Wizard Wars -現代魔術譚-   作:空色悠

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第35話『テレポーター』

瞬間移動(テレポーテーション)』。

 

 空間中のある地点から別地点へと瞬時に転移する、『超能力』と呼ばれる異能の一種。自身が持つその力が"普通"では無い事、そして他の人間とは違うという事を、幼い頃から漠然と理解していた。

 

 だが、その力を人前で使った事は一度も無かった。そんな物が無くとも、人並みの平穏な生活を送れていたという事もある。

 

 しかし少年の日常は、ある日突然終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 咄嗟だった。

 

 騒音と悲鳴が飛び交う中で、道路を暴走する乗用車。その先にいたのは、胎児を宿していると思われる妊婦と幼い少女の親子連れ。

 

 多くの人間に目撃される事は間違い無い。しかし迷い(葛藤)は僅かたりとも無かった。

 

 一瞬でも躊躇えば絶対に間に合わないと、本能的に悟っていた。

 

 半ば無意識に、身体が動く。そして――――

 

 

 

 

 

 陽が沈みつつある、夕暮れ時。ビルの屋上に腰掛けていた少年は、自身の今後にぼんやりと思いを馳せていた。

 

 あの場を逃げるように立ち去り、当ても無く街を飛び交った末にこの場所に辿り着いた。母娘を助けた事に後悔は無いが、恐らくこれまで通りの日々が戻って来る事は絶対に無いだろう。

 

 身寄りの無い自分を育ててくれた親戚や、毎日のように顔を合わせていた友人達を思い浮かべつつ、小さく溜息を漏らす。途方に暮れていた、その時。

 

 

 

 

 

『頭では分かってても、いざって時にあそこまで動けるヤツはそうそう居ねェ。お前、才能あるよ』

『…………誰だ?アンタ』

 

 サングラスで双眸を隠した、見るからに怪しげな雰囲気の青年。突然背後に現れた彼は、振り向いた少年からの問いに応える事なく手を差し出した。

 

 

 

『お前のその力――――もっと多くの人間を助ける為に、使ってみる気は無ェか?』

 

 後に桐谷恭夜と名乗った、その人物との出会いによって――――

 

 

 

 ――――結城結弦の世界は、一変した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 結城の右手に構えられた拳銃。

 

 撃ち放たれた銃弾の雨に対し、伊織は真っ向から突撃を仕掛けた。迫り来る連弾を捌きつつ疾走する伊織へと、結城もまた迎え撃つべく突進する。

 

 銃をホルスターへと収めつつ、ナイフを逆手へと持ち替える。そして、交錯の瞬間。伊織が振り抜いた横薙ぎの一閃を、上体を倒し寸前で躱す。鼻先を掠めながら通り過ぎる刃を見上げつつも、結城の右手には魔力が収束していた。

 

 直後。

 

 撃ち上げるような掌底が、伊織の顎下へと炸裂した。更にそこから間髪入れず、胴元への追撃の蹴りで叩き飛ばす。

 

 伊織の反応速度をも上回る、反撃を許さない高速連撃。更に結城の戦闘能力の"真価"は、それだけに留まらない。

 

 

 

 吹き飛ばされていた、伊織の真上の空間へと――――

 

 

 

 ――――突如、結城の姿が現れる。

 

 そして振り下ろされた右脚が、伊織の身体を戦場へと叩きつけた。

 

 

 

『またしても出ましたァ!!結城の「空間転移(テレポート)」!!強力無比な魔術の前に御剣は防戦一方ですッ!!』

『やはり学園屈指の実力者!!"第五席"の戦闘力は伊達ではありませんッ!!』

 

 

 

 一瞬にして伊織の前に出現した、結城のその力の正体は――――『空間操作術式』。

 

 

 

 この魔術を利用した転移・転送技術は、魔術都市内でも転移門(ポータルゲート)を始めとした様々な箇所で運用されている。しかしそれらは、コンピューターとの連動による極めて精密かつ正確な演算能力があってこそ成り立つモノ。

 

 しかし卓越した空間認識能力を持つ結城は、一切の演算補助を用いず超感覚による概算のみで『空間転移(テレポート)』を自在に操っていた。

 

 そして高度な魔術使用を可能にする、繊細な魔力操作(コントロール)技術。天堂蒼・黒乃雪華・大文字獅堂といった同世代の巨星に隠れながらも、彼もまた優れた才覚を有した確かな強者だった。

 

 

 

 伊織を叩き伏せた結城は、転移によって一度距離を取る。

 

「クソッタレが……!!」

 

 血反吐を吐き捨て、切れた口の端を拭いつつ立ち上がる伊織。事前に結城の能力について情報は得ていたものの、想像を遥かに超える万能性と脅威によって完全に伊織の剣は封じ込められていた。

 

 

 

『――――圧倒的な戦闘センスを見せる結城ですが、彼はスカウトを受け二年次から東帝学園に編入して来たという異色の経歴を持っています』

『スタートダッシュで大きく出遅れていたにも関わらず、たった一年で東帝十席にまで到達したその才能は紛れも無く本物です』

 

 

 

「こんだけブチのめしてまだ向かって来るとは……流石は恭夜さんが師匠なだけあるな。ハンパな鍛え方はしてねェってか」

 

 ナイフを手の上で踊らせながら、結城が語り掛けて来る。

 

「いや、今は天堂に弟子入りしてるっつってたな」

「ベラベラと……よく喋るなオイ……!!」

 

 地を蹴った伊織は弾丸のように飛び出すが、相対していた結城は真正面からその刃を投げ放った。

 

 向かって来る刃を即座に斬り返すが、その瞬間既に結城は前方から消えている。そして直後、背後に気配。

 

 振り向きざまに空を薙いだ一刀が、飛来していた弾丸を真っ二つに斬り裂いた。しかしその銃弾を放った筈の結城の姿が、またしてもその場から忽然と消える。

 

 

 

 周囲に次々と、現れては掻き消える魔力波動。短距離瞬間転移を連発しながら、一気に距離を詰めていく。

 

「チッ……!!」

 

 テレポートによる的を絞らせない接近に、舌打ちしながらも伊織は刃を持ち上げる。そして――――その刀を地へと突き立てた。

 

 掴み、捕らえる事さえ出来れば、渾身の一撃を叩き込める。近接格闘による迎撃の構えを見せる伊織に、結城は不敵に笑いながら更に転移速度を引き上げた。

 

 空間を飛び回りながら迫り来る気配を察知すべく、伊織は極限まで集中力を高めていく。そして、繰り出される結城の蹴撃。そこにタイミングを合わせ、伊織もまたカウンターの一撃を叩き込む。

 

 

 

 しかし。

 

「悪ィが……バカ正直に付き合ってやる気はねーよ」

 

 空を切る伊織の拳。再度発動したテレポートによって消えた結城の気配が、伊織の周囲複数箇所へ同時に出現する。

 

 それは、超高速連続転移によって作り出された『擬似分身』。

 

 

 

 そして全方向から包囲するように構えられた銃口から――――

 

 無属性攻撃魔術

 

『フルディレクト・バレット』

 

 ――――一点へと収束するように、撃ち放たれた魔力連弾が伊織を急襲した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「あの御剣君が……ここまで押されるなんて……」

 

 学年トップクラスの実力を誇る伊織を、楽しげな表情で圧倒する結城。一方的に展開される戦闘に、観覧席の沙霧は愕然とした様子でそう呟く。

 

 

 

「……アイツが……こんな所で敗けるワケないでしょ……!!」

 

 しかし彼女の隣の天音は、まだ伊織の勝利を信じていた。自分と引き分けた彼が、こんな場所で敗れる筈は無い。きっと戦いの中で、突破口を見つけ出す。

 

(なんとかしてみなさいよ……御剣……!!)

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 咄嗟に引き抜いた刀で、ほぼ全ての銃撃を打ち落とした伊織。しかし数発の弾丸を斬り損じ、急所こそ防御したものの脚を撃ち抜かれ負傷していた。

 

 機動力が大きく低下したこの状態では、瞬間転移(テレポート)を多用する結城の高速戦闘には追い付けない。

 

 

 

「ダラダラと戦っても仕方がねェ……そろそろ終わりにしようぜ」

 

 そう口にした結城は、構えた拳銃へと魔力を再装填(リロード)する。そして引鉄(トリガー)を引くと同時に、地を蹴りテレポートを発動させた。

 

 放たれた弾丸と共に疾駆する、結城の魔力を纏った刃が迫る。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 二週間前。

 

『こんなコトやっててッ……意味ッ、あんのか……よッ……!!』

 

 伊織は学園裏スラムにて、巨大な重石(ウェイト)が突き刺さったバーベルのような剣を振り込んでいた。

 

『グダグダ言ってるヒマがあったら一本でも多く繰り返せィ。筋肉は全てを凌駕し解決すんだぞーハッハッハ』

『フっザけ……やがっ、て……!!』

 

 一方でそのトレーニングを課した蒼はと言うと、愉快そうに笑いながら七輪に風を送っている。

 

 幼い頃から恭夜に鍛えられていた伊織は、標準的な体格ながら驚異的な筋力・身体能力を有していた。純粋な膂力で彼と並ぶ人間は、東帝学園の中では大文字獅堂程だろう。

 

 

 

『いいか?そのクソ力はオマエの最大の武器だろうが。ソレを「飛び道具」にまで昇華させれば、魔力が無ェっつー弱点(ウィークポイント)なんざカンタンに打ち消せんだよ』

『だから……具体的にどうやんのかを聞いてんだよ……!!』

 

 息を切らしながら重量器具を地に下ろす伊織だったが、焼き烏賊を咥えていた蒼は串を手に取り空中を指し示した。

 

 

 

『…………魔力はあらゆる場所に存在してる。空間の中にもだ。お前にゃハッキリとは視えねーだろうが……その気配を感じ取るくらいは出来んだろ』

 

 魔力知覚を持たない伊織は正確に感知出来ないが、魔力はこの世界のあらゆる空間に遍在している。そして伊織の超人的な五感機能は、朧げにではあるが魔力の“気配"を認識出来た。

 

 

 

『その魔力の"流れ"に沿って空間を斬ると、どうなると思う?』

『…………どうにもならねェんじゃねェのか?』

『そりゃフツーの奴はな。けどお前は違ェだろうが』

 

 訝しげな表情を見せる伊織に、その問いの答えを示す。

 

『正解はな……「空間の"裂け目"が広がる」、だ』

『…………?』

 

 依然として首を傾げている弟子に対し、蒼は言葉を続けた。

 

 

 

『空間に流れる"魔力の割れ目"をオマエのバカ力で"斬って""広げれば"、斬撃そのものの威力を拡張出来る。俺やスティーブの「飛斬(魔力斬撃)」が"飛ぶ斬撃"なら、お前のソレは"伸びる斬撃"ってトコだな』

『ッ……そうか……!!』

 

 空間の歪みを斬り開く事で、『切断』という性質を持った攻撃の有効距離を引き伸ばす。鋭く刃を振り抜いた風圧によって、物体を斬り裂く『鎌鼬』の如く。

 

『もう分かったろ。俺達の"技"を再現するには、今のお前じゃまだ単純に"力"が足りねェんだよ』

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 師の言葉を反芻している間にも、結城の一撃はそこまで迫って来ている。

 

 結局どこまで腕力を鍛え上げても、『飛斬』を再現する事は一度も出来なかった。だが積み重ねて来た力と技術は、決して消える事など無い。

 

 

 

 御剣伊織の人生は、往々にして失敗と敗北の連続だった。一か八かの窮地など、今まで何度でも潜って来ている。

 

 己が為すべきは、修練の軌跡をなぞりこの一刀を振り抜くのみ。信ずるは、この刃ただ一つ。

 

 

 

 無心の剣は――――空を、斬り開く。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「フン……やっと完成させたか……」

 

 弟弟子が到達した、剣士としての新たなステージ。眼下の戦場を見下ろしながら、スティーブは小さく笑みを零した。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 超剣速を以て撃ち放たれた『刃』が、空間を劈くような異音を響かせる。

 

「ッ!?」

 

 咄嗟に魔力を集め(シールド)を形成するが、その『拡張斬撃』は結城の魔術防御を斬り砕いた。不可視の剣風によって、裂かれた頬を血が伝う。

 

 

 

 土壇場で遂に完成した、伊織の新たな戦闘術。名を――――

 

 

 

 ――――"飛斬改式剣術"・『鎌風(カマカゼ)』。

 

 

 

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