純黒なる殲滅龍の戦記物語   作:キャラメル太郎

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第62話  領地レッテンブル

 

 

 

 オリヴィアとリュウデリアは北北東を目指して道を進んでいた。初日のように休憩を挟みながら歩いて、自然を目にしたり襲い掛かってくる魔物を返り討ちにしたりしながら2日目、3日目と経つと、視線の先に大きな街が見えてきた。言われた方角を目指して進み見えてきた街なので間違いない。

 

 マルロの別荘でメイド長をしているメルゥは、3日後には追い付くと言っていたが、どうやらオリヴィア達の方が早かったようである。その内にやって来るだろうと考えて先に街へ入ることにした。の、だが。本当に僅かな差だったようで、後ろから馬車の車輪の音と馬の蹄が地を蹴る音が聞こえてきた。

 

 振り返ると見たことがある馬車だった。マルロの乗っていたものである。周囲には4人の男達がついていて、魔物が出てきた時に代わりに戦ってもらう為の要因なのだろう。オリヴィア達のことを知っている馬の手綱を握る御者が気がつき、手を振ってくる。冒険者も教えられているのか、純黒に身を覆う自身達を見ても警戒する様子がなかった。

 

 

 

「お久しぶりです、オリヴィアさん!その節はどうも……本当に申し訳なく……」

 

「過ぎたことだ。気にするな」

 

「やっぱりアンタだったか!黒いローブを着てる人を見つけたら教えてくれって言われたから、若しかしたらって思ってたんだよ!おーいマルロさん!オリヴィアさんが居たぜ!」

 

「おぉ!オリヴィア殿、足が速いですなぁ。もっと早く追い付くと思っとったのですが、いやはや」

 

「オリヴィアさん!久しぶり!」

 

「あぁ。久しぶりだな」

 

 

 

 その場で止まって馬車が来るのを待っていると、黒い格好というだけで結び付けたようで、王都の冒険者達は口を揃えてそうだと思ったと言っていた。冒険者の男に居ることを教えてもらったマルロは窓から顔を出すと、良かったと破顔し、脇から顔を出したティネも嬉しそうに手を振った。

 

 合流したマルロ一同とオリヴィアは一緒に残り少ない街への道のりを進んだ。護衛の依頼を受けていた冒険者は、Aランク冒険者を完膚無きまでに叩き潰したオリヴィア達を多少怖いと思っていたが、魔物の大群が攻めて来た時に、自身達では斃せないと直感した魔物を斃したり、最も魔物を狩った彼女達のことを怖がっていてはダメだと反省していた。

 

 魔物を最も狩ったということは、それだけ人が救われたということ。半数近い冒険者が殉職してしまったが、それだってオリヴィア達が戦っていたからこそだ。もし彼女達が居なかったらと考えると、確実に門は突破され、王都内にも魔物が入り込んでいたろう。つまり、この冒険者達は感謝しているのだ。

 

 マルロが辺境伯として治める街、レッテンブル。辿り着くと護衛の冒険者達は休憩がてら飲み屋へと行って別れた。オリヴィアはマルロの屋敷へ招待されているので馬車に乗せてもらって向かった。

 

 見慣れているからなのか、街の人々がすれ違う馬車に向かって手を振っている。大きい街で貧富の差は無いように見える。誰もが笑顔で話をしたり、買い物を楽しんでいる。石作りの通りを進んでいる中で、カーテンを少しだけ開けて外の様子を覗いているオリヴィアとリュウデリアは、マルロがしっかりと街の運営をしているということを知った。

 

 善人であることは分かっていたので予想通りだった。街は活気に溢れているので、訪れる人が居ればきっと気に入るだろう。良い匂いもするので美味そうな料理も売られているに違いない。そんなに長居はせずに国境を越えるつもりだが、腹拵えくらいはしていこうとは考えている。

 

 

 

「それでは、改めてようこそ我が屋敷へ。そしてレッテンブルへ」

 

「少し世話になったら出発してしまうが、よろしく頼む」

 

「えぇ……!?オリヴィアさんすぐ行っちゃうの?それとクレちゃんとバルちゃんは?」

 

「今は別々に行動している。使い魔の契約をしているから場所も分かっているし何時でも呼び出せるが、今は好きにやらせてやってくれ」

 

「そうなんだ……使い魔いいなぁ……」

 

 

 

 馬車が止まったのは、やはり豪邸な屋敷の前だった。王都にある別荘は真っ白な壁であったが、この屋敷は外壁がレンガ作りであった。広い庭の中央には噴水が設置されており、植栽として木が植えられ、庭師の手入れが行き届いていて全て同じ形をしていた。

 

 使用人のメイドが屋敷から出てきて玄関までのアプローチの端に控えて頭を下げている。王都でもこっちでも使用人は居るのだなと思って、案内されるままに屋敷へと入っていった。

 

 因みにだが、ティネはオリヴィアから使い魔としてのクレアやバルガスと遊んで、使い魔そのものを気に入ったのか、将来は自分で見つけた可愛くて強い魔物を使い魔にしようと考えている。

 

 

 

「使用人に食事の準備をさせますので、オリヴィア殿は風呂にでもゆっくり浸かってきてくだされ」

 

「良いのか?」

 

「勿論構いませんとも。是非英気を養ってくだされ。国境を越えるまでと後でで、歩きとなるとそれなりの日数が掛かりますからな。休めるときにゆっくりと休むべきです」

 

「分かった。では甘えさせてもらう」

 

「どうぞどうぞ。使い魔殿もゆっくりしてくだされ」

 

「……………………。」

 

 

 

 マルロは遠慮しないで欲しいと言って風呂を薦めてくれた。今頃は料理人が調理室で客人であるオリヴィアとリュウデリアが満足する料理を作っている事だろう。それが完成するまで待っていてくれという意味も含まれていた。なのでそこは御言葉に甘え、風呂へ行くことにした。

 

 メイドに案内されて通された風呂は、広すぎて風呂というよりも大浴場だった。ここだけでも人が住めるだけの広さがあると言っても過言ではない程の広さで、使っているのはオリヴィアとリュウデリアの2人だけときた。貸し切りと同じようなものだ。

 

 さっさと着ている物を脱いだオリヴィアはリュウデリアを両手に抱えて大浴場へと入っていった。お湯は既に用意されていて湯気が上がっている。しかし湯の張った湯船に直行ではなく、頭や体を先に洗うためにシャワーがある方へと向かってバスチェアーに腰掛けた。

 

 

 

「俺は自分で洗えるんだぞ」

 

「勿論分かっているとも。だからこれは洗いっこだ。だから……その……わ、私のこともまた……洗ってくれないか?」

 

「いつも俺が先だからな。今回は先に洗ってやる」

 

「えっ。それだと心の準備がぁあんっ。ま、待ってくれ……ん……そんなっ……んんっ……うぅ……ぁ……っ」

 

 

 

 頭を洗ってから体というのが面倒なので、2箇所同時進行でオリヴィアを洗い始めたリュウデリア。最初は彼のことを洗って心の準備を整えてからやってもらおうと考えていたのに、まさか先にやってもらうことになるとは思ってもみなかった。

 

 一瞬で使い魔サイズから人間大サイズになったリュウデリアに捕まえられ、抵抗する間もなく頭と体に泡をつけられて洗われた。髪を梳いてくれるときは純粋に気持ち良いが、体を洗うときはちょっとダメだった。真剣にやってくれているのに、体が熱くなってしまう。

 

 目をギュッと瞑って堪えようにも、口から声が漏れてしまう。まるで艶やかで男を誘っているよう喘ぎ声だったのが恥ずかしくて、口を両手で押さえるが、弱いところを手で擦られる度に肩が跳ねて体がビクつく。

 

 きめ細かい白い肌にぬるぬるとした泡が張り付き、その上から硬い掌で優しく撫でられる。オリヴィアは洗ってもらっているだけなのに気持ち良すぎて終始声を漏らしながらビクビクと震えているだけだった。洗い終えてお湯を掛けてもうっとりとした蕩ける表情をしているだけで動かないことに訝しんだリュウデリアは、さっさと自身の体を洗い、オリヴィアを横抱きにして抱き上げた。

 

 湯船に少しずつ浸かる。胸元までお湯が来るとその段差のところで座り、膝の上にオリヴィアを座らせた。横向きなので自身の胸に手を置かれ、こてんと頭を寄せられる。甘えられていると理解したので、好きなようにさせながら濡れた頭を優しく撫でた。それから5分くらい経過した時に、夢心地だったオリヴィアが戻ってきた。

 

 

 

「……っ!?す、すまない。洗ってやれず……」

 

「別にその程度構わん。必ずやれとも言っておらんし、そもそも自分で洗える」

 

「その……お前に洗ってもらったら気持ち良くて……惚けていた」

 

「知っている」

 

「……っ」

 

 

 

 恥ずかしいところを見られた。それだけで顔が真っ赤になってしまい、上から見つめているリュウデリアに見られないように俯いた。何度も風呂に入っているだろうに、何故そこまで恥ずかしがるのか分からないし、色が変化するのは見ていて面白いと思ってますます見つめる。

 

 今はとてもではないが顔を合わせられないので俯くオリヴィアと、顔が真っ赤になっている彼女の様子が面白く、そして興味深いのでずっと見つめるリュウデリアの構図が出来上がった。チラチラとこちらを見ては、目が合うと俯く。またチラチラと見て、俯くを繰り返している。

 

 何となく、背中を支えていない方の手を伸ばして顔を潰さないように掴み、こちらを向かせる。真っ赤な顔が現れて、朱い瞳と黄金の瞳が交わる。すると耳や首筋まで真っ赤にして、口がもにょもにょと形を変えていく。どうやら限界らしかった。

 

 

 

「そ、そんなに見つめないでくれ……恥ずかしい……っ」

 

「何故だ?」

 

「げ、幻滅されるくらいのところを見せたから……?」

 

「俺はお前に幻滅などしていない。する気もない」

 

「ふぐ……っ」

 

「おい、どれだけ赤くなるんだ」

 

「うぅううぅ……もうやめてくれぇ……」

 

「……??」

 

 

 

 恥ずかしさが限界を超えようとしているので、前回こんな感じで逆上せて目を回していたオリヴィアを思い出し、湯船の中に居ると危ないと判断して、横抱きにしている状態で立ち上がった。突然のことで、思わずきゃっと可愛らしい声を上げ、それに気がついて顔を手で覆って俯いてしまう。

 

 もう顔を上げてこないので、そこまでのことか?と疑問に思いながら脱衣所を目指す。濡れた翼をバサバサと動かして水気を飛ばし、尻尾を適当に振って付着した水滴を振り払う。ドアを尻尾で器用に開けて大浴場を出れば、高い室温と湿気から解放されて涼しい。

 

 この頃になればオリヴィアも復活したので、降ろしてやればしっかりと自分の足で立った。まだほんのりと頬が赤く、チラチラリュウデリアのことを見ているが、備え付けてあるタオルを手に取って髪と体を拭いていく。魔法でやれば一瞬なのだが、求めている節はないのでしなかった。

 

 オリヴィアがタオルで拭いている。それを見て自身だけ魔法を使って乾かすのもあれだと思い、同じくタオルを手に取って体を拭く。頭、腕、脚、と拭いていったが、背中が上手く拭けなかった。翼が邪魔をしているのだ。仕方ないので魔力操作でタオルを浮かせて翼の生え際、翼膜の水気を拭いた。

 

 

 

「用意される食事は何だろうな?」

 

「さあな。だが王都の屋敷に仕えていた料理人と同等の腕を持つのだとしたら、満足のいくモノを出すだろう」

 

「そうだな。……そういえば思ったのだが、旅の途中で食べる物も買って異空間に入れておくのはどうだ?好きなときに食べられるだろう?今まではその場で買って食べてしまっていたが。ほら、龍の実のように」

 

「確かにそうだが、人間の作った食い物に頼ってばかりだと依存してしまいそうで嫌なのだ。時には以前のような食い方をしておかねば忘れそうになる」

 

「あぁ……だからボアをあんな食い方したのか」

 

 

 

 本来は龍が人間の食い物を食べることはない。そもそも人間の国に行かないからだ。自然の中で生きていくのが常。リュウデリアとオリヴィアのように、人間に紛れ込んで生活するというのはかなり稀少な行動と言っても良いだろう。

 

 だが逆に、人間の作った食べ物ばかりを食べていると、その美味しさから前のような食事には戻りたくないと依存してしまう事になり、抜け出せなくなってしまう。それは龍として、人間に頼らなくては生きていけないと言われているようで頗る嫌なのだ。

 

 理由を知ったオリヴィアは、髪を乾かし終えて服を着ながら、なるほどなと頷いた。その後彼女は少し考える仕草をすると、何かを思い付いたようでニッコリとした笑みを浮かべ、明日は行きたいところがあると要望を口にした。

 

 

 

「珍しいな。お前が自分の口から行きたいところがあると言うのは」

 

「ふふっ。まあ少しな。それと買いたい物もあるからショッピングといこうか」

 

「ふむ……?まあ金は幾らでもあるから、好きに使うといい。俺は食い物以外に買う物は無いからな」

 

「なら奮発して少し多く使っても良いか?」

 

「王都の岩壁を直した時の報酬があっただろう。あのくらいは使っても良いのではないか?まあ、それ以上必要だというのなら、もっと使っても構わんが」

 

「いや……流石にそこまでは使わないぞ?」

 

「そうか?」

 

 

 

 本当に珍しく欲しいものがあるというオリヴィアの言葉に首を傾げる。はて、そんなに必要だと言える物はあっただろうかと。物欲というか、食欲が全速前進しているリュウデリアからしてみれば、良い匂いのする食べ物を買って食べるくらいしか金の使い道がない。それ以外では殆ど使っていないのも事実だ。

 

 使うよりも入ってくる金の方が多いので丁度良いと思って、岩壁を直した時の報酬額くらいは使って良いと言ったのだが、そこまで使わないという。何が欲しいのだろうと気になる気持ちもあるが、明日には知れるので黙っておくことにした。

 

 

 

 

 

 使い魔サイズになったリュウデリアを肩に乗せて、オリヴィアは脱衣所を出てメイドの案内の元、ダイニングルームへと行き、マルロとティネと共に豪華な料理を堪能したのだった。

 

 

 

 

 

 





 護衛の冒険者

 4人のパーティーを組んでいる、Bランクの冒険者。マルロの護衛依頼を受けて同行していた。途中でオリヴィアとリュウデリアが野宿した後を見つけて、生存確認もしていた。ボアを狩った時の血は少し驚いたが、そこらの魔物にはまず負けないだろうと、よくわからない信頼をしていた。後日、王都へ帰る。




 オリヴィア

 風呂で隅々まで体を現れて夢心地になって惚けていた神。今回あることを思い付いてしまい、翌日が楽しみになっている。




 リュウデリア

 オリヴィアの体を隅々まで洗ったが、意外とテクニシャンな模様。少なくとも治癒の女神を骨抜きにして惚けさせるくらいには。

 オリヴィアが何か思い付いたようだが、その時の楽しみとして黙っている。因みに、マルロの屋敷で出された食事は堪能したし、20人前は食った。


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