Wizard Wars -現代魔術譚-   作:空色悠

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セクション1『魔術学園2046篇』
第1話『Wizards Wars -現代魔術戦争-』


『魔術』。

 

 宗教・神話・伝承の中にのみ存在するとされた神秘を引き起こすその超常の力は、歴史の裏側――――この世界の影に確かに実在していた。

 

 始まりの預言者モーゼスが民を導いた聖地『イェルサレム』をその叡智を以て統治し、全ての魔術の礎を築いた『全智の魔術王』ソロモン。

 

 救世主(キリスト)を始祖とする『聖神教』の系譜を受け継ぎ、偉大なる魔術師マーリンを従え教会騎士団の原形を作り上げた『聖剣の騎士王』アーサー・ペンドラゴン。

 

 強大な力を振るい永い人類史にその名を刻んだ英雄達は皆、『魔術』を操る人間だった。

 

 しかし、人には過ぎたその力はやがて世界に戦火を巻き起こす事となる。

 

『魔術師』は国家間戦争に於いて、近代兵器をも凌駕する脅威として在り続けた。しかしその戦乱の時代は、一人の魔術師の出現によって終わりを迎える。

 

 世界を蝕み大戦を扇動していた巨悪の存在を暴き出したその人物は、悪意に対抗する力を持った人間達の意思を束ね『魔術師協会』を創設した。

 

 そして、時は現代に至り。魔術師達による戦争は、新たなステージへと動き出していた。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 肉を殴り潰す、鈍い音が薄暗いビルの一室に響く。意識を飛ばされフロアの床に転がされた男達の上に立っていたのは、その拳から敵の物と思しき血を滴らせる紅色の髪の少年だった。

 

「チッ……いつの間に紛れ込んでたかと思えば……何が目的なんだテメェ!!」

 

 その少年を包囲していた男達の内一人が、既に半数以上の仲間を沈めた彼に銃口を向け恐々としながら叫ぶように問う。この男達は、法に反する闇取引――――即ち犯罪をここで行おうとしていたが、誰も気づかぬ内に入室して来ていた謎の少年が突如として介入して来た事で完全に状況を混乱させられていた。

 

「目的ってそりゃ……アンタ達、身に覚えあんだろ?こんな暗ェトコでなんかコソコソやってりゃ、後ろめてェコトやってんだろって。俺でも分かるぜ」

「ッざけてんのかッ!!」

「バカ!撃つんじゃねェ!!」

 

 嘯くように告げられたその言葉に、男達の一人が激昂し仲間の制止も聞かず構えていた銃を発砲する。それに続くように周囲からも一斉に弾丸が放たれたが、不敵な笑みを浮かべた少年の姿はその場から搔き消えた。

 

 次の瞬間、包囲していた筈の男達が全員一斉に吹き飛ばされる。目にも止まらぬ高速移動で銃弾を回避した少年によって一瞬にして殴り飛ばされたのだと男達が気付いたのは、壁に叩きつけられ意識を失う直前の瞬間だった。

 

「……やはり学生とはいえ侮れないわね、『魔術師』は」

「ん?」

 

 その時、少年の背後から新たに入室して来ていた人間の声が掛けられる。振り返るとそこには、声の主と思われる女性と筋骨隆々とした外人男性の二人が立っていた。

 

「アンタ誰――――」

 

 身に纏った何処かの学園の制服についた汚れを軽く払いながら、少年が口を開いたがその言葉は轟音の中に飲み込まれる。

 

 女性の隣にいた男の掌から、不可視のエネルギーを収束し放たれた砲撃が少年が立っていた場所を吹き飛ばし、その背後にあったフロアの壁をも破壊していた。

 

「あっぶね〜……オッサンゴリゴリの近接型かと思ったら、意外と魔術もイケる感じ?」

 

 しかし少年は先程と同様に高速移動で、『魔術』によって生み出された砲弾を回避し別の場所に姿を表す。

 

「『身体強化』ね……やるじゃない。けど、これは子供の喧嘩とは別物なのよ。大人の『戦争』の一端に首を突っ込んだ事……後悔させてあげるわ」

 

 女性の言葉と共に、首を鳴らしながらゆっくりと歩みを進め始める男。その両腕には、謎の記号によって構成された文字列が浮かび上がっていた。更に一歩踏み出すと共にその紋様は弾け、強力なエネルギー『魔力』へと変換されながら男の腕力を強化していく。

 

「おー、やっぱ格闘(ステゴロ)もイケんのね。いーじゃん、楽しくなって来た」

 

 そう言いながら少年もまた、右腕へと『術式』を展開しながら歩き出した。魔力により強化された、両者の拳が繰り出される。

 

 

 

 二つの魔術は、凄まじい衝撃を伴い激突した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

『国立東帝魔術学園』。

 

 日本の首都である東京都の、裏側の異空間に創り出された『魔術都市・東京』。その中央部に位置するこの学園は、東日本各地から素質を持った人間をスカウトし教育を施している『魔術師』の養成機関である。

 

 そしてその正門通りに、一人の少年が足を踏み入れていた。

 

「……広すぎんだろ……」

 

 紺色の髪を持ち腰に二本の刀を携えた少年が、眼前に広がる巨大な学園を見渡しながらそう呟く。彼の名は御剣(ミツルギ) 伊織(イオリ)。今日からこの東帝学園に所属する事となる、新一年生の一人だった。

 

(つーかあの人の地図が雑過ぎんだよ……!!)

 

 伊織は手に持ったメモ用紙を見ながら、心の中で悪態を吐く。いかにも適当に書かれたようなその見取り図は、彼を東帝に入学させた『ある人物』に事前に渡されていた物だった。

 

 目的の場所を探し、正面ロータリーの周辺を歩き回る事数分。

 

(……ダメだ、全く分からん)

 

 広大すぎる敷地の中で完全に目的地を見失った伊織は、中央噴水広場のベンチに腰掛けながら天を仰いだ。

 

「あー、クソ……」

「……ねえ、そこのアンタ」

 

 その時、何処かから声を掛けられそちらの方向へと伊織が視線を向ける。そこにいたのは、伊織と同様に東帝学園の制服に身を包んだ一人の少女。金色の髪を持った彼女は首にチョーカー、耳には幾つものピアスを着けていた。

 

「道、迷ってんの?さっきから同じトコばっかグルグル回ってたけど」

「あー……まァ、そんな感じだ……学園(ココ)、あんま来た事無ェからよく分かんなくてな」

 

 初対面の相手にいきなり自身の窮状を言い当てられ、伊織は何とも言えない表情で力無く頷く。

 

「どこに行きたいワケ?」

「一年の男子寮なんだけどな……知ってるか?」

 

 伊織がそう質問すると、少女は指先から線状の魔力を放出しながら伊織の真後ろの方角を示した。

 

「あっちにずっと真っ直ぐ進めば、寮棟が見えて来るわ」

「マジか……!助かったわ、ありがとな」

 

 それを聞いた伊織は先程よりも幾分表情を明るくしながら立ち上がると、少女に礼を述べると歩き出そうとする。

 

「……ちょっと待って」

「どうした?」

 

 その時、再度声を掛けられ立ち止まった伊織が振り返った。

 

「……アンタ、全く()()()()()ように視えるんだけど……何者なの?」

 

 魔術の素養を持つ人間に備わった、五感に続く第六の感覚能力『魔力知覚』。人体内や空間内に存在する魔力を感知するその能力が、伊織が一切魔力を保有していない事を少女に教えていた。

 

「疑ってんのか知らねェが……別に俺は侵入者でも何でもねェよ。ちゃんと正規の手続きで入学したここの生徒だ、ほらよ」

 

 警戒しているような様子の少女に、伊織は襟元から校章(バッジ)を外すとカード型の学生証へと変形させ彼女へ見せるように差し出す。カードから投影された立体画像(ホログラム)による補足情報も相まって、伊織が紛れもなくこの学園の生徒であるという事は明白だった。

 

「悪かったわ。疑ってたワケじゃないんだけど…………でも、なんで……」

 

 少女は伊織へと謝罪するが、それと同時に新たな疑問が生じる。魔術師に不可欠な筈の力を持たない人間が、何故この学園への入学を許可されたのか。

 

「まァ、気になるか……俺は――――」

 

 そこで一度言葉を区切ると、伊織は刀の柄に手を置きつつ不敵に言い放つ。

 

「――――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()っつーだけだ」

「っ……!!」

 

 その言葉を受け瞠目する少女に背を向け、今度こそ伊織は立ち去った。暫くの間言葉も無く少年の背中を見送っていたが、やがて少女も踵を返し歩き出す。

 

 

 

 彼女の名は藤堂(トウドウ) 天音(アマネ)

 

 

 

 入学前能力測定にて全新入生トップの成績をマークした、『神童』と謳われる一年最強の天才魔術師だった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「なっ……冗談でしょ……」

 

 女は眼前に広がる光景が示す事実を、全く受け入れられず呆然とそう呟いていた。たった今激突した二人の魔術師。鍛え上げられた肉体と技術を有していた筈の歴戦の魔術傭兵は――――学生の少年に、一撃の下殴り倒されていた。

 

「ちったァ面白くなんのかと思ったら……全然大した事ねーじゃん」

 

 ヒビ割れた床へと顔面からめり込み気絶している男を見下ろしながら、紅髪の少年は拳に付いた血を拭う。化け物じみた戦闘能力を見せつけられた女は、こちらへと歩き出した少年に後ずさりながら嘆願の言葉を口にした。

 

「わっ……悪かったわ。私は、ここから何もせず撤退する、貴方には一切危害を加えないと約束するわ、だから、お願い、待って!」

 

 圧倒的な強者への、恐怖。怯えの感情が剝き出しにされたようなその声に、少年は一つ溜息を吐きながら拳に集めていた魔力を解いた。次の瞬間。

 

 

 

「『闇弾(ダークブラスト)』」

 

 女の手から、黒い魔力で形成された弾丸が撃ち放たれた。不意打ちによる魔力弾を受け、少年の身体は一瞬で吹き飛ばされる。

 

「ふふ……敵に情けは禁物でしょ……所詮は学生、素人ね」

 

 先程と一転して、冷徹な声音でそう吐き捨てる女。ほくそ笑みながら、その場を後にしようとする。

 

「はは、確かに」

 

 その瞬間女の耳元に聞こえて来たのは、吹き飛ばした筈の少年の声だった。同時に首元への手刀が、女が振り返るより早くその意識を刈り取る。倒れ伏した女の前方には、少年への弾丸を受け布切れと化した彼の制服の上着があった。

 

 身代わりによって自身への攻撃を回避する、『空蝉』。日本で『忍法』と呼ばれる、戦闘術の一つだった。

 

「はー、成敗成敗」

 

 ビル内部にて犯罪者集団をたった一人で制圧した少年だったが、その背後で何者かが立ち上がろうとしている気配を察知する。

 

「あれ、オッサンもう意識戻ったんだ。やっぱタフだね、見た目通り」

 

 流石に戦闘不能な状態である事は確かだろうが、自分の渾身の一撃を受けて尚向かって来る相手のタフネスに少年は軽く驚きを見せた。しかしそれでも甚大なダメージを与えた以上、下手な手は打って来ないだろうと油断していた少年。男がコートの下に、大量に忍ばせていた爆弾を目にするまでは。

 

「……えっ」

 

 一瞬思考が止まるが即座に状況を理解した少年は、足元に転がっていた女を抱え上げるとをガラス張りの壁を蹴り破り外へと飛び出した。それと同時に、男が魔力で着火させた爆弾が全て一斉に炸裂し凄まじい風圧が吹き荒れる。

 

「おいおいおいマジかよッ!?」

 

 猛烈な爆風に背中を押されながらも、咄嗟に路肩に停まっていた乗用車を見つけその上へと着地した。

 

「うおお……犯罪者の覚悟ヤッバ……」

 

 つい数秒前まで自分達がいたビルから炎と黒煙が立ち上っている光景を見上げながら、少年は啞然とした表情でそう呟く。その周囲に今度は、装甲服を纏い自動小銃で武装した謎の集団が突如として現れていた。

 

 背部に『MCA』と表記されたその武装集団の奥から、黒いスーツに身を包んだ一人の中年男性が歩み出てくる。

 

「オーイオイ坊主……オメーちっと派手にやり過ぎだろォ」

「や、俺じゃねーから。なんか知らんオッサン達が怪しいコトしてたからとりあえずボコったんだわ。そしたらなんと自爆して来やがってよ。とりあえず首謀者(アタマ)っぽいヤツ一人引っ張って来たっつーワケ」

「マジか…………ま、取り敢えずご苦労だったな。よくやった。『(バインド)』」

 

 少年から事の顛末を聞かされた男性は、労いの言葉と共に指先から魔力で形成された帯を放ち流れるように彼を拘束した。

 

「え、この流れで?ここは俺お手柄って場面じゃねーの?どゆこと?」

「あー、オマエ知らねーのかもしんねーけどな、いくらココ(魔術都市)でも公共の場で無資格魔術使用はフツーに禁止されてっから。まァ詳しくは局で聞くわ、『衝弾(ショックブラスト)』」

 

 そう言うと男性は、限界まで威力を弱めた魔力弾を少年の額へと的確に命中させ一瞬で彼の意識を飛ばす。魔術師としての熟達した技能を見せた男性は、依然として炎上しているビルに目を向けながら背後の部下達へと声を掛けた。

 

「おーし、さっさと事後処理済ませて撤収すんぞォー。そこの坊主は車両に放り込んどけー女の方はガチガチに縛っとけーィ」

 

 目を回しながらアスファルトに突っ伏すこの少年の名は、春川(ハルカワ) 日向(ヒナタ)。今日から東帝魔術学園の生徒となる筈だった彼は、上京初日から『魔術(Magic)管理(Control)(Agency)』に補導される事となった。

 

 ◇◇◇

 

「ハッハッハ、入学式すっぽかして事件にツッ込んで、挙句管理局に御用だろ?もう問題児とかいうレベルじゃねーだろソイツ。しかも推薦入学者っつーのが拍車掛けてるしな」

「笑っている場合ではないだろう、お前が担当する生徒だぞ。大体問題児云々など、お前が言えた事ではない」

 

 東帝学園の教員棟にて、廊下を歩く二人の教師。ゲラゲラと笑っているサングラスを掛けた青年桐谷(キリタニ) 恭夜(キョウヤ)に、大柄な体躯の男性万丈(バンジョウ) 大和(ヤマト)が厳しい言葉を掛ける。

 

「現場出張ってんの沢村さんっしょ?まァあの人が上手いコトやっといてくれんだろ」

 

 恭夜は共通の知人の名を挙げながら、楽観的な態度を崩さず愉快そうに笑っていた。そんな事を言い合いながら巨大な扉の前に辿り着いた二人は、個人魔力認証によってセキュリティをクリアし『大会議室』へと入って行く。そこには既に、様々な分野のエキスパートである東帝学園の教員陣が一堂に会していた。

 

「おーおー皆さんお揃いで……」

 

 そうぼやく恭夜の視線の先には、巨大なモニターが展開されている。そこに映し出されていたのは、今回の議題の中心と思われる三人の新入生のデータだった。

 

 膨大な魔力を自在に操る金色の髪の少女。剣術だけで魔術師を圧倒する紺色の髪の少年。そして、全身に炎を纏った紅色の髪の少年。

 

 

 

 次世代を担う若き魔術師達の姿を見ながら、恭夜は静かに笑みを浮かべていた。

 

 


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