オカルトと幽霊とNKTIDKSG   作:yamasuge

2 / 3
1話『転機ですぅ』後編

 

 

 『仕事』の内容は単純だった。

 

 『面白み研究会』達が偵察し、それによってジョーカーとスバルの二人が「これは心霊の仕業だ」と判定した時、ネクタイデカスギ、そしてすずの出動が確定する。

 ネクタイデカスギとすずは、幽霊や悪霊などに対抗出来る手段を持っており、その力を活かせる『実働部隊』に所属していた。実働部隊とは面白み研究会と対を成すものであり、面白み研究会が依頼の原因が心霊であるものか確かめるものである一方、実働部隊はその『能力』を発揮して心霊ならば成仏させられるように、また相手が悪霊ならば、()()することを目的としている。

 

 ネクタイデカスギは初仕事ながら、心に住む《ぢゆし》の能力を買われ、今回は単独任務となっていた。あまり規模や脅威が大きすぎない相手であるから、問題は無いだろう、との豪の判断だった。

 

『デカスギ。豪くんからの話は聞いてたよね?』

「あ゛あ゛い゛、モチのロンですよ〜? ……作戦区域は『下北沢東区《野獣邸》』です。かの有名な俳優、野獣先輩の住んでいた豪邸ですね」

 

 

 

 ぢゆしに答えてやると、彼女はよし、と言わんばかりに頷いてみせた。ネクタイデカスギの目の前の歩道を指差して、続けて言った。

 

『聞いてたならいい。行こう』

「じゃけん、行きましょう」

『……誰のものまね?』

「またまたぁ、わかるくせに」

 

 傍から見ればそれは独り言のように見えるが、周囲に誰もいない事もあって、ネクタイデカスギは奇跡的に通報されずに済んだ。

 

 

 

 

「すみません! タクシー!」

 

 ばっと手を上げて、タクシーを止める。タクシー側もそれに気付いてくれ、道路脇にピタリと止めてくれた。タクシーの後部ドアが開くと、ネクタイデカスギはそれに乗り込んだ。

 

「いやぁ、助かります」

「いえいえ、それでどちらに?」

 

 タクシーの運転手が会釈をしながら行先を聞いてくる。

 

「………《野獣邸》にお願いします」

「…お客様、悪い事は言いません。やめといたほうが」

「すみませんが、仕事で行くのでね。頼みます」

 

 引き止めてくれるが、しかしネクタイデカスギはそれをやんわりと断り、そして促す。もちろんこれに対する用意もある。

 

「………チップも出しましょう。料金の3分の1を上乗せします。それで無理なら降りましょう、どうします?」

「……そういう事なら。シートベルトをご着用ください」

「はい、よろしくお願いします」

 

 落ちたな、ネクタイデカスギは心の中でほくそ笑んだ。ここ桜井オカルト相談所から野獣邸までは26kmほど離れており、自転車で行くとなるとこの猛暑も相まって到着までに疲労が貯まってしまう。タクシーを拾え、尚且つ交渉に応じてくれたのは幸運だったと言える。

 

 タクシーが、動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……到着となります。料金の方が10,920円となります」

 

 財布から一万円札と五千円札を取り出し、運転士に渡す。お釣りは要りませんよ、とだけ言い残してネクタイデカスギは降りた。

 

「あ、あ、お客様! 私は戻って来れませんよ! この辺は会社から近付かんよう言われてるんです!」

「そこまで曰く付きだとはね……。 心配ありませんよ、運転手さん。私はそれが目的で来たんですから。今は……」

 

 腕時計を見る。安物は今、午前10時だよと知らせてくれた。

 

「そうですね、午後1時頃には迎えに来てくれると嬉しいです」

「………い、行くか分かりませんよ!」

「ええ、構いません。最悪徒歩で帰りますよ」

「………」

 

 後部ドアが閉じ、運転手はタクシーを発車させてその場を去った。ネクタイデカスギは指示を飛ばす。

 

「ぢゆし。彼を野獣邸の悪霊が力を及ぼせる範囲から逃れるまで、護衛してあげてください」

『いいけど。デカスギは平気なの?』

「まあまあ、大丈夫ですから。 それよりも頼みますよ」

『…わかった』

 

 承諾してすぐぢゆしは姿を消す。タクシーに張り付いているのだろう。ネクタイデカスギも手持ちのケースからあるものを取り出す。

 それは、今まで着けていたネクタイと比べ、その大きさは2()()にも渡るネクタイだった。

 

「……よし、っと」

 

 ネクタイを締め、表情をきりりと引き締める。目の前に見据えているのは野獣邸だが、ネクタイデカスギにはその更に深く、中枢に潜む『悪意』が見えていた。

 

「確か、野獣先輩役の田所 浩治が亡くなってから8年になりますか。もし付近の霊障の犯人が浩治さん本人であるのなら、あるいは未練があるかも」

 

 状況を整理するべくネクタイデカスギが呟く。仕事の前日、つまり昨日に調べた結果、田所が亡くなったのはドラマ『お前の事が好きだった』の撮影中に心臓発作が起き、そのまま24歳という異例の若さで亡くなってしまったということ。

 当時共演者だった俳優、遠野・マズーチ=のどかとの共演は世間でも特に話題に挙がっていたのを覚えている。なぜなら、田所は映画『水底』の、遠野はドラマ『僕の世界』の主役を演じており、それぞれ世界的に大ヒットした作品の主役という、非常に有名な俳優の二人として名を馳せていたからだった。

 

「さて、では入りますか…」

 

 玄関のドアに、依頼主から預けられた鍵を預かり、開ける。こういった所で家の中に入る事に抵抗してくると思っていたが、すんなり入れたネクタイデカスギは警戒心を更に強める。

 

(何が起こるかわからない…慎重に行かないとですね)

 

 ケースからフラッシュライトを取り出し、電源をつける。流石にまだ午前中とはいえ窓を完全に閉め切った野獣邸は恐るべき暗さを見せている。

 ネクタイデカスギはポケットから一枚の紙を取り出した。それは御札だった。ポケットにはあと三枚ほど残っている。

 

(さて、昨日下北寺の住職から譲り受けた御札、効力の程はどうでしょうかね)

 

 フラッシュライトで照らした床に、ぺたりと御札を貼り付ける。すると、札の角が徐々に黒ずんでいく。どうやら野獣邸に住んでいるのは怨霊らしい。札に近寄ってくることは出来ないようだ。

 

 

 

 

『ねぇ、デカスギ』

 

 ぢゆしの声が聞こえた。姿は見えない。

 

「………おや、ぢゆし。随分早いお帰りですね」

『……あのタクシー運転手が飛ばしてたから。それよりも御札を剥がしてほしいんだけど。近付けない』

「おや、すみませんね……」

 

 軽く謝って札を剥がす……素振りを見せ、だが剥がさない。10秒ぐらいその姿勢で硬直してみせた。

 

『………何やってるの?』

「いえ、ぢゆし。ふと思ったんですが、質問してもいいですか?」

『………なに』

 

 ぢゆしは嫌々そうながらも応じてくれた。

 

「……………()()()()()()()()()()()?」

『なぜ、って………その御札があるからだけど。早く剥がしてよ』

 

 ネクタイデカスギはぢゆしのその答えを聞いて、ふつふつと込み上げる笑いを抑えられなかった。

 

「ふふ………はは、はははっ……ふっふっ…いやいや、すみませんね、今札を剥がします」

『うん。…ふふ』

 

 札を剥がした瞬間、ぢゆしが笑った気がした。

 

 突如、身体を締め付けられるような感覚に陥った。金縛りというやつだろうか。寝てる間に掛かるあれよりは遥かに強力らしく、体に力を込めても全く動く気配はない。

 が、ネクタイデカスギの表情は笑顔を崩さなかった。

 

「思ったよりはしょぼいんですかね。()() ()()()さん」

『……え』

 

 ぢゆしではない何者かの力が強まる。ネクタイデカスギは笑顔を崩さず、言い放った。

 

「……くっ……『吹き飛びなさい』っ!!」

『ファッ!? ……うぐぇっ!?』

 

 ネクタイデカスギが叫んだ途端、彼の胸は明るく光輝き、体全てを包み込むように光の波が勢いよく湧き出てくる。それは一点に濃縮されたのち、ネクタイデカスギの全身を守るように、円形に形成され、触れたものを吹き飛ばした。

 

『痛スギィ!? なんだそれ…!?』

 

 ネクタイデカスギの体から黒いもやもやが勢いよく弾き出される。それは恐ろしげな歪み方をしていたが、ネクタイデカスギの未知の力におののいている。

 

『霊能力の使い方教わったことあんのかよ誰かによぉ…』

 

 悪霊、田所は痺れて動けなくなっているらしい。今のうちだ、とネクタイデカスギはポケットに入れておいた三枚のお札を取り出し、田所を三角の結界に封じ込めるように床に貼り付けた。

 

『しまった! (動け)ないです』

「よし………。とりあえずは押さえつけられましたか。昔ぢゆしに護身霊術を教わったのは正解でしたね」

『ぢゆし……あのメスガキか…!』

「おっと、あの子を悪く言ってはいけませんよ。私の大切な友達なのでね」

 

 ネクタイデカスギが尻ポケットからメモ用紙を取り出す。胸のボールペンを持って何かをメモし始めた。

 

『な、何を書いてんだ…?』

 

「………よし。これ見てください」

 ある程度書いたメモを田所に見せる。こう書かれていた。

 

 

 

<霊の正体は、8年前死亡した俳優『田所 浩治』で確定。

 会話の余地あり。敵対的だったが、抑え込めば会話可能。>

 

 

 

 田所はこれを読んだのだろう、困惑した様子だった。

 

『……こ、これが何になるんだよ』

「田所君。このメモに書かれる続きは、君の処遇です。……つまり、成仏か『()()』か、ね」

『じ、浄化……!?』

 

 メモをパタリと閉じ、尻ポケットに仕舞う。田所がそのワードに戸惑っていたので彼にその意味を教える。

 

「ぢゆしに聞いたんですがね。 ……成仏とは違い、浄化というのは魂、つまり存在を()()()()()させてしまう、恐ろしい手段なのです」

『え……い、いやだ! もう一度死ぬなんていやだ! まだ──』

 

 田所は言い淀む。ネクタイデカスギにはそれが引っかかった。続きを言おうとしない田所の姿を見て、ネクタイデカスギは確信した。

 

「わかっています。 …未練ですね?」

『…………………そうなんだ。俺が、田所 浩治だって言うのは知って……るよな。俳優だった。死ぬ前、俺は遠野くんと共演して『お前の事が好きだった』ってドラマの撮影をしてたんだ』

「えぇ、そこまでは聞き及んでいます。撮影中心臓発作により、惜しまれながらも逝去された……と」

 

 田所は悲しそうな顔をして俯いている。ネクタイデカスギはそこでようやく気付いたが、田所の姿かたちがくっきりしてきているのだ。

 

(これは後でジョーカーさんかすず君に聞いておかないとですね)

 

 ネクタイデカスギの知らない現象だった。思案していた所に田所が続きを切り出した。

 

『それで……俺は、あのドラマの続きが見たいんだ。俺は.自分が出たドラマや映画を繰り返し見るのが趣味だったんだよ…』

 

 そうですか。とネクタイデカスギは軽く答えた。田所が『俺が切実な思いで言ってるのに!』と怒るも、ネクタイデカスギは笑って答えた。

 

「まぁまぁ。そうカッカしないでください。貴方が打ち明けてくれたお陰で、この件は割と早く終わりそうですよ!」

『…え………?』

 

 そう言うや否やネクタイデカスギはある場所に電話する。

 

「あ、もしもし。佐々木さんですか?はい。はい。……あ、ありがとうございます。それでですね、頼みたい事がありまして。はい、あの……『お前の事が好きだった』……って8年前のドラマ、最終回直前で打ち切りになりましたよね。代役も見つからなくて」

 

 田所が当惑する。

 

「はい。……そう、見つかったんですよ。 ………アレを終わらせられる方をね。遠野君と撮影メンバーの手配、頼みますよ」

 

『デ、デカスギ……? どういう事なんだよ?』

 

 ネクタイデカスギが電話を切って、田所に向き合う。その表情は、既に仕事を終えたかのような笑顔を讃えていた。

 

「田所君。落ち着いて聞いてください。遠野君が今からここに来ます。『お前の事が好きだった』。アレを完成させたくはありませんか?」

 

『…………!!!! さ、させたい!させてくれ!!』

「ええ、落ち着いてください。今から拘束を解きますから、変に暴れないでくださいね」

『あ……あぁ、もちろんだ』

 

 田所の返事を聞いたネクタイデカスギは頷き、ゆっくりと札を剥がしていく。田所の身体の自由が聞くようになった時には、彼の身体は既にくっきりとしていた。黒い短パンに白いシャツ、黒の肩下げバッグというありふれた服装だが、それが撮影当時の服装なのだという。

 

「……見れば見るほど当時のままですね」

『ああ、これ? よかった、遠野と共演する時は身だしなみだけは特に整えてたからな。シワひとつないだろ?』

 

「そうですね、とても綺麗です。………それにしても、当時はショックでしたよ、ええ。超人気若手俳優、24歳の若さで死去!なんて見た時は」

 

『あぁ……そのせいで俺は未練がましく、この家に留まって……悪かった、あんたを襲ってしまって』

「いえいえ、私は構いません。最悪ぢゆしや豪君が悲しむだけですからね。それよりも、貴方の未練を解消できない方が残念ですよ。だからよかった。 こう見えても昔は、田所君のファンだったのでね」

 

『ファ……ン? 俺の、か……?』

 

 田所がその言葉を聞くと、少し固まったあとネクタイデカスギの足元に座り込んで土下座した。

 

『ほ、本当にすまなかった! ファンの方を怖がらせてしまうなんて、俳優としてあるまじき事を……すまない!許し──』

「ですから、構いませんよ。 ………おっと、もう間もなく遠野君が到着するようです。撮影の準備に入っちゃいましょうか!」

 

『あ……ああ!』

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

『デカスギ、大丈夫だった!? ………って、これは?』

 

 すっと胸元が重くなった気がする。ぢゆしが帰ってきた合図なのだ。ネクタイデカスギはぢゆしに答えた。

 

「おや、ぢゆし。タクシーの運転手は大丈夫でしたか?」

『大丈夫だったよ。………じゃなくて、これはなに?』

「あぁこれ? これはですね───」

 

 

 

『《まずうちさぁ、屋上…あんだけど》』

「はぇ〜…」

『《焼いてかない?》』

「あぁいいっすね^〜」

『《ウン》』

 

 そこには、姿のくっきり写った田所と、急遽駆けつけてくれたという遠野の姿があった。遠野は8年経ったとは思えない程で、32歳という年齢ながらとても若々しく見えた。田所の表情には笑顔が宿っており、演技の中での笑顔ではあるのだろうが、その本心から彼は笑っているのだろうと、ネクタイデカスギには察せた。

 

『じゃあ、一人で解決できたってこと?』

「そうなりますね。手間かけましたね、ぢゆし」

『まぁ………いいけど。今度観覧車ね』

「ええ、もちろんです」

 

 ぢゆしはぷいと顔を背けるが、こちらから見える頬は緩んでいた。

 

 

『《のどか、喉乾いた……喉渇かない?》』

「あー…喉、乾きましたねぇ」

『《なんか飲み物持ってくる。ちょっと待ってて》』

「はいー」

 

 

 

 シーンは移り、田所がスタッフの用意したアイスティーを台所に出している。戸棚から一枚の紙を取り出して二つに折る。収納スペースの奥に隠してあった粉末を手に取り、紙に少し落とす。その紙の上の粉末をアイスティーに入れると、それを屋上にいる遠野の元に持っていった。

 

『あれは何をしてるの?』

「あぁ……台本を呼んだのですがね。当時の世間には際どい内容でしたよ」

『ふうん……?』

 

 

 

『《お前の事が好きだったんだよ!》』

「先輩……!」

『《遠野、俺はお前の事が好きなんだ!!》』

 

 遠野と田所の姿を見てぢゆしが飛び出す。カメラマンの後ろでその様子を見ていたネクタイデカスギに、ぢゆしが尋ねた。

 

『……際どいって、LGBTとかの事?』

「(シーっ!そんなこと言わない!ドラマのコンセプトがそもそも《男同士でも自由に恋しよう》ってセンシティブ*1なものだったんですから!)」

『ふーん、そんなもんなの…?』

「そういうものです。ほら、クライマックスですよ!」

 

 遠野が田所に連れられ、一階のソファに横にさせられていた。ネクタイデカスギは撮影スタッフについて行って、ぢゆしと共にそれを見ていた。

 

「先輩……。どうして僕を選んでくれたんですか?」

『《何言ってんだよ、お前を見たあの時から、俺はお前に一目惚れしてたんだ。……水泳部にいた、あの時からさ》』

「……ずっとそうだったんですね、先輩。………僕も好きです、田所先輩」

『《……! と、遠野…!!》』

 

 二人が手を取り合って、そしてがっしりと抱き合った。そしてカメラは引いていき、最後にリビングに通じている扉が閉まる演出が入って、ドラマの撮影は終了した。

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

「ネクタイデカスギさん、この度は本当にありがとうございました。何とお礼を申すべきやら……」

「いえいえ、私もここに仕事で来たはずだったんですが、思わぬ収穫でしたよ」

 

 遠野がネクタイデカスギに頭を下げて礼をする。ネクタイデカスギは笑ってそれを受け取った。

 

『デカスギ、本当にすまなかった、感謝するよ』

 

 田所も遠野に続き礼を言った。二人はとても満足そうにしていて、事情を知る撮影スタッフ達にも笑顔が溢れていた。

 

『あぁ、わかる…………心が軽くなったよ。………成仏、できるんだな』

「……はい。遠野君との共演が果たされ、そして完成した映像を見終えた今、田所君。貴方は途方もない充足感に満たされています。その状態こそが、未練の無くなった状態。貴方は成仏でき、そうすれば輪廻を経て新たな生命に生まれ変わる、と。そうですね、ぢゆし」

『うん。前世、つまり今の田所さんか積んだ徳にもよるけど、聞く限り悪い事はしてこなかったらしいし、きっともう一度人に生まれ変われると思うよ』

 

 田所に言い聞かせながら確認を取ったネクタイデカスギに、ぢゆしが答える。ぢゆしがネクタイデカスギの身体の中から姿を現すと、遠野やスタッフ達は驚いた様子だった。

 田所だけはぢゆしの存在を知っていた為か、反応は薄く、だがただ感慨深そうにしていた。

 

『そうか、君が……。まだこんなに小さい子なのに、とっても立派ですねぇ……』

『そんなのじゃない。……でも、まあ、受け取っておく』

「………凄いですね。オバケなんて滅多に見れたものじゃないと思ってました」

 

 遠野が捻り出すように呟いた。

 

「いえ、実はそうでもありません。心霊というのは、案外どこにでも潜んでいるものです。それは普段我々に見る力が無いから、いないと思えるだけなのでありまして。

 

 ………それを見る力を得れば、それは直ぐに見えるのです。皆さんは今私や田所君と接触しているので見えていますが、じきに心霊も見えなくなる。ですが困った事に、悪霊はそうもいきません。奴らは勝手に近付いてきて、付け狙ってくるのでね。

 

 だからこそ、我々の出番です。我々桜井オカルト相談所にご一報いただければ、すぐにチームが手配され、調査に参りますから」

 

 ネクタイデカスギは長ったらしい決め台詞を吐き出し、遠野と撮影スタッフに名刺を渡した。みんなが困惑しながら受け取っているところに、電話がかかってきた。相手は豪からだった。

 

「あ、すみませんね、電話です」

 

 一言断ってから電話を取る。

 

『もしもし、ネクタイか? 無事?』

「無事……ですけど。何かありました?」

『いや、お前時計見てる? もう4時回ってんぜ。何かあったのかって思ってさ。で、無事なんだな。仕事はどうなった?』

「あぁ、そりゃもうバッチリですよ」

『そうか、よかった……。お前も無事だったら連絡してくれ、心配したぜ。とりあえず生きてんならいい、戻ってきてくれ』

 

 わかりましたよ、と言って電話を切る。ぢゆしに声をかけて帰りますよと促した。

 

『そうか、帰るのか。本当にありがとうな、デカスギ。お前が来てくれなかったら、俺は未練がましくこの館にしがみついて、もしかしたら誰か殺しちまってたかもしれない』

「………仕事ですから」

『ああ、本当に、本当にありがとう……………』

 

 田所の影が消えていき、足が消え、腰や手が消え、胸が消えていく。消えていく箇所が首元にまで差し掛かった時、田所はこう言い残して微笑み、目を閉じて消えていった。

 

 

 

 

「────世界一になれよ、遠野」

 

 

 

「田所…!」

 

 遠野が大粒の涙を流した。

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

『良かったの? 連れて行かないで』

「えぇ、8年間放置されていた野獣邸を調査する必要があるらしいですし。それに、あまり野暮ったいことするのもアレですしね」

『そういうものなの?』

「えぇ、そういうものです。………まぁ、お陰で探偵時代のコネクションも有効活用出来ましたし、この仕事、案外私向きかもしれませんね」

 

 ネクタイデカスギがぢゆしと話しながら歩いていると、前から一台の車が近付いてくる。フロントガラスの下あたりには『予約』の二文字が点灯している。

 タクシーだった。

 

「……あれ? タクシー?」

「お客様! だ、大丈夫でしたか!?」

 

 どうやら話を聞くところによると、少し前から気がかりで何度か戻ってきていたらしい。1時になってもネクタイデカスギが戻ってこなかったので、何かあったのではないか、と思っていたようだ。

 

「よかった…! 来ないかもと言いましたがその手前、心配で心配で……! 本当によかったです!」

「大丈夫ですよぉ!わざわざご心配ありがとうございます」

 

 タクシーの運転手は私を信じて来てくれた。それが嬉しくて、ネクタイデカスギはぢゆしにこっそり耳打ちした。

 

「(今度の遊園地、全部回ってみましょうか)」

『………! やった…!』

 

 笑顔で喜ぶぢゆしを尻目に、ネクタイデカスギは家で出来上がった『お前の事が好きだった』を見ることしか考えていなかった。

 

 

 

 

 

 

 ────後日知った事だが、遠野・マズーチ=のどかを除く撮影スタッフ及び建築物関係の専門家など、合わせて13名が帰宅途中に亡くなったそうだ。

 

 

 

*1
なお、下北沢自治区においては既に同性婚が認められており、既に1700世帯もの同性家族が存在している。孤児を引き取るなどして円満な家族生活を送る者も多く、日本政府においても急ぎ本法律の可決が求められているとの事。 しかし、当時(8年前)下北沢では日本と同じく同性婚を認めておらず、同性婚を可能とする法案を巡り度々争い、特に下北沢国会議事堂前では数多の同性愛者がデモを起こす程だった。





 登場人物①

 ネクタイデカスギ────29歳。

 本作の主人公。

 桜井オカルト相談所『実働部隊』所属。

 幼少、少年期から野球関連に触れ、特に高校時代には高校野球に出場する程の実力派高校のレギュラーメンバーだった。バッターとしては並程度の実力だったが、脚力には特に自信がある。
 残念ながらドラフトに選ばれなかったあとも、彼はその事を気に留めず大学へ進学、卒業後企業に就職。可もなく不可もない業績を出していたが、やがて刺激に飢えたネクタイデカスギは、会社を辞めインターネットの記事を書くフリーライター兼探偵として活動するが、こちらは上手くいかず、結果桜井豪の経営する《桜井オカルト相談所》の職員となるに至った。

 余談だがあだ名であるネクタイデカスギの由来は、幼少期から父親の意向でネクタイを付けて登校し、友人に『(大人用だから)ネクタイがデカすぎる』とからかわれた事に由来する。

 また、小学生の時親友である豪の目の前でトラックに轢かれたことがある。瀕死の重傷を負うほどだったが、その際ネクタイデカスギの心の中にいた少女DIYUSI(ぢゆし)によって、奇跡的に復活を果たした。
 その後、ぢゆしから幽霊相手の護身術を教わり、またその傍らネクタイデカスギに襲いかかる悪霊をぢゆしに任せて退治するなど、幾許かの危機は乗り越えてきている。


 DIYUSI────???歳。

 本作のもう一人の主人公。

 ネクタイデカスギが幼少の頃から見えている幽霊の少女。ネクタイデカスギはぢゆしを《守護霊》ではないかと思っている。普段はやる気のなさげな細めの表情を浮かべてネクタイデカスギの身体の中に収まっていて、本人が許可しない限り身体の外に出る事を良しとしないが、ネクタイデカスギ本人に危険が迫った際には自ら飛び出し、彼の身を守ろうとする。
 ネクタイ本人にも知らない事があるらしく、しかしぢゆしはそれをひた隠し、話そうとしない。自分の名前を知らず、ネクタイデカスギによって妖精らしい見た目から大妖精となり、それをもじってDIYUSI(ぢゆし)と呼ばれるに至った。

 ネクタイデカスギが考えた事はぢゆしにも共有される為、頻繁に内側から腹をどついている。理由は言わずもがな。
 また、自身が幽霊である故か、それはネクタイデカスギには知らせていないが、同じ幽霊に対する攻撃、防御術に長けており、心霊現象からの干渉を退けてきた。ネクタイデカスギはぢゆしから護身術を教わっている。




 不穏な終わり方をしましたね…。

 次回『誰も文句は言えないだろう?』お楽しみに!

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。