シルヴァーハートと魂の咆哮 ~Heart's Cry~ 作:軽石らいと
「うちのチーム、来るか?」
荷解きが一通り終わったところで、ユートピアはおもむろにそう言った。
「いやぁ、今うちのチームが一人分開いててね。ちょうど新入りの君にはぴったりかなって思ってさ。」
「入りたいチームならもう決めてる。俺はクロフネ先輩が所属してたところに行きたい。」
ハーツはそれには毅然とした態度で返した。幼少期から追いかけてきた憧れの彼女に少しでも近づきたい。そのためには彼女がかつていたチーム「アルニタク」に参加するしかない。それにチームのOGとして彼女がやって来る可能性も十分にある。
「しかし、トレセンには来たばっかりで誰に取り次げば良いのか分からねぇのが問題なんだよな…」
「じゃあその『取り次ぎ』ってのが目の前にいたら?」
ユートピアはそう言うと引き出しの中からゴソゴソと何かを取り出しハーツに投げ渡した。「ほれ、入部届。」
小切手サイズの紙切れには『チームアルニタクの入部を申請します』の文言が書かれていた。
「お前のその夢、あたしらが叶えてやるよ。」
ハーツは突然の出来事に困惑していたが、その紙を受け取ると目を輝かせて礼を言った。
「ありがとう!俺、頑張ります!」
浮足立って返事をするハーツ。
その言葉に満足したのか、ユートピアは笑顔で親指を立てた。
翌朝。ハーツは学園内にある練習場に来ていた。
トレーナーに仮入部届を届けに行くユートピアを別れを告げ、待ち合わせ場所にやって来たハーツの元にやって来たのは一人の男である。
「おはよう。君が新入生かな?」
その声に促されるように前に視線を移すと、そこには鳥打帽を被った男性と何人かの生徒たちが立っていた。
「ようこそチームアルニタクへ。俺がここのトレーナーの北原譲だ。」
北原と名乗る男は続けて自チームの生徒達を紹介する。
「そして彼女達が先輩に当たるメンバーだ。左から順にビリーヴ、アドマイヤドン、ユートピア、ザッツザプレンティの4人。」
その言葉に続いて4人の先輩ウマ娘達が会釈をする。ハーツもそれに続いて礼を返し、自己紹介をした。
一通り挨拶が終わった所で北原は本題に移った。
まずはこのチームにどのような活動内容があるのかについての説明から始まった。
このチームの方針は「自由」であり、レースのメニューは個人を主体に組まれている事。トレーニングは基本的に自分の裁量に任せられている事。ただし自主練ではどうしても足りない部分が出てくるので、その場合は各自で調整する事。
説明を食い入るように聞くハーツ。しかし、その集中は一つの声で途切れた。
「遅れて来てすみません。私も入部したいんですが。」
その声の主は入部届を持って立っていた。恐らく大急ぎでこちらにやって来ただろうというのに、息を少しも荒げていなかった。
黒い髪を後ろで止めた褐色の少女。真新しいジャージで彼女が新入生である事は伺えるが、雰囲気は何歳も年上に見える程であった。しかし彼女の姿を一目視界に入れるだけで、ただならぬ気配がじわじわと感じられるのである。まだ一言も言葉を交わしていないのに関わらず発せられる、まるで「大王」のような貫禄。とてもじゃないが新入生が発していいアトモスフィアではなかった。
彼女は申し訳なさそうに北原に話しかけていたが、それでもなおそのオーラは出たままである。
一人の募集枠に二人希望者が来てしまった事に北原は困惑していた様子だったが、程なくしてOKサインを作った。どうやら解決策があるらしい。
彼女は入部を承諾してもらい安堵の表情を浮かべると、やがてこちらの存在に気づいたのか、目線だけを動かしてこちらを見た。
蛇に睨まれた蛙のように固まるハーツは、全身から冷や汗を流して震えていた。
すると彼女は、それを感じ取ったのか話しかけた。
「君もこのチームに入りたいのかしら?」
見た目の割に丁寧な口調だった事に安堵したハーツは、慌てて返事をする。
「私の名前はキングカメハメハ。去年の4月から入学した1年生よ。」
彼女はそう名乗ると「よろしく。」と言って右手を差し出す。その身振りや態度の1つ1つに気品が溢れていたので、ハーツは負けじとばかりに握り返した手に力を入れた。
「遅れて来たくせに余裕の表情かよ…」
いつか出会うと思っていた『ライバル』っていうやつは目の前のそいつだ。現に一席しかない新入生の座を奪い合っている。そう思うと心の底から闘志がひしひしと湧いて出る。そして何より、この学園に来て初めて出会った同年代のウマ娘。ハーツは彼女に対して特別な感情を抱いていた。そして彼女の方もハーツの意志を感じ取ったらしく、その眼からは静かに燃え上がる闘争心を映し出している。
出会って早々睨み合いを効かせる2人は他者を弾き出してしまいそうなオーラを放ち合っていたが、それを見兼ねたユートピアによってようやく落ち着いた。その後、北原はためらいがちに口を開いた。
「君達にやって欲しい事が1つある。それは『模擬レース』だ。一目見ただけでも君達は闘志とポテンシャルに満ち溢れているとわかるが、定員は1人。どうしても『どちらか』しか入部出来ない。」
本来新入生は模擬レースを通してトレーナーにスカウトされるという形を取っているが、生徒本人が入りたいというチームがあるのであればこの限りではない。しかし、当然ながらチームには上限がある。狭き門に大勢が殺到するとなれば実力でその枠を掴み取るしかないのが中央の掟だ。
ハーツとキングカメハメハは了承し、北原の合図と共にコースへと走り出した。
2人が選んだのは芝の2400mトラック。中距離適正のあるハーツにとってはホームグラウンドのようなものだが、それはライバルにとっても同じようだ。
「いきなり日本ダービーと同じ距離を選ぶなんて挑戦的ね。」
「家は先祖代々東京に強い家系なものでね。それに俺は『世界』を目指しているんだ。」
自信に満ちた表情を浮かべるハーツをよそに、不敵な笑みを浮かべてターフに目を向ける彼女。同じ年であるのに関わらず余裕ぶっている様子にハーツは少し苛立ちを覚えた。
そして、いよいよ2人の準備が整ったところで北原の掛け声と同時にスタートが切られた。序盤は両者互角の展開。順調のペースで先行するキングカメハメハに、ハーツがすぐ後ろに追走する形でレースが進んでいく。しかし、中盤に差し掛かった辺りでハーツは違和感を感じていた。
後半に入った所で貯めておいたパワーを放出し、鋭い末脚で奴を出し抜いていく。そういうつもりだった。
キングカメハメハとの差が全く縮まらない。いや、むしろ差が広がっているような気がする。
両者の脚質共に先行。先行同士ハーツと同じペースで走っているにも関わらず、息を全く切らすことなくラストスパートに入っている。まるで体力が別腹タンクとして保存されていたかのように。
最終直線に差し掛かった頃にはもう既にハーツの射程圏内から外れていて、圧倒的着差をつけゴール板を踏みぬけていった。ハーツは自分の体とは思えない程に重い足を引きずりながら、息を荒げているライバルの姿を眺める事しかできなかった。
「ダメだ……まるで全然追いつかない」
負けた事なんて今まで何回も経験した。でもこれ程の圧倒的な着差を見せつけられる事は今まで一度もない。それに最も恐ろしいのはさっきのオーラが微塵も発せられていなかった事だ。
『奴は本気を出していない。』ハーツはそう実感した。
敗北感と恐ろしさに打ちひしがれていたハーツに「お疲れ。」とキングカメハメハが労いの言葉をかけた。
「君の圧倒的走り、私も驚いたよ。」
その言葉に嘘偽りはなく、心から讃えられているのだろう。しかしその態度が気に入らない。
本気を出さずに出し抜いておいて「よく頑張った」とは王様気質も甚だしい。ハーツは彼女に怒りをぶつけようとしたが、北原の呼びかけにより中断させられた。
「君達の走りには釘付けだったよ。ハーツ君はキングカメハメハ君に惜敗。しかし素晴らしい走りだった。」
北原はそう言って褒め称えると、ハーツに向かって話しかける。
「ハーツ君は素質は十分にあるが、まだ精神面が未熟だ。だがそれもこれから学んでいけばいい。」
その言葉の後に続く北原のアドバイスを、気持ちをぐっと抑えて聞くハーツ。
彼女の改善点を伝え終えると、北原はキングカメハメハに向き直った。
「そしてキングカメハメハ君。君は強いな。ハーツ君にも負けず劣らずのスピードにスタミナ。それに、あの末脚は本物だ。」
「ありがとうございます。」
彼女はそう言うと、また右手を差し出して握手を求める。
「私はあなたの元でトレーニングを積んで『ダービーウマ娘』になってみせましょう。」
「おお!それは頼もしいな。期待して待っているぞ。」
「はい!」
北原とキングカメハメハのやり取りを横目に、ハーツは悔しさを噛み締めながらその場を去った。まるで二人の天才の邂逅から逃げるかのように。
格好悪いと思われるかもしれないが、あんな化け物みたいな連中を相手にしたら自分が惨めに思えて仕方がない。
「何が『素質』だよ……」
あの後、北原から言われた事を思い出そうとする度に、胸の奥が苦しくなる。
『ハーツ君。君には足りないものがある。それは『勝利への執着』だ。』
『キングカメハメハ君のような強者相手に競り合うのは決して悪くはないのだが、それでも君には『勝ちたい』という気持ちが欠けている。』
『確かに勝つのは難しい。だが、勝とうとする意志さえあれば絶対に勝てるんだ。』
『そして、それこそが本当の強さだと俺は思う。』
そんなのは綺麗ごとだ。そう思いながらも心のどこかで納得してしまう自分がいた。
北原が言ったことは正しいのだろうか? わからない。ただ、今の自分にはわかることがある。
あいつは間違いなく、俺のライバルだと。
◇◇◇
「どうしようか…」
無我夢中で走って程なくして、ハーツは困惑した。
憧れのチームアルニタクに落ちてしまったのは仕方ない。自分がその域に達していなかっただけだ。しかしどこのチームなら良いのだろうか。ましてやルームメイトがあそこに所属している以上、格好悪く逃げた挙句どこのチームにも入れず帰ってくるというのはダサすぎる。
そんな事を考えながらあてもなく」歩いていると、トレーナー室にたどり着いた。
この場所はメジャーに案内させられていないはずだが偶然に辿り着いたらしい。扉の傍には『北原譲』と書かれた札がつけられてあった。
「ここがトレーナー室ってやつか……ん?開いているぞ。」
部屋の主は外出中であるというのに、扉は鍵がかかっておらず半開きになっている。そして中からは出るはずのない生活音がしていた。
「誰かいるのか?」
そう思って中に入ると、そこには見知らぬ女性が一人、デスクに腰かけていた。
胸にはトレーナーバッジがついているから彼女もトレーナーだろうか。そして何よりも目を引くのは、デスクにうず高く積まれたドーナツの箱だった。彼女はその中の一箱を開封しており、美味しそうに甘みを堪能している。
彼女は訪問者に気づくと、名前を聞こうとタイミングをうかがっていたハーツにドーナツを一個差し出した。
「君が編入生さん?食べます?」