Wizard Wars -現代魔術譚-   作:空色悠

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第11話『Circumstances -境遇-』

「くたばれクソッタレがァッ!!」

「テメェが死に晒せ!!」

 

 激しい罵倒と共に、衝突するガントレットと刀。

 

「これで九戦九分けやであの二人……」

「競り合ってんねー」

 

 いつまで経っても勝負の付かない、互角の接戦を繰り広げる啓治と伊織を陣と凪が遠巻きに眺めている。選抜クラスに属する彼等は今、演習場にて戦闘訓練を行なっていた。

 

「本当に凄いね、あの二人……!」

「あァ……アイツらは……ハァ、マジで強ェぞ……!!特に、殴り合いなんかはな……!!」

 

 先日新たにこのクラスに加入した少年、天城 鎧は白熱した戦闘を展開する伊織と啓治に感嘆の声を漏らしていた。その隣では天音に模擬戦で完敗した日向が、息を切らしながら大の字に転がっている。

 

「そういや、鎧は何で今まで登校してなかったんだ?」

「そう言えば春川君にはまだ話してなかったね。僕は生まれた時から病気がちでね……東帝に入学してからも容態が安定しなかったんだけど、最近は良くなって来てね。やっと登校出来るようになってさ」

「へェ……つっても、休んでばっかなのに『2位』って相当強ェな、オマエも」

 

 これまで鎧が入退院を繰り返していた事を告げられるが、にも関わらず学年上位に残り続けている彼の実力に日向もまた感心していた。

 

「いや、まだまだだよ。早く僕も追いつかないと――――」

 

 鎧がそう言いかけた時、隣の訓練室から模擬戦を終えた沙霧と天音が戻って来る。片や髪や服が全体的に乱れており、片や涼しい顔で訓練前と一切変化のない様子。勝敗については、直接聞くまでもなかった。

 

「沙霧も敗けたか〜」

「うん……頑張ったんだけどね……」

 

 沙霧はかなり疲れた表情で日向に言葉を返すが、天音は平然としながら鎧へと目を向ける。

 

「次はアンタの番よ。天城」

「!……分かった。胸を借りるつもりで、戦わせてもらうよ」

 

 天音から模擬戦を申し込まれ、少し緊張した面持ちを浮かべながらも承諾する鎧。

 

「頑張ってね、天城君」

「2位の力見せてくれ!」

「レッツぎょくさーい」

「天音チャンの洗礼楽しんで来ぃや〜。骨は伊織クンが拾ってくれるで」

「オイ勝手に決めんな一文字!」

「余所見してんじゃねェぞヘボ剣士!」

「ハハ……」

 

 沙霧や日向の応援、凪や陣の冷やかしめいた激励を受けながら、鎧は苦笑を零しつつ訓練室へと入って行く。

 

 

 

「沙霧はどうだった?」

「私は天音ちゃんの雷属性にほぼ一方的にやられちゃった……春川君は?」

「俺も天音の氷にボコられたわ……やっぱ俺達は相性がな〜」

 

 天音に敗れた沙霧と日向は、自分達の模擬戦の内容をフィードバックしていた。一つだけの属性による術式を主な武器として戦う二人は、天音のような複数の属性を使い分けるタイプとは相性が悪い。ましてや天音が操るのは八大属性全てであり、沙霧の水属性には雷属性、日向の火属性には氷属性で対応し彼等の魔術を完封していた。

 

「せめて俺達にももう一つ属性があればな……お、鎧達が入って来た」

 

 日向が見ていた巨大モニターに、隣の訓練室に入って行った鎧と天音の姿が映し出される。天音は普段と同じく武器を持たないスタイルだったが、対して鎧の右手には西洋型式の騎上槍(ランス)があった。

 

「天城君、槍使いなんだね」

「俺は武器の扱いダメだなー。剣も銃も」

 

 鎧が持つ武装について言及する沙霧と日向。伊織などと同じく、鎧の戦闘スタイルも武具を用いた近接型かと予測していた。

 

 

 

 訓練が開始され、天音と鎧が同時に動きを見せる。先手を取ったのは、やはり天音。

 

 火属性魔力×形成術式

 

爆速弾(エクスプロズブラスト)

 

 超高速の炎弾が撃ち出されるが、鎧はそれを振り抜いた槍で迎え撃ち叩き落とす。更に続けて天音が風属性の無数の弾丸を放つが、それらも槍で弾き飛ばし、最後の一発は魔力によって構成した盾で防ぎ切った。

 

 そこからすかさず槍を突き出すようなモーションを繰り出し、反撃の術式を構築する。

 

 光属性魔力×形成術式

 

『グロリアス・ホーン』

 

 鎧が有する属性性質は『光』。槍の動作によって指向性を与えられた魔力(エネルギー)が、聖獣の衝角の如き刺突を形成し撃ち放たれる。武器によって制御された魔力の槍撃を、天音は足元から一瞬で生み出した氷壁で防ぎ止めた。

 

 その上空から天音へと飛来する、魔力によって形成された無数の『柱』。鎧が放ったそれらは天音の周囲へと突き刺さり、格子のような光の牢獄を創り出す。

 

 光属性魔力×形成術式

 

『ホーリー・ジェイル』

 

 しかし魔力の牢が天音を完全に封じ込むよりも、彼女の対応の方が速い。天音は術式を介さずに直接闇属性魔力を放出し、爆発的な威力で光牢を吹き飛ばした。

 

「……やるじゃない」

 

 油断無く騎上槍を構える鎧へと、天音は不敵な笑みを見せる。

 

 

 

「天音が笑ってら……」

 

 戦闘中に天音が見せた表情に、日向が意外そうな声を零した。

 

「天城君も、天音ちゃんと一緒で昔は身体が弱かったらしいからね……」

「沙霧もそのハナシ聞いてたのか?」

「うん、春川君がいない時にね。……二人とも、それを乗り越えて来たんだよ。天音ちゃんは、共感する所(シンパシー)があるんじゃないかな……」

 

 

 幼い頃から天音を知る沙霧は、小さく微笑みながら彼女の心中を推し量る。同じ苦しみ(ハンデ)を乗り越えて来た好敵手の出現が、彼女にどのような影響を与えたのかは解らない。だがその瞳は、以前よりもずっと先を見据えるようになっていた。

 

『境遇の理解者』。

 

 沙霧の言葉を聞いた日向が思い出すのは、以前恭夜と交わした会話。そしてここにはいない、一人の少年の事だった。

 

「つーかよ……創来はどこほっつき歩いてんだろォな?」

「確かに……最近来てないね、漆間君」

 

 ここ数日姿を見せない創来について言及する二人。授業時間中も度々講堂から抜け出しているようで、どこかへ歩いて行く創来を遠目に見つける事が多くなっていた。

 

「こないだ尾けてみたんだけど、途中で見失っちまってなー。何してんだろうな?アイツ」

「……心配だね……」

 

 少しだけ不安そうな表情を見せる沙霧だったが、日向は彼女を励ますように明るく笑う。

 

「まァ、沙霧はあんま心配すんな。アイツもその内戻って来んだろ」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 演習場ロッカールームにて。

 

 訓練を終えて日向達が帰っていく中、伊織は一人演習場に居残っていた。自己鍛錬を済ませた後訓練用の刀を壁に立て掛け、上着のファスナーを引き下げながら長椅子に腰を下ろす。

 

 啓治との戦いは、結局十戦十分けで決着がつかなかった。日向や陣、凪とも戦い完勝したが、彼等も着実に成長し続けている。魔力の無い伊織が彼等と並んで戦って行くためには、己の技術を磨き鍛え上げる他に方法は無かった。

 

 しかし、伊織の表情に焦りは無い。研鑽はいずれ必ず自身の力へ変わると、彼は知っていたからだった。

 

「…………お疲れ様」

 

 ロッカールームに響く、少女の声。入口へと目を向けると、制服に着替えた天音が扉に寄り掛かっていた。

 

「おう。……お前、まだ帰って無かったのか」

「うん。少し、術式を調整してた」

「……そうか」

 

 他愛の無い会話の後、ロッカールームに沈黙が広がる。別に気まずい間柄という訳でも無いが、特段親しい訳でも無い。しかし激しい戦いを繰り広げた経験はあるという、かなり変わった関係性の二人だった。

 

「……ねぇ」

「ん?」

「……今度、もう一度私と戦ってくれない?」

 

 その時、天音から落ち着いた声でそう告げられる。

 

「……いいぜ。お前とは早ェ内にもう一度、ハッキリ白黒つけてェと思ってた」

 

 彼女が示した再戦の意思に、小さな笑みを浮かべながら伊織もまた同意した。

 

「ありがと。……これ以上、遅れをとるつもりは無いから。アンタにも、春川にもね」

「……お前の先を越したつもりも無ェけどな」

 

 不敵な表情の伊織に、天音は微かに口角を吊り上げながらもロッカールームを後にする。

 

 その背中を見ながら、伊織は彼女もまた少しずつ変化している事を感じ取っていた。以前は常に張り詰めたような空気を纏っていたが、今の天音にはそのような『余裕の無さ』が見えない。天音の変化には、彼女に食らいつくべく努力している一人の少年が影響を及ぼしているのかと伊織は考えていた。

 

(……天城の影響か……?)

 

 ◇◇◇

 

 

 

 遠くで街の喧騒が聞こえる、薄暗い深夜の路地。高架下のトンネルへと続く道を、一人の少年が歩いていた。

 

「オイ、漆間」

 

 背後から掛けられた声に、創来が振り返る。そこに立っていたのは、彼も見知った人物だった。

 

「よく抜け出してるとは聞いてたが…………」

 

 その少年、皇 啓治は創来を軽く睨みながら言葉を放つ。

 

「お前がどこで何をしてよォが、お前の勝手だ。好きにすりゃいい……けどな」

 

 鋭い目で真っ直ぐに創来を見据え、啓治は続けた。

 

「空条さんや春川は、お前を心配してる。あの二人の信頼を裏切るようなマネしやがったら……俺はお前を許さねェ」

 

 日向と沙霧が、度々姿を眩ませていた創来を案じていた事。それを察していた啓治は二人の意思を伝えるため、彼を追い掛けて魔術都市から出て来ていた。

 

 

 

「……チッ。柄にも無ェコト言わせんなクソが……」

 

 自分には関係の無い事に首を突っ込んだかと、舌打ちしつつ創来に背を向ける。伝えるべき事は伝えたとして、啓治はその場から立ち去ろうとした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかしその時、背筋に刃を沿わせるような殺気を感じ取る。振り返った眼前には、正にその刃が啓治の瞳を斬り裂かんと迫っていた。

 

 咄嗟に距離を取る啓治だったが、右目の下に刃傷を受けそこから血が噴き出す。

 

「テメェ……何考えてやがる……!!」

 

 突然の凶行に走った創来の右手には、どこから取り出したのか一本の剣が握られていた。全てを呑み込む暗闇のような、漆黒色の刃を備えた剣。そして創来の目には、暗く禍々しい光が湛えられていた。

 

「…………何もカも、恵まレたオ前に……何が、分カる……?」 

「あァ……!?」

 

 創来は断続的な声を発しながらも、その刃を振り上げ更に斬り掛かる。

 

「傲慢な人間が……弱者を、虐げてるんだ……奴等を、止めるには……――す、しか――――」

「ッ、お前……まさか……!?」

 

 剣撃を魔力で硬化させた両腕で受け止めた啓治は、掠れた声で創来が放った一言に瞠目していた。啓治の脳裏に浮かぶのは、『表』の東京にて発生していた連続惨殺事件。

 

 魔術都市に流れていた断片的な噂の情報しか知り得なかったが、現代科学では立証出来ない点の多い不可解な事件らしい。しかしその事件に、魔術師が関わっていたとしたら――――?

 

 

 

 手にしている『魔剣』が力を与えているのか、創来の連撃は振るわれる程にその鋭さを増して行く。対して啓治は動揺が響いているようで、防戦一方の劣勢を強いられていた。

 

(クソ、ナックルを持って来なかったのは失敗だった……!!)

 

 連続斬撃を弾き、受け流しながら、修理中だったため学園の自室に置いて来た魔術武装(アーマーナックル)について思い出す。しかしそんな事を考えている間に、状況が好転する筈も無い。

 

 

 

 無属性魔力×強化術式

 

双拳(ソウケン)

 

 闇属性攻撃術式

 

『ダークネスカリバー』

 

「目ェ覚ませやコノ……バカ野郎がッ!!」

「ッ…………!!」

 

 啓治の両拳が腹部へ叩き込まれ、創来の刃が肩口を斬り裂く。両者の渾身の一撃が互いを吹き飛ばすが、より傷が深かったのは啓治の方だった。

 

 地を転がった啓治は血を吐きながらも立ち上がろうとするが、ダメージが大きく視点が定まらない。そこへ更なる追撃を与えるべく、創来が一歩踏み出そうとした。

 

 

 

 無属性魔力×形成術式

 

連縛(チェインバインド)

 

 創来の全身を、何処かから出現した幾つもの拘束帯が縛り付けその動きを止める。

 

「ピンチみたいやね、啓治クン。助けに来たで」

「お疲れケージ。ボコられてんね……」

 

 そんな緊張感の無い言葉と共に現れたのは、啓治の友人である二人の少年と少女。一文字 陣と更科 凪だった。

 

「一文字、更科さん……!!どうしてここに……!?」

「いやァ、ボクらも創来クンが気になって追い掛けて来とったんやけど、まさかこんなコトになっとるとは……」

 

 自身の拘束術式を破ろうとしている創来へと、軽い口調とは裏腹に警戒の視線を向けている陣。

 

「……認めんのは癪だが、俺達(学生)にどうにか出来るレベルじゃねェ。管理局(プロ)に連絡を……」

「いや、それはナシやな」

「は!?何でだよ……!?」

 

 啓治は最早事態は自分達の手に余ると判断しようとしたが、陣はその選択肢を却下した。

 

「考えてみてや。ここで管理局に捕まれば、創来クンは『表』での魔術使用で罪に問われる。……そしたらもう、学園には戻って来れへんかもしれんで」

「けどな……アイツは……!」

 

 魔術都市以外の場所で術式を用いる事は、『魔術法・秘匿原則』により固く禁じられている。創来を止めるには、彼を犯罪者と断ずる以外に手立ては無いと考えていた。

 

「啓治クンは、創来クンが連続殺人の犯人やと思っとるん?」

「ッ、それは……」

「ボクは、なんかの間違いやと思うで」

 

 しかし陣は、啓治の疑念を真っ向から否定するようにそう告げる。その隣の凪も、意思は同じようだった。

 

 

 

 

 

『――――創来(アイツ)さ、結構優しいヤツなんだよ。なんつーか……伊織とかと同じだ。お節介?お人好し?なんだよな、ハハ』

 

 

 

 日向が言っていた言葉が、啓治達の記憶の中で呼び起こされる。あの屈託の無い少年は、仲間(創来)を絶対的に信じていた。

 

「日向クンは信頼に足る人間や。せやったら、日向クンが信じる創来クンのコトも、信じてみてエエんとちゃうかな。少なくとも、ボクはそう思うで」

 

 事件の全容を知り尚且つ創来が捕まらない為には、彼を正気に戻す他に道は無い。陣の言葉を受け、啓治は既に腹を括っていた。

 

「……5分持ち堪えてくれ。少し、休む……」

「OKOK、啓治クンみたいな正攻法やと戦術(タイプ)的にキツいやろ。ボクら『搦め手チーム』に任せとき」

「そのコンビ名は流石にヤなんだけど……」

 

 陣と凪に戦いを託した啓治は、少しでも体力を回復させるために倒れ込むように寝転がる。そして創来の手に握られた、異質なオーラを放出し続けている漆黒の剣を指差した。

 

「それと……漆間をおかしくしてんのは、多分あの『剣』だ。アレをアイツの手から引き離せ……」

「「了解」」

 

 啓治の推察に陣と凪が頷き、それと同時に創来が拘束を打ち破り咆哮を上げる。突っ込んで来た創来の刃を、凪が両手に構えたナイフで防ぎ止めた。

 

 大上段からの衝撃を、双刃に滑らせ受け流す。そして体勢を崩した創来の背後へと、掻き消えるような速度で回り込む凪。

 

 強化術式

 

(ソニック)

 

 瞬間速度では日向のそれをも上回る高速移動で、創来の周囲を縦横無尽に疾駆し次々と斬撃を浴びせて行く。

 

「初手は急所外すのがジョーセキ……」

 

 敢えて急所を外した的を絞らせない凪の連刃に、腕や脚を斬り裂かれていく創来。次第に苛立ちを見せ始め、力任せに魔剣を振り抜く。

 

「アカンなァ創来クン……大振りや」

 

 凪がスウェーで刃を躱し、その隙を逃さず陣が(バインド)で再度創来の右腕を拘束した。そして後退する凪と入れ替わるように、無数の魔力弾が創来へと襲い掛かる。

 

 無属性魔力×形成術式

 

連弾(チェインブラスト)

 

 しかし降り注ぐ爆撃を斬り払いながら創来は、煙の先に凪の姿を捉え再び突進した。魔剣の切先が届こうとした時、今度は高速移動ではなく"景色に溶け込むように"凪の姿が『消失』する。

 

 特殊魔術(アビリティマジック)隠密術式(ステルスフォーミュラ)』。

 

 彼女だけの固有能力によって姿を消した凪が、創来の背後上空へと現れた。魔力を纏った凪の右脚が、創来の側頭部へと蹴り下ろされる。

 

 

 

 

 

「帰る場所を守る戦いってのも……楽やないなァ……」

 

 戦いの最中、誰にも聞こえない声で陣は小さく呟いた。

 


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