ようこそ狂愛主義者のいる教室へ   作:トルコアイス弐号機

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9話

 放課後、授業が終わってすぐに教室を出ていく。

 私の不参加はすでに平田君に伝えているので、私が不参加なことは彼がクラスのみんなに伝えてくれるだろう。

 後はデキる男に任せておけばいい。というかこの程度の話し合いもできないならこのクラスの行く末は暗い。こんなのはAクラスに上がるための最低条件にもならない。

 とにかく今はできるだけ早く行動することだ。急がなければいけないけど、急いでいると悟られてはいけない。他クラスの生徒が教室を出ていく前に、素早く校舎から出て寮に向かう。

 エレベーターを降りて部屋に飛び込むなり、洗面台前に立って化粧道具を棚から引っ張り出し、鏡に映る私の大好きな、そして大嫌いな顔を見つめる。

 

「んーどうするっ」

 

 悩んだけど化粧は落とさずにそのまま行くことにした。普通なら失敗して一気にブサイクになる可能性もある強行だけど、私の顔なら大丈夫でしょ。

 というかブサイクになるために今こうやって化粧するのだ。ただあんまりやりすぎるとドン引きされるから注意しよう。

 まずチークを濃くつけおてもやんにしていく。次に眉毛を太く長く、少しがたつきも入れよう。この辺は適当でいい。

 最後にペンシルアイライナーを手に取り、そばかすを描いていく。不自然さが出たら意味ないので、これは丁寧にやっていく。左右不均等に描き終えたら、フェイスパウダーをはたいて完成だ。

 

「あとヘアゴムと眼鏡だ」

 

 手でぐしゃぐしゃに散らした髪を、適当に見繕ったヘアゴムでポニーテールに束ね、入学して3日目に高円寺君に買ってもらった伊達メガネ(0ポイント)をかけて鏡に映る自分を見る。マスクをしていないことが何より大きいけど、普段みんなが見る『黒華梨愛』とはまるで別人だ。まず気づく人はいないだろう。

 問題は私の素顔を見て対面する人間が正気を保てるかどうかだけど、ある程度顔に手を加えることでなんとかなるのは中学校時代に実証済みだ。美しさとは薄氷のようなもの。少し手に力を入れるだけで割れて溶けてしまう。

 

「目の色も変えたかったけど……」

 

 私の目は血の滲んだ黒色と表現するほかないような、日本人離れした目の色をしている。この目は神秘的で私の顔とも大層マッチしているので、顔のパーツで1番のお気に入りだけど、私の大きな特徴でもあるので今回はちょっと邪魔だ。カラコンをして誤魔化したかったけれど、あれは無料じゃないので買ってない。そもそも使う予定もなかったのだ。

 それにまぁ変装としては十分でしょ。

 着ていたシャツの色も水色のやつに着替えてから寮を出る。途中エントランスで同級生と思しき人に顔を見られたけど、ちょっと視線を感じるだけで済んだ。心配してた点はクリアした。

 教室を出た私が向かったのは生徒会室だ、アポイントなんて一切取っていないため、中に入るわけにもいかず部屋の前の廊下の壁に体を預けて、誰1人として面識のない生徒会の人が来るのを待つ。

 正直誰が来るかは完全に賭けだけれど、適当な上級生を捕まえて確認するわけにもいかない。確実性に欠けるし、接触する人が増えれば増えるほど私の話は広がってしまう。それは避けたい。この学校のことを考えると、『入学後に黒華梨愛という生徒が上級生を嗅ぎまわっていた』という情報が広まっていても不思議じゃない。クラスごとに争いあうとわかった今、私の動きを必要以上に広めたくない。

 携帯を触っているわけにもいかず、ただ暇を持て余していると、こちらに向かってくる足音が聞こえた。おそらく1人、その足取りは早いけれど、急いでいるという印象は受けない。

 姿を見せたのは、紫色の髪を左右対称にお団子結びにした小柄な女性。彼女の容姿だけでは生徒会役員だと判断できないけれど、何やら箱詰めされた荷物を手に持っていた。多分生徒会が管理する備品の一部だろう。私も中学校時代はあんな雑用みたいな真似をしたもんだ。

 

「あれ? あなたは……」

 

 こちらから声をかけるつもりだったけれど、意外と早く気付かれた。荷物を抱えたまま私の前で立ち止まる。

 

「もしかして生徒会入りを希望の方ですか? 1年生ですよね?」

 

「いえ、生徒会に入りたいのではなく、生徒会役員の先輩方にちょっとご相談がありまして。私、Dクラスのシラハアカネって言います!」

 

 正々堂々と偽名を名乗り、明るい声で挨拶する。第一印象大事、ホントに。

 

「ええ!? アカネって、私とおんなじ名前じゃないですか、すごい偶然ですね! 私は生徒会の橘茜です」

 

 え、そうなの? 偽名だけどそれはたしかにすごい偶然だ。

 ちなみにシラハアカネ改め白羽朱音さんは私の中学校時代の同級生だ。かつて副会長をやっていた。

 

「あははっ、こういうのってちょっと嬉しくなりますよね。それで先輩、お忙しいと思うのでよろしければ生徒会のお仕事の後にお時間いただきたいのですが……」

 

「あ、今からで大丈夫ですよ! 会長から、今日の放課後に接触してくる1年生がいたら、生徒会室に連れてくるように言われてますから。じゃあ行きましょうか」

 

 はい? 

 

 聞き逃せない台詞に猛烈に嫌な予感がして踏みとどまる私をよそ目に、橘先輩はガチャリと生徒会室の扉を開く。橘先輩は私を歓迎するらしく、ニコニコしながら扉が閉まるのを体で抑えるというサービス付きだ。

 橘先輩の話をかみ砕くなら、生徒会長が他の1年生と会う約束をしていると考えるのが普通だ。というかそうであってほしい、それしか考えられない。が、しかしもしそうでなければ、生徒会長は今日生徒会に接触してくる1年生がいることを確信しているということになる。

 

『生徒会長、一言も話さずに私たち全員黙らせちゃったんだよっ。ちょっと怖かった~(笑)』

 

 入学直後、部活動説明会に参加した櫛田さんから送られてきたメールの一文が頭をよぎる。

 これは、判断を誤ったかもしれないな。

 とはいえ今更帰るわけにもいかず、生徒会室に入る。

 踏み入った生徒会室は無駄な装飾品などはなく、厳格な雰囲気を閉じ込めた空間だった。どうやらまだ誰も来ていないらしく、人の気配はしない。橘先輩に口を挟めないまま、いそいそと応接室に案内される。

 

「会長はもうすぐでいらっしゃると思いますから、座って待っていてください。あ、お茶入れますね、緑茶でいいですか?」

 

「あ、あの橘先輩、私生徒会長と特に約束などはしてないんですが……」

 

「え? でも会長は放課後すぐに一年生が接触してくるだろうって言ってましたよ?」

 

「えっと、たぶん人違いです」

 

 限りなく申し訳なさそうな生徒を演じながら暗に帰りたいと願い出るも、橘先輩はうーんと可愛らしく首をかしげるだけ。小動物みたいで本当にかわいい。

 

「一応、ここで待っていてもらえますか? どちらにせよ私も今日は空けておくよう言われているので、もし人違いでも相談には乗りますよ!」

 

「そ、そうですか、ありがとうございます」

 

 善意100%の橘先輩の提案にあえなく撃沈する。

 人違いだろうとそうでなかろうと誰にも見つかることなく生徒会室を抜け出したかったけれど、それは叶わなさそうだ。名前が同じ後輩ができたことがどれだけ嬉しいのか、私にお茶を出した橘先輩はずっとニコニコして学校にはもう慣れたかとか話しかけてくる。私たちが今日茶柱先生になんて言われたのか知らないのだろうか。

 屈託のない笑顔がま、眩しいよ……。

 

 そうして生徒会室に連行されて5分程度経った後、隣の部屋でガチャリと扉が開く音がした。

 

「あ、これはたぶん会長ですね。呼んできますね」

 

 そう言って橘先輩はトテトテと応接室を抜け出していく。

 今のうちに隠れられたりできないかな……。

 そんな無駄なことを考えてる間に数十秒と待たずして橘先輩が戻ってくる。話が早すぎるでしょ。

 彼女が連れてきたのは眼鏡をかけた男子生徒だ。背はそんなに高くないけれど、知的な顔立ちをしていて、なにより眼鏡の奥で光る力強いまなざしが特徴的だった。彼は何も言わずに私を一瞥すると、向かいのソファーに座る。もちろん私の座っているものより装飾が豪華な方だ。こういう演出はちゃっかりしてるところが憎らしい。そして橘先輩は推定生徒会長にお茶を出すと、なぜかソファーには座らずに男子生徒の後ろにポジショニングする。秘書かなにかかな? 

 

「会長、こちらが先ほど接触してきた一年生のシラハアカネさんです」

 

「そうか、歓迎するシラハアカネ。俺は生徒会長の堀北学だ」

 

「ど、どうも」

 

 意外と友好的な表情を浮かべる堀北会長。

 というか堀北? 

 

「さて、早速要件を聞こうか」

 

 好奇心が顔をのぞかせたが、今聞いてもただの野次馬なので押しつぶす。

 

「はい、その、単調直入にお願いしますが、先日の小テストと、今回の中間テストの過去問を譲っていただけませんか?」

 

「ほう?」

 

 すぐに返事は寄こさず、興味深そうに私の目を見てくる。

 

「お前はDクラスと名乗ったそうだな。それは今もそうか?」

 

「あ、すみません。そういえばCに上がったところでした」

 

 本当は前までCクラスでしたと名乗るつもりだったけれど、急遽予定を変更することにした。もしこの生徒会長が『黒華梨愛』を探しているのなら、Cクラスと名乗ることでなにかしらの反応が得られると思ったからだ。生徒会長がどこまで私のことを把握しているのか探りを入れておきたい。これはそのための準備だ。

 

「ええ!? DクラスからCクラスに上がったんですか!?」

 

 すごい大声で橘先輩が驚く。茶柱先生は史上初だと言っていたけど、それだけ衝撃的な事案らしい。これは後でクラスのみんなにそれとなく伝えておこう。いいカンフル剤になるはずだ。

 

「そして、その裏には1人の女子生徒の存在がある。シラハ、お前がここに来たのは黒華梨愛の指示によるものか?」

 

 喰いついた! 

 あっさりかかったことに内心邪悪な笑みを浮かべる。やっぱり生徒会長は私のことを知っていたんだ。入学早々行動しだしたことを何らかの方法で知り、そして今日私が動くと踏んで網を張っていた。変装してきて正解だったなほんとに。

 

「いや、黒華さんは特に何も……。教室でみんなと話し合いをするそうです」

 

 後でみんなに根回ししておこう。確認されると嘘がバレる。

 

「そうか……。お前の言う過去問だが確かに提供できる。しかし条件を付けさせてもらおう」

 

「あ、ポイントならもちろんお支払いします」

 

「いや、シラハ、お前にポイントは要求しない。その代わり俺の質問に答えてもらう」

 

 生徒会長ならそんなに改まって聞く必要なんてないだろうに。堀北会長のまとう雰囲気が変質したのを感じ取り、なんとなく居心地が悪くなった私は少し座りなおした。

 

「シラハアカネ、お前はなぜ身分を偽っている?」

 

 思い切りクリティカルヒットを食らってしまい、思わず唖然としてしまう。

 いったいどういう──。

 そんな間抜けな思考をする時間すら許さずに堀北会長は畳みかけてきた。

 

「名前だけではない。髪型、伊達メガネもそうだ。あまつさえ化粧までしてお前の特徴のマスクも外している。『そう』と思ってかからないとまず気づかないだろう」

 

 あ、ヤバイ。完全にバレてる。

 理由はわからない。でもこのまま向こうに話を続けさせるわけにはいかない。

 

「あ、橘先輩にも話したんですが、どうやら人違いがあったようなんですぅあはは。お邪魔してしまったようなので、私はこれで失礼しますね?」

 

 笑ってごまかそうとする私だったけれど、そんな手法が通じる相手なわけがない。立ち上がろうとしたところですぐにストップが入る。

 

「人違いではない。俺は今日お前が来ると予想していたぞ黒華梨愛」

 

 あー。

 なんで? 

 

「会長、どういうことなんでしょうか?」

 

「コイツは自分の暗躍を他クラスに悟らせないため、あえて身分を偽ってお前に接触してきたということだ。あまつさえ変装までしてな」

 

「ええ!? じゃあおんなじ名前というのは……」

 

「お前に親近感でも持たせようとしたんだろう。小細工を惜しまないらしい」

 

「あ、いやそれは偶然です。私は橘先輩のこと知らなかったので」

 

 ショックを受けた顔をする橘先輩を放っておけず、口を挟んでしまう。この場で余計なことは絶対に言うべきではないのに。

 いや、もういいか。

 この会長は最初から身分を偽る生徒が、いや、黒華梨愛が生徒会に接触してくると予想していたのだ。いったい何の根拠があってそんな推測を立てられるのか想像もつかないけれど、明らかに『格上』だ。こちらの切れるカードは全て読み切られていると考えるべき、ならばこれ以上有利を引き出されないように真っ向勝負を仕掛ける。

 

「ふぅ、まいりました堀北会長、身分を偽った無礼、謝罪します。改めまして、私はCクラスの黒華梨愛です。それで、なんで偽名を使っているかでしたね」

 

「ああそれだが、答えなくて結構だ。代わりになぜ過去問を欲しがるのか答えてもらおうか。今度は嘘偽りなくな」

 

 つまり嘘をついたらこの交渉はご破算にするということ。それだけじゃなく私のことを吹聴するかもしれない。目的はわからないけれど、言われたとおりにするしかない。

 

「……私のいるCクラスはお世辞にも学力が高いとは言えません。退学の危機にある生徒が多く、確実に赤点を回避する手段が欲しいんです」

 

「ああそうだ、隠し事もなしと付け加えておこう」

 

 私に全てを話す気がないことを一瞬で見抜く。

 ぐぬぬ……なにがああそうだ、だ! 

『生徒会長を騙そうとした一年生』という私の後ろめたい部分を容赦なく突いてくる。もうちょっと後輩に優しくしなさいよ! 

 

「今日担任の茶柱先生から定期テストで赤点を取った生徒は退学になることを明かされました。しかしその際、妙なセリフを残していったんです。『お前たち全員が赤点を取らずにテストを乗り越える方法はあると確信している』と。ですが私のクラスには先日の簡単なテストで18点を取ってしまうような生徒もいます。そんな生徒が今から猛勉強に励んだところで、退学を免れる可能性は決して高くはありません。なのに茶柱先生は『確信』という強い言葉を使った。私はそこから、今回の中間テストには確実に赤点を回避する手段が残されていると判断しました」

 

「それで?」

 

「…………赤点を確実に回避するには1つの条件を満たすしかありません。『最初から出される問題と答えを知っていること』です。私はその条件を満たす方法として、堂々とカンニングする、あらかじめテストの内容を教師から聞くなど、いろいろ考えました。過去問の入手もその一つです。しかし中間テストの過去問を手に入れたところで、その問題が今回の中間テストに役に立つとは限らない。そこで、先日行われた小テストのことを思い出しました。あの小テストは妙でした。日本史の時間だったのに5科目で問題が作られていましたし、なにより明らかに難易度の高い問題が少し出ていました。私はずっとあの小テストの意味を考えていましたが──思いついたんです。もしあの小テストが過去にも出ていたら? 同じ問題が出ていたなら、カンニングでもなんでもして答えを出せます。今回小テストも要求したのは、それを確認したかったからです」

 

 包み隠さず、全部言った。

 これでもし続きを要求されたらアドリブで話さなければならない。嘘だと断定されればアウト。情報を抜かれただけで終わる。

 

「……どうやら全て話したようだな」

 

 どうやら大丈夫らしい。

 少し安心したところで、スピーカーからアナウンスが流れる。内容はなんと茶柱先生によるCクラス所属綾小路君の呼び出し。彼いったいなにをやらかしたんだ。

 気を取り直したところで、さっさと本題に入ろうと口を開く。

 

「ええ、それで、どうでしょうか? 譲っていただけるんでしょうか?」

 

 私の催促には返事をせず、堀北会長は少し考え込むように黙った。

 

「俺がなぜお前に長々と話させたと思う?」

 

「それは……私の思考パターンを探るためでしょうか? ですがなんのためにそんなことをするのかがわかりません」

 

「正解だ。お前という生徒を見極める必要があった」

 

 言い放った堀北会長はなにやら橘先輩に指示をする。頷いて応接室を出ていった橘先輩だったけれど、すぐにクリアファイルを手に戻ってくる。

 

「黒華、過去問を譲ってもいい。望み通り小テストもつけよう。ただしタダというわけにはいかない。ポイントを支払ってもらう」

 

「当然ですね、いくらでしょうか?」

 

 ひとまず交渉成立──。

 さすがに堀北会長もふざけた値段を吹っかけてきたりはしないだろう。

 ほっとしたところでお茶を一口。

 

「30万だ」

 

「ッ!! ゲホ! アッ、ゲホッ! オホッ!」

 

 むせて苦しそうな私の背中を橘先輩がさすってくれる。

 やさしい……。

 

「は、払えません!」

 

「だろうな。冗談だ、10万でいい」

 

 これは会長なりのジョークなの? 

 悪びれもせず答える堀北会長にますます敵愾心が膨れ上がるけど、我慢だ我慢。10万もかーなりキツイけれど、ギリギリ払える。中間テストが終わった後にでもクラスのみんなに請求しよう。

 

「ふぅ、それならお支払い──」

 

「だが、実は無料で手に入れる方法があるとすればどうする?」

 

 答えようとする私に覆いかぶせてくる。本当に主導権を握られっぱなしだな。何を言い出すつもりか皆目見当もつかない。持ってる情報量が違いすぎるのだ。

 

「……方法によりますね」

 

「当然だな。さて、話は変わるが黒華、お前は実に優秀な生徒のようだな」

 

 それ今関係あるのか? 怪訝そうな私を放っておいて堀北会長はクリアファイルから複数枚の紙を取り出した。過去問かと思ったけれど違う。この紙には見覚えがあった。

 

「当校の入学試験において、全教科満点を記録し、面接でも最高評価を獲得。先日の小テストも満点。学年トップの成績だ」

 

「な、なんで生徒会長がそんな情報を!?」

 

 心の声がそのまま出た。

 

「どうやらお前も中学校時代生徒会長をやっていたらしいな。この学校の生徒会は他とは一線を画す。こういった情報が入ることは稀だが、それでも一般の生徒とは比べ物にならない権力を持っている」

 

 それはそうなんでしょうね。こうしてまざまざと私の入試の答案用紙を見せつけられているわけですし! 

 しかしこの学校は生徒のプライバシーを守る気がないのか? なんで私の答案用紙が流出している? どういう了見で積極的に生徒の情報を流す? 訴えたら賠償金勝ち取れるのでは? 

 

「さらにお前は入学直後にプライベートポイントが増減することに気づき、クラス全体にそれを共有した。そういった生徒は時々現れるが、それは全てAクラスの人間であり、さらに入学してからある程度時間が経った後だ」

 

「お褒めの言葉どうもありがとうございます、それで──」

 

「俺もお前の立てた3つの説は耳にしたが見事だったな。すべての説に対して根拠を用意し、クラスメイトを説得した結果、お前たちDクラスは540ものクラスポイントを残すだけでなく、Cクラスへと昇格した。これは前代未聞の事態だ」

 

「ええ、それはもう──」

 

「さらに今日他クラスと競い合うと知った途端に、自身の行動を周囲に悟らせないように変装して俺たちに接触し、過去問を入手しようと画策した」

 

「あはは、会──」

 

「そして今、自分の実力を過小評価させるために、俺に出し抜かれた間抜けな生徒を演じているわけだ」

 

「………………」

 

 堀北会長の言葉を受けて、私は1つの疑念を抱いた。いくらなんでも私の思考が辿られすぎだ。

 確かに私は堀北会長が私のような生徒が来ることを予想していたことを明かした瞬間、間抜けな生徒を演じることに決めた。実力をさらけ出して警戒させる方が厄介だと判断したんだ。

 わざとへたくそな芝居を打って帰ろうとしてみたり、不意打ちをうけてむせてみたり。私は別に大根役者というわけではなかったはず。だからこそわからない。なぜそこまで読めるのか。

 そこだけは本心からわからなかった。

 

「心を読まれるのは気味が悪いか?」

 

「まぁ、そうですね。困惑してます」

 

「これまで俺はAクラスの最前線に立って戦い続けてきた。人を見る目はあるつもりだ。それに、お前の思考回路は俺と似ている。お前の行動一つ一つを分解すれば、その思考をある程度トレースすることは可能だ。さて、本題に入ろうか」

 

 今までの話はなんだったんだ。

 

「黒華梨愛、生徒会に入らないか?」

 

「えぇ!?」

 

 私にとってもその提案は意外だったけれど、橘先輩はもっと意外だったらしく、大きな声で驚いている。

 

「橘、書記の席が空いていたな?」

 

「え、ええ。ですが、本気ですか?」

 

「実力的には申し分ないだろう。それとも橘は不服か?」

 

「いえっ、会長がそうおっしゃるならっ」

 

 ピンと背筋を伸ばして堀北会長を肯定する。

 クリアファイルの中には、なぜか私の名前が書かれた生徒会の入部届が用意されていた。

 最初から、こうなると決まっていたのだ。

 ──化け物め。

 

「……目的を聞いても?」

 

「それについてはお前が生徒会に入った場合に教えよう。他でもないおまえのためだ」

 

 つまり生徒会に入った暁には、厄介ごとに巻きこまれるということ。わざわざ教えてくれるのは堀北会長なりの慈悲かなにかか。

 

「…………」

 

 簡単に決められることではない。

 ここで話を引き受ければ私はますますマークされるだろう。生徒会長自らスカウトしたとなればなおさらだ。

 生徒会に入った際の魅力は主に2つ。

 1つはその権力の恩恵を私も受けられることだ。

 そしてその強さは今さっき身をもって体感したばかり。生徒会役員だからと言って無条件にあらゆる情報をかき集められるわけじゃないだろうけれど、それは私の力量次第だろう。どちらにせよ今後クラス間抗争を勝ち抜いていくためには情報源の確保は必要不可欠。生徒会はその中でも最高峰の選択肢と言える。入学1か月目にして大きなアドバンテージを得られる。情報収集のために奔走する必要もなくなるからだ。

 もう1つのメリットは少なくとも目の前の2人の協力を得られること。

 自分でスカウトしたんだから堀北会長なりに私を利用する魂胆なんだろう。タダで使いつぶされる気は毛頭ないし、堀北会長もそんな間抜けに用はないだろう。それに情報と経験の両方が不足している私に、2年間この学校で戦い続けてきた2人の協力は喉から手が出るほど欲しい。

 

 ではデメリットはなにか。

 それも2つか。

 1つは私のことが間違いなく学校中に知れ渡ること。これはさっきも考えた通りだ。マークされれば振り切るのが面倒だし、単純に私の思考が読まれると戦いが不利になる。勝ち続けるために、クラスに最低もう1つのブレインを用意する必要があるわけだ。

 もう1つは面倒ごとに確実に巻き込まれること。こっちが重要だ。

 内容はわからないけれど、三年生の戦いに駆り出されることはさすがにないだろう。堀北会長が評価しているのはあくまで私個人で、私のいるクラスじゃない。となれば、私個人の力が必要になる場面──。

 つまり生徒会内での権力争いに巻き込まれる可能性が高い、というか確実にこれだ。

 これは正直巻き込まれたくないのが本音だ。堀北会長クラスがゴロゴロいるとはさすがに思わないけれど、容易く殺せる相手ばかりじゃないのは間違いないし、今の段階で敵を増やすのは賢い生き方とは言えない。

 そこにまだ入学したばかりの私が飛び込むのは、猛獣だらけの檻に棒切れ一本持たされて放り込まれるようなモノ。屈強な戦士でなければあっという間に生肉団子だ。

 最悪何もかもぶち壊して滅茶苦茶にする方法もあるけど、ハルマゲドンを起こすのは結構大変なのだ。監視カメラも多いし、そんなにうまくいくかもわからない。

 となると欲しいのは──。

 

「……堀北会長の敵って誰なんですか?」

 

 ここでようやく堀北会長の表情が変わった。これまでまともな反論1つできなかったけれど、仕返しぐらいはできたかもしれない。

 少し悩んだ堀北会長だったけれど、やがて口を開いた。

 

「生徒会の副会長だ。2年Aクラスの南雲雅。きわめて優秀かつ残虐な男だ」

 

「残虐……」

 

 斧持ってホッケーマスクでも被ってるのかな? 

 

「これまで、奴に歯向かった生徒は一人残らず退学している。その結果、奴は自身のクラスだけでなく、二年生全員を支配するに至った」

 

「え、ヤバイ奴じゃないですか」

 

 まさに独裁者というわけだ。

 自分のクラスだけでなく他のクラスも掌握しているということは、少なくとも2年生という枠組みにおいて、その南雲とやらは圧倒的な実力を有していることになる。

 なんでそんな人生徒会にいれてしまったんだ。

 

「南雲が生徒会を志望した時、俺はまだ生徒会長ではなかった。当時反対したのも俺1人、残念ながら南雲の生徒会入りを阻止することはできなかった」

 

 疑問は口にはしなかったけれど、堀北会長がまた私の心を読んで補足してくる。

 

「つまり、堀北会長は私と一緒にその南雲という男と戦ってほしいと。私を生徒会に誘った理由を言わなかったのは、それを伝えるだけでも私に危険が及ぶから」

 

 敵対した瞬間、2年全体もまた敵に回ることになる。厄介なんてレベルではない。

 

「その通りだ。俺もお前たちを最大限サポートするが、簡単に下せる相手ではないのは間違いない」

 

 堀北会長の目つきは真剣そのもの。なんだかんだで後輩思いの人なのかもしれないな。迷ったけれど、私はその目を信じてみることにした。

 人を見る目はそこまで自信はないけど、人の『目』を見る目はあるつもりだ。

 

「わかりました、引き受けます」

 

「……誘っておいて言うが、本気か? 南雲の話は冗談ではないぞ」

 

「これも何かのご縁ですし、必ずしも会長の味方になるとは限りませんから」

 

 私の言葉に橘先輩が若干顔を青くする。こんなこと言う後輩がいるとは思わなかったんだろうな。

 とはいえ報酬や状況次第では迷わず南雲側につく。たかだか10万ポイント相当の過去問に買い叩かれるつもりはない。

 生徒会入りを決めた私はペンを手に取り、入部届に必要事項を記入していく。 

 

「よく堂々とそんなことが言えましたね……」

 

「完全な味方ではありませんし、これくらいの牽制はあってしかるべきでしょう。堀北会長、ひとまずこれを渡しておきますが、受け取るのは中間テストが終わってからにしていただけませんか?」

 

「もとよりそのつもりだ。テスト返却日の翌日、授業が終わったら生徒会室に来い。そこで改めてお前を紹介する。南雲もすぐに仕掛けてくることはないだろうが、俺が勧誘したとなれば間違いなくお前に目をつけるだろう」

 

「でしょうね」

 

 クラスのみんなには迷惑をかけることになるかもしれないな。まぁでもおつりが出るくらいには貢献したでしょ。プラマイでプラスなら文句は言わせん。最悪ウソ泣きでもしよう。

 

「話を戻そう。お前の欲しがる過去問を渡す。約束通り無料でな。ついてこい」

 

 そうして応接室を出て生徒会長の席まで戻る。

 堀北会長はデスクを開いてすぐにもう一つのクリアファイルを手渡してくる。確認した中身は全科目の過去問で、一番後ろに紛れていた小テストの内容は、私が受けたものと全く一致していた。一言一句違わずだ。

 

「それと黒華、これは俺と橘の連絡先だ。お前のも教えろ」

 

 2人と連絡先を交換する。

 橘先輩、嬉しそうでよかった……。偽名だとバレたときは嫌われるかと……。

 生徒会室からは別々に出ろということなので、一足先に退出することになった。予想外のことは重なったけれど、ひとまず目的は達成だ。

 あ、けど一つだけ聞き忘れてたな。

 

「堀北会長、1つだけよろしいですか?」

 

「どうした?」

 

「私のクラスに同じ苗字の女子生徒がいるんですが、もしかして妹さんとか?」

 

 何気ない質問のつもりだったけれど、堀北会長の顔はあまり穏やかとは言えなかった。無関係ではないけれど、あまりいい関係でもないということか。地雷を踏んでしまったかもしれない。

 

「そうだ。だが俺に遠慮することはない。好きなように接するといい」

 

「そうですか、では失礼します」

 

「ああ、気をつけて帰れ」

 

『気をつけろ』か……。

 かつて真嶋先生にも同じことを言われた。今ならなぜそう言ったのかがありありとわかる。

 隙を見せるな、ということだ。

 その一言だけで、南雲という男がどんな人間か察せられて嫌になる。

 

「まぁ大丈夫か」

 

 相手が男なら最悪何とでもなる。いつでも殺せる人間のことなど考えても仕方がない。

 それよりもクラスでの話し合いだ。

 携帯を見てみると、どうやらもう話し合いは終わってしまったらしく、その旨を知らせるメールが平田君から届いていた。それと、ちょっとしたハプニングというか、トラブルがあったらしい。なんでも話し合い中に他クラスの生徒が櫛田さんに会いに教室にやってきたとのこと。普段ならそんなの気にしないけど、クラスごとに争うことになったので、一時的に話し合いを中断させられたらしい。

 

「──?」

 

 平田君の報告には違和感を感じたけど、その正体が何なのかまではつかめなかった。

 櫛田さんに会いにCクラスの教室に向かう。何にもおかしなところなんてない。

 多分、情報を詰め込まれすぎて神経質になってるんだろうな。

 そう、結論付けた。

よう実の詳細な時系列や特別試験のルール、設定などをまとめた資料を書くかどうか(詳細は1章幕間の後書き参照)

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