シルヴァーハートと魂の咆哮 ~Heart's Cry~   作:軽石らいと

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第3R Fille Grand

幼少期の彼女の瞳には、いつもクロフネの姿が映っていた。

勝ちを進めた時も、ダービーで惜しくも負けてしまった時も、風に流れる美しい白い髪は釘付けにさせる。

そして、そんな彼女がダートの地で才能を開花させた時、ハーツの憧れの気持ちは抑えられなくなった。

ジャパンカップダートのレース後、前年優勝者に7バ身差をつけた圧勝に記者やギャラリーが湧いていた中で、ハーツは彼女に向って声高らかに宣言した。

 

『私は強いウマ娘になりたい!トレセンに行ったらクロフネさんに勝つ!』

 

その瞬間、辺りは水を打ったように静まり返った。

その時のクロフネの顔は今でも忘れていない。困ったような笑顔を浮かべながらも、どこか嬉しそうな顔をしていたのだ。

そしてクロフネは彼女に言った。

 

「君、名前は?」

「ハ、ハーツクライ…」

クロフネは目線をハーツの高さに合わせると、言葉を続けた。

「じゃあハーツちゃん。私と約束をしてくれないか。」

「はい?」

「この記者達にもまだ言ってない事だが、私はドバイワールドカップに出走しようと思う。」

唐突に、しかもギャラリーの少女に向かって放たれた宣言に、記者団はどよめく。

「あのレースに日本のウマ娘は1度も勝てていない。そこで私は来航者となって勝ち星をプレゼントしよう。高を括っている奴らの夢を覚ましてやる。」

「だから、君は数年後中央でデビューして、私に活躍する姿を見せて欲しい。」

 

ハーツはその言葉に頷くと、満面の笑顔を浮かべていた。毎日杯の頃から追ってきた憧れの先輩。そんな先輩が今、自分に期待の眼差しを向けている事が驚きと嬉しさで一杯だった。

いつか私だってレースでいっぱい勝ちまくって、ウイナーズサークルで大喝采を浴びるんだ……

 

「……君、……ハーツクライ君。」

「えっ?」

 

無意識の向こうから聞こえる声に応じて目を開けると、そこには白い流星が特徴のウマ娘が心配そうにこちらを見ていた。

 

「長い時間待たせてしまってすまない。私がこの学園の生徒会長であるシンボリルドルフだ。」

急におこされまどろんでいたハーツは、自分の目前にいるのが編入先の生徒会長だと知った瞬間、人が変わったように姿勢を整え改まった。

 

「申し訳ございません生徒会長!入学して早々失礼をしてしまうなんて…」

「無問題だよハーツ君。遠路はるばる北海道からの移動、ご足労であっただろう。」生徒会長は優しい声で話しかけてくれた。

 

「それに、君には素晴らしい素質があるとそちらの生徒会長から聞いている。ため口で構わない。これからは同じトレセンの生徒、同じ釜の飯を食う関係だからな。」

 

二人をよそに眠りこけているメジャーとは対照的に、その声の奥に潜む威厳と貫禄はハーツの緊張をさらに高めた。

 

「さて、これから君の部屋へ案内するが、その前に2つ確認したい事がある。」

「何……ですか?」

「君は何故この学園に?」

 

その質問を聞いた瞬間、ハーツの固まった表情はようやく解けた。

 

「私は、トレーナーになるためにここに来ました。」

「ほう……そうか。」

「うちの親父はアイルランドのトレセンを経営しています。私の姉妹は父の元でトレーニングを重ね、日本の地で勝利を納めている程の名バの家系なんです。」

「ふむ……。」

「そしてある日、親父が私の夢について話してくれました。トレセンのウマ娘は世界の舞台で輝くと。その舞台に立ちたい一心で、私はこの学園に入学してきたんです。」

 

シンボリルドルフはそれを噛みしめるように聞いていた。

 

「では、最後に一つだけ聞かせてくれ。君には、ウマ娘として叶えたい夢はあるか?」

 

その質問を聞いた瞬間、うやうやしくしていたハーツは元の雰囲気を取り戻し、ハツラツとした様子で答えた。

 

「ああ。私は、クロフネ先輩のようなウマ娘になって、ライバル全員ぶっ潰す!」

敬語を忘れ言葉に力を込め語り出すハーツに、シンボリルドルフは興味深く聞き入っている。

「なら、いずれは海外、か。」

「ああ。私にとって彼女は、人生で初めて見た希望だった。先輩が異国の地で記録を刻んだように、自分もこの『ハーツクライ』の名を世界に刻みたい!」

 

言い終えた瞬間、目を輝かせて夢を語るハーツは、自身の言葉が荒くなっている事に気づき、ひどく反省した。

 

「あっ、すみません。力が入り過ぎてしまって…」

一方、シンボリルドルフは穏やかな笑みを浮かべて興味深そうに聞いていた。

「承知した。私も君の夢を応援しよう。」

「本当か!?」

 

瞬間、全てを受け入れられそうな生徒会長の顔は鋭い目つきになった。

 

「しかしハーツ君。どんな時であろうとその意気を削いではいけないぞ。」

「はい?」

「君がウマ娘として走り続ける限り、敗北という二文字は常に隣にあるものだ。君は編入生だが、4月から既に入学している佐泰別生も多くいる。彼女らを出し抜き勝利するのは至難の業だ。もし負けてしまったとしても、また立ち上がれるように強くなる事を忘れてはいけない。」

 

既に入学している編入生。それが何を意味しているのかは分かっていた。化物的才能を持った者同士が肩をぶつけ合っていたあの学園の中から選ばれた存在。それらは決して遠い存在ではなく、すぐ近くに息を潜めてその力を蓄えている。くぅくぅといびきをかいて寝ているソイツもまたその中かもしれない。

 

「分かりました。でも私の答えは変わらないですよ。『全員倒す』というのには。」

揺るぎないハーツの精神力を感じ取った会長は、「良い返事だ。」と短く返事した。

 

「よし、ダイワメジャー君、彼女を寮の部屋に案内してくれないか」

「…あれ、会長さんもう来てたんですか?」

 

居眠りの令嬢もようやくその声が聞こえたらしく、ゆっくりとした所作でその体を起こす。

眠い目をこすりながら彼女は会長の存在を確認すると、踵を返して「行くよ」とハーツの腕を引っ張った。自分より上手なのか下手なのか分からない、とらえどころのない性格の彼女。そんな彼女の手に導かれながら、ハーツは学園内を移動していった。

 

学園の隅に位置する栗東寮の一室。メジャーと別れを告げてハーツはそこに入ると、早速部屋を見渡した。

入るとすぐに左右に分かれて置かれているベッドと家具類、片方はすでに誰かが入居しているらしく、既に生活用品が一通り置かれていた。

 

「ライバルか…」

 

新しいベッドに身を投げ出し、そのやわらかさに身を委ねながら会長の言葉を思い返すハーツ。

ここまで来る間にすっかり忘れていた感覚をあの言葉が思い出させてくれた。

全国各地からやって来た選りすぐりの優駿達が一堂に会するこの学園で、いったいどんなライバル達が自分と叩き合いを見せてくれるのか。そんな物思いにふけていると蹴破るかのように扉が開かれ、一人のウマ娘が現れた。

ボーイッシュな見た目のハーツよりさらに男勝りな、思わず『姉御』と呼びたくなるような彼女は、新入りのルームメイトを見るなりツカツカと歩み寄る。

 

「高等部2年のユートピアだ。よろしくな、新入り。」

「よろしくお願いします、先輩。」

 

ハーツの律儀な敬語にユートピアは一瞬驚いたが、ハーツが1年下の後輩だと知るとカラカラと笑って「ため口で良いだろ、同室なんだし」と言った。「分かっ…た。よろしく」と遠慮がちにぎこちなくハーツが答えると、また笑った。

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