シルヴァーハートと魂の咆哮 ~Heart's Cry~ 作:軽石らいと
チーム「アウストラリス」にめでたく入部したハーツ。そんな彼女の新しいトレーニング生活は、起床の時間から始まっていた。
アラームの音で目が覚め、寝起きの重いまぶたをゆっくりと開く。その視界に見えたのは見覚えの無い人物の顔だった。
「うおおぉっ!?」
思わず飛び起きる。その人物はハーツのベッドに潜り込んだ状態で静かに寝息を立てていた。どうやら一晩中抱き合うように寝ていたらしい。
起きて程なくして視界と頭がはっきりとしてくると、その人物の正体がわかった。昨日あの部屋で契約を結んだ自分のトレーナーであると。
「トレーナー、何してるんすか!基本寮は生徒しか入れないはずだろ!」
「彼女はチームに所属してる奴のベッドに潜り込むという趣味があるんだ。恒例行事みたいな物だよ。」
今のドタバタ劇でユートピアも目を覚ましたらしく、少し引いたような表情でそう言った。
肝心の古山はというと中々目を覚まさず、ハーツが揺さぶってやる事でようやく眠りから覚めたようだ。彼女は大きなあくびをしながら伸びをする。
その仕草はどこか猫っぽい印象を受けた。
「おはよう。ウマ娘ちゃん達は朝が早いね~」
教え子の部屋に侵入している事に触れないのは恒例行事だからか。古山は自分の部屋であるかのように大きく伸びをした。
「私が一番早く起きて2人を起こそうと思ったんだけど、結局一番遅く起きちゃったなぁ。ごめんね!」彼女は悪びれる様子もなく謝る。「こんな調子で本当に大丈夫なのか」というハーツの一抹の不安をよそに、古山は話を続けた。
「そういえば、今日から君のトレーニング担当だったね。体調は問題無い?」
「はい……特に問題はないかと。」
ハーツはそう答えると、古山は満足そうにうんうんとうなづいた。
「まあ私はそう頻繁に寮に出入り出来ないから、その辺は頼みますよ?いざという時はユーちゃんを頼るのもありだけどね。」
その言葉に続けてユートピアは「あまり私を頼るなよ。こっちだってレースがあるんだし。」と付け足した。「分かってますよ。ユートピアの姉御。」と返すハーツ。
古山は2人が打ち解けている様子に安心したようだった。
「さて、私はそろそろ退散しないとまずいな。寮長に見つかったら色々ヤバそうだし。」
(今までバレてないのか……)
古山はすれ違いさまにハーツに一言聞こえるようにつぶやく。
「まあ、ゆるっとやっていきましょうよ。」
雲のように掴みどころの無い古山。しかしその時の彼女の瞳は真っすぐで、まるで青空のように澄んでいた。
午前の座学授業を受け終わり、昼休憩を早く済ませたハーツは足早にグラウンドに向かった。
年の瀬も近いトレセンはどの生徒も緊張感に包まれており、どこか落ち着かない様子である。誰もが夢見る年末の大舞台、『有馬記念』へ向けての最終調整をしているからだろう。
しかし古山はそんな空気など意にも介さず、草地に寝転んで日向ぼっこをしていた。
ハーツが近づいてくると、彼女はゆっくりと起き上がりこちらを見つめる。
「みんな気合い入ってるね~ハーツちゃんも有馬目指してる感じ?」
まるで他人事のような口調だ。ハーツは少し呆れながらも返事をする。すると古山は何か閃いたようにポンと手を叩いた。
「そういえばうちのチームの自己紹介がまだだったね。今度の有馬に出走する子もいるから参考になるかもだし。」
そう言うと古山は立ち上がり、ハーツに手招きをして歩き出した。
連れて行かれたのは学園の敷地内にある小さな広場。そこには練習用コースが設置してあり、数人の生徒がウォーミングアップを行っていた。
彼女達に聞こえるように古山は大きな声で呼び止める。
その声に反応した数名の生徒は、こちらを見るなり目を大きく見開いて驚いた様子を見せた。
ハーツはその視線から目をそらすようにしたが、古山にガシリと肩を組まれた衝撃で目を合わさずを得なかった。
「紹介するよ、彼女が新しいメンバーのハーツクライちゃんだ。」
「昨日からこのチームに入らせていただきましたハーツクライです。よろしくお願いします!」
紹介されたハーツは頭を下げる。それに合わせてメンバーの面々は拍手で歓迎してくれた。
拍手が止んだ所で1人の少女が恐る恐る口を開いた。
その髪の色は鮮やかな鹿毛で、大人しく落ち着いた様子の少女。他の生徒達とは少し違う雰囲気を纏っている。
「あの……よろしくね。ハーツさん。」
彼女は周りの様子を気にしながら、ハーツに向かって話しかけた。
彼女の名はツルマルボーイ。どこか儚い雰囲気の彼女であるが、去年の金鯱賞ではあのエアシャカールを下した程の実力者である。ハーツはぎこちなく「ああ、こちらこそ……」と返した。
ツルマルボーイに続いてメンバーの面々が自己紹介を続ける。
次に名乗ったのはヴィータローザ。栗毛の彼女はメンバーの中で1番背が高いが、それでも160cmあるかどうかといった所だろうか。
そして最後に名乗ったのはローゼンクロイツ。彼女は鹿毛の髪をした小柄な少女で、右耳に流星のマークがついたカチューシャをつけている。どうやらこのチームでは最年少で、まだデビュー戦に出ていないそうだ。そしてもう1人、ここには居ないが所属している生徒がいるらしい。古山曰く「ダートの可能性を試すために地方のトレセンで練習をしている」とのこと。
今居る全員が揃ったところで、古山は改めてチームの説明を始めた。
現在チームに所属している人数は5人。その内の不在の生徒を含めた3人は既にシニア級として活躍している。
ツルマルボーイは有馬記念へ向けて、ヴィータローザは鳴尾記念へ向けて最終仕上げを行っている最中である。
「ボーイちゃんとロザちゃんは今は忙しいから余り一緒に練習出来ないけど、ハーツちゃんとクロイツちゃんは未勝利同士で並走が出来るね。所で、ハーツちゃんはどういうローテーションで行きます?」
答えは決まっている。4月から既にトレーニングをしているだろう『あいつ』から、ダービーの座を奪い取ってみせると。ハーツはそう答えると、古山は嬉しそうに笑った。
「そうなると、来年明けてすぐにメイクデビューで勝利。そして重賞でいくつか実績を積んでそのまま皐月賞に進んでいくって感じかな。まあ確かにハーツちゃんは高等部への編入だから、そういう感じでレーススケジュールを組む子も多いよ。」
古山はそう言うと、手に持っていたバインダーに挟んであった紙にペンを走らせる。
「さて、日程が決まった事で、早速本題に入ろうか。ハーツちゃんはどんな感じに走りたい?私はトレーナーだから、君の意見を尊重するよ。」
そう言って古山はハーツに問いかける。
ハーツは顎に手を当てて考える素振りを見せると、やがて自分の考えを話し始めた。
「そうですね……。やっぱり俺は追込が得意なので、なるべく後ろにつけて勝負したいです。」
「ふむ……じゃあハーツちゃんは中段より後ろについて様子を伺うやり方という事ね。分かった。」
ハーツが考えている間も、古山は手を止めることなくメモを取っていた。
「決めた。あのレースを見た限り、君はスタミナとラストスパートでの追い上げに優れているのに間違いない。まずは様々な脚質の子と走って色々可能性を探ってみよう。」
古山は満足げにうなずくと、メモ帳をパタンと閉じる。
こうしてハーツの初陣に向けてのプランは決まった。後は本番で結果を残すため、鍛錬を重ねるだけである。
「じゃあまず同じタイプのクロイツちゃんと併走といきましょうか!」
古山は元気よくそう言うと、2人の背中を押しながらコースへと連れていく。
そして去り際に残りの2人に「各自練習してていいよ」とアイコンタクトを交わした。
「じゃあ本番に合わせて芝2000m。始めるよ。」
コースに着いた古山はそう言うと、スタート地点に立つ。
ハーツとクロイツはそれに合わせるように位置について、古山の合図を待った。
「先輩、私はまだトレセンに入ったばかりの中等部ですが、精一杯頑張りますよ!」
ハーツは隣にいるクロイツを見ると、彼女の瞳には闘志が宿っていた。
その眼差しはまるで剣のように鋭い。
ハーツがその茨のように刺々しい視線から外れようとしたその時、古山が右手を上げた。
それを見て、ハーツとクロイツはほぼ同時に足に力を入れる。
2人は一斉にスタートした。
レース展開は予想通りだった。
先頭を走るのはハーツ。それにピッタリとついて行くのがクロイツだ。
ハーツは後ろを振り返ると、そこにはわずか後方を維持するクロイツの姿があった。
(追い込みか……ラストスパートの末脚に気を付けないとな)
ハーツは心の中で呟くと、コーナーに差し掛かると同時にペースを上げる。
直線に入ると、ハーツは更にギアを上げて加速する。だが、クロイツのスピードは衰える事なく食らいついてきた。
最後の直線。ここでハーツは仕掛けた。
追い込みというのは後半にかけてジリジリと先頭集団との距離を縮めておいて、最終直線で叩き合いの末に一気に1着に上り詰めるスタイルだ。
これは追込を得意とするハーツにとっては負けるはずがない専売特許だった。
そして、ハーツの読みは的中した。
最後の直線でハーツはクロイツの末脚をちぎり、大きく突き放して勝利した。
「お疲れ様。なかなか良かったね。」
ゴールした後、古山はそう言いながらタオルを渡してくれた。
ハーツは汗を拭き取り、一息つくと、古山に礼を言う。
「ありがとうございます。でも、クロイツさんも強かったですよ。」
「いやいや、あれだけ離されたら君の勝ちだよ。今日の勝者はハーツちゃんの方さ。」
そう言うと、古山は笑顔でガッツポーズをする。
ハーツはその姿を見て思わず笑みを浮かべた。
「先輩!強すぎじゃないですか!?」
そんな時、息を整えたクロイツがこちらにやってきた。
「えーそうかな?俺はどうしても勝ちきれなくってさ。実際カメハもそうだったし。」
「流石は佐泰別ウマ娘。レベルが全然違うんですね……。」
クロイツはそう言って感嘆の声を漏らす。
『佐泰別』という言葉を聞いた瞬間、ハーツの表情が変わった。
「あの学校には俺にとって手も足も出ないような奴がごまんといる。場所が変われば少しは良くなるかなって思ってたけど、やっぱり圧倒的な『天才』ってのはどこにでも居るんだな。だからさ、1度でも良いから『天才』を越えてみせてやりたいんだよ。」
そう言ってハーツは拳を強く握る。それは今まで見た事のないくらいに強い決意がこもった握り方だった。
クロイツは真剣な様子で聞いており、力を込めた返事をした。
「再来年には私も既にデビューし、先輩のように恐ろしい実力者に出会ってしまうかもしれません。その時には私も先輩のように強くなれるように頑張ります!」
そう言ってクロイツは笑みを見せる。
その笑みは自信に満ち溢れており、まるで自分なら出来ると言わんばかりだった。
その言葉を聞いて、ハーツの心の炎もますます勢いを増す。
自分にだって負けられない理由がある。負けたくない相手がいる。
だからこそ、自分は強くなる必要があるのだと。
「ああ、期待してる。」
ハーツはそう言うと、2人に向かって微笑む。
そして、この3人のチームワークはさらに高まっていくだろう。
新たなライバル、そして己の力を高めるために。