オカルトと幽霊とNKTIDKSG   作:yamasuge

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2話『誰も文句は言えないだろう?』前編

 8月7日土曜日。

 14時48分。

 

 

 

 ネクデカの活躍から3日ほどだったが、特にやることも無く、事務所の真の主である少女、霧雨 すずはアイスを食べながらゴロゴロしていた。エアコンの効いた室内でアイスを食べると腹を壊しそうなものだが、問題は無いらしい。すずは、既にアイスを二度おかわりしているからだ。

 日は傾き始めていて、窓から強い日射が差している。今ここには豪とすずしかおらず、スバル、ジョーカー、ゆうさく、赤沼の4人は次の依頼が『霊によるもの』か、人間によるものかを調査しており、ネクデカと肉体派おじゃる丸の二人はそれぞれ休暇だ。

 

「ん〜、んまい…。やっぱりチョコが一番美味いな」

 

 カップの中身をスプーンですくって食べる。すずは16歳という若さではあるが、桜井 豪から多額の給料を貰っているので私物の購入には事欠かなかった。特にすずの大好物のチョコレートやチョコアイスは、幾らストックしても凄まじい勢いで消費される程なので、その点においても豪の羽振りの良さに助けられている面もある。

 

「しっかし暇だなぁ………」

「まま、そう焦んないでよ」

 

 自分の机に向かって事務仕事、主に書類整理をしていた豪が、すずに言った。

 

「あと一時間もしないで帰れるってスバル言ってたし。……あ、そうだ。そん時アイス買ってきてもらおうぜ、コンビニで。すずちゃん何がいい?」

「私の分もくれるの!? じゃあ、チョコアイス!」

 

「はは、OK、スバルに伝えとくわ。………あ、もしもし?ごめんアイス買ってきて。うん、うん。……そう、俺のはバニラバーでいいから、すずちゃんのぶん頼むわ。お金俺出すし。うん、はい、よろしく!うん」

 

 すずは明らかに上機嫌になっていた。

 

「………ふぅ、ごちそーさま」

「うい〜」

 

 豪の空返事を尻目に、食べ終えたチョコアイスのカップを丸めてゴミ箱に捨てると、すずはスカートのポケットからスマートフォンを取り出す。そのまま操作していて、断続的に画面をタップしている事から、メールで何かやり取りをしているようだった。

 スマホの画面には『支部』とだけ映っており、それはグループ名のようだ。JINE、というアプリを使用した、手軽なメッセージ交換のやり取りは、老若男女問わず幅広い人気を誇っていた。

 

 

《すず》

『じゃあ、明日の1時集合でいい?』既読2

 

《にょん》

『おっけー』既読2

 

《いちご》

『わかったよ』既読2

 

 何かの待ち合わせをしており、3人が確実に集まる事になった。グループ内の反応がなかったあきら*1やるりま、牛乳、小麦粉の4人もこういった用事に参加しなかったことはないので、結果的に7名全員参加になるだろう。

 

 作業が終わって休憩を挟んだ豪が、すずがソファで横になりながらスマホをいじっているのを見て、ああ、あれか。と思いながらすずに聞く。

 

「すずちゃん、アレ? また支部でオカルトごっこすんの?」

「うん…ん? いや、オカルトごっこじゃないよ豪おじさん。実際にやってるからね」

「うーん………すずちゃんがやるなら大丈夫だとは思うけど、あんまり()()()降ろしちゃ駄目だからな?」

「私はヤバいの降ろさせない為に参加してるんだから、今回も私が主催だよ。万が一ネットで調べられて強力な怨霊でも降ろされちゃ、私が面倒な事する羽目になるんだし」

 

 そうだったわ、と豪は笑いながら言う。豪が纏めた書類をファイルに綴じて鍵付きの引き出しにしまうのを見て、すずはソファを立ち、自分の机の椅子に座る。昨日に豪から渡された資料にもう一度目を通していた。

 

 《コックリさん》なる怪異による被害者が、ここ一週間で既に14名に登っているので、これの解明に当たること。

 被害に遭った人は全員が九継(くつき)中学校の生徒であり、これを不審に思った九継中学校の教員から相談を受けた桜井オカルト相談所が、原因の解明に当たる。そのため、活動前に必ず豪に開始報告をすること。

 そして、もしコックリさんの被害が何かしらの霊的障害によるものである場合、悪意を持つ()()としてこれを排除、及び可能であれば浄化すること。

 最後に、被害に遭った人のケアをすること。

 

 これらが本日、コックリさんが本当に心霊現象によるものだった場合、すずがしなくてはならない事の一覧であった。

 

「ねぇ豪おじさん」

「ん?」

「コックリさんっているのかな」

「さあね」

 

 豪は呆気なく返す。そして続けた。

 

「でも、それに準ずる何かは確実にいる。俺が学生時代に聞いた《コックリさん》の噂はどれも、人を傷つけるような内容じゃあなかった。強いていえば、儀式中に用意された十円玉から指を離すと、何か恐ろしい事が起きるって事ぐらいか」

 

 ───コックリさん。 オカルトなどに興味を示し始めた子供達が、ほぼ確実に耳にし、そして一学年のうち何人かはほぼ確定で実行する、まじない。

 

 ───まず、《はい、いいえ、と五十音図、そして鳥居の描かれた紙》を用意する必要がある。鳥居に十円玉を置き、まじないに参加する人全員が十円玉の上に指を置いて『コックリさん、コックリさん。おいでください』と唱える。 すると、十円玉が震えだすので、その時に質問をする。

 

 ───コックリさんはあらゆるものを知っているとされ、五十音図やはい、いいえの上に十円玉を動かす事で、質問に答えてやるのだという。 返したい時は、『コックリさん、コックリさん。お帰りください』と唱える。 そうする事で儀式は終わりなのだとか。

 

 ───そして、儀式の途中で十円玉から指を離してしまった者は『呪われる』のだ………。

 

 

「………バカバカしいよね。未来の事を質問したって答えられるわけないのに」

「かもな。でも年頃の少年少女達は、おまじないに縋りたくなるのさ。俺も小学生ぐらいの頃はそうだった」

「……豪おじさんが? なんか意外だなぁ」

 

 豪は冷蔵庫からお茶を取り出して飲む。

 

「ん……、まぁ意外かも知れねぇな。……それにしたって今回のは不気味だぜ」

「だって()()()()()()()()()()()()しているらしいし。何か嫌なものが絡んでるのは間違いないと思うよ」

「俺もそう思う。スバル達が帰ったら頼むぜ、すずちゃん」

「わかった」

 

 豪が冷蔵庫にお茶を戻し、休憩を終えて机のパソコンに向かった。すずも机に突っ伏して、引き出しからサイダー味の飴玉を取り出し、口に含んだ。

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

 その時、時計は既に16時を回っていた。

 

 すずがのんびりしていると、玄関のドアが勢いよく開いた。汗を滝のように噴き流すスバルが、そこに立っていた。豪もすずも、驚いていた。

 

「豪!大変だ!」

「スバル!……只事じゃなさそうだな」

 

 事務所に駆け込んできたスバルが、血相を変えて豪を呼んだ。

 

「やばい事になってる、九継中学校で気絶者が出たんだ!」

「なんだって? いや、ケータイか何かで知らせられなかったのか?」

「いや、それが俺のもゆうさくのも圏外だったんだ。理由がわからなくて、それで急いで走ってきた」

 

 すずが口を開く。

 

「豪おじさん、それ多分霊的干渉のせいだと思う。スバルさんは今平気みたいだけど、幽霊が干渉してくると機械がおかしくなったりするでしょ?」

「そうか、それでケータイが使えなかったのか!」

 

 スバルがしまったという様相で叫ぶ。

 

「そうか、それだ!完全に失念してた……俺の責任だ。豪、すずちゃんを借りてくけどいいかい!?」

「おう、すぐ行ってくれ! すずちゃん、急で悪いけど頼む!」

「わかった!スバルさん、状況は車の中で聞かせてよ」

「ああ、そうだね…急ごう!悪い豪!車借りる!」

 

 すずとスバルが事務所を飛び出し、車のエンジンがかかる音が聞こえる。車が発進していったのが音でわかって、豪は事務所内にひとりぼっちになった。

 

「………コックリさん、か。まさかまた聞くとは思わなかったな」

 

 豪は誰もいない事務所で呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

「それで、ジョーカーとゆうさくさん、赤沼さんはどうしてるんですか?」

「ゆうさくと赤沼は気絶した生徒を保護してる。ジョーカーはその場でコックリさんから生徒を守ってる」

「守ってる?」

 

 信号機に引っかかって、車が止まる。

 

「あ、クソッ……そう、守ってる。なんでか知らないがコックリさんはジョーカーに手を出そうとしていなかった。だからジョーカーがその場で簡易的な結界を作って、コックリさんを膜で防御して阻んでるらしいんだ」

 

 説明が終わると同時に信号が青になり、車が急発進する。

 

「とにかく、ジョーカー一人じゃあいつを倒せない。すずちゃんの助けかいるんだ」

「……………」

「…すずちゃん?」

 

 スバルが名前を呼ぶ。返事が無いためすずの方を見ると、考え事をしていたらしい。邪魔してはいけないと運転に集中しようと思った矢先、すずが口を開いた。

 

「……やっぱり、そいつコックリさんじゃないと思う」

「………え?」

 

 私は直接見ていないけど、と言ってからすずは続けた。

 

「コックリさんを実施した人はみんな気絶してるんだ。……だったら、一人くらいは正しく儀式を終えられた人がいてもいいはず」

「………確かに、俺もそこは不自然だとは思う。でも、それは何かコックリさんに動揺するような事を言われて、衝動で指を離してしまった…だとかじゃないのか?」

 

 スバルが聞く。

 

「いや、相当複雑な質問でない限り、質問に対しては《はい》か《いいえ》で答えるはず。 好きな人の名前を聞いたりしたって、指を離すほど動揺するかと言われれば、多分する人は少ない。とすると、みんな指を離しているのかわからないけど、コックリさんを呼んだ人が全員気絶するのは不自然なんだ」

 

 ……つまり? とスバルが答えの続きを促す。

 

「多分だけど、コックリさん自体は呼ばれて、質問に答えてる。指を離した人が気絶させられてるのも、多分普通の事。だってコックリさんは儀式を中断した人を呪うんだから。じゃあなんで全員が呪われてるのかな」

「………()()()()()()って事か?」

「多分ね。………見えてきたし、答え合わせにしようよ」

 

 すずがどこからともなく帽子を取り出して被る。すずの三角帽子は、彼女のお気に入りでもあった。

 白と黒の、まるで魔女服のような格好は、それこそが『霧雨 すず』の正装であり、彼女が最も力を発揮する為の条件、二つのうちの一つであった。

 

 スマホで現在時刻を確認すると、既に16時30分を過ぎていた。スバルはすずに指示を促した。

 

「すずちゃん。俺はどうしたらいい?」

「車で待ってて。私がジョーカーを連れてきたら、急いで逃げて。そしたら暴れられるから」

「わかった。頼むよ!」

 

 スバルの声に頷き、すずは校舎へ走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

 同時刻。

 ジョーカー。

 

 

 

 

 二年二組の教室内から、眩い光と暗い影が外へ向かって差していた。その中では、薄く黄色い膜が二人の女性を覆っている。その膜を攻撃し、覆うように黒いもやが包んでいる。

 膜に手を伸ばしている方が、うずくまって震えている方に言った。

 

「ちょっと、れいちゃん!大丈夫!?」

「じ、ジョーカーさん……僕たち助かりますか……?」

 

 れい、と呼ばれた少女は黒いもやに怯えて、ジョーカーに尋ねた。ジョーカーは少し答えに詰まってから

 

「……大丈夫、スバルが助けを連れて来る事になってる。それまで君だけは守るからね」

 

 と、安心させるように答えた。

 しかし、ジョーカーの答えに対して、れいの表情は暗い。ジョーカーの額を汗が伝っていて、膜を展開しているその手は震えている。唇は青く、ジョーカーの力が、ジョーカー本人とれいを護っている防護膜に割かれているのだ。

 

「っ………くっ…!!」

「ジョーカーさん………」

 

 ジョーカーがれいの声に反応してそちらに振り向き、ふと笑顔を見せた。凄まじい吐き気に襲われていることをひた隠しにしている。

 

(すず、早く来て……もうそろそろ、まずい…)

 

 集中力を維持できなくなってきていて、ジョーカーの防護膜が薄くなっている。れいの防護膜に力を割いているので彼女自体は持つが、ジョーカーが霊に殺されれば遅かれ早かれ、れいは連れて行かれてしまう。

 すずが来る事を祈る他なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

「ジョーカー!どこだ!」

「おーい、ジョーカー!!」

 

 呼んでも返事がないあたり、相当追い詰められているか、あるいは………それを考えて、すぐにやめた。ジョーカーも相応の実力者、つまり余程の事が無い限りジョーカーが憑き殺される事なんてないのだから。

 今はそれよりもジョーカーと、ジョーカーが庇っているという生徒を救出するのが先決だろう。

 

「………それにしても、凄い瘴気だなぁ」

 

 すずが細めていた目を更に細め、口元を覆って咳をする。霊の()から来る嫌な気配が、すずの体の中を刺激していく。吐き気、嘔吐などを発症し、まともな人間は咄嗟に動く事が出来なくなってしまうのだ。

 すずはこういった事には慣れている為、ある程度の耐性は得ていたが、それでも今回の瘴気は彼女が体験した中でもトップクラスのおぞましさだった。

 

「(校舎を覆う程度の範囲ではあるけど、脅威度はレベルMAXかな)」

 

 冷静に判断しながら、校舎の一階を見て回る。既に教師らが生徒達に自主避難させているのか、まったく人気がない。すずもここを卒業した生徒の一人、記憶が間違っていなければ、一階は職員室と一年生の教室が、二階は二年生の教室と、各特別教室。三階は三年生の教室と、余った空き教室がある。

 基本的に学年が上がると階数が増えていく形だったはずだ。

 教室を全て見終わり、職員室のある階段前へ向かう。職員室の扉を開き、中を一瞥するが、誰もいない。

 

「(こういうのって学校に慣れてきた二年生あたりがやりそうなんだよな。か、悪ノリする三年か。とにかく一階じゃなさそうだな)」

 

 適当な推理を頭の中に並べつつ、一階の探索を終える。教室と職員室も見て回ったが、ジョーカーたちは居なかった。職員室の扉を閉めて、二階へと向かう。

 階段を歩く、()()()()という音が耳についた。夏場にはお似合いのスニーカーはもはや足首から流れる汗に濡れ、それが同時に靴下を濡らして気持ちが悪かった。瘴気のせいで汗と言うよりも冷や汗の部類に入るそれは体を冷やし続け、どうにも焦りと間違えそうになる。

 

「(踊り場……)」

 

 踊り場には怪異が潜むと、昔同級生の噂話で何度も聞いていた。階段を上がった折り返しの踊り場には大きな鏡がある。

 

「鏡を覗くと連れてかれるってやつだっけ」

 

 不気味な話だ。すずはそう思っていた。いくら怪異や霊体に対抗する術があろうと、異世界にでも連れ込まれれば恐らく帰ってこれないだろう。それこそ元凶を消し飛ばしても。

 本来であるなら霊の世界に引き摺り込まれれば詰みであり、助かる例はごく希少である。

 

「(今はそんな事考えてる暇はないな)」

 

 鏡の前をさっと通り過ぎようとした、その時だった。

 

「ねぇ、誰……?」

「………!!!」

 

 誰かがいる。下の階に。踊り場の上を見るが、誰もいない。やはり下だ。ごくりと生唾を飲む。臨戦態勢ではあるが、相手を見極めるまでは手段の殆どが封じられている。

 

「………誰だ?」

「私、えすか」

 

 えすか、と名乗る少女の声は、舌足らずで聞き取りにくい発音のはずだが、どういう事かよく聞き取れる。この学校の一年生だろうか。教職員が生徒の避難をしたと思っていたが、どうやら見落としがどこかにあったらしい。

 臨戦態勢を解き、優しく話しかける。階段を挟んでいるので姿は見えていないが、声からちょうど真反対の場所にいるとわかった。

 

「えーっと…えすか? ここは今危険だから、学校の外に出た方がいいぞ」

「うん、でも……」

 

 えすかは言い淀む。

 

「どうした?」

「うん………やな感じがするの。二年生の教室から…」

「二年生?二階か……。よしわかった。えすか、助かったよ」

 

 すずは礼を言ってから二階へ上がろうとする。すると、重々しい雰囲気が辺りを包み込む。「やばい…」すずの額を冷や汗が濡らす。先程から感じていた不快な気配が、より一層濃くなってきていた。

 階を上るとこうなるらしい。えすかは「え、なに…?」と困惑していた様子だった。すずがすぐに出かかった言葉を飲み込んで「あー、えすか?…私と一緒の方がいい。やばい雰囲気だ」そう言って下に引き返す。

 

 階の下には幼い少女が居た。下北沢と姉妹都市である、外国のクッキー市によく見られる明るい髪色にふりふりのリボンが着いたカチューシャの組み合わせは、中学一年生にしては随分と幼い印象を抱かせるが、セーラー服を着ている事からやはり九継中学校の生徒なのだろう。

 

「え、あ……」

「えすか、聞いてたろ?私と一緒にいた方が安全だ。行こう」

 

 一階まで降り、えすかの手を引く。驚いている様子だったが、案外すんなりと着いてきてくれた。不気味な踊り場をさっさと抜けてしまって、二階を探す事にした。

 

「………アレ?」

 

 そこで違和感に気が付いた。何が違うのだろう。廊下を見るが違和感はない。なら教室か?そう思って窓や扉を見てみるも、どうにも変な場所はない。もう一度廊下を見て、違和感の正体に気が付いた。

 

 正確には廊下ではなく、教室の学年プレートだった。

 

「……ん? 三年? ……三年!?」

 

 二階なのに、三年生の教室がそこにある。霊障の可能性を疑うが、それはなさそうだった。教室自体からは嫌な気配を感じない為である。

 

「どうして…?」

「えっと……私が入ってきた時にね、二年生と三年生の教室の場所、変わったの」

「そんな馬鹿なことを…なんで今に限って!」

 

 すずの焦りが頬を伝う。動揺が汗になって噴き出すような不快感を隠そうともせず、苛立ちを吐き出す。二階であのおっかなさだったんなら、三階に上った時どんな事になるんだ……。そんな事はおくびにも口にも出さなかった。

 すぐにえすかに向き直ってすずは伝える。

 

「これから一番ヤバイ場所に出る事になる。えすかは連れて行けないよ。だから、これ持って、はい」

 

 すずはポケットの中から袋を取り出し、えすかの手に握らせる。そして注意を促した。

 

「いいかい?お守りっていうのは身代わりなんだ。だから袋の中身を絶対に覗いてはいけない。取り出してもいけない、いいね?」

「……う、うん」

 

 えすかはそれを受け取り、左の手で固く握りしめた。

 

「じゃあ、私は行かないと。友達が待ってるから。君はすぐに一階に降りて逃げて。でないと危ないから」

「うん…わかった……。……ねぇ、お姉さん」

「ん?」

 

 えすかが何かを言おうとしている。三階に走ろうとしていたすずは振り返り、聞いた。

 

「私の先輩……れい先輩が、三階にいるの。お願い、たすけて」

「…うん、任せといて」

 

 それを聞き取って返事を返し、すぐに階段をかけ上った。えすかが一階へ降りる音が、途中まで聞こえていた。

 

 案の定と言うべきか、三階に上り切ると同時に、絶え間のない恐ろしさが波となって襲ってくる。正直歩くのも苦しいが、ジョーカーらはこの階にいるはずだった。

 

「…くそ……」

 

 すずの目や口、鼻、耳などの外気に触れる体内部が、気持ちの悪い違和感に襲われた。息は荒くなり、呼吸の度に口元にそれらが襲いかかってくる。

 

「どこだ、ジョーカー…」

 

 確実に歩を進めていく。足元すら覚束無いが、それはコックリさんが出している精神的なものだと自分に言い聞かせ、ジョーカーの名を呼ぶ。えすかの約束を果たすため、れいという少女も助けなければならない。

 

 ───ふと、二年二組の教室が薄明るく光った気がした。

 

「……ジョーカー!」

 

 同時に思った。ジョーカーはそこにいるのだと。そう思いさえすれば、二組の教室からジョーカーの気配を読み取るのは容易く、そしてそうする事で思いは確信へと至った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ジョーカー!………なんだこれ…!?」

 

 すずが扉を開いた先の光景は酷いものだった。ジョーカーともう一人の少女が教室の隅にいて、ジョーカーは少女を庇うように守っている。二人を包む膜は消えかかっていた。

 少女は辛うじて意識を保っているようだが、恐らく防護膜を長く張りすぎたのだろう。ジョーカーは既に気絶しており、タイルの上に倒れ伏していて、その辺りを取り囲む瘴気によって既に膜のほとんどは消えそうに、だが二人を守ろうと必死に光っていた。

 

「ジョーカー……! くそっ、離れろ!」

 

 ジョーカーに纒わり付く瘴気を、懐から取り出した()()()()短刀によって突き刺し、追い払う。

 

「(二人がいるせいでこれしか使えない…!)」

 

 続けて振り回し、少女の周りを包んでいた瘴気も退治する。二人に手を添えて膜をもう一度補強してやると、そのまま教室の中央を見やった。

 他の机を押し退けるようにして一つの机が中央に佇んでおり、その机の上にはコックリさんをしていたと思しきプリント用紙が一枚、十円玉が一枚置いてある。

 

 そして気付いた。恐らく、先程からすずを襲っていた瘴気の正体は、霊の集合体なのだと。瘴気の中を無数の人間の顔や手足が渦巻く幻視をしたのだ。

 すずは、すぐに自身に防護膜を展開する。そのままの勢いで瘴気の中に短刀を突き入れて引っ掻き回したり、何度も振り回したりする。感触はあるのだが、数が減っている気が全くしない。

 

「クソッ!」

 

 大声をあげて悪態をつく。せめてジョーカーが目を覚ましてくれていれば…。それさえ叶えば現状の脱却も叶うというのに、それすら出来ない今がもどかしくて仕方がない。

 やがて攻勢に回ることすら危うくなってしまい、仕方なく自分の身を守ることに専念する。

 身体がズタボロになっていく感覚がする。どうにかして目の前の空間に手をかざして被害をそらす*2事しか出来なかった。

 

「駄目だ、意識が削がれる…」

 

 呪文を行使する事による精神への被害が重なっていく。こころが一時的に失われていく感覚は、過去にも何度か経験しているが、慣れたものではなかった。

 手をかざし続けるのにも限界が見えてきて、視界も霞んだ時だった。

 誰かがコックリさんの儀式に使う紙の置かれた机にしがみついたのだ。すずは既に疲弊し切っていて、その人物の輪郭すら朧気だが、声だけは本当に薄らとだが聞こえてきている。

 

「……りさ………コックリさ……おかえ……くだ……」

「(あれは……誰だ……一体、何を…)」

 

 すずが膝から崩れ落ち、吐瀉物を吐き出す。顔は汗にまみれ、目は涙で何も見えない。耳すら聞こえないはずだが、その人物がやっている事は理解できた。

 

「(帰そうと、してるのか……?)」

「……ジョー…カ…さん! ダメ!……連れてかれ…」

 

 そこですずの意識は途絶えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『ありがとう。私はあの子を守れた。ごめんね。』

 

 夢の中で、誰かがそう言っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ無数に広がる白い空間に、私はいた。

 

「………………………」

 

 私の目の前に立っていたのはジョーカーだ。ジョーカーは何も話さず、何もしない。ただ目の前に立って、佇んでいる。

 

 何をしてるの?

 

「………………………」

 

 何も答えようとしない。ただ瞳だけはこちらを見据えていて、瞬きひとつすらしない。

 

 ねぇ、何か言ってよ。

 

「………………………」

 

 口すら開いてくれない。私たち、友達じゃなかったのか? 問いただそうと、ジョーカーは答えてくれない。ジョーカーが涙を流す。

 

「ありがとう。ごめんね。ごめん」

 

 そう言い残して、ジョーカーは後ろから迫り来る無数の手に掴まれて、抱き抱えられて、その遥か先の黒い世界に捕らえられて消えていった。

 

「(ジョーカー!)………!!」

 

 声が出なかった。口に手を当てるが、しっかり動いている。発音できていないのか?

 考える間もなく、私は後ろから誰かに捕まえられて、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

「───けたぞ!すずちゃんだ!」

「なんだこりゃ……すぐに病院へ運ばねぇと…」

「これは、一体………ただの霊体の仕業とは思えませんね。何より、机が一つだけ───」

「ネクデカ、それはいいっす!今は校舎の浄化を優先しないとマズイっすよ!」

 

 ………みんなの声だ。

 

 ゆうさく。豪おじさん。ネクタイデカスギさん。おじゃる丸さん。そこにジョーカーの声は無かった。視界は暗いままだ。

 身体が持ち上げられる感覚がする。引き摺られたのはほんの少しだけで、すぐに誰かが抱き抱えてくれた。

 暖かい。人の温もりというやつだろうか?

 そう思ってすぐに気が付いた。暖かいのではなく、私が冷たすぎるのだ。気が付けば指は硬直して開かず、呼吸すらままならず、身体中が小刻みに震えている。

 

「ジョーカーは!?」

「ダメっす、どこにも……」

「ちくしょう、どこいっちまったんだ!」

 

 赤沼が叫ぶが、それに答えるジョーカーの声はない。おじゃる丸が悲壮そうに答え、ゆうさくが自暴自棄になっている。

 

「すずちゃん、大丈夫だ。俺がついてるよ」

「………おじ………さ…」

 

 豪おじさんの名前を呼ぼうとしたが、全く声が出ない。ふと、額にどろりと暖かいものが垂れてくる。私はこの感触を知っていた。

 

 ()だ。血が私の頭から滴っている。倒れた拍子に頭を打ったのだろう。そう思うと何やら頭痛がする気もしてきた。

 突然、目が開く。

 

 

 

「………すずちゃん? 目が覚めたのかい?」

「……豪、おじさん………」

 

 私は病院のベッドの上だった。個室らしく、豪おじさん曰くコネを使って特別に用意してもらったのだという。

 

「OK、すずちゃんが無事で本当に良かった…………聞きたい事がある」

 

 聞きたい事って? 聞こうと思ったが上手く声が出なかった。幸い、彼が上手く読み取ってくれる。

 

「ジョーカーは、何をしたんだ?」

「ジョー、カー………?」

 

 聞けば、ジョーカーが守っていたという少女は奇跡的に無事だったようだ。ジョーカーの展開した防護膜が功を奏したか、あるいは相当の幸運か。

 

「わか、らな…………えすか、ちゃんは……」

 

 私がお守りを持たせたえすかの安否に不安があった。もしあの瘴気に巻き込まれていれば、命はなかったろうから。お守りがどれだけ守っても、数には勝てない。だからこそだ。

 

「えすかちゃん?………ってぇと、あの子か。 ……大丈夫、無事だよ。すずちゃんのお陰だぜ」

「………わかっ…たよ…」

 

 また、私の意識は微睡みに溶けていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆❖◇◇❖◆

 

 

 

 

 

 

 

 現場に駆けつけた時、二年二組の教室内は酷い有様だった。机が散乱し、椅子は窓ガラスを割ったり壁に突き刺さったりしている。床を貫いているものもあり、端の瓦礫などに埋もれるように、女の子が。それを庇うようにすずが倒れていた。

 

 何より異質なのは、木くずと化した椅子や真っ二つに割れた机がそれを取り囲んでいた事だった。

 それは一つの机であり、紙の上には《はい/いいえ》の文字と、五十音。そして十円玉が置かれている。硬貨を取り除くと、そこに鳥居が描かれていた。

 

「これは、コックリさん……?」

 

 ネクタイデカスギは首を傾げた。豪から言われて向かった先は女子校ではないのにも関わらず女性比率が90%を超える、男子学生の花園。途中で豪も自転車に乗って合流してきた。ゆうさく、赤沼、スバルの三人もいる。スバルが病院へ二人を迎えに行ってすぐのところで、豪からの招集命令がかかったらしい。

 

 浄化があらかた済んだところで、二年二組に集合する。肉体派おじゃる丸、ネクタイデカスギ、ゆうさく、赤沼が戻ってきた。豪はスバルとすずを乗せて病院へ向かったらしい。

 目の前の紙を見る。儀式用に仕立てられたその紙は、確かにネットなどでよく目にするコックリさんのそれだ。

 

「ネクデカ、これってやっぱりコックリさんっすよね」

「そうですね、ええ。なるほど、すずちゃんの今回の依頼はこれを鎮める事だったのでしょうね。相当悲惨ではありますが、そうで───」

 

「待て、待てよ。ジョーカーはどこだ?」

「……えっ」

「─────そういえば、ジョーカーはどこだよ?」

 

 そこで、私達は気が付いた。ジョーカーがいないと。

 それからはもう、滅茶苦茶に時間をかけて探し続けたが、どうにも見つからなかった。面々に悲愴さと苛立ちが積もっていく。

 

 だが、ネクタイデカスギは。

 正気とは思えない考えを、出してしまった。

 

 

「………皆さん。一つだけ、ジョーカーさんの居場所を知る方法があります。それも、手っ取り早くね」

「え?………おい、それってまさか」

 

 そのまさかだ。

 

「利用、するのですよ。すずちゃんが命懸けで終わらせた《コックリさん》をね」

「…………お前、正気じゃねぇぞ」

 

 赤沼が言う。

 

「ええ、そう思います。ですが、だからこそ頼る意味があります。私はね、とある存在のお陰で既に正気から一歩外側に()()()()いますから」

「使えるものはなんでも使うんだな。よし、分かった」

 

 ゆうさくが同意する。

 

「ゆうさく!? お前何を…」

「ジョーカーの居場所が先だろ!俺は友達を無くしたくねぇ」

「………俺もだ。だからこそ冷静にならなきゃならんだろうが。すずがようやく抑えたこいつを解き放つ。そんな事してみろ、俺らじゃ歯が立たない」

 

 ゆうさくの決意に赤沼が反論する。

 

「あの、僕はネクデカに賛成っすよ」

「……肉おじゃ、お前まで」

「確かに、すずちゃんは決死の覚悟でこれを帰したと思うんす。でも、ジョーカーさんが無事でなかったら、すずちゃんは悲しむと思うんすよ。だって仲良さそうだったじゃないすか」

 

 肉おじゃが鼻息荒く続ける。

 

「だから、僕はネクデカに賛成っす」

「………それに、私もすず君と同じ『実働部隊』の一員。実力はええ、そりゃもう舐められる程弱っちいわけないっすよ、そりゃねぇ」

「……わかった。今のうちに手順を確認しよう」

「いえ、全部私の頭に入っています。皆さんは口を閉じ、ひたすら十円玉から指を離すことのないよう集中願います」

「オーケーだ」

 

 ゆうさくが頷き、他のふたりも意志を固めた。

 

 

 

 

*1
超早口おばさん

*2
『DEFLECT HARM』。意識し、手をかざすことで行使者の身を護る呪文。あらゆる物理的、精神的被害を退け、そらすが、凄まじい精神的疲労を伴い、気絶の危険すらある。そのかわり、手をかざしている間だけは正面に対し絶対的無敵を発揮する。





 霧雨 すず────19歳。

 桜井オカルト相談所『実働部隊』所属。

 下北沢自治区にひっそりと住まう、祓魔を専門とする一族、宇月一家の遠縁。一人暮らし。
 学校生活に飽きており、親戚のツテを頼った所桜井オカルト相談所の所長・豪と知り合い、自分の家の下の階を事務所として譲渡する代わり、アルバイトという建前で自分も業務に携わらせるよう契約させた。なお、現状は履行され続けている。
 年齢に不相応な落ち着きと思考の持ち主で、目的の為なら何でもするとはジョーカーの談。

 また、すずはネクタイデカスギが来るまで唯一の《実働部隊》メンバーであり、調査チームが手に負えなかった、いわゆる霊的現象に対する切り札でもある。ジョーカーと協働し、心霊に対抗する事で人手をカバーしているが、どうにも人手不足の感は否めなかったらしく、内心ではネクタイデカスギの配属を喜んでいた。

 相談所メンバーの中でもジョーカーとは特に仲が良く、年の差を感じさせない友人付き合いを心地よく感じている。

 また、年齢はメンバー内で一番下であり、すず本人の付き合いもあまり広い訳では無いが、大学内ではオカルト研究部の副部長を務めている。







 すずは、悪霊を祓うのではなく、殺す。
 かつて怪我の功名と共に得た、悍ましい世界の知識を並べ立てたこの世ならざる書によって魔術の存在を知り、それを4年半かけて、不完全ながら自らのものとした。それによって得た呪文を行使して、桜井オカルト相談所に貢献してきたのだ。
 この時、すずはまだ中学生だったが、躊躇なく冷酷な手段を取り、またそれを厭わなかった。

 魔術書の存在は現状誰も知らず、すずは自身の部屋にだけは決して入らないよう全員にしつこく伝えていた。
 部屋の中は一見綺麗であるが、ひとたびクローゼットなどを解放すれば、動物の死骸や多量の血液、光り輝く呪術の具など、人に見せる事の出来ないものだらけだったからなのである。特に、その机の裏、金庫の中に大切に仕舞われている、あのイギリス英語で綴られた未完の禁書は。

 《Necronomicon》。

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