Wizard Wars -現代魔術譚-   作:空色悠

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第3話『Exorcised Sword -退魔ノ剣-』

『退魔一刀流』。

 

 それは魔力を持たない伊織が、魔術師と互角に渡り合う為に作り出した剣術。鍛え抜かれた超人的な膂力と驚異的な反射神経によって『術式を斬る』という芸当を可能にしたこの技は、伊織にしか扱う事の出来ない対魔術特化戦闘術だった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

『強ェからじゃね?』

 

 かつて日向と交わした言葉が、天音の脳内に反芻される。

 

 魔力が無い筈の伊織がこの魔術師の学園への入学を許可された理由を、日向はあの時正確に言い当てていた。圧倒的な戦闘能力。『強さ』とは魔術の世界に於いて、『家柄』よりも『魔力量』よりも遥かに価値を持つ圧倒的な真理だった。

 

 当然の事実を今更再認識していた自分への苛立ちを吞み込みつつ、舌打ちと共に新たな魔術を展開する天音。

 

 氷属性攻撃術式

 

瀑氷道(アイシクルバスター)

 

 第四の属性を有した魔力によって生み出される、膨大な質量を持った氷の奔流。更にその術式の直撃を待たず、天音は魔術を追加展開する。

 

 無詠唱で放たれた無数の爆速弾と陣戦風は、大きく迂回するような軌道を描いて伊織を背後から急襲した。

 

「クソ……!!」

 

 咄嗟に繰り出した無数の剣撃で応酬し大半を撃ち墜とすが、撃ち漏らした魔術の余波によって体勢を崩される伊織。そこには既に、瀑氷道が伊織を呑み込まんと迫って来ていた。防御は間に合わないかに見えたが、伊織は振り抜いていた刃を返す。

 

「――――退魔一刀流・『打鐘(ダショウ)』」

 

 そして振り向き様に、刀の柄頭を巨大な氷流へと叩き込んだ。

 

 激突が生み出した凄まじい衝撃が、空間中へと走り抜ける。大きく押し込まれ足で闘技場を削るようにして後退する伊織だったが、その一撃は強烈な魔術の勢いを完全に殺し切っていた。

 

「アレ止めんのかよ……!?」

 

 そう言う日向の視線の先では、猛攻を凌ぎ切った伊織が反撃へと転じる。行く手を塞ぐ巨大氷塊を一瞬で斬り崩した伊織は、それを足場に一気に距離を詰めるべく駆け出した。次々と襲い来る魔力弾の全てを最低限の動きで躱しながら最短距離を突き進むが、その経路(ルート)自体が天音の配置した巨大な罠。

 

 伊織が斬り裂き踏み越えて行った氷の残骸へと、天音が魔力を投じる。フィールド内に散らばっていた全ての氷塊は、新たな術式の触媒へ変化した。

 

 氷属性攻撃術式

 

氷斬崩閣(キャッスルスラッシャー)

 

 全方位から出現した氷の刃が、一斉に伊織を貫くべく襲い掛かる。その全てを受け切る事は出来ず、斬り裂かれた各所から鮮血が噴き出した。

 

 それでも執念と不屈の眼光を宿した剣士は、決して立ち止まる事無く疾駆する。

 

「伊織は……"強ェ"な」

 

 日向の口から不意に溢れ出たその言葉に、笑みを浮かべながら恭夜は頷いた。

 

「"魔術師に勝つ"……その意志の強さなら、アイツはこの場に居る誰にも敗けねェよ」

 

 ◇◇◇

 

『藤堂一門』。

 

 魔術旧家の一つであるその家系は、長い歴史と多くの門弟を有する魔術剣の一大流派『藤堂流剣術』の本元だった。

 

 その藤堂家にて『八属性魔力』という魔術師としての類稀なる才覚を持って生まれ、歴代最強の剣士としての将来を嘱望されていた天音。

 

 しかし彼女は、『剣の才能』に恵まれなかった。また彼女の身体は弱く、剣士としての戦い方に耐える事も出来なかった。

 

『お前に戦う資格は無い』。父から放たれたその言葉は、失望されたという事実を突き付ける重い鎖のように天音の心を縛り続けた。

 

 そして彼女は、自身がどれだけ切望しても手に入れられなかった剣才(モノ)()()を持った少年と出会う。

 

 ◇◇◇

 

 この魔術師の世界を、剣術だけで戦って行く事がどれだけ厳しく過酷な道かなど解っていた。それでも、その力への強い羨望を抑える事は出来なかった。

 

 しかしそれ以上に。

 

 自分のように諦める事も、投げ出す事もせず戦いと向き合い続けている彼の姿に。『弱さ』を浮き彫りにされているように感じた。

 

 だからこそ、自分が歩んで来た道を。血の滲むような努力と共に磨き続けて来た『強さ』を、否定させない為に。

 

(ここでアンタに――――)

 

「――――敗けるワケには、いかないのよ……!!」

 

 戒めのように吐き出した言葉と共に、掌の中へと魔力を集め圧し固める。既に伊織は、あと数歩踏み込めば刃が届く距離まで迫って来ていた。

 

速戟雷(ボルトランサー)六連(セクスタプル)

 

 全ての術式を一つに束ね、渾身の電撃を炸裂させる天音。対して伊織も最後の一歩を踏み切り、その刀刃を一閃させた。

 

 

 

 刹那の交錯。

 

 

 

 観衆が見守る中、静寂に包まれた闘技場で最初に動いたのは伊織だった。

 

 地に膝を突き、ゆっくりと倒れ伏す。刀だけは強く握り締めたままだったが、雷に全身を貫かれた伊織は完全に気絶していた。

 

「……つーコトは……」

「よく見ろ、日向」

 

 戦いの勝者が決まったかと思われたが、日向の言葉を遮った恭夜が両者を注視するように示す。それと同時に天音が着けていたチョーカーが砕け散り、彼女自身もまた支えを失ったように揺れ動き地へと倒れ込んだ。

 

 居合の峰打。伊織がすれ違い様に放った最後の一撃は、天音の首筋を正確に捉えていた。

 

 双方が意識を失った事で、強制的に戦闘は終了となる。一気に闘技場全体を包み込む、爆発のような歓声。

 

 藤堂 天音(第1位)御剣 伊織(第4位)の戦いは、引き分けという形で幕を下ろした。

 

 ◇◇◇

 

「おー、ここに居たのかお前」

 

 屋上へやって来た恭夜は、一人で魔術都市を眺めていた天音へと声を掛けた。回復術式による処置を受け天音は一足先に意識を取り戻したが、伊織は未だに医務室のベッドで爆睡している。そんな彼を叩き起こそうとした日向は、教員から羽交い絞めにされ止められていた。

 

 暫し沈黙が続いていたが、やがて天音が背後に立つ恭夜へと話し掛ける。

 

「……失望しましたか?」

「ンなこた無ェよ。アイツ(伊織)はプロとも張り合えるだけの力量を持ってる。良くあそこまで戦えたモンだ」

「……4位相手に押し切れなかった時点で、もう私の敗けです」

「キビシーね、自分に」

 

 天音以外だったなら間違い無く完敗していただろうと健闘を称える恭夜だったが、彼女の表情は依然として優れないまま。

 

 

 

「……私は、剣を捨ててここまで死ぬ気で突き詰めてきました……圧倒的な(魔力)があれば、剣士なんて簡単に捻じ伏せられるって信じてたんです。けど結局は、自分が強くないって事を確認させられただけだった……私は、アイツに敗けただけじゃなくて…………自分が乗り越えられなかった、『弱さ』にも敗けたんです」

 

 止め処なく溢れ出る、抑え切れない感情を吐露して行く天音。それを静かに聞いていた恭夜だったが、やがて彼女が言葉を吐き終えると口を開く。

 

「伊織な、アイツ……魔術都市出身なんだよ。この街で魔術が使えねェ人間がどういう扱い受けるかはオマエも知らねェワケじゃねェだろ?」

「っ……はい」

「色んな選択肢があった中で、一番苦しい道をアイツは選んだんだ。生き抜く為にあの剣術を編み出して、死に物狂いで戦い続けた。何度も魔術師の世界に叩きのめされて、それでもアイツはこの街を出て行こうとはしなかった」

 

 微かに笑いながらそう言う恭夜の横顔は、どこか誇らしげにも見えた。

 

「お前ら二人は、対極に見えてよく似通ってる。アイツも天音も、まだ逃げ出さずに戦ってるだろ?」

 

 そう言って天音に背を向けると、恭夜は屋上を後にする。

 

「弱さを受け容れて初めて、見えて来る強さの形もある。大いに迷えよ、若人。お前らは――――」

 

 ――――まだ強くなれる。

 

 彼が残したその言葉を聞き、零れ落ちそうになっていた涙を乱雑に拭いながら天音は立ち上がった。遠くを見据えるその瞳からは迷いは消え、湛えていたのは強い決意だけ。

 

 

 

 魔術だけを持つ天音と、剣術しか持たない伊織。二人の道は、未だ始まったばかりだった。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「いやー、今年のルーキーは逸材揃いだわ。特にあの二人、組めば蒼とも良い勝負すんじゃねーの?」

 

 後日恭夜は、東帝学園学長室にてそう語っていた。

 

「……要件は何だ」

「澄香さんさー、マジで話を端的にしようとするクセ直した方がいいよ?もっと会話を楽しまねーと人生も楽しくなんねーんだからさ」

 

 恭夜へ短くそう告げたのは、東帝学園の学長を務める女傑、神宮寺(ジングウジ) 澄香(スミカ)。右目に走る鋭い刀傷が印象的な美女だった。

 

 澄香に無言で睨まれた恭夜は、渋々といった様子で雑談を切り上げ本題に入る。

 

「……あいつら二人も含めて、この時点でもう一定の戦術レベルに到達してる一年が何人かいる。今後の成長度合いによるけど、もっと前倒ししても良いかもしんねーぜ?指導計画(カリキュラム)

「……何が言いたい?」

「分かってるクセに〜」

 

 ケラケラと笑いながらも、サングラスの下から澄香へと向けられた恭夜のその瞳には鋭く本質を見通すような光があった。

 

「今年は新入生からも何人か選抜して、高次魔術訓練を受けさせるべきだ」

 

 東帝学園へと集う新星達。彼等を取り巻く思惑は、物語を更に加速させて行く――――

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 変声機(ボイスチェンジャー)を介していると思われる、不気味な機械音声が暗中に響いた。

 

「――――いえ、まだ『火の属性人柱』は確認出来ていません。ですが必ず居る筈です、この学園に」

「ええ……『退魔ノ剣』と『全属性術師』に関しては、我々の脅威たり得る事はまず無いかと思われます」

「今後また動きがあれば報告します」

 

 


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