Wizard Wars -現代魔術譚-   作:空色悠

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第4話『Kick Strike -蹴撃一閃-』

「いやー、こないだのはスゲー戦いだったわ。お前も一躍有名人だな」

「こんな状況望んでねーんだよバカ」

 

 多くの生徒達が往来する廊下を歩いていた日向は、その隣を歩く身体の各所に包帯を巻いた伊織に話し掛ける。先日の模擬戦で、学年最強と目されていた天音と引き分けた伊織。すぐにその噂は広まり学園中から注目される事になったが、彼の表情は不機嫌そうに見えた。

 

「大体、勝たねェと意味無ェんだよ。半端な決着のせいでポイントも大して奪れなかった。骨折り損じゃねェかクソが」

「骨折してたのか?」

「違ェよバカ。……何にせよ、次は勝つ」

「そうか、頑張れ」

 

 強い目的意識を感じさせる声音でそう言い放つが、対する日向は能天気な様子で応える。しかし、毎日を愉快そうに過ごしているこの少年の普段の行動についてふと考える伊織。

 

 戦闘演習こそ好成績だが学業には全く意欲を示さず、学校生活に於ける明確な目標も定めていないように見える。日向は魔術都市に生きる魔術師の家系でもなければ、都市の外で魔術の才能を見出されスカウトされて来た訳でもなく、ある人物からの推薦で東帝に入学したらしい。

 

 自分からこの学園に来ようとするような強い意志も無かったらしいが、そんな人間が伊織や天音に迫る実力を有しているという事は考えてみれば少し妙だ。日向には何か、この場所にやって来た理由はあるのだろうか?

 

「……つーか、オマエは何で――――」

 

 伊織が日向へ問い掛けようとしたが、その時廊下の奥から物々しい騒めきが聞こえて来る。目を向けると何やら人混みが出来ているようだったが、向こう側の様子は見えない。

 

「ん?なんかザワついてんな。行ってみよォぜ」

「やめとけ……オマエが騒ぎにツっ込んだらロクなコトにならねェだろうが」

 

 日向が面倒事(トラブル)に近付けば、如何にもならないどころか寧ろ事態が悪化するであろう事は想像に難く無い。しかし日向が一度興味を示してしまえばほぼ止める事が出来ない事を、まだ短い付き合いながら伊織はよく分かっていた。

 

 ◇◇◇

 

 中央大回廊を我が物顔で闊歩する、複数の男女による生徒の集団。他の生徒が慌てて開けた道を満足気に進んでいく彼等は、名家出身の人間達だった。

 

 

 

「あっ……!」

 

 そんな中、名家の集団が通る道を避けようとしていた一人の女子生徒が、手元から一冊の本を取り落とす。

 

(……トロいなァ……)

 

 しかしそれを彼等は立ち止まるどころか苛立ったような様子で、その魔術書を踏み付け通り過ぎて行った。そして少女がショックを受けたような表情で本を拾い上げると、ようやく彼等の内の一人が振り返る。

 

「ちょっとキミー、危ないよ?廊下の真ん中でチンタラしてちゃダメっしょ〜。気ィつけないと」

 

 その身勝手な言い分に少女は黙り込んでいたが、彼とその仲間達は見下すような視線と共にクスクスと失笑を漏らしていた。

 

 魔術社会に於いて、『血筋』という要因(ファクター)が持つ意味合いは大きい。そしてこの東帝に通う学生の半数近くは、魔術旧家出身の人間だった。彼等は自分達の持つ権力を理解しており、中には弱い立場の人間へと横暴に振る舞う者が一部ではあるが存在する。

 

 教育機関が目指すべき実力主義の体制と対立する悪しき社会的因習が、少なからず学園の陰に蔓延ってしまっているという現状がここにはあった。

 

「ボクらに迷惑掛けないように、もっと慎ましく過ごす事を薦めるよ」

 

 理不尽な言葉と共に、陰湿な失笑を漏らしながらその場を歩き去ろうとするその集団。周囲の何人かはその様子に気付いていたが、旧家の人間に楯突けばまともな学園生活は送れなくなると分かっている為に誰も手出し出来ず見て見ぬ振りをするしかない。

 

 

 

「いやいや、謝れよ」

 

 しかしその時、名家の集団の中心に何の前触れも無く突然一人の少年が姿を表す。まるで忍者のようにどこからか湧いて出た紅髪の少年こと日向に、最初は唖然としていた男達だったがすぐに我に返った様子で声を上げた。

 

「なっ……そもそも誰だお前。一年か?」

「俺は春川日向、よろしく。ってそうじゃねェわ、お前ら謝れって。その子の本思いっきり踏んでただろ」

「はァ……?アンタには関係ないでしょ……!?」

「うん、関係ねーとかはどうでもいいんだわ。俺は、お前らが悪ィコトしてたんだから謝れっつってんの」

 

 名家の彼等を全く恐れる様子もなく堂々とした態度を取っている日向を、周囲の生徒達は驚愕しながらも注視していた。しかし日向を囲んでいた内の一人が、痺れを切らしたように掴み掛かる。

 

「なんで俺達がテメェらに謝る必要があんだァ、あ!?」

 

 

 

 その瞬間。

 

 明らかに自分より体格が大きい筈の男子生徒を、反対側の壁まで殴り飛ばす日向の姿を彼等は目撃した。いきなり下級生に一発KOされた仲間を見て、気が動転したのかもう一人が背後から日向へ殴り掛かろうとする。

 

「こンの野郎ォオッ!!」

 

 しかし今度は横から割り込んで来た新たな少年が、男の手首を掴み捻り上げた。

 

 腰に刀を携えたその少年・伊織は、男が走って来た勢いをそのまま利用して一回転させ背中から床へと叩き付ける。衝撃で呼吸が止まったその男の顔面を踏み潰すという、流れるような凶悪コンボで相手を制圧する伊織。

 

 先程まで高慢な笑いを漏らしていた名家の人間達は、一瞬にして青褪めた様子で後退っていた。

 

「思った通りに騒ぎをデカくしてんじゃねェよバカが」

「あーうん、まァ成り行きだわ」

 

 相変わらず平然としている日向の後頭部を叩きながら、伊織は周囲の状況を把握する。誰かに踏まれたようなボロボロの本を抱えた少女が視界の端に映り、たった今自分が転がした男やその仲間達が何をしたのかを大方察知した。

 

「なっ、何なんだお前ら……!?こんな場所で身体強化魔術なんて、風紀委員に見つかったら停学だぞ!!分かってるのか!?」

 

 取り巻きを叩きのめされた男は、伊織へと脅すように声を荒げた。校内では魔術を使った戦闘行為(イザコザ・乱闘)は御法度であり、東帝の校則によって固く禁じられている。

 

「何勘違いしてんのか知らねェが……俺もコイツも魔術なんざ使ってねェよ。第一、風紀の連中呼ばれて困るのはテメェらの方だろ?」

 

 しかし男は誤解していたが、日向と伊織は魔術など使ってはおらず『素』の身体能力だけで彼等を圧倒していた。当然ながら、二人は校則に抵触していない為一切の非は無い。愕然としている男へと、伊織は蔑むような視線を向けながら言葉を続ける。

 

「どうせ大方、『家』の力でも振り回して下らねェ真似してたんだろうが。テメェらみてェなダセェ面汚しが『旧家』なんざ名乗ってんじゃねェよ」

「言わせておけばッ……!!」

 

 名家のプライドを傷つけられ男子生徒の一人が激昂しかけるが、それより速く伊織が男の顎を蹴り上げ天井近くまで吹き飛ばした。

 

「クズが……それ以上胸糞悪ィツラ見せんじゃねェよ。さっさと消え失せろ」

「ホラホラ、逃げる前に早めに謝っといた方がいいぞ〜」

 

 魔術社会の階級制度を物ともしない実力で、彼等を容易く捻じ伏せた伊織と日向。二人に恐れをなしたのか遂に、名家の人間が一線を越えた。

 

「身の程知らずが……調子にっ、乗るなよォ!」

 

 情けない叫び声を上げながら、戦闘禁止の空間にも関わらず男は二人へと魔術を放つ。日向と伊織は簡単に躱すが、その背後には本を抱えた少女が怯えたようにしゃがみ込んでいた。

 

 

 

「「ッ!!」」

 

 二人がしまったと思った時には既に、魔術は少女の眼前。

 

 

 

 しかし次の瞬間、割り込むように一人の影がその場へ躍り出た。そして、目にも止まらぬ速度でその脚が振り抜かれる。

 

 

 

 繰り出された一発の蹴撃は、放たれたその魔術を弾き散らしていた。

 

 一撃で魔術を掻き消す、強靭な脚力。少女を守るように立ち塞がっていたのは、何処かから現れた謎の少年だった。

 

「おいコラ……どこで()り合ォがテメェらの勝手だがな……流れ弾でレディに危害を加えるってのはオカシイだろォが……!!」

 

 乱入して来た謎の第三者――――茶色の髪を持ったその少年は、名家の集団へと歩み寄って行く。

 

 そして彼の脚が僅かに『ブレた』瞬間、男達だけが地に叩き付けられていた。一撃の下に彼等が蹴り倒された事は、最早言うまでも無い。

 

 残りの女子達は男達には目もくれず、怯えたようにその場から逃げ出していく。

 

「さて……残りはテメェら二人か」

「ちょっと待て。俺達は関係無――――」

 

 茶髪の少年は振り返ると、伊織と日向へ鋭い視線を向けた。誤解の気配を感じた伊織は口を開きかけたが、問答無用と言わんばかりの速度で飛び蹴りが放たれる。伊織は咄嗟に防御したが、日向は完全に不意を突かれ掌底で吹き飛ばされていた。

 

「何が関係無ェんだ?テメェらの下らねェ喧嘩にあろォコトか女性を巻き込みかけたのは事実だろうがボケ」

「話ぐらい聞けやテメェ……叩ッ斬んぞコラ」

「やれるモンならやってみろ包帯野郎が。テメェのチャンバラがどの程度か見せてもらいてェモンだなオイ」

 

 伊織に勝るとも劣らない、高い格闘能力を見せる少年。胸倉を掴み合い至近距離で睨み合う両者だったが、そこへ息を切らしつつ戻って来た日向が割り込み強引に二人を引き離した。

 

「ちょーっと、落ち着けお前ら二人……なァお前、そんなに俺達が気に食わねェなら……あっ歯ァ抜けた……闘技場、行こうぜ。そこでならいくらでも相手してやるよ」

「何だと……?」

 

 日向からの突拍子もない提案に、一触即発だった伊織達が思わず手と口を止める。茶髪の少年へと日向は、珍しく冷静な声で話し掛けた。

 

「ココで俺たちが暴れたら、もっとメンドくせェコトになんだろ?ならお互い遠慮無くブン殴れるトコで戦り合った方が、多分後腐れとかもねーだろ」

「……確かにな」

 

 魔術を使わないとはいえ、ここで派手に戦闘を行なっていれば生徒会や風紀委員に目を付けられる可能性もある。状況も把握した上での日向の言葉に伊織は納得し、少年も周囲の生徒を巻き込む事は良しとしないようで渋々了承した。

 

「……仕方ねェ。正々堂々『決闘』でブチのめしてやろうじゃねェか。テメェも包帯野郎もなァ」

「伊織は俺より強ェからな。アイツと戦いてェなら、まずは俺と勝負してもらうぜ」

 

 少年と日向はそう言い合いながら、近くの窓から躊躇無く下層の中庭へと()()()()()()()。伊織は結局大きくなってしまった騒ぎに舌打ちしながらも、二人を追い掛けようと歩き出した。

 

「あっ、そっ、そのっ……!」

「ん?あァ、お前か。アレはあのバカ共が勝手にヒートアップしただけだから、お前が気にする必要はねェよ。テキトーに殴り合わせときゃその内頭も冷えんだろ」

 

 その時、本を抱えた少女が伊織に声を掛け引き止める。自分を横暴な名家から守ってくれた二人が、あらぬ誤解を受け決闘にまで発展してしまった事に戸惑っていた少女。しかし心配いらないと軽く告げた伊織は、彼女を置いて闘技場へと向かって行った。

 

 

 

 補足だが、日向達の喧嘩に乱入して来た少年の名は(スメラギ) 啓治(ケイジ)。クラス1-Bに所属する、学年能力順位『5位』の人物だった。

 

 ◇◇◇

 

「まさか、アンタも東帝に来てたとはね……沙霧」

「えへへ……うん。知らない人ばっかりだったから、天音ちゃんが同じ学校に居てくれて本当に嬉しかったなあ」

 

 廊下を並んで歩いていたのは、天音と水色の髪を持った少女。

 

 彼女の名は空条(クウジョウ) 沙霧(サギリ)と言い、1-Bに所属している天音の幼馴染だった。そして沙霧は日本魔術界で藤堂一門と並ぶ程の影響力を持った魔術旧家、『空条家』出身の人間でもある。名家同士という繋がりもあったがそれ以上に、優しく穏やかな性格の彼女は天音が心を許している数少ない友人だった。

 

「それにしても、『生徒会』の人達から呼び出しって……何なんだろうね」

「さぁね……でも私もアンタもやましいコトなんて何もしてないんだから、ビクビクする必要は無いでしょ」

「そうだけど、やっぱり緊張するよ……」

 

 久々の再会を喜びつつも二人が向かっていたのは、学園の秩序を守る組織の本部たる『生徒会室』。名指しで呼び出された彼女達に心当たりは一切無く、沙霧は少し怖がっていた。生徒会室の巨大な扉の前までやって来ると、天音は躊躇無く部屋へと入室して行く。

 

「失礼します」

「し、失礼します……!」

 

 その中で天音と沙霧を待っていたのは、四人の少女達だった。部屋の両脇にはそれぞれ、赤髪のツインテールと金髪のポニーテールが特徴的な二人の女子生徒が控えている。

 

 中央のデスクには、猫耳の付いたパーカーを被り棒付きキャンディを咥えた少女が腰掛けていた。そして席を立ち二人を出迎えたのは、艶やかな黒髪を長く伸ばした美貌の少女。

 

 彼女が学園の生徒達を統率する組織『生徒会執行部』を束ねる『生徒会長』、黒乃(クロノ) 雪華(ユキカ)だった。

 

「よく来てくれたわね。初めまして、藤堂さん、空条さん」

「……どうも」

「初めまして……!」

「フフ、そう固くならなくて大丈夫よ。絵恋、二人にお茶を入れてもらえる?」

 

 雪華は微笑みながら金髪の少女へと指示を出しつつ、天音達を来客用の席へと案内する。席に着いた二人へティーカップが行き渡ると、雪華は改めて口を開いた。

 

「私は黒乃 雪華。この学園の生徒会長をやっているわ」

「私はねー、白幡 千聖!副会長だよー。んで、そっちの赤い髪のコが書記の一条 ハルで金髪のコが会計の九重 絵恋。よろしくねー」

 

 雪華の挨拶の直後に、デスクに座ったパーカーの少女白幡(シラハタ) 千聖(チサト)が二人へと自己紹介する。赤髪の少女一条(イチジョウ) ハルはそちらを一瞥するのみで、金髪の少女九重(ココノエ) 絵恋(エレン)は柔らかい表情で一礼した。

 

「……藤堂 天音です」

「空条 沙霧です!こちらこそ、よろしくお願いします……」

「うんうん、よろしくねー天音っち、さぎりん!」

 

 二人も自分達の名前を返すと、雪華は笑顔で頷き千聖は早速彼女達に渾名を付けている。

 

「いやー、それにしても天音っちは『1位』でさぎりんは『6位』っしょ?すごいなー、あたしなんか一年の頃の順位30とかそこら辺よ?」

「懐かしいわね……フフッ」

「いえいえ、私なんて天音ちゃんに比べたら全然で……」

 

 千聖と雪華は自分達の新入生時代を思い起こしつつ、事前にリサーチしていた二人の能力順位について言及した。沙霧は謙遜していたが、学年上位に食い込めるのはこの東帝全体の中でも際立った実力を持つという紛れも無い証明である。

 

 

 

「……黒乃会長は世間話をする為に私達を呼んだんですか?」

 

 その時、天音が発した言葉が場の空気を一瞬で凍り付かせた。

 

「え、あーいや、その……」

(うっわあ〜、天音っちめっちゃ尖ってるゥ〜……こりゃハルとは噛み合わなさそうだな……)

 

 喋っていた千聖は突然の指摘を受け、冷や汗を流しながら言葉を詰まらせる。後ろを見てみるとハルが無言で太腿のガンホルスターへ手を伸ばしており、それを絵恋が諌めていた。二年生のハルは雪華や千聖など生徒会の先輩を慕っていたが、彼女らに失礼な態度を取る人間には本当に容赦が無い。

 

「……ごめんなさい、藤堂さん。私はすぐ本題に入っても良かったんだけど、千聖が新入生の後輩とお喋りがしたいって聞かないから……」

「えっ、あたしの所為になる感じ!?つかそんなコト言ってなくない!?」

 

 突然空気を悪くした責任を押し付けられた千聖が傍から見たら面白い程に狼狽えていたが、雪華は彼女に見えないようにハル達へ小さく舌を出していた。

 

 淑やかそうな人物に見えて意外と悪戯好きという、年相応な一面も持つ雪華。相変わらず慌てふためきながら、三年生にも関わらず天音やハルの顔色を窺っている千聖。その状況に耐えられなくなったように沙霧は小さく吹き出し、雪華によって上手く毒気を抜かれた天音は静かに溜息を吐いた。

 

 張り詰めていた空気を和ませた雪華は、拗ねて体育座りしている千聖を放置し二人に向き直る。

 

 

 

「それで、話っていうのはね……二人さえよければ、私達がいる『生徒会』に入るつもりはない?」

 


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