Wizard Wars -現代魔術譚-   作:空色悠

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第15話『Reason Living -生きていく理由-』

 天城 鎧は、神宮寺家傘下の魔術旧家『天城家』に生を受けた。

 

 望めば全てが与えられる、魔術界の中でも最上位に近い特権階級。しかしその環境は、彼を歪んだ価値観の形成へと導いていった。

 

 日常的な弱者への蹂躙。絶対的な力こそが彼等を強者たらしめる唯一の正義であり、鎧が見る世界の尺度となりつつあった。そして傲岸な支配思想を謳う、一人の人物との出会い。

 

 その邂逅は鎧を、魔術に拠る更なる権威主義へと傾倒させていく事となる。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 突如として、急激に威力を跳ね上げた日向の一撃。

 

 炎を纏った手刀に斬り裂かれた鎧は、胸の傷口から溢れ出す血を拭い取っていた。その表情には驚きこそ見えれども、動じた様子は一切無い。

 

「中々……良い、攻撃だ。お前の場合は、復讐者の執念とでも言うべきか……ドス黒い根幹は、ヒトの力の源泉足り得るとは思わねェか?」

「悪人の自覚があるッてんならそりゃ結構だが……テメェみてェなクズと俺を一緒にされんのは心外だ」

 

 笑いながら血を払う鎧は、変わらぬ戦意でこちらを睨む日向へと目を向ける。

 

 日向の体表から、更に揺らめき立ち昇っている火炎。その魔力は覚醒の兆しと共に、変質を始めているように見えた。言うなれば、魔力の『段階的進化』といった所か。

 

「憎悪、怨念、殺意。遍く負の感情こそが、更なる力を呼び起こす。奥底に刻まれた闘争本能こそが人間の本質なンだよ」

「性悪説か。興味無ェよバカが」

 

 戦いの中で増幅し続ける日向の魔力を押し返すべく、鎧もまた全身から魔力を放出する。噴き上がり、鬩ぎ合う火と光と闇。三属性の魔力が展開された空間で、日向と鎧は同時に駆け出した。

 

 鎧の魔力で形成された、無数の光の槍。日向はそれを熱線で迎え撃ち、乱れ飛び交う火と光の中で両者は激突する。繰り広げられる、拳と槍刃の応酬。

 

 この戦いで日向が鎧を止められなければ、彼の思想は更なる暴走の一途を辿るだろう。伊織や天音を、仲間達の未来をこの殺人者の手から守るには、自分が勝つ以外に道は無い。

 

 そして同時に鎧もまた、ここで日向を逃せば間違い無く、自身の理想を阻む障壁と成り得る事を確信していた。

 

(コイツは絶対に――――)

(コイツは確実に――――)

 

 

 

 

 

 ――――ここで、殺す。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 緊迫によって支配された、静寂。

 

 極限まで高められた集中は、驚異的な加速を生み出す。

 

「退魔一刀流――――・『羅針(ラシン)』」

 

 引き絞られた弓の如く、構えられた刃は唸りを上げて撃ち込まれた。全身のバネを集約し放たれた剛速の刺突を、JOKERは流体的な重心移動で舞うように躱す。そして刀を突き込んだ伊織の右腕を叩き斬るべく、大鎌を振り下ろした。

 

 その鎌刃の側面を初撃の蹴りで弾いた伊織は、続けて二発目のソバットをJOKERの胴へと叩き込む。

 

 剣術と体術の『連動』。伊織の卓越した戦闘技術は、隙を生じぬ圧倒的な『攻防一体』を実現していた。

 

 一方で伊織の二段蹴りをまともに喰らい吹き飛ばされつつも、空中で反撃の術式を構築するJOKER。バラ撒いた七枚のカードの内二枚を障壁へと変化させ、蹴り飛ばされていた自身を受け止めさせる。そして残りの五枚に、魔力を纏わせ撃ち放った。

 

 

 

 無属性防御・攻撃術式

 

『7スタッド・オープンズDf(ディフェンド)&クローズドSt(ショット)

 

 鋭い斬撃性質の魔力を付加されたカードは、渦巻くような軌道を描きながら伊織を包囲し襲い掛かる。その全てを一刀の下に斬り捨てるが、『(ソニック)』による高速移動で距離を詰めていたJOKERの蹴りが脳天に迫っていた。

 

 蹴り下ろされた左脚を刀身で防ぎ止める伊織だったが、こちらへ向けられたJOKERの右腕にはカードと共に魔力が収束している。

 

「大技は無いと思ってたかい?」

「ッ…………!!」

 

 

 

 無属性攻撃術式

 

21(ブラックジャック)バースト』

 

 嘲笑うような声と同時にJOKERが放ったのは、超至近距離からの魔力砲撃。咄嗟に後方へ飛び退るが、それでも威力は殺し切れず壁まで叩き付けられる伊織。

 

「君の実力は相当だ。学生どころか、純粋な戦闘能力ならプロすら上回るだろう。ただ……今回ばかりは相手が悪かったね」

 

 JOKERは軽く手を叩きながら、血を吐き出す伊織へと語り掛ける。

 

「僕等は『番号刻印(ナンバーズ)』の名を与えられてる。俗に言う、最高幹部ってヤツの肩書きさ。マトモに戦り合う気なら、S級魔術師(ランカーウィザード)でも連れて来た方がいい」

 

 技術では埋める事が出来ない、絶対的な実力の差。全世界の魔術師を相手取るテロ組織の戦力は、伊織の剣術をも凌駕していた。

 

「まァ、キミは何も恥じるコトは無いよ。よくここまで戦った」

 

 称賛の言葉を掛けながらJOKERは、伊織達を仕留めるべく周囲へトランプによる陣形を空中展開する。浮遊するカードに囲まれながらも、刀を地に突き立て立ち上がろうとする伊織。

 

 

 

 その時、彼に守られていた天音もまた動こうとしていた。

 

「御剣……お願い……」

「藤堂か…………もう少し、待ってろ……」

「私を…………置いて行って。アンタ一人なら、逃げられるでしょ…………」

 

 自分を見捨ててほしいという、天音の懇願。

 

「ッ……お前、何言って…………」

 

 その言葉を一蹴しようとした伊織だったが、振り返り彼女と向き合って口を噤んだ。

 

 

 

 

 

 頬を伝っていた、失意の涙。

 

 

 

「私のせいで……アンタを、死なせたくない……」

 

 

 

 その目は、かつての伊織自身と同じだった。

 

 自身の弱さへの、失望と絶望。何者にもなれず、惨めに生き続けたくない。助けられる事よりも、ここで死ぬ事を天音は望んでいる。

 

 鎧による完膚無きまでの敗北は天音の心を完全に折り、生きる意志と存在意義を失わせていた。

 

 

 

「…………お前が死にたいと思うなら、好きにしろよ」

 

 全てを否定され、魔術師としての矜持を失った天音へと伊織は静かに語り掛ける。

 

 

 

「けどな…………"死んで逃げる"事は、この世で一番無様な敗け方だろ」

 

 だが、伊織が否定したのは天音の最後の選択だった。

 

 

 

「俺は…………見下して来た奴等をブッ倒すまでは、絶対死なねェ」

 

 例え、剣才を持ち得なかったとしても。そして、魔力が無かったとしても。

 

 

 

 ――――生きて戦い続ける(止まらない)限り、真に敗北する事は無いと信じていた。

 

 

 

「そうは言ってもキミ……このままじゃ彼女と心中だよ?本懐を遂げたいなら、僕等と来るべきだと思うけどなァ」

 

 傷が深い天音を一瞥しながら、JOKERは再度伊織の意思を問う。

 

「バカかテメェ。俺が生きてる限り、コイツもここでは死なせねェっつーコトを言ったんだよ」

 

 対して伊織は不敵な笑みと共に、刀を手にして立ち上がった。その眼に宿る闘志は、僅かたりとも消えてはいない。

 

 天音の命も、自身の勝利も、諦めるつもりは無かった。

 

 

 

 

「それとな。俺が上の連中と戦うのは……」

 

 そして伊織が手を掛けるのは、二本目の刀。

 

 恭夜から教わったこの剣は、己の為ではなく、誰かを救う為に振るうと誓った。

 

 

 

「あの人への義理を返した、その後だ……!!」

 

 誇りと共に在るための生き方(戦い方)を自分に授けた、師への恩義に報いる時までは。

 

 

 

 ――――『退魔二刀流』。

 

 抜き放たれた双刃が、月下で鋭く輝き揺らめく。

 

 

 

「抜く気は無いのかと思っていたけど……やはり二刀使いなんだね。本来の力を出し惜しんでいたのか、それとも窮余の一策か……」

 

 伊織の新たな戦型に僅かに警戒を示しながらも、JOKERはトランプへと魔力を収束させていた。

 

 

 

 無属性攻撃術式

 

『シュート・ザ・ムーン』

 

 繰り出される狙撃魔術。月をも穿つ超速の弾丸と化したカードが、空を裂くように伊織へと襲い掛かる。

 

 

 

 

 

「――――『瀑布(バクフ)』」

 

 その一撃を迎え撃ったのは、渾身の力で振り下ろされた二刀だった。

 

 

 

 炸裂する、衝撃。

 

 

 

 剛力を以て叩き付けられた急流の如き双剣撃は、轟音と共にJOKERの魔術を両断していた。

 

 斬り裂かれ魔力となって爆散したカードを傍目に、JOKERは大鎌を担ぎ上げながら伊織へと声を掛ける。

 

「成程……付け焼き刃じゃァ、ないみたいだ」

「当たり前だ。一気にケリ付けてやるよ」

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 戦闘に於いて、"必ず勝てる"方法は存在しない。だが、"勝てる確率を引き上げる"方法は存在する。

 

 自身に優位なフィールドへと、相手を引き摺り込む事。

 

 まだ彼の生徒となって日は浅いが、恭夜から教わった魔術戦闘に於ける戦術思考の基礎。

 

 

 

(もう魔力もほとんど残ってねェ……決めるなら、一発でだ……!!)

 

 日向の狙う状況(フィールド)は、徒手格闘のみによる超近接戦だった。

 

 ――――鎧は二重属性を同時付加した術式を用いる際、必ず槍を経由させている。つまり光と闇の双属性術式は、武器を介さなければ使えないと日向は予測していた。

 

 槍を掻い潜り間合いの内側へと入り込めば、その攻撃は届かない。そこで残存魔力全てを込めた一撃によって、決着を付けようとしている日向。

 

 

 

 

 そしてその目論みを、鎧は完全に看破していた。

 

 日向は恐らく、武器に纏わせなければ双属性魔力は制御出来ないと思い込んでいる。だからこそ、懐深くへ最後の一撃を叩き込もうと特攻を仕掛けて来るだろう。

 

 鎧の()()()()()

 

 そう動かすべく敢えて体術という手札(カード)を伏せ、槍の使用時にだけ双属性術式を発動させていた。深く踏み込んで来た日向を、隠していた技で仕留める為に。

 

 

 

「そろそろ白黒つけよォじゃねェの……!!」

「そうだな……いい加減、くたばれ……!!」

 

 放出され空間の支配権を奪い合っていた鎧と日向の魔力が、二人の身体へと結集し収束されていく。

 

 

 

 暴れる猛炎、弾ける閃光、渦巻く暗闇。

 

 たった一人の勝者を決するべく、互いの最後の力が激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「中々…………面白くなって来てんじゃねェか」

 

 眼下の光景を見下ろす、一人の青年。

 

 その身体から立ち昇るオーラは、全てを灼き尽くす業火の如く。

 

 

 

「愉しませてくれるんだろォな……?」

 

 歪んだ笑みと共に、青年は空へと身を投じた。

 

 

 

 

 

 真っ逆様に、堕ちていく。

 

 

 

 

 

 ――――『火竜』は、戦場へと降り立とうとしていた。

 

 

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