Wizard Wars -現代魔術譚-   作:空色悠

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第6話『Mad Snake -狂える戦蛇-』

 生徒会副会長、白幡 千聖の朝は早い

 

 

 

訳ではない。

 

 模範たるべき生徒会執行部の一員にも関わらず、雪華やハル、絵恋と比べて彼女の一日の流れはルーズだ。まず8時45分頃に起床、この時点で既に遅刻確定コースである。

 

 顔を洗い着替えるといつもの棒付きキャンディを咥え、軽い足取りで女子寮を出る千聖。教員からのお叱りの言葉を聞き流し友人と談笑しながらの授業を終え、親友が待つ生徒会室へと急いだ。

 

「ゆーきかっ♪なーんか浮かないカオしてんねっ」

 

 入室すると何やら難しい顔で書類と向き合っている雪華を見つけ、背後から抱きつく。

 

「千聖、貴女また遅刻したそうね。冴羽先生から聞いたわよ」

「うへぇー怜ちゃん雪華にだけはチクっちゃダメだよ~」

 

 雪華からの咎めるような言葉に、千聖は口を尖らせていた。

 

「……少し気がかりだったの。今日から蛇島君が復学するらしくて」

「あ、そーなの?アイツ戻って来たんだ。また賑やかになるね〜」

 

 雪華が口にした懸念とは、彼女達と同学年のある生徒について。言及されたその人物は、校内で度々暴行事件を起こす問題児でありその都度停学処分を下されていた。

 

「また何か騒ぎを起こさないか心配だから、一応風紀委員会にも警備強化を要請しておいたんだけど……」

「んー、まあ大丈夫じゃないの?二、三年はほぼ全員司のヤバさは分かってるだろうし、ましてや一年にアイツと戦り合うような度胸あるコなんていないっしょ〜」

 

 千聖は楽観的だったが、雪華の胸に残る一抹の不安は消えない。

 

 そしてやはり、彼女達の見通しは甘かった。天性のトラブルメーカーたるあの男の存在を、二人共考慮していなかったのである。

 

 ◇◇◇

 

 環状に建設された八つの連結本館の裏側、演習場へと続く連絡橋にて対峙する二人の人物。

 

 片方は彼自身も与り知らぬ所で話題に上がっていた男、蛇島 司。そしてもう片方は、何人もの男達を殴り倒し足元に転がしている御剣 伊織だった。

 

「見ねェツラだが……一人残らず返り討ちたァやるじゃアねェの」

「……コイツら嗾けてきやがったのはテメェか」

 

 真っ向から睨み合う二人のこの状況は、僅か数分前に端を発する。

 

 

 

『オイそこの一年坊。オマエ、「ハルカワ」って野郎知ってるかァ?オレ達ちょーっとその一年に用あって探してんだけどよォ』

 

 居残り補習を受けさせられている日向と、自販機の横で待ち合わせていた伊織に掛けられた声。彼の待ち人を偶然探していたのは、見るからに柄の悪い学生の集団だった。よく見ると彼等が着崩しているのは伊織と同じ制服であり、東帝の生徒である事が分かる。

 

(あのバカはいつでも騒ぎの渦中に居やがるな……)

 

 呆れるように溜息を吐く伊織。しかし降り掛かる厄介事の火の粉を払っておいてやろうと考える程度には、彼は友人思いな少年だった。

 

『……さァな。ま、知っててもお前らに教える義理は無ェよバカ』

 

 伊織は一切怖気付いた様子も無く、周囲を取り囲む男達へ淡々と告げる。

 

 見るからに下級生と思しき生徒から放たれたそんな挑発的な言葉を、俗に『不良』と呼ばれる彼等のような人種が素通りさせる事はまずあり得ない。すぐに逆上した何人かが伊織へ殴り掛かり、そのまま乱闘へと発展する。

 

 ただ彼等にとっての誤算は、魔術を使わない身体能力だけの喧嘩に於いて伊織はこの学園で最強格の人間だという事だった。

 

 数分後。刀すら抜かず体術だけで不良達を捻り潰した伊織は、気絶していた一人の頬を軽く叩きながら尋問していた。

 

『おい、起きろコラ。テメェら何が目的であのバカを探してる』

 

 トラブルの根幹を探るべく伊織が情報収集を試みていた、その時。

 

『ッ!?』

 

 背後に迫り来る凄まじい殺気を半ば本能的に察知し、咄嗟に頭を下げ躱す伊織。その上を唸るような風切り音と共に、何者かが振り抜いた足刀蹴りが通り過ぎる。紙一重で回避しそのまま距離を取った伊織の前に現れていたのは、白髪と赤眼を持った少年だった。

 

 

 

 攻撃直前まで気配を完全に殺し、身体能力を魔力によって一瞬で強化する技術。この男が周囲に転がっている不良達とは一線を画した実力を持つという事を、伊織は感じ取っていた。

 

「嗾けたっつーよりかよー、闘技場でスパーキング紛いの殴り合いやってたとかいうオモシレー一年を探させてたんだわコイツらに。その様子だと、テメェ何か知ってるクセェな」

「つまりテメェがこの連中の親玉って事か」

 

 彼こそが日向を探していた不良達のリーダー格であると知り、その目的を突き止めるべく伊織は更に問い詰めようとする。しかしその白髪の男ーーーー蛇島は、突如として戦意が無い事を示すように両手を上げると提案をしてきた。

 

「ま、ここじゃア人の目もある。『風紀』の連中に見つかんのはお互いウマくねェだろ。場所ォ移そうや」

 

 着いてくるならテメェが知りてェコトも教えてやんよ、と告げて来る蛇島。噓は言っていないように見えた事に加え、彼と自分が本気でぶつかれば大きな騒ぎを引き起こす激しい戦いになるだろうと伊織は分かっていた。

 

 ◇◇◇

 

「いやあ、先日はどうも御迷惑をお掛けしました。空条さん、そして藤堂さん。その節は本当にありがとう」

「あー、迷惑なら現在進行形で掛けられてるから。アンタホントに鬱陶しいからそろそろ離れてくんない?」

 

 授業を終え講堂から出て来た天音と沙霧へ話し掛けていたのは、廊下で待ち構えていた啓治だった。

 

 先日勃発した誤解を発端とする日向との決闘を仲裁した二人に、度々感謝と共に礼を述べていた啓治。対して天音は、女であれば誰にでも甘く軟派で気障ったらしいこの男が正直な所苦手だった。ただ昔から人見知りだった沙霧に親しい友人が出来た事は幼馴染としては喜ばしい事であり、啓治が悪い人間ではない事も分かっていたため邪険にも扱えない。

 

「それにしても、いつも空条さんから聞かされているよ。強く美しく聡明、自慢の友人だとね。こうして話せている事がとても光栄さ」

「アンタは他人に何こっ恥ずかしいコト言ってんのよバカ……!」

「らってぇほんふぉのふぉとらよぉ〜……」

 

 啓治からB組での様子を聞かされ、天音は沙霧の頬を引っ張りながら追及する。

 

「……それはそうとして。最近分かってきたが、この学園には俺達が思ってる以上に物騒な連中が多い。二人共、どうか気を付けてほしい」

 

 その時ふと神妙な顔つきになった啓治は、二人へ忠告するようにそう切り出した。しかし一切意に介さず、平然と言葉を返す天音。

 

「余計な心配ね。大体、こないだアンタが勘違いした時の連中みたいなのは、自分達より格上の旧家相手には食って掛かったりするような度胸無いわよ」

「……いや、俺が注意すべきと思ってるのはソイツらじゃないんだ」

「どういう事?皇君」

 

 藤堂家と空条家は共に、並み居る魔術旧家の中でも更に一際大きい影響力を有する。同じ名家の横暴など恐れる理由は無いと一蹴する天音だったが、啓治が警戒しているのは別の人間達だと言う。沙霧に問われ、啓治は続けて口を開いた。

 

「この間、学園の事情に色々と通じてるヤツと知り合ってね。ソイツの話によると、この学園には旧家の人間達に反発する生徒の集団があるらしいんだ」

「…………」

 

 胡散臭い噂話としか思えない天音だったが、啓治は至って真剣な様子で続ける。

 

「俺も最初は半信半疑だったんだが、どうやら実体は有るらしい。聞くとその連中は、生徒会や風紀委員会相手にも平気で暴力沙汰を起こすゴロツキの集まりだそうだ」

「そんな人達が居たんだ……でも、退学させられたりしないのかな?」

「……どれだけ素行に問題があっても、東帝(ココ)では術師として有望だったらある程度黙認されるってコトでしょ」

「ああ。まァ度を超えてる人間は停学させられたりもしてるらしい」

 

 旧家体制や生徒会と敵対する『不良集団』の存在を啓治から明かされ、表情が固くなる沙霧。天音は怪訝そうな顔のまま沙霧の疑問に答え、啓治がそれを補足する。

 

「その中でも、特にネジが飛んでる人間が三人いるらしくてな……」

 

 ◇◇◇

 

「なァオマエ、魔術旧家の連中についてどう思う?」

 

 東帝学園には、現在使用されていない『旧校舎』が存在する。その裏側には、金属廃材や鉄骨を魔術で組み上げ造られた不良達の根城『スラム街』が建設されていた。

 

 自分をこの場所へと連れて来た蛇島にそう訊かれ、伊織は一瞬考え込むがすぐに言葉を返す。

 

「……別段何も思う事は無ェな。ただ、旧家であろうとなかろうと、下らねェクソ野郎ならブッ潰すだけだ」

「成程なァ……」

 

 そう言い放った伊織に、蛇島は背を向けたまま言葉を続ける。

 

「そんな下らねェクソ野郎共の大多数が、大した実力も無ェクセしてこの学園にのさばってンのはオメーも知らねェワケじゃあるめェ。しかも生徒会や風紀のクソ連中はコレを黙認してるときた。……オカシイとは思わねェか?魔術師(オレ達)の世界ってのは、実力至上主義で有るべきとは思わねェか??」

「……お前さっきから何が言いて――――」

「分かった!わーかッたよせっかちだなテメーはよー。じゃア率直に言ってやる。……"お前ら"、俺と組んでアイツら潰さねェか?」

 

 蛇島から伊織へ告げられたのは、唐突な提案。

 

「お前や春川が持ってる"魔術を使わねェ武力"っつーカードは、この学園に風穴ブチ開けられるジョーカーだ。うまくやりゃ風紀の奴等も出し抜いて、名家連中をブチのめして追い出せる」

 

 名家が力を持つこの体制を、学園から一掃する。明かされた蛇島のその目的に、自分や日向が必要である理由は理解出来た。

 

「話は終わりか。……確かに俺もアイツらは気に食わねェが、自分からコトを起こす気は無ェよ。向かってくるヤツがいるなら、相手になるけどな」

 

 しかし伊織は、蛇島が目論む学園内部の派閥抗争に同調する気も無いと返答する。

 

「ゴタゴタに巻き込むなら、俺や日向じゃねェ別の奴にしてくれ」

 

 徒党を組むつもりは無いと蛇島に背を向けた伊織は、スラムを後にしようと歩き出した。

 

「あー、そォか……なら、こッからは俺の私用だ」

 

 しかしその背後から、何かを引き摺り出すような金属音が響く。ガラクタの中から伸びていた『武器』の柄を、蛇島が掴み引き抜いていた。

 

「ちッと遊んでけよ、剣術使い」

「……テメェ、最初からそれが狙いか」

 

 振り返った伊織が目にしたのは、『片手斧』を手にした蛇島の姿。彼のもう一つの目的は自分と戦う事だと察し、伊織もまた一刀を抜き放ち相対する。

 

「いや、さっきまでのハナシは忘れてもらって構わねェぜ。テメェとは純粋な斬り合いを……愉しみてェ、だけだからなァ!!」

 

 蛇島が地を蹴り、同時に伊織は刃を振り下ろした。

 

 ◇◇◇

 

「蛇島司と諸星敦士、それと大文字獅堂。コイツらがその集団の中でも飛び抜けて厄介なんだが、魔術師としての実力がある以上学園も迂闊に手を出せないらしい」

 

 不良軍団の中でも一際危険と目される三人の学生について、啓治は更に続ける。

 

「特に大文字は、連中の中でも群を抜いてイカれた人間だと聞いてる。……戦闘だけなら、黒乃生徒会長より上って噂もあるくらいだ」

「!!」

「あの人より……!?」

 

 啓治の言葉に衝撃を受ける沙霧と天音。実際に対面し雪華の持つ膨大な魔力を感知した経験がある二人にとって、彼女と並ぶ強さの学生がいるという事は俄かには信じ難かった。

 

 この学園には未だ、彼女達の見知らぬ実力者が潜んでいるという事実に愕然とさせられる。

 

 ◇◇◇

 

「ハハッ、呆れる程タフじゃねェのオイ。まァ、そうこねェと張り合いも無ェがな……!!」

 

 愉快そうに笑う蛇島の前では、額や腕に刃を受けた伊織が片膝を突いていた。強力な剣術と体術を操るにも関わらず、近接戦で圧倒され劣勢に立たされている伊織。自分を防戦一方にまで追い込む蛇島のその強さに、伊織は違和感を覚えていた。

 

(クソ、どうなってる……仕掛けがあんのはあの盾か……?)

 

 視線を向けるのは、蛇島の手に構えられた円盾(ラウンドシールド)。地面に転がっていた所を蛇島に蹴り上げられ左手に収まったそれには、何らかの魔術が付加されているようだった。

 

「まだヘバってくれんなよォ……?この程度で幕引きなんざ、そんなつまらねェこた無ェからなァ」

 

 振り抜かれた蛇島の斧刃と、迎え撃つ伊織の刀刃が衝突する。連撃を弾き、受け流した伊織は反撃の一刀を振るうが、その刃は蛇島の盾によって文字通り()()()()()()

 

「ッ、またか……!!」

 

 渾身の剣撃をまたしても完全に『反発』させられ、体勢を崩した伊織へと追撃を放つ蛇島。

 

「そんなに気になんなら教えてやろうか、コイツ(この盾)のカラクリ」

 

 辛うじて刃を躱し距離を取った伊織に、盾を警戒されていると見抜いた蛇島は自らその能力を明かす。

 

「コイツには、『反射(リフレクト)術式(フォーミュラ)』を纏わせてある」

特殊(アビリティ)魔術(マジック)か……!!」

 

 蛇島が盾に付加している『反射術式』。それは誰もが使用出来る『汎用魔術』とは異なり、その術式に適性がある者にしか扱えない『特殊魔術』の一種だった。

 

「自分からタネ明かすたァ、余裕ブッかましてやがんなテメェ」

「この程度、バラした所でテメェにゃどォにも出来ねェよ」

「上等だコラ……後悔、すんなよ……!!」

 

 依然として優勢の蛇島は、手の中の斧を投げ回しながら挑発的な言葉を投げ掛ける。対して伊織は獰猛な闘志を瞳に宿らせながら、ギラついた笑みを浮かべ再び刀を構えた。

 


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