その高いポテンシャルや才能を評価され日本全国から集められた者達である。その中にはハーツの先輩や同期にあたる者も何人かいるらしく、最近では毎年のようにトレセンへの編入生が出ているという。
しかし生徒が多すぎるせいかハーツの顔馴染みはなかなか見つからなかった。
(まあ、今探してもどうしようもねぇか)
この広大な学園で生活をするのだから、嫌でも知り合いと出くわすだろう。そしてもし併走でもしようと言うなら、自身の圧倒的追込でぶっちぎって見せる。そう思いグラウンドを一瞥すると、一人のウマ娘が目に留まった。
「あ」
その葦毛の髪の少女を見た瞬間、ハーツは自分の身体が強張るのを感じた。
彼女はかなり目立つ容姿をしていた。整った顔立ちに大きな瞳に長いまつげ。艶やかな唇に美しい鼻筋。そして何より人目を引くのはその身長の高さであった。自分よりも頭一つ分背が高いだけでなく、胸囲に至っては彼女の方が上回っているようにすら思える。
自分より何歳も年上であろう彼女は、学校指定のジャージではなくスーツに身を包み、後輩達の追い切りを観察している。現役は退きトレーナーとして来校しているようだ。
(あの人……まさかな。)
ハーツは思わずゴクリと唾を飲み込む。あれは幼い頃にレースの楽しさを教えてくれたあの人に間違いない。とにかく彼女の姿を見るだけで心臓が高鳴り、動かなくなるのだ。
そして同時に、このトレセン学園に彼女がいるという現実にも驚かされた。
そのウマ娘の名はクロフネ。
毎日杯、NHKマイルカップと勝ちを進め、ダービーでは1着を逃したもののダートで才能を開花させた留学生である。その強さと美しさはウマ娘でも魅了されてしまう程で、現役を退いた今でもなお、学園内で多くのファンを従えているというのは話に聞いていた。
ハーツにとってトレセン学園は憧れの場所であり、いつか自分もここで走りたいと夢見ていた場所でもある。しかしそれはあくまで遠い存在であって、こんなに近くに感じるなんて想像していなかった。クロフネもそのような存在である。
自分はただ単に彼女に憧れていただけではない。彼女に追いつき、そして超える事を目標にしていた。そんな相手に会えるかと思うと緊張してしまう。
「そんなに先輩が好きなの?」
すっかり肩をこわばらせていたハーツに何者かが声をかけた。それに応じて振り返ると見覚えのある少女がそこに立っていた。
180はあるであろう高い身長の彼女は一見すると上級生のようだが、こう見えてハーツとは同い年で佐泰別学園時代の同級生である。その名はダイワメジャー。一足先にトレセンへの編入枠を手にして、既に半年ほど前からトゥインクルシリーズで勝利を収めていた。
「お久しぶりねハーツ。向こうの学園以来だね。」
「メジャーじゃねぇか。久々に出会って早々煽るんじゃねぇよ。」
「別にそんなつもりじゃないけどさ。あんたって昔から本当に分かりやすいよね。」
「うるせぇなぁ……」
メジャーはニヤリと笑いながら続ける。
「それよりあんた大丈夫?いくらなんでもガチガチすぎでしょ。もっと気楽にしなさいよ。」
「そういうお前こそ余裕だろ。俺は緊張してんだぞ。」
「そりゃそうだけどね。まぁ私の場合はあんたが思ってるほどプレッシャー感じてないし。」
「なんでだよ」と聞くハーツの苛立ちを意に介さず、メジャーは「だって私の方が強いもん。」と余裕の態度を示した。確かにそれは事実なのだが、ハーツとしては面白くなかった。
「あんたは憧れの先輩を追い越したいんでしょ。だったら緊張するのも仕方ないじゃん。」
「分かってんなら言うなって。」
「だから、私があんたの代わりに追い抜いてあげるから、しっかり見ておきなさい。」
「おい待て、それだと俺が弱いみたいになるだろうが!」
メジャーは彼女の怒号を「はいはい」とかわすと、急に何かを思い出したような顔をして「あ、そうだ忘れるところだった。」と言った。
「何がだよ。」
「新入りのあんたに生徒会室の案内をするんだった。本来ならたづなさん辺りが出るらしいんだけど、私が進んで引き受けたんだよね~」
そう言い残してメジャーは校舎の方へと歩き出した。
(自分で引き受けておいて忘れんなよな……)
ハーツは呆れながらもその背を追うしかなかった。
トレセン学園の敷地はかなり広い。グラウンドも広ければ体育館や屋内プールといった施設もあり、位置関係に慣れるには時間がかかりそうである。しかしメジャーのエスコートは適当そのもので、野暮用を思い出しては客人を置きざりにどこかへ行って帰ってくるの繰り返しだった。長い長い移動の末にようやく生徒会室に辿り着くと、メジャーは自慢げに指差し「おまたせ。ここが生徒会室だよ。」と言った。
「おまたせが過ぎるだろ…」「はいはい、悪かったわね。」
「絶対悪いと思ってねぇだろ。」
「まぁいいじゃん。とりあえず中に入ってみよう。すみませーん、ちょっと遅れちゃいましたけどー」
メジャーが扉を開けると、そこには誰も居なかった。
「あれ、おかしいな……会長さんいないのかな?」
「お前が寄り道しすぎたからだろ!」
「あーごめんごめん。まああんたが遅刻したわけじゃないし大丈夫でしょ。適当にその辺の椅子でも座って待ってたら?」
そう言ってメジャーは適当な席に腰かける。すると彼女は思い出したように言った。
今の時間帯の生徒会員は皆不在であり、会長達がチーム練習から戻ってくるまで特に誰かが来る予定もないのだと。ハーツはふぅっとため息をつくと近くのパイプ椅子に座り、そのまま机に突っ伏してしまった。
どうにもこの学園は落ち着かない。
周りは皆自分より格上ばかりで、自分の居場所なんてどこにも無いように思えてくるのだ。
それでも自分はあの人のようになりたい。憧れを追いかけてここまで来たのだ。ここで諦めてしまうなんて絶対に嫌である。
北海道からの長距離移動からなのか、それとも新しい環境に慣れないからなのか。
疲れ果てたハーツはそのまま眠りに落ちていった。