シルヴァーハートと魂の咆哮 ~Heart's Cry~   作:軽石らいと

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第9R 若葉の登竜門

『青空が覗いて影が出来て参りました阪神レース場、午前中は雨がパラついておりましたが馬場状態は良です……』

 

皐月賞トライアル、若葉ステークス。数あるクラシック街道の入り口の1つであり、ここを勝ち進んでダービーを勝利したウマ娘もいるくらいである。そして、ここで負けてしまうようなら、どんなに素晴らしい能力を持っていようと一生一度の一年間を棒に振ってしまう。

皐月賞行き切符を賭けてしのぎを削るウマ娘達。その中の一人であるスズカマンボは、ゲートに入る前から周りの様子を伺っていた。

万全の態勢で臨めるよう思い思いのウォーミングアップをしている13人の対戦相手達。その中で一人、一際異彩を放っているのが目に留まった。

 

(あれは確かハーツクライだったかしら。)

 

ハーツの纏う空気は今までのどのライバルとも違ったものだった。近寄りがたい気性の激しそうな見た目がそうさせるのか。それとも圧倒的な力が何もしなくてもあふれ出ているのか。それは分からなかったが、只者でない事は見て分かる。

 

「ん?俺に何かついてる?」

 

凝視しすぎたせいか彼女にバレてしまったので慌てて目を逸らす。

怒らせてしまったかと思い再び目をやったが、そこには体を捻って汚れを気にする彼女の姿があった。先ほどの厳ついオーラを見せていた人とは思えなかった。

 

「いや、さっき貴方から特別なオーラを感じて……」

「ははっ!そんな大層なものじゃないよ。俺はただ勝つだけ。勝ってみせる。それだけだ。」

「……。」

 

その言葉には揺るがない確固たる信念のようなものを感じた。

まるで何かに囚われているかのように。

 

「私だって絶対に勝つわ。」

 

ハーツの言葉を聞き流すように、スズカマンボはそう離れていった。

 

『いよいよスタートしました!』

 

ついに戦いが始まった。戦場は阪神レース場芝2000m。数あるレース場の中で波乱の展開の起きやすいこのレース場である。

ハーツとスズカマンボの二人は中盤の位置につけ、レース展開を見守る。

 

(まずは様子見かしら。私と同じ戦略でしょうけど。)

 

ピッタリと同じペースを保ちスパートのかけ時を待つ両者。他のライバル達は先頭集団に混じっていたり、後方で脚を溜めていたり様々だ。ハーツとスズカマンボだけがこの戦法を取っていた。

そして向こう正面、残り1000m地点に差し掛かる。

 

「先に失礼。」

 

ハーツの斜め前にいたスズカマンボが一気に前に出ていく。1人、2人と退屈しそうなスピードで歩む先頭集団を確実に追い抜いていき、そのまま先頭に躍り出ていった。

残るは最終直線。この仁川の舞台を登り切った後には勝利が待っている。

自分の先を進むものは一人もいない。この景色は私だけの物だとスズカマンボは確信した。

 

その時、妙な殺気をすぐ背後から感じた。すぐそばまで近寄り、少しでも力を抜いたら取って食われてしまいそうな気迫が。

 

……ハーツクライが追ってきた。

 

だが、すぐに冷静になる。今更何が出来るというのか。直に彼女はスタミナ切れを起こすだろう。

しかしその淡い願望は叶うことなく、ハーツが彼女の真後ろにぴたりと張り付いて離れないまま、残り200mへともつれ込んだ。

一度掴んだこの先頭の景色を、誰かの手に渡すわけにはいかないと激走するスズカマンボ。

しかし次の瞬間彼女の目に映ったのは、アタマ差で勝利したライバルの姿と敗北の二文字だった。

 

「完敗よ。おめでとう。」

 

悔しさに顔を歪ませながら、スズカマンボはハーツに握手を求めた。

皐月賞への優先出走権は両者に得られるわけであるが、このレースで負けた事には変わらない。

 

「ありがとう。皐月賞でも勝って見せるから覚悟しとけよ。」

「えぇ、受けて立つわ。」

 

差し出された手を握り返すハーツの目は、スズカマンボが今まで見たことのないくらい活き活きとしていた。

 

 

◇◇◇

 

 

「……起きろよ!トレーナー!」

 

客もまばらな平日午後の総武線。車内の片隅にある席で眠りこける古山を揺さぶるのはハーツだった。

今日は皐月賞へ向けた下見として中山レース場に行く手立てだったというのに、肝心の本人が寝過ごしてしまっては世話はない。

降りるはずの駅はとっくに通り過ぎ刻一刻と中山からは遠ざかっているというのに、叩いても揺すっても起きない彼女は呪いでもかかったかのように動かない。そしてようやく呪いが解け目が覚めた頃には、既に車内は津田沼駅に到着するアナウンスが響いていた。

 

「……ん?ごめんハーツ。私寝ちゃってたみたいで」

「まぁいいけど。これからどうするんだよ。」

「あー……、とりあえず降りようか。」

 

古山は眠気が取れない目を擦り、まだ少し寝ぼけた頭で電車から降りた。

反対方向の電車に乗って戻ると思ったが束の間、彼女はそのまま駅の改札口に向かって歩いていく。ハーツは不思議に思いながらもその後をついて行った。

 

「一旦改札入り直してから戻ろうか。」

「普通に反対側の電車乗れば良いだろ。」

「本当はそうしたい所だけど、一応私達はトレセンで名の知れた人間だし、悪い事してるの見られたら数週間謹慎処分されちゃうしね……」

 

確かに教え子が皐月賞間近だというのに、トレーナーが謹慎しているというのは格好がつかない。

 

「それに、せっかくだから津田沼で一息つこうよ。」

 

ハーツは渋々納得し、再び二人並んで歩き出す。この時間はまだ学生の帰宅ラッシュの時間には早いため人も少なく、平日の昼間である事も相まって駅周辺の店は空いている。

古山は特にこれと決めようとせず辺りの店を見ながらぶらついていたが、ビルの一角に掲げられた看板の前で足を止めた。

 

「『カフェシャローム』……良さそうだね!」

 

ガラスドアを押し開けるとそこは吹き抜けのあるロビーになっていて、その半分がそのままカフェとなっているようだ。

整然と椅子が置かれたフロアの奥、カウンターキッチンの向こう側にはコーヒー豆を挽く音が静かに聞こえている。

こんな所で油を売っている暇無いのだが、と思いつつも、ハーツはどこの席に座るか見回す事にした。すると奥の方に見覚えのある長身なウマ娘が一人と、見覚えのない幼いウマ娘が一人、紅茶をすすっている姿が目に留まった。

 

(あいつか……?)

 

そう思っているうちに、彼女もこちらの存在に気付いたようで、ハーツ達に向かって手をこまねいている。それに応じて彼女達のすぐ隣の席に腰を下ろした。

 

「お久しぶりねハーツ。学園入学以来だね。」

「メジャーじゃねぇか。それと……誰だ?」

 

数ヶ月ぶりに会った旧知の仲と軽口を叩き合おうとしたが、そこには見知らぬツインテールのウマ娘がいる。

 

「この子はスカーレット。私の妹だよ。」

「……お前、妹いたのか!」

「あれ、以前言わなかったっけ?」

 

メジャーはきょとんとした顔をしながら首を傾げたが、ハーツは聞かなかったことにした。

「いつも姉さんがお世話になってます。」と丁寧に挨拶をする少女。時々抜けている事のある姉とは対照的な性格なようである。

 

「それより、なんでここ数ヶ月全然会えなかったんだよ。いくら学園が広いからといってこんなに疎遠にはならないだろ。」

 

ハーツは近くの椅子に腰かけてそう言う。その瞬間メジャーの耳は空気でも抜けたかのように垂れ、頭にふにゃりとついた。

 

「それがね、ちょっとシゴかれてたんだ……」

「あんたがクラシック級だからって色ボケてトレーニングサボったりしないかと思って心配してたけど、そんな事無かったみたいね。」

「ひどいよ。私は寝ボケる事はあっても色ボケる事なんてないのに……」

 

突然スカーレットが口を挟んでそう言った。さっきの礼儀正しい姿はどこへ行ったのかと驚いたハーツだったが、メジャーの言葉を聞いて真っ先に反応したのは古山だった。

 

「もしかして、あの『怒りの合宿』の事ですか?」

 

今まで黙っていた古山がいきなり口を開いたので2人は面食らったが、すぐにメジャーはその質問に対して肯定を示した。

曰く、きまぐれ過ぎて結果が安定しないメジャーを矯正するために、鬼教官として知られる伊刈トレーナーを保護者直々に指定されたらしい。伊刈のトレーニングの厳しさはトレーナー同士でも有名な程であるが、そんな彼の合宿となればどんなメニューが待ち受けているかは想像に難くないだろう。

しかし本人はそれを全く苦に思ってはいないらしく、実際あの時と雰囲気は対して変わらない様子である。

 

「でももう終わったから大丈夫。やっと自分の体の限界を超えられた気がする。」

「そうか……限界超えたなら何よりだな。」

 

満足げな彼女の表情を見てハーツは微笑んで見せたものの、彼女に秘められているだろう未知数の力に警戒した。

 

「それより、なんでお前らはここに居るんだ?」

 

ふと疑問に思ったことを、今度はハーツが尋ねる番だった。

聞くからには自分の方を説明しないというわけで、自分達がここまでやってきたを説明すると、メジャーは「奇遇だね」と答え自分達はとあるウマ娘と待ち合わせをしていたと言った。その人は誰なのかを聞こうとしたが、何者かの声に遮られた。

 

「おまたせ。」

 

声の元へ振り向くと、そこにはボーイッシュなウマ娘が一人、爽やかな笑みを浮かべて立っていた。肩まで伸びた鹿毛を靡かせながら近づいてくる彼女は、テーブルに注文されたドリンクを置くと、古山達の向かい側に座り込んだ。

ハーツがその風貌をまじまじと見つめていると、彼女はまるでファンと目が合ったトップスターかのように笑顔を見せる。その様子を見て、ハーツの脳内に一つの名前が浮かんできた。

 

少女の名は『ネオユニヴァース』。かつて佐泰別で会った事のある先輩である。その実力は既に折り紙付きであり、去年のクラシックで二冠を達成した程である。トレセン入りして以降ハーツは直接面識は無かったものの、雑誌やテレビ等で彼女の存在は知っていた。

こんな所で会うのは初めてな物で、一瞬誰かと理解出来ずに呆気に取られていた。

改めて彼女を見てみると、整った顔立ちとスレンダーながらも引き締まった体格、そして何よりも目を引くような美しい栗色の長髪と、かなり目立つ容姿をしている。

 

「これはこれはネオユニちゃんじゃないですか! 元気してた?」

 

真っ先に声をかけたのは古山だった。例え目の前に前年二冠馬が唐突に現れても全く動じていない彼女は、やはりトレーナーだからだろうか。

 

「あぁ古山さん。ご無沙汰しています。」

「ハルさんも知り合いか?」

「うん。ダービーの時はうちの子とライバルだったからね。」

 

ネオユニヴァースというウマ娘の知名度は非常に高く、まだ現役であるのにも関わらず引退後の進路まで決まっている程。

とはいえその事実を知らなければただの少女にしか見えない。しかし彼女の放つオーラのようなものは確かに感じ取れた。

 

「しかしここでハーツに会えるなんて偶然だね。うちの学校ではアウトローって感じだったのに、随分と丸くなったみたいだけど。」

 

ハーツは思わず顔をしかめた。昔の話を掘り返されるのは好きではない。

 

「俺はあなたと同じ学年じゃありませんし、あなたは俺の本当の事を知らないはずですよ。」

「そうだっけ? まぁ私にとってはどっちでもいいけど。」

「それより、どうしてメジャーちゃんと一緒なんですか?」

 

古山が会話の途中で割り込む。「『作戦会議』ですよ。」と答えたのはメジャーの方であった。

 

「私も今度ある皐月賞に向けて調整中で、トレーナーから本番での作戦指示を受けるんです。ネオユニ先輩と私は同じトレーナーなんで、アドバイスを貰おうと思って……」

 

それを聞いてハーツは納得した。メジャーもトレーナーが付いているのであれば、トレーナー同士の交流は大事なものだろう。

しかし肝心のそのトレーナーの姿が見当たらない事に気が付いた。メジャーはトレーナーの事を既に知っているのかと思い尋ねると、 意外な答えが帰ってきた。

彼女達のトレーナーはイタリア人であり、直にここへやって来るという事。そして的確な作戦指示が出来るようにと、彼のレースを共にしたネオユニヴァースを招き入れたという事らしい。

 

「この前話していた『トレーナー』って、外国人の方だったの?」

「はい。でも安心して下さい。日本語はペラペラなので。」

 

そう言うメジャーの顔からは、不安など微塵も感じられなかった。

 

「……挨拶もほどほどにして、早速作戦会議と行こうか。というわけでハルさんとハーツは……ね?」

 

ネオユニヴァースは会話を切り上げ、古山達に目配せをする。知り合いとはいえ対戦相手に手の内を明かすわけにはいかないからだろう。

 

「じゃあ私達は向こう行くから、後でね!」古山はメジャーにウインクすると、ハーツを連れてそのまま席を離れていった。その途中、 メジャーがこちらを見つめながら、口元で微笑んだのをハーツは見逃さなかった。

兼ねてからの知り合いだというのにあの表情は一度も見たことがない。それがどういう意図を持っているか分からなかったが、少なくとも好意的では無いことだけは察する事ができた。

 

(何を考えているかさっぱり分からないが…… こっちの鍛え上げた末脚でぶっこ抜いて見せるだけだ。)

 

ハーツはそう心の中で呟くと、古山と共に中山レース場へと歩みを進めた。

 

 

◇◇◇

 

 

予定より1時間程遅れて辿り着いた中山レース場は観客達の歓声で賑わっていた。今日は重賞開催日では無いため人は少ないはずだが、やはり中央のレース場。それでも尚人気は多い。

 

「メジャーちゃんの件は残念だったけど、ひょっとしたら同じ事を考えているライバルの子もいるかもね。すぐ近くにいたりして……」

「まさかな……」

 

ハーツは本番へのイメージを固めながら、何となく観客席に目を移した。

ゲートに続々とウマ娘達が収まり、準備万端といった様子だ。ギャラリー達の視線が彼女達に釘付けになる。そしてその中に紛れて一人、見かけない制服を着たウマ娘がいた。彼女はレース場のパンフレットを広げ、じっと睨みつけている。その瞳は真剣そのもので、まるで目の前に居るライバル達を倒さんとする勢いだ。

そんな彼女の様子をしばらく眺めていると、その少女はこちら側の視線に気づいたのか、人混みを縫うようにこちらへと向かってくる。やがて少女は自分達の前に立ち止まると、活気にあふれた様子で名乗り出た。

 

「貴方はハーツクライさんですよね? 私は『コスモバルク』です。」

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